第九話 両親のとっておき
「ではレオン様、リーザ様王城門前に馬を用意しておりますのでお越しくださいませ」
既に朝食と騎乗服に着替えたレオンとリーザは、クララに従い城の正門である宮城門へと手をつないで行く。宮城門を出るとレオン、リーザ、ヘレーネ、イングリットの馬が準備され、数騎の護衛が待機していた。
レオンとリーザは騎乗服に胸甲のみと簡素だが、近衛の二人は完全装備だ。装飾が施され、黄金色に塗装された華美なその鎧は、兜と胸甲、肩当、手甲、脚甲で構成され、重装兵のフルプレートメイルと比較して簡素ではあるが、女性らしさを強調した意匠となっている。
「やっぱりブリュンヒルトは大きいね、お義姉ちゃん大丈夫?」
「ええ、騎乗する時と下乗する時だけお手伝いしていただく必要がありますが、一度乗ってしまえば大丈夫ですよ。ブリュンヒルトには何度もお義父様に乗せて頂きましたから」
「なら安心だね」
レオンは自身の赤毛の愛馬、シャルンホルストにヘレーネの手を借りて乗ると、手綱を握りしめる。
リーザの方を見ると無事にイングリットの補助で乗れたようだ。
ヘレーネもイングリットも各々乗り込んだのを確認すると、「じゃあ城門まで行こうか」と馬子に引かれながら出発する。
レオンとリーザが並んで進み、そのやや後方に下がった状態で近衛の二人が両脇を固める。
後にはクララやフリーデリーケなど侍女が乗った馬車が続き、その後ろに武器等の荷物を載せた荷馬車が続く。
ライフアイゼン王国では、近衛府所属の者には専用の馬が与えられる。
国内でも選りすぐった馬の中から自身に合う馬を選ぶその特権は、羨望の的であり、宣伝効果を狙ったものでもある。
王族を守護するた為の兵が乗る馬だけあって、見た目も美麗で能力的にも優秀な馬が集められる。
また、近衛の纏う鎧、および武器は装飾が施され、一般兵のそれより重く出来ている。
その為に、力の強い馬を選ばなければならないという側面もあるのだが。
ヘレーナ選んだ馬は芦毛の牝馬リュッツオウ。
イングリットが選んだ馬は栗毛の牝馬デアフリンガー。
どちらも近衛の為に用意された馬の中では、牝馬ではあるが最上位の評価を得ている名馬だった。
誰に教わるまでも無く名馬を選んだ目は流石といったところか。
「ヘレーネとイングリットはどう?」
「選ぶ時に試し乗りさせて頂きましたので問題ありません。私の思い通りに動いてくれます。とても良い馬です」
「私も大丈夫です。大変素晴らしい馬です」
「二人は長柄武器は何を使うの?」
「一通り使えなくも無いですが、グレイヴが私には合っているので、そちらでまずは訓練をしてみようと思います」
レオンの左側に控えていたヘレーネは、そういうと左手の脇に抱えていた薙刀のような武器を少し上げてレオンに見せる。
また大きい武器だなとレオンが返しているとリーザの右側に控えるフリーデリーケが右手に持っていた馬上槍を持ち上げた。
「私は馬上槍ですね、長槍も使えますが」
「お義姉ちゃんも馬上槍だっけ?」
レオンとリーザの長柄武器は荷馬車に積んであり、今は左腰に長剣を佩いてるだけだ。
「ええ、イングリットに教わりましたから」
「姫様はあっという間に馬上槍の扱いを覚えてしまいましたからね」
「イングリットの教え方が上手でしたから」
「いえ、姫様の努力の賜物ですよ」
「お父様もイングリットの馬上槍は誉めていましたもの。もっと自信を持ってくださいませ」
「ありがとうご、存じます。姫様」
イングリットの不慣れな言葉遣いを聞いてふふふっと笑顔になるリーザ。
「レオンは何を使うのですか」
「長槍だね、それ以外だと少し重くて思うように扱えないんだよ。お義姉ちゃんはツヴァイハンダーを振り回せるし馬上槍でも問題なさそうだね」
「鍛えましたから」
にこっと笑顔で返していると、貴族街の門を抜け中央通りに入る。
『キャーーー! 白馬に跨ったリーザ様も可愛いーーーー!』
『おお、護衛の二人も乗ってる馬も立派だなー』
『レオン様ーー! 寄ってってーー!』
『リーザ様ー! こっち向いてー!』
『今日は皮鎧じゃないって事はお忍びじゃないのか』
リーザは笑顔で観衆の声に応えて手を振る。それを見たレオンも恥ずかしそうに手を振っていると、南門にたどり着く。
そこには数十人の人間が跪いていた。
いつの間にか馬車から降りていたクララが進み出ると同時にヘレーネもイングリットも下乗すると、イングリットはリーザを下乗させる。
「姫殿下、こちら本日の講師役を務めます、マインラート・カウフマン子爵でございます」
「姫殿下、お初にお目にかかります。マインラート・カウフマンと申します。以後、お見知り置きを」
「カウフマン卿、リーザ・ローゼ・ライフアイゼンと申します。本日はよろしくお願いいたしますね」
「マインラート、近衛の二人共々今日はよろしく」
レオンは馬上のまま声を掛ける。
「はっ」
二人の挨拶が済むと今度は近衛の二人の番だ。
近衛の二人はクララの動きを見てさっと跪く。
「カウフマン卿、この度近衛府に配属されたお二人を紹介いたします。左近衛少将に任官され、殿下の専属護衛になられましたヘレーネ・ブルメスター准男爵でございます」
「カウフマン卿、お目にかかれて光栄でございます。ヘレーネ・ブルメスターでございます。以後、よろしくお願いいたします」
「ブルメスター卿、武科挙での話は聞いている。今度是非手合わせ願いたいものだ」
「恐縮でございます。機会がありましたら是非よろしくお願いいたします」
「続いてこちら、右近衛少将に任官され、姫殿下の専属護衛になられましたイングリット・ビューロー准男爵でございます」
「カウフマン卿、お初にお目にかかります。イングリット・ビューローと申します。お会いできて光栄でございます」
「ビューロー卿も陛下のお命を救った英雄と聞いている。またその腕前も並々ならぬとか。是非手合わせを頼む」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
「では殿下、姫殿下、これよりは我らが先導致します」
「マインラートよろしく」
「御意」
リーザはイングリットの補助でブリュンヒルトに乗ると、近衛の二人も騎乗する。
レオンとリーザの馬子役をしていた護衛隊士とはここで別れ、自分達で馬を操る。
マインラートは常足で進んでいたが、先頭を部下に任せレオンとリーザに近づく。
「殿下、姫殿下、速歩でも問題ありませんか?」
「わたくしは駆歩でも襲歩でも問題ありません」
「うん、早く目的地に着いた方が良いだろうから、マインラートに任せるよ」
「かしこまりました。何かありましたらお傍に控えさせている我が配下にお知らせください」
マインラートは襲歩で先頭に戻ると、そのままの速度を維持して走る。
「さぁブリュンヒルト、行きますわよ」
「シャルンホルスト頼むよ」
二人もマインラートに合わせて速度を上げる。
「流石お義姉ちゃん、切紙なだけあるね!」
「レオンこそとても上手ですよ!」
マインラートの後ろを四半刻程走っていると、前方に百騎程の騎馬隊と複数の幕舎が設営された丘が見えてきた。
「殿下、姫殿下、あそこでございます」
マインラートに促されるまま小高い丘に登ると、眼下に広がる平原にはすでに、馬防柵や敵兵を模した標的などが設置されていた。
「おお」
「壮観ですね! レオン!」
「午前は騎射、午後は長柄武器を使った訓練を行います」
「あれ? クララとフリーデリーケは?」
「馬車と荷馬車はまだ到着しておりませんが」
「まぁ普通ならそういう反応だよね」
「まず我々が実演しますので、ここでご覧になっていてください」
そういうとマインラートはレオンとリーザの護衛に十騎ほど残し、麓で待機していた部隊と合流する。
マインラートを先頭に二列の縦列陣形になると、設置された馬防柵に向けて加速していく。
馬防柵の向こう側に設置された敵兵を模した標的に向けて矢を射ると、即敵射程から離れ、また近づいては矢を射る。
その動きはまるで一体の生き物のようだ。
「おお、流石にうちの誇る精鋭部隊、練度が半端ないな」
「すごいですね!」
「ここまで一糸乱れぬ部隊運用というのは中々お目にかかれません」
「これが疾風将軍率いる弓騎兵隊......」
レオン一行は弓騎兵の動きを見て感嘆の声を上げる
「ヘレーネもイングリットも近衛部隊を指揮する立場になるんだから頑張ってね」
「はっ」
「が、頑張ります!」
そうこうしてるうちにクララとフリーデリーケを乗せた馬車と荷馬車が到着する。
「レオン様、リーザ様お待たせいたしました」
クララはレオンの弓と矢筒を、フリーデリーケはリーザのそれを手渡す。
「ありがとう」
「ありがとう存じますフリーデリーケ」
一通りの実演を終えたマインラートが丘を駆け上がってくる。
「殿下、姫殿下、まずは馬防柵と並行に馬を走らせ、標的を射ってみてください」
「わかった」
「ええ、わかりました」
「ヘレーネとイングリットも行くよ」
「はっ」
「わかりました」
四騎は丘を駆け降り、レオン、リーザ、ヘレーネ、イングリットの順に従列を作ると、馬防柵と平行に馬を走らせ標的に向けて矢を射る。
「ほう」
それを見ていたマインラートが思わず声をあげる。
レオンはやや連射速度が物足りないものの、標的をいくつか飛ばしながら丁寧に確実に標的に矢を当てている。
リーザは連射速度も申し分なく、並べられた標的全てに的中させていた。
ヘレーネ、イングリットはマインラートの配下と引けを取らない程の速度で全ての標的の頭部分を確実に射抜いている。
「近衛の二人は流石というところか。殿下と姫殿下もあのお歳で良く修練されている」
マインラートはレオン達が矢を打ち尽くす頃を見計らい、四騎に近づくと、それぞれに今後の訓練法などを簡単に説明し、ヘレーネとイングリットは副官に指導させ、自身はレオンとリーザを直接指導することにした。
しばらく個別での指導を受けていると、昼食の時間となった。
「殿下、姫殿下、では昼食後は長柄の訓練とします。もう夏ですし、暑くなってきましたので十分水分を取って休憩してください」
「うん、ありがとうマインラート」
「マインラート、お心づかいありがとう存じます」
レオンとリーザが丘の上に戻ると、日差し避けの付けられた机と椅子がすでに設置されていた。
「レオン様、姫様、午前中の訓練お疲れ様でございました。こちら水で濡らしたタオルです」
「ありがとうフリーデリーケ」
「ありがとう存じます」
「お食事の準備も出来ております、野外食ということで簡単なものしか用意出来ず、申し訳ありません」
「実際の戦場だと煮炊きするのが厳しい状況ってのもあるからね、茹でたヴルストと焼いたパン、それにザワークラウトがあるだけでも十分だよ」
「わたくしも大好きですよ!」
「食後のお菓子もご用意してますよ姫様」
「わぁ! 楽しみです!」
◇
和やかな昼食も終わり、長柄の訓練となる。
マインラートから説明を受けたリーザが、人型を模した標的が十個並べられた演習場の端に馬を止める。
リーザの持つ馬上槍は一般の騎兵が使う物より長大だ。
マインラートの身長の倍、リーザの三倍ほどもある。
柄の部分だけでリーザの首元まである特別製だ。
馬を加速させたリーザはその巨大な馬上槍を片手で軽々振り回し、標的を的確に貫く。
というか貫いた標的をリーザの身長程まで埋め込まれた杭ごと引っこ抜き、ぽんぽん上に放り投げては次の標的を刺突していく。
リーザの次の番であるイングリットも、リーザ程巨大なものでは無いが、通常より倍ほどの長さのある馬上槍を巧みに操り、リーザと同じようにぽんぽん標的を放り投げている。
マインラート始め部隊の連中もその様子を見てあんぐりと口を開けて見ていた。
そうだよね、馬上槍って標的を貫いたら刺さったままだから放り投げないと駄目だよね。
とレオンは持ち前の適応力を発揮していた。
「じゃあ次はヘレーネの番か」
「あの、レオン様、標的は放り投げないといけないのでしょうか」
「いや、それは必要ないでしょ。グレイブだと真っ二つに斬れちゃうだろうし」
「峰の方で引っかければ放り投げることは可能だと思いますが」
「そういう競技じゃないから」
「一応やってみます」
そういうとヘレーネは標的が並べられた演習場に向かっていく。
リュッツオウに跨り十分加速したヘレーネは、まずは標的を峰の方で引っかけて前方上空に放り投げると、すり抜けざまにグレイブの刃で落下してきた標的を両断する。
マインラート達も、非常識な連中に声が出ないようだ。
一番最初にやればよかったなーとレオンは思うのだった。
◇
「流石ヘレーネとイングリットですね! わたくしではあんなに高く飛ばせません!」
「私の馬上槍は姫様より軽いですし、飛距離で言えばヘレーネにかないませんでしたよ」
「私の場合は放り投げた状態ではまだ敵兵は生きてますからね。確実に一撃で仕留められる馬上槍にはかないません」
「いや、そもそもそういう競技じゃないからね」
訓練が終わり城に戻る途上、さきほどの話題で盛り上がる三人。
「レオンもかっこよかったですよ!」
「ありがとうお義姉ちゃん。お義姉ちゃんもかっこよかったよ。ぽんぽん放り投げてるところとか」
「も、もう! お義姉ちゃんをからかってはいけませんよ!」
「そうですよ姫様。もう目録どころか免許皆伝でもおかしくありません」
「たしかに少なくとも目録の腕前は間違いないかと存じます」
「イングリットもヘレーネもほめ過ぎですよ!」
◇
などと言ってるうちに城にたどり着く。
入浴後に食堂に行くとランベルトがすでに着席していた。
「さぁ! 今日も! 父と娘で! 楽しく! 食事をしようじゃないか! 父と娘で!」
「レオン......」
「お義姉ちゃんごめんね、もう典医でも治療は無理だと思う」
こうなった原因は昨晩リーザが「お義父様のお体が心配です。お仕事を少し周囲に任せて十分ご自愛くださいませ」と言ったせいなのだが。
結局いつものように雑音を無視して二人で楽しく食事をする。
クララがレオンに給仕する際に目に見えない速度でソースやらなにやらをレオンの顔につけ、それをリーザがひょいぱくしたり拭きとるのもいつもの光景である。
食事が終わり、お茶とお菓子が出てくる頃になっても、いつもはほとんど食後のお茶をとらずに執務に戻るランベルトが退出しない。
「レオン、リーザ、今日の食後の菓子は俺のとっておきだ」
「まあ! お義父様のとっておき! 楽しみです!」
「父上のとっておきですか?」
「いつもより少し早いんだがな、去年は雪が少なく、そろそろ氷室が持たなくなってきたのでな」
そういうとランベルトは専属侍女のアレクサンドラに目配せする。
アレクサンドラが更に側に控える侍女に指示を出すと、レオンとリーザの前にお菓子とお茶が並べられる。
「これは......ツィトローネンゾルベ」
ひと掬いほどの赤や黄の色鮮やかなゾルべが、皿の外周に沿って花弁のように並べられ、その中央に周囲の半分ほどの大きさのツィトローネンゾルベが盛り付けられていた。
「父上、これは母上の......」
「そうだ、シャルロッテの墓前に捧げる分だが、この夏のレオンの誕生月にはレオンとリーザに味わって欲しくてな。もしシャルロッテが生きていたとしてもこうしただろう」
「お義母様のツィトローネンゾルベ......。お義父様、ありがたく頂戴いたします......」
「うむ。シャルロッテは娘も欲しがっていたからな。今度挨拶してやってくれ」
「はい。必ず」
「まぁ数日早いが、十歳おめでとうレオン」
「レオン、おめでとう存じます!」
「父上、お義姉ちゃん、ありがとうございます」
「さあ、俺とシャルロッテのとっておきを味わってくれ」
「父上、美味しいです!」
「お義父様! とても、とても美味しいです!」
「俺自ら仕込んだとっておきだからな。今年の冬は檸檬だけじゃなく林檎も仕込む予定だ」
「お義父様ありがとう存じます!」
◇
その夜、いつものように早めに自室に戻り、トントンを待ちながら書類仕事をするランベルトだったが、いつもの六回にの他に、別のトントンが聞こえた。
いつもトントンの後に口頭での挨拶も聞こえてくるのだが、その日だけはそれが無かったので、翌朝フリーデリーケに二回目のトントンの意味を聞く。
「あれは<大好き>の意味ですよ陛下」
その言葉を聞いた瞬間、アレクサンドラに物理的に制圧されるまで狂喜乱舞したランベルトだった。
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