第三話 テオバルト
挨拶が済むと同時に、クララが入室してくる。
「陛下、マチアス卿と近衛の方々がいらっしゃいました」
「通して」
「陛下、姫殿下、失礼いたします。朝議の時にお話しさせていただきました近衛と、新たに抜擢した陛下の側近をご紹介させていただきます」
「側近?」
「はい、陛下の補佐役となります」
「クララが既にいるけど?」
「いえ、身の回りのお世話を兼ねた側近ではなく、王の執務を行う上での補佐役という立場での側近です」
「なるほど、確かにクララ一人じゃ大変だしね」
「御意に御座います。ではまず近衛の引継ぎを終わらせましょうか。二人ともこちらへ」
「「はっ」」
ヘレーネ達と同じ煌びやかな鎧を纏った女性二人が進み出て跪くと、亜麻色の長髪と赤茶色の長髪が床に広がる。
「陛下、姫殿下、まずは一昨年の春に武探花となり、衛門府で優秀な実績を上げ、この度従五品上、左近衛将監(さこのえしょうげん)に任命され、ブルメスター卿の副官及び陛下の専属護衛となります、ハイデマリー・エーレンフリート男爵でございます」
「陛下、姫殿下、お初にお目にかかります。ハイデマリー・エーレンフリートでございます。以後よろしくお願い致します」
「よろしく頼むよ」
「エーレンフリート卿、よろしくお願いいたしますね」
「陛下、姫殿下、こちらは兵衛府で優秀な実績を上げ、この度近衛府に従五品上、右近衛将監(うこのえしょうげん)に任命されました。ビューロー卿の副官として、姫殿下の専属護衛となります、エリーザベト・ディーゼル男爵でございます」
「陛下、姫殿下、お目にかかれて至極光栄でございます。エリーザベト・ディーゼルでございます。以後よろしくお願い致します」
「よろしくね」
「ディーゼル卿、専属との事で色々ご迷惑をおかけするかと思いますがよろしくお願いいたしますね」
「はっ」
「それにしてもマルセル、近衛将監で従五品上?」
「本来であれば将監は従六品上相当なのですが、護衛の関係上、従五品以上が必要ですので位階だけは名誉職扱いで高くしております。一般近衛兵は全て従五品下、近衛将曹(このえしょうそう)となります」
「そういえば親衛隊士も護衛隊士も皆従五品下だったっけ」
「はい。と言っても殿上人としての特権は、朝議への同行のみと、許可を得た上での東塔への出入りと、王都内での騎乗くらいですが」
「まあそれが許可されないと王族の護衛なんかできないしね」
「はい、そして陛下の側近をご紹介させていただきます」
赤毛の男が進み出て跪く。
「陛下、姫殿下、こちら昨年春の科挙にて史上最年少の十四歳で状元となり、一年の研修を終え、正五品上、中書舎人(ちゅうしょとねり)に任命されました、テオバルト・グナイゼナウ男爵でございます」
「まぁ、十四歳で状元になって十五歳で正五品上の中書舎人なんて優秀なんですねって......えっグナイゼナウ?」
「グナイゼナウ? それにその赤髪は......」
「陛下、姫殿下、お初にお目にかかります。テオバルト・グナイゼナウです。以後よろしくお願い致します」
「まぁ、クララとそっくりですね。御父上とはあまり似ていらっしゃらないようですけれど」
「ほんとだ、髪を短くしたクララだ」
「父と姉がお世話になっております」
「いえ、お世話になっているのはこちらの方ですよ。テオバルトよろしくお願いしますね」
「王の執務は不慣れで色々面倒をかけると思うけど、よろしく頼むよテオバルト」
「はっ」
「テオバルトもハイデマリーもエリーザベトも公式の場以外ではレオン、リーザで構わないからね」
「ええ、テオバルトもハイデマリーもエリーザベトもこれから仲良くしてくださいませ」
いつもの緩い挨拶に初めての三人は戸惑う。
マルセルを見るとにっこり微笑みながら頷いている。
ちなみにテオバルトがクララの顔を見ると口元がひくひく動いている。
近衛の二人は躊躇しながら、テオバルトは半ば諦めた様子で胃を押さえて
「「「はっ」」」
と返すのだった。
◇
近衛との引き継ぎが行われ、マルセルと旧護衛隊士達が退出する。
トーマは何度もリーザをちらちら見ながら扉に向かって歩いていく、それに気づいたリーザはにっこりと微笑んで小さく手を振る。
おいトーマお前いい加減にしろよ丞相もいらっしゃるんだぞくっそ俺も手を振って貰いたいでも手紙貰えたのはあいつのおかげだしな等とこっそり言い合いながら退出していく。
ヘレーネとイングリットは初めてできた部下のエリーザベト達と自己紹介などをしながらも任務内容について打ち合わせをしている。
今この場にいる近衛は十二名。普段はレオンとリーザにそれぞれ二名から三名の近衛が護衛として就くが、引き継ぎを兼ねた初日の為、今後東塔で護衛に就く予定の者が全員集められたのだ。
執務室だったら入りきらなかったなと近衛たちを見ていたレオンだったが、クララと打ち合わせをしているテオバルトを見てふと思った。
「それにしてもテオバルトは本当にクララそっくりだね、ちょっと並んでみてよ」
レオンの言葉にクララが進み出る。テオバルトも観念したようにクララの横に並ぶ。
「わぁ! 背格好もまったく同じですね!」
「うん、服装と髪の長さくらいしか違いが分からないよ」
「でも年齢が違うのですよね?」
「はい、わたくしは二十歳で弟は十五歳ですから」
「というかバルナバスは槍一本で男爵から伯爵まで登った英雄、クララは成人したばかりでもう従三品の公卿、テオバルトが史上最年少状元で十五歳で未成年なのに正五品上で中書舎人か、すごく優秀な一家なんだね」
「それに中書省所属ということはレオンの意向を文書化して朝議にかける機関でもありますしね。側近としてはこれ以上ない人材ですね」
「テオバルトは努力家なんだねぇ。側近として来てくれて嬉しいよ」
「はっ、光栄です。粉骨砕身陛下......いえレオン様、リーザ様と、ライフアイゼン王国の為に尽くす所存です」
「それほど肩肘張らなくても大丈夫ですよ。楽しくやっていきましょう」
「ありがとうございます、リーザ様」
「あれ? そういえばクララって一年くらい前までは髪が短かったよね? 丁度今のテオバルトくらいの」
レオンのその台詞を聞くと、テオバルトが胃を押さえながら体を震わせている。
「テオバルトどうしたのですか? 具合が悪いのですか?」
「いえ、リーザ様ありがとうございます。大丈夫です少し嫌な過去を思い出してしまっただけなので」
レオンは何かに気づきクララを見ると、やはり口元がひくひくしている。
なるほど、これか今までクララに感じていた違和感の原因か。
ほぼ違和感の正体を確信したレオンは、テオバルトを憐れむように見ながら声を掛ける。
「テオバルトは声変わりしたのが去年くらいなんだね」
「っ!」
「入れ替わり」
「っ!!」
「なるほどね......大体わかったよ」
レオンはクララを見るとそっぽを向いていた。
「どういう事ですかレオン」
「んー、クララがテオバルトの事が大好きで構いまくってたら、テオバルトがちょっと困っちゃってるって所かな」
「えっ、姉が構いすぎると弟が困ったりするんですか?」
「お義姉ちゃんが構いまくっても俺は一切困らないからそこは安心して」
「もう、レオンったら。でもそうですね、わたくしもレオンをあまり甘やかさないように気を付けていますし。構いすぎっていうのは考えられないですね」
「えっ」
「えっ? なんですかレオン」
「何でもないよお義姉ちゃん。で、テオバルトだけど、その......大丈夫? 気持ちは分からなくもないし、なんだったら今ここで王権発動するけど」
「いえ、レオン様。これでも最近は大分収まったのです。丁度リーザ様が......ってまさか、レオン様に!」
「ちょこっと、ちょこっとだけだから。むしろちょっと嬉しかったりする場合もあるから気にしないで」
「レオン様はお強いのですね」
「いや、テオバルトとは比較にならないと思うけど。声変わりする前は女物の服、いや違うな、クララの服を着せられて、身代わりにされたりからかわられたりしたんでしょ?」
「何故お分かりに......」
「クララはテオバルトに女性の服を着せたのですか?」
「わたくしの服をたまに着させておりました。声変わりする前はわたくしにそっくりな声で、わたくしの服を着ると両親でも見分けがつかなかった程そっくりだったそうです」
「まぁ! レオンもわたくしの服を着てみてくださいませ」
「やだ」
「リーザ様、大変すばらしいご提案だと思います。丁度背丈も同じ位ですし、流石に骨格が違いますが、ゆったりとした寝間着などでしたら問題無く着られると思います」
「レオン! 今夜は同じ寝間着を着て一緒に寝ましょう」
「一緒に寝るのは良いけどお義姉ちゃんの寝間着を着るのは嫌だ」
「どうしてですか? レオンの寝間着と違ってフリフリとかついてて可愛いのですよ」
「可愛いのはお義姉ちゃんだけで十分だから」
「レオン......お義姉ちゃん間違ってました」
「わかってくれてありがとうお義姉ちゃん」
「なるほどこういう対処法が」
「チッ」
「あれ? 何か舌打ちが聞こえた気が」
「レオン様、エーレンフリート卿とディーゼル卿ですが」
「ねぇクララ今舌打ち......」
「将官教育の過程は終了しておりますので」
「ねぇクララ......」
「早速本日よりブルメスター卿とビューロー卿と交代して、近衛少将のお二人には将官教育を受けさせたいと思うのですが」
「それは良いけどクララ......」
「ではブルメスター卿とビューロー卿は、昼食後に一階近衛府詰所で講義を受けてください」
「「はっ」」
「ねぇ......」
「レオン様、リーザ様、昼食の準備が出来ましたので食堂までお越しください」
クララはそう言うと談話室を退出する。
「レオン、一緒に行きましょう」
「......うん、お義姉ちゃん」
「レオン様すみませんすみません、うちの姉がすみません」
◇
「レオン様とリーザ様はずいぶんと仲がよろしいのですね」
移動する時は常にレオンがリーザを手をつないでエスコートをし、イチャつきながら食事をして、談話室に戻ってもイチャつきながら執務をしている二人を見てテオバルトは声を掛ける。
ちなみにクララはどこかへ行ったまま帰ってこない。
代わりに別の侍女がレオンの側に控えているが。
「そうだね、なんかもう当たり前になっちゃったね」
「姉弟ってこんな感じでは無いのですか?」
「えっ」
「えっ? テオバルトはクララと仲が良くないのですか?」
「姉上は嫌いでは無いのですが、どうもその......遊ばれているというか玩具のように扱われているというか」
「わかる」
「レオンどういう事ですか?」
「お義姉ちゃん。さっきも話したけど、クララはテオバルトが好き過ぎて、それが度を越しちゃってる状態なんだよ」
「服を着せたりしたのが良くないって事ですか?」
「そうだね、お義姉ちゃんが俺のことを可愛がるのと違って、クララはテオバルトの事を可愛がり過ぎて、テオバルトをお人形遊びのお人形みたいにしちゃってるんだよ。着替えさせたりとか。で、多分テオバルトの困った顔や恥ずかしがってる顔を見るのが好きなんだよきっと」
「お義姉ちゃんもレオンの着替えを毎朝してますよ?」
「あれ? そういえばそうだよね」
「レオンは嫌なのですか?」
「ちょっと恥ずかしいけど、お義姉ちゃんに着替えさせてもらうのは嬉しいよ?」
「でもレオンはお義姉ちゃんと一緒にお風呂に入るのを嫌がっていますよね?」
「えっ、だって裸を見られるのは恥ずかしいよ」
「お義姉ちゃんは毎朝レオンの裸を見ていますけれど」
「下着は履いてるからね」
「でもクララには下着を履いていない状態で入浴補助をさせているんですよね?」
「クララは俺が生まれた時から病弱だった母上の代わりに、俺のおむつも交換してくれてたみたいだからね」
「おむつ! わたくしにもレオンのおむつを交換させてくださいませ!」
「無理無理無理無理。もうおむつなんて履いてないし」
「クララばかりずるいです! レオンのおむつを替えて、レオンと一緒にお風呂に入って!」
「お義姉ちゃん、クララは服を着たままで浴槽には入らなかったし、今はもう浴室の外で待機してもらってるよ」
「クララだけレオンの裸を見ているのがずるいのです!」
まーた嫉妬が始まったとレオンはリーザを抱きしめようとする。
「あっ! その顔はまたトントンする気ですね! もうお義姉ちゃんはごまかされませんよ! トントン禁止です! 禁止って言ったら禁止です!」
ぴーぴー暴れるリーザを抱きしめると、背中に手をまわしてトントンする
「っっ!!!」
「お義姉ちゃん......」
「わー! わー! わー! わー! わー!」
「口に出すの禁止です!! 禁止!!」
はあはあはあと真っ赤な顔で呼吸困難に陥りながらも、手を放さずにレオンと逆の方にぷいっとしたまま身もだえている義姉を放置する。
「レオン様......凄いですね」
「お義姉ちゃんはまっすぐな人だから」
「......(なるほど、単純だと)勉強になります」
「で、テオバルトどうする? あまり酷いようなら俺からクララに言っておくけど」
「いえ、我が家の事ですから」
「でもちょいちょい胃を押さえているし、大分苦労してるんじゃ」
「そうですね。でも姉の事は嫌いでは無いですし、レオン様とリーザ様のように上手く関係を築ければと思います」
「そっか、頑張って」
「はい。ありがとうございます。お二人を見て勉強させていただきたいと思います」
「あの......レオン......」
何とか呼吸困難から復活したリーザが、真っ赤な顔のままレオンに話しかける。
「さきほどのトントン......ほんとうにそう思いますか?」
「うん。最近のお義姉ちゃんは、表情とかしぐさが凄く大人っぽくなった。もう立派な淑女だよ」
「レオン......」
その言葉に、レオンを見つめるリーザの瞳が熱を帯びる。
「体つきもそうだよね、昨晩思ったんだけど胸とかも......」
「わー! わー! わー! わー! わー!」
「なんて事を言おうとしてるのですか! 口に出すの禁止です!! 禁止ーーー!!」
淑女らしくない声をあげて、再度呼吸困難に陥ってぷいっっとしている真っ赤な林檎みたいな物体を愛おしむように眺めるレオン。
テオバルトの方を向くと尊敬のまなざしで見つめられていた。
「レオン様、素晴らしい対応です」
「クララに使えるかどうかは分からないけどね。でも、お姉ちゃん大好き! って言って抱き着いたら大人しくなるかもよ」
「それは......かなり難易度が高いですね......」
クララ対策会議を行いながらも、テオバルトが書類を差し出し、補足説明を聞きながらレオンは決済印を押していく。
テオバルトが側近になったことで、レオンの代わりに各部署からの緊急の案件以外の上奏の受付業務を任せることが出来るようになった。
「あ、そうだ。お義姉ちゃんお義姉ちゃん」
レオンがつんつんとリーザのほっぺたをつつく。
「......なんですかレオン。お義姉ちゃんをからかう義弟なんて知りません。ぷいっ」
「お義姉ちゃんが義弟にしてもらって嬉しい事を教えて欲しいんだけどなー」
ぴくっと反応するリーザ。
もう一押しだと判断したレオンは更に言葉を重ねる。
テオバルトは期待に満ちた目でレオンを見つめ、言葉を聞き逃さないように集中する。
「お義姉ちゃんが助言してくれたらテオバルトとクララももっと仲良くなるし、俺もお義姉ちゃんともっと仲良くできるんだけどなあ」
「し、仕方がありませんね! 義弟の頼みとあればお義姉ちゃんは断れませんから!」
リーザが一瞬でご機嫌になり、つないだ手を離すと同時にレオンの腕に抱き着いて座りなおす。
「さあレオン、テオバルト。お義姉ちゃんに何でも聞いてくださいませ」
「じゃあお義姉ちゃん。弟がお姉ちゃん大好き! って言って抱き着いてきたら嬉しい?」
「当たり前ではないですか。弟に大好きって言われて喜ばない姉など存在しませんよ」
「抱き着かれるのは?」
「もちろん嬉しいですよ?」
「だってさ、テオバルト。クララが戻ってきたら早速やってみようよ」
「そうですよテオバルト。抱き着いちゃえば姉弟の問題なんてすぐ片付いちゃいますよ」
「そうでしょうか?」
「そうですよ。姉は弟が大好きというのは自然の摂理なのですから」
「じゃあクララを呼ぶよ」
「は、はい」
「クララー、ちょっと来てー」
レオンがクララを呼んだ瞬間に談話室の扉がノックされ、レオンの「どうぞ」の声がかかるとともに開くとクララが姿を現す。
リーザはもうすでにクララに関しては疑問にすら思わない。
むしろいきなり背後に現れないで、ちゃんと扉から入ってきたことに違和感を感じる程だ。
「レオン様、お呼びでしょうか」
リーザがテオバルトをけしかける。
「さぁ今ですテオバルト!」
「お、お姉ちゃん! 大好き!」
叫びながらクララに飛び込んでいくテオバルト。
だが、もう少しでクララに抱き着こうかという瞬間、テオバルトの腕がクララに取られると同時に床に押さえつけれられる。
「「「あれ?」」」
何が起こったのか理解が出来ないレオンとリーザ。
テオバルトも自分の今の状況が分かっていない。
「テオバルト、任務中ですよ。貴方は一体何をしているのですか」
テオバルトの腕を固めながら床に押さえつけているクララ。
だがレオンはクララの口元がひくひくと動き、顔が少し赤くなっているのに気づく。
ただ、それがテオバルトに大好きと言われて照れているのか。
それとも姉の体の下でうめき声をあげている弟に萌えているせいなのかは分からなかったが。
レオンは前者だったらいいなぁ思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます