《幕間》夜が生んだ地獄と奇跡
そのあと、俺は葵との話に花を咲かせていた。とても、楽しい時間に、俺は思いっきり夢中になっていた。
けどそんなときに、俺の携帯がなった。
せっかくの楽しい時間を邪魔しやがって! と思いながら、一言、「ごめん」と、葵に言ってから電話にでる。
『ねえ、今どこにいるの?』
そんな、冷え切った声に俺は背筋が凍りそうな思いを覚えながら、恐る恐る俺は声を出す。
「えっと、どちら様で?」
『はっ? 妹の声も忘れたの? 最低なんだけど……。てか、お兄ちゃんキモい。そもそも、普段一緒にいるんだからわかるでしょ』
その答えに、俺はあわてて葵に、「いま何時」と時間を確認してもらう。
葵から、「6時過ぎだよ~」という返答がきて、俺は血の気が一気に引いていくのがわかった。
『今、女の人の声が聞こえた気が……。ふ~ん。で、どこにいるの?』
最初の方はボソボソ言っていたせいでうまく聴き取ることができなかった。
ただ、最後の方のはばっちりと聴き取れた。だからこそ、顔を真っ青にさせながら、
「い、今、駅だよ。走って帰るから電話切るな」
と、ちょっとした嘘をつく。そして、流れるように電話を切った。
葵には、「ごめん。それじゃ、帰るわ」と言って、急いで荷物をまとめ、葵の家を出た。
葵はポカンとした様子で、「? ……うん、またね……?」と言っていた。
俺は、すっかり日が暮れてしまった町を風のような早さで駆け抜けていく。
そんなことを思う。
俺はもともと体力があるほうじゃないから、走り始めてそこまで経たないうちに息が切れてしまい、歩き出した。
全力疾走していただけに、歩いているだけでも辛いのだが、さすがに急いで帰らないと
少し歩いてから、俺はふと空を見上げた。
時間がないことはわかっているのだが、なんとなく夜空が気になった。
そして、そんな夜空にはポツポツと光り輝いてるのが見える。
俺は、こんな都会でも星が見えるんだなと、そう思いながら、一つの星に目がいった。
その星は、他のポツポツと輝いてる星と違い、より綺麗に輝いてるように見えた。
きっと、周囲に同じように輝く星がなかったから。
俺はそんなふうに感慨に浸っていると、時間がないことを思い出し、少し回復した体力を使い、ラストスパートをかけるように、家に向かって全力疾走したのだった。
俺は家に着き、中に入ろうとドアノブを回そうとすると、ガチャ、といいドアノブが回らないことに気づく。つまり、鍵がかかっていた。
さて、どうするか。
そこで、俺は普段鍵を持ち歩いていることを思い出し、カバンの中を確認した。
鍵を使うことが滅多にないから、普段持ち歩いてること自体を忘れていた。
カバンをひっくり返したりして鍵を探してみたが、鍵が出てくることはなかった。
つまり、今日に限って鍵を忘れてしまったらしい。
振り出しの状態に戻り、またどうするか悩む。
そして、そこで俺はインターホンの存在に気づく。
絶対に妹が出るのは、わかっているが、背に腹は変えられない。
そんなわけで、身を切るような思いでインターホンのボタンを押す。
「お兄ちゃん……。帰ってきたんだね。ちょっと待ってて」
少しの間があったあと、相変わらずの冷え切ったままの声の妹がでた。
俺は言われた通り、ちょっと待つ。
すると、鍵が開いたような音がした。
俺がドアを開けると、そこには利き手に包丁を持った妹が玄関で立っていた。
「で、どこで何をしてて遅れたの?」
俺は妹のその質問に、素直に答えた。
利き手に包丁。冷え切った声も相まって、背筋に電気が流れるような戦慄を覚えはしたが、怖くて素直に答えたわけじゃない。断じて違う。
ただ、なんとなく素直に答えなきゃいけない気がしただけだ。本能がそう囁いてただけだ。
そして、妹にはもちろん「いつも、あれほど──」とめちゃくちゃ怒られた。
時間でいうと、だいたい3時間くらい。
俺が、「悪かったから、今度週末に一緒に遊びに行くから」といったら、なぜか少し頬を染めて、「こ、今回はこれくらいで許す」と言われた。
俺はてっきり、断られると思っていただけに、面食らってしまったが、週末妹と遊びに行くことになった。
本当、俺のことが嫌いなはずなのに、遅れて帰ってきたときはこう言えばだいたい許される。謎だ。
まあ、そんなわけで、俺は深夜に一人で夜ごはんを食べることになってしまった。
もちろん、片付けるのも俺だ。
さすがに、これ以上妹に迷惑をかけるわけにはいかないからな。
今回ばかりは、ぐうの音も出ないほどに、俺が圧倒的に悪い。
そして、俺は『これからは時間をちょくちょく気にかけよう』と、そう決意したのだった。
ちなみに、妹に包丁を持ってた理由を聞いたら偶然だと言っていた。
料理をしていたとかなんとかと言っていた。
俺は、妹と遊びに行くということに、今更のように恥ずかしさを覚えながら、片付けをしていると後ろから、
「久しぶり、だな」
ハードボイルドな、いかにも男らしい声に、俺は反射的に振り返り身構える。
けど、聞き覚えのある声に、顔を確認する。
どこか見覚えのある顔つきに、俺は戸惑う。
それに、この男は『久しぶり』と言っていた。
俺はどういうことだ? と、考え込む。
少しの間があったあと、俺はその人物が誰か思い出した。
「あっ! 父さんか……。一瞬本気で誰かと思って焦ったわ」
「おいおい、自分の父親の顔ぐらい覚えといてくれよ。まあ、滅多に家に帰ってくることがないから、仕方ないのかもしれないが……。でも、よかったよ。思い出ししてくれたみたいで。それで、彩華はどうした」
父さんは、冗談混じりにそう言うと、ここにいない彩華について俺に聞いてくる。
「彩華なら、もう寝てるか、受験生だから勉強でもしてると思うよ。それにしても、父さんが家に帰ってくるなんて珍しいな。なんか、食べるか?」
前回父さんが家に帰ってきたのは何年前ぐらいだっただろうか?
まあ、そういうことを思い出せないぐらいには前だったということだろう。
父さんは普段から仕事で忙しいため、久しぶりに父さんが帰ってきたことで、俺は少し舞い上がってるのかもしれない。
「いや、晩飯ならもう食ってきた。それに、もう行くさ。それより、彩華にも会いたかったな。前に会ったのは大分前だから、きっと可愛く育ってるだろう。でも、邪魔しちゃ悪いからそろそろ行くな。彩華にも伝えといてくれ」
俺は、父さんのそんな言葉に、少し寂しさを覚えるが、会えただけでもよかったと思う。
彩華は会えなかったのだから、そう思うことで、なんとか寂しさを噛み殺すと、
「わかった」
と、俺はそう言った。涙は流さずに。
「それと、悠。大きくなったな」
父さんはそう言って、夜の街にとけ込んでいくように、行っしまった。
そんな、父さんの背中を見送りながら、心の中で俺は『おかえり』と呟いたのだった。
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