第十話 急転


 夏の盛りも終えようという頃、レオンとリーザは郊外の訓練場でマインラートの指導を受けていた。

 最後にそれぞれ試験を行いましょうということで、まずはレオンがマインラートに打ち込むことになった。



「では殿下、私は反撃しませんが、実戦と思って本気で打ち込んできてください」



 レオンはシャルンホルストの手綱を左手でつかみ、右手に長槍を構え、マインラートに突撃する。



「やあっ!」



 すれ違いざまにマインラートに長槍を突き出すレオン。

 だがマインラートのヘレバルデに弾かれる。



「殿下! 良い打ち込みです!」



 お互いに馬首を返し、再度馬を走らせる。



「やあっ!」



 先程と同じように突き入れるが、すぐに長槍を引き、横薙ぎに切り替え斬りつけるが、これもマインラートにいなされる。



「良い連撃です! 次で最後です!」


「わかった!」



 再度馬首を返して加速すると、レオンは左手の手綱を放し、鐙をしっかりと踏み込み、両脚でしっかりシャルンホルストの胴を締めると、両手で渾身の突きを繰り出す。



「ええいっ!」


「お見事!」



 渾身の突きを簡単にいなされたが、長槍を自分の思い通りに使えたことにとりあえず満足するレオン。



「レオン! かっこよかったですよ!」


「お義姉ちゃんありがとう、マインラートも」


「殿下、素晴らしい攻撃でした。二撃目の連撃も、突きの後の横薙ぎへの切り替えをもっと早く意識すればより有効に使えるでしょう。最後の一撃も、十分に加速し、しっかり両足で踏ん張れた事で、力も乗った良い一撃でした。では次に姫殿下、さきほどと同じように私は反撃しませんが、実戦と思って本気で打ち込んできてください」


「わかりました。行きますよマインラート!」



 ブリュンヒルトに跨り、マインラートに向かって加速するリーザ。



「はっ!」



 リーザはすれ違いさまに三連突きを一息で繰り出す。

 マインラートの眉間、首、心臓に放たれたその攻撃は、マインラートのヘレバルデで全て弾かれる。



「見事な連撃です!」



 馬首を返し、再度の突撃を敢行したリーザは、次は巨大な馬上槍を避けられないよう横薙ぎに大きく振り、マインラートに叩きつけようとする。



「せいっ!」


「これも見事!」



 しかしその馬ごと吹き飛ばされそうな必殺の一撃も、マインラートの巧みな手綱さばきとヘレバルデによっていなされた。



「姫殿下! 次で最後です!」


「わかりました!」



 再度馬首を返したリーザは、十分加速すると馬上槍を一瞬で逆手に握り直して大きく振りかぶる。



「はあっ!!!」


「何っ!!」



 馬上槍を投槍のようにマインラートに投げつけたリーザは、すぐに左腰に佩いている儀礼剣を抜く。

 予想もしなかった攻撃に驚きながらも、素早く左手の手綱を手放し、両手で持ち直したヘレバルデで馬上槍を弾いたマインラートに向かって、リーザはすれ違いざま斬りつける。



「せいっ!」


「くっ!」



 儀礼剣の攻撃範囲外にかわそうとしても、手綱を手放しているために大きく馬の進行方向が変えられないマインラートは、なんとかヘレバルデの柄の部分を使ってリーザの長剣の一撃を防ぐ。

 その顔は驚愕に染まっていた。

 馬上槍を失ったリーザは、ブリュンヒルトの馬首をマインラートの方向へ返して止まり、長剣を鞘に納める。



「わたくしのとっておきの一撃ですらマインラートには届きませんでした......」


「姫殿下、大変おそろ、いえ素晴らしい技でした。総鋼鉄造りのヘレバルデではなく、木製の柄の武器でしたら私は無事では済まなかったでしょう」


「いや待って、なんでこんな危険な事になってるの。ただの試験でしょこれ」



 リーザの戦いにそれまで言葉を失っていたレオンが思わず声に出すが、誰も聞いていない。



「儀礼剣ではなく、いつものツヴァイハンダーであればヘレバルデごと断ち切れていたのですが」



 リーザのその台詞に顔を真っ青にするマインラート。

 いつものツヴァイハンダーであったら、ヘレバルデごと何を断ち切れたのか、とは聞かない。

 本気で打ち込んで来いなどとは二度と言うまいと誓うのだった。



「お二人とも素晴らしい腕前でした。殿下は切紙、姫殿下は免許皆伝でよろしいでしょう。そして今後の指導方針ですが......」



 レオンとリーザの試験を終え、所感を述べているところに城にいたはずのカールが騎馬のまま飛び込んでくる。



「殿下! 姫殿下! 急報です!」



 ヘレーネとイングリット、マインラートと部下の騎馬隊がレオンとリーザの前に壁を作るが、レオンがそれを止める。

 レオンとリーザの前に馬上から転げ落ちるように降りるとそのまま跪く。



兵部尚書へいぶしょうしょギード・バルツァー、王城にて謀反! 一部の衛門兵も反旗を翻し、陛下をはじめ重傷者が出ています」


「何っ!」


「父上が!?」


「お義父様!」


「父上は!? 父上のご容体は!」


「傷を受けられました。傷としては浅いのですが毒が塗られていたようで、現在典医が治療に当たっています。殿下におかれましては至急城にご帰還くださいと丞相よりの言でございます」


「父上......」


「レオン! 早く戻りましょう!」


「殿下、姫殿下、我らもご一緒させていただきます。リヒター卿、道中詳しい話を聞かせてもらうがよいか?」


「はっ」


「お義姉ちゃん、分かった、戻ろう。マインラート、カール、よろしく」



 飛び込んできたカールを見て、何か異変が起ったと判断したのかすでに騎乗服に着替えたクララとフリーデリーケが丘から駆け降りてくる。



「カウフマン卿、我ら二人に馬をお貸しくださいませ」


「グナイゼナウ卿とバイルシュミット卿......わかりました」



 マインラートは部下に目配せをし、馬を準備させる。



「姫様、念のために馬上槍をお持ちください」



 いつのまにかリーザの投げた馬上槍を回収してリーザに差し出すフリーデリーケ。



「わかりました。ありがとう存じます、フリーデリーケ」


「では、殿下、姫殿下、戻りましょう」


「わかった」


「わかりました」



 マインラートは一部の兵を後始末に残すと、残りの部下を率いてレオンとリーザを騎馬隊の中心に配して護衛しながら走る。

 道中カールがレオンとリーザ、マインラートらに語った経緯とはこうだ。


 エグル王国がダイアー帝国に宣戦を布告したと急報が入り、太極殿たいきょくでんに郡臣を集め緊急会議を開いていたところ、衛門兵の一部が謀反を起こし十数人が大極殿に乗り込んできた。

 周囲が混乱する中、兵部尚書ギード・バルツァーがその混乱を利用し、ランベルトに近寄るといきなり剣を抜いて斬りかかる。


 ランベルトはギードが近寄ってきた瞬間、抜剣しようとしたが、装飾過多の鞘に納められた長い刀身を持つ剣を抜くのに一瞬手間取り、ギードの初撃を受けきれずに浅い傷を負った。

 ギードが再度ランベルトに斬りかかろうとした時には、ランベルトを護ろうと壁になったアレクサンドラ始め、侍女、護衛隊士数名も傷を負うが、なんとかその場で捕縛された。


 反旗を翻した衛門兵連中もその後すぐに取り押さえられたが、ギードに斬られたランベルトや被害者たちの様子がおかしく、ギードの剣を典医が調べると毒らしきものが塗られていた。

 典医が解毒の治療を始めたところで、詰所で待機していたカール達残りの親衛隊士が飛び込んで来たので、丞相マルセルに伝令として寄越されたとの事だった。



「リヒター卿、南山関のバルナバス将軍には伝令を走らせたのか?」


「いえ、私が知る限りではまだかと」


「殿下、国内を混乱させると同時にヴァーグ王国が南山関へ侵攻してくるかも知れません。南山関の守将ベルゲングリューン将軍と、調練の為に現地に駐留しているグナイゼナウ将軍に防御を固め、警戒するように伝令を出したいと思いますが」


「マインラートと同じ考えだ。あと南山関全権の指揮をアロイスからバルナバスに移譲する。僕の名を使って伝令を出して。追って正式の沙汰が出るまではその通りにせよと」


「はっ」



 マインラートが目配せすると、一騎が飛び出して行く。



「確かに今、王城は各軍団が調練を行っていて手薄だ、近衛府の新設で護衛隊士の数も最低限だ。しかし......」


「マインラート、今考えても仕方がない。まずは父上と会ってからだ」


「はっ」



 レオンは焦りながらも、少しでも落ち着こうとシャルンホルストの手綱に集中する。リーザは心配そうにレオンを見ているが、どう声を掛けて良いか迷っている。

 そうこうしているうちに王都に戻り、王城門に到着する。



「殿下、姫殿下、まだ城内の安全の確認が取れていません。我らが陛下のもとまでお護りいたします」


「ありがとうマインラート。カール、父上は?」


「はっ、未だ太極殿にて治療中との事です」


「わかった、行こう」


「はっ」



 マインラートが先導し、ヘレーネとイングリットがレオンとリーザの側面を守りながら太極殿に向かう。

 城内は落ち着きを取り戻しているようだが、現在衛門隊士は指揮官級を除き詰所に集められて事情聴取を受けているという。 各所には元親衛隊士と思われる鎧を纏ったものが警備している。



「父上!」


「お義父様!」



 太極殿に入ると急遽持ってこさせた物であろう寝台の上にランベルトが横たわり、典医の治療を受けていた。



「......レオンとリーザが来たか、近う」


「父上! 大丈夫ですか!」


「お義父様!」


「......警戒していたつもりではあったんだが、不覚を取った......すまんな、レオン、リーザ......」



 レオンはランベルトの顔色を見て思わず治療中の典医を見ると、レオンの視線に気づいた典医は静かに首を横に振る。

 それを見てリーザが口を抑え絶句する。



「父上! お気を確かに!」


「いや、俺はもうここまでだ......レオン、お前が俺の後を継ぎ、王となれ」


「父上、そのような弱気な事を......」


「聞け、時が無いのだ。俺の復讐を考えてはならん。軽挙妄動を慎め。常に民の事を第一に考え、行動せよ。国内の事はマルセルに、国外の事は、バルナバスとマインラートに、相談せよ」


「......はい。父上」


「それとリーザ......」


「......はい、お義父様」


「父親らしい事を、してやれずに、すまなかったな......」


「いいえお義父様。実子と変わらぬ愛情を注いでいただきましたこと、感謝しております」


「そうか......レオンの事を頼む、あれはまだまだ、頼りないのでな」


「お義父様......お任せくださいませ」


「マルセル......リーザを近衛大将にして、レオンの側に......」


「御意」


「マインラート......バルナバスと共に......レオンとリーザの事を......」


「はっ。お任せください」


「レオン、リーザの事を大切に......」


「はい、父上」


「二人の......」



 ランベルトの声が段々と小さくなっていく。

 レオンとリーザはランベルトの口元に耳を寄せ、最期の言葉を聞き逃さないようにする。



「......、......」


「はい! 父上!」


「かしこまりました! お義父様!」



 ランベルトは二人の返事を聞くと、満足したように口元に笑みを浮かべ、ふうと大きく息を吐いた。

 脈を取っていた典医が大きくゆっくりと首を横に振る。



「父上!」


「お義父様!」


「「「陛下!」」」



 周囲がランベルトを呼ぶがランベルトはもう何も言わない。



「陛下! 御身をお護りする事かなわず、更に我が配下より謀反人を出した事、誠に申し訳ありません!」



 突如控えていた男が叫びながら自身の首に剣を立てる。

 レオンはランベルトに呼び掛けていたが、絶叫を聞き即座に意識を切り替える。



「しまった! その者を止めよ!」



 だがもう遅かった。

 衛門府えもんふ長官、衛門督えもんのかみエグモントは既に事切れている。



「マルセル! 今回の件に関して誰の責任も問わぬ! 殉死も許さぬと至急通達せよ!」


「御意!」


「ヴァーグ王国もこの動きと連動して南山関に攻め込んでくるかもしれん。アロイスには南山関守将の印綬をバルナバスに移譲させ、バルナバスにはヴァーグの侵攻に備えよと伝令を出したが、南山関の兵は現状で足りているか?」


「大兵を配置するとヴァーグを刺激すると考え、必要最低限の兵千人程しか常駐しておりません。ただしグナイゼナウ将軍が調練を兼ねて率いている三千が駐留しておりますので、本格的な侵攻があったとしても一週間は持たせるでしょう」


「ではすぐに将を含めた増援と補給の準備を。バルナバスには、南山関の防衛に関して当面は全権を与えると改めて伝え、兵符を届けさせよ」


「御意」


「アレクサンドラや父上を護ろうとしてくれた者達の容体は」


「残念ながら......」


「そうか、忠義の士を失ったか。エグル王国の件はどう対応すべきか」


「先程の会議でファルコ王国とガビーノ王国へ密使を派遣することが決まりました。それ以外はとりあえずは静観でよろしいかと存じます。詳細な情報が入り次第対応を協議いたしましょう」


「わかった」



 レオンはランベルトの死を悲しむ間も無く、事後の対応に追われるのだった。



 ――大陸の情勢は、二人の成長を待つことなく動き始める......。

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