夏休みに山村を訪れた陰陽師の血を引く俺が、法術を操る ~夏の燈~

佐倉しもうさ

終日

断章の夜

 小さな炎が揺らめいている。薪のパチパチとはじける音を聞くともなしに聞きながら、ぼーっと座って暖をとっていた。

 焚火を挟んだ先から声がする。


「聞かせてよ」


 向かい側には少女が座っていた。地面に足をぺたりとつけた女の子座りで、炎に照り映えた長い黒髪を夜風に靡かせた、お嬢様然とした美少女だ。


 それが鈴を振るような声で、俺に尋ねる。


「今日のこと。明日のこと。これからすること」


 指折り数えて、目を閉じて、三つ俺に質問した。


「どれから話せばいい?」


 俺がそう言うと、薪がひときわ大きな音をたててはぜた。背伸びする火炎を前に、しかし少女は落ち着いた様子でトングを拾い、追加の薪をくべて、炎をしずめていく。


「まずは今日のことについて話してよ。じきに終わるこの日の話。最後にはここで、ボクとこの火を灯す話」


 片目を閉じて、うまいこといってやったぜ、とアピールする彼女の顔に非常に腹が立つ。


「俺を詰問する前に、自分が話すこと、あるだろ」


 今度は、心当たりなし、という表情。大きな目をこちらに向けて、首を傾げる。


「なんのこと?」


「なんでそんな恰好なんだ」


「あれ? もしかしてスク水の方が好きだった?」


 明後日の方向の前衛的な返しは無視して、少女の恰好に注目する。

 肌を大きく露出した純白のビキニ。虫の多いこの夏の時期に、夜の山村の外れで、水着を着ている特異な存在。


「虫刺されなら、家を出る時に全身に虫よけ塗ってきたから大丈夫だよ」


「それはその格好をしている理由にはならない」


「あとは君が突然、この火を飛び越えてこっちに来た時、すぐに脱げるようにね」


 有名な小説のワンシーンを思い浮かべているであろう彼女が、ウインクして答える。


「俺に裸になる気はないし、ここは海水浴場でも監的哨跡でもない」


 ……まあでも、いいか。

 よく考えてみれば、いやよく考えずとも、俺にとっては眼福以外の何物でもない。こいつが自ら望んでこの格好をしているというのなら、俺はただ黙ってその姿を目に焼き付けるだけだ。


「今、君がそうして気になったのと同じように、ボクも知りたいんだよ。君の今日感じた、人の息吹を、人のぬくもりを」


 少女は両手で頬杖をついて、莞爾かんじとして笑い、そして、そうして――


「そうだな。……今日は、お前と会うところから始まった」


 胡坐あぐらで両手を組んで、目を閉じる。夢想する。今朝の記憶に思いをせる。


 そうだ。俺はお前の声に呼ばれて、走り出した。

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