第二話 開戦
帝歴四〇九年六月二十一日 早朝
「抜け駆けか!」
ランベルトが敵陣の様子を伺っていると、突如シュトラスの陣から両軍の中央へと一騎の騎兵が走って行くのが見えた。
『やぁやぁ! 我こそは! シュトラスの勇士! ディエゴ・バディジョである!』
「いかん! バルナバス始まるぞ! 配置につけ! くそっ何故少しの時すら待てんのだ!」
「はっ!」
同じ光景を目にしたバルナバスは、ランベルトの声を聞くよりも早く動き出すと、愛馬に飛び乗り自身の指揮する隊に向かって駆け出す。
『我こそはと思わん者は......何っ!』
バババババババッ
ディエゴの口上が終わらぬうちにエグル王国軍前線の弩兵より放たれた数十のボルトがディエゴの鎧を易々と貫く。
「「「一騎討ちを望む相手に飛び道具を用いるとはなんと卑怯な!」」」
シュトラス兵達が憤る。
針鼠のようになったディエゴの体が馬から転げ落ちる頃には、シュトラス兵が競い合うように正面のエグル王国軍に向けて進軍を開始していた。
「旗を掲げよ! 太鼓を叩け! 出陣だ! シュトラス軍を孤立させるな!」
ランベルトの本陣に双頭の獅子の旗が掲げられる。
青地に金糸で描かれた双頭獅子旗はライフアイゼン王家の旗印だ。
兜を被り愛馬ラファエルに飛び乗るように跨ったランベルトは自軍の兵を見渡し、特に混乱なく進軍を開始したことにほっと息を吐く。
もはや陣形も無くエグル軍前軍部隊に向けて進軍を始めたシュトラス軍より少し遅れながらも、ライフアイゼン軍は陣形を保ちつつ粛々と進む。
「殿下の旗印は最後方か。流石にシュトラスといえど殿下を最前線に立たせる程愚かでは無かったか」
皇太子が最前線に居ないことに安心したランベルトは、再び前線を確認しシュトラス軍を孤立させないよう差配する。
「マインラートに伝令! 突出したシュトラス軍の側面を突こうとしているファルコ軍を牽制せよ!」
「はっ!」
ランベルトの側に控える親衛隊から特に騎馬術に優れた者を選抜した十数騎の馬廻衆の内の一騎が、弓騎兵隊長マインラート・カウフマンの旗印に向かって飛び出していく。
それを見たランベルトは自身の率いる軍を少しずつ前進させ、矢の射程距離内に敵前線部隊が入り始めたのを確認する。
「弓兵! 行進射撃用意! ファルコ軍前線部隊に制圧射撃を加えるぞ!」
前後二列で進軍していた弓兵の前列が前進しながら矢を番えて指示を待つ。
「第一射! 撃て!」
弓兵隊前列が撃った二千本の矢は放物線を描きながら雨のようにファルコ軍前線部隊に降り注ぐ。
「第二射! 撃て!」
弓兵の後列が前列と入れ替わり矢を番え第二射を放つ。
「第三射! 撃て!」
三度矢の雨が敵陣に降り注ぐのを確認すると即座に次の指示を出す。
「弓騎兵の牽制後に突撃し、一気に戦線を押し上げる! エルヴィン、突撃後の弓兵の指揮は任せる!」
「御意!」
マインラートの弓騎兵が飛び出して敵前線に弓を放つ。
「ここだ! 突撃用意......」
<<わああああああああああああああああああああ>>
「何っ!」
後方より突如湧き上がる上がる声にランベルトは振り返る。
先程まで存在していた皇太子の旗が見当たらないのを確認した瞬間、敗戦を悟った。
突出したシュトラス軍は長く縦に陣形が伸びていた為に、つい先ほどまで味方だったヴァーグ軍に真っ二つに分断されている。
その勢いのままライフアイゼン軍右側面に布陣していたローゼ公率いる諸侯兵に迫っていた。
ガビーノ軍は、前後に分断されたシュトラス軍の側面を衝くべく進軍方向を変え片翼包囲へと陣形を変える。
ヴァーグ軍の突然の裏切りに、皇太子派の軍が一気に動揺を始める。
だがその混乱の中、ローゼ公爵家の旗印である赤地に銀糸で描かれた獅子の旗は、一切乱れることなくヴァーグ軍に対し陣形を整えていた。
「ぬかったわ。よもや皇太子妃を輩出する国が調略されていたとはな」
「陛下!」
そこへ百騎程を率いたローゼ公配下の将、ゲオルクが巨大な白馬から転げ落ちるようにしてランベルトの前に跪く。
「ローゼ公からの伝令か」
「はっ、皇太子殿下の生死は不明ですが、誠に遺憾ながらこの戦、既に勝敗は決しました。陛下におかれましては速やかにお退き下さいとの事です」
「だが......」
「小道ですがここより北西に進んだ先に、南へ抜ける街道がございます」
「北西......中央突破か」
「御意」
「前掛かりになった軍の足を止め、転進をかけている間に挟撃されるよりはこの戦場より脱出できる可能性はあるな」
「ローゼ公はこれより、陛下の御為に時を稼ぐとの事」
「......わかった、其方の進言に従おう」
「はっ! 先導は私と精鋭百騎が務めます」
「伝令! 全軍に通達! これより我らは正面のファルコ王国軍を中央突破し、北西の街道を使って撤退する! バルナバスとマインラートにはその突破口を開けと伝えよ!」
「「「はっ!」」」
馬廻衆の半分程が一気に飛び出していく。
虎の子の重装騎兵を前面に押し立て、一気に敵軍を正面突破する意思を全軍に伝える。
「さて、始めるか」
馬廻衆の一騎から槍を受け取ると、ランベルトは大きく息を吐く。
「......リーザ嬢の事は任せてくれ」
小さくつぶやくとランベルトは高く槍を掲げる。
「弓兵、弩兵は抜剣! 突撃用意!」
マインラート率いる弓騎兵が再度ファルコ軍前線部隊に矢を浴びせ、バルナバス率いる重装騎兵がファルコ王国軍前線部隊に突撃を仕掛ける。
士気が低く、統率の取れていない兵で構成されたファルコ軍前線部隊はたったの一撃で綻びを作った。
「突撃!」
それを見たランベルトが突撃命令を下す。
抜剣した弓兵と弩兵は軽装歩兵と共にその綻びを広げる。
既に戦場は白兵戦主体の乱戦状態だ。遠距離射撃での面制圧で最大の威力を発揮する弓兵は役に立たない。
それでも弓に自信のあるものは長剣に持ち替えずに、直接照準の水平射撃で敵兵を狩って行く。
熟練の弩兵は味方兵の隙間からボルトの続く限り敵兵を狙撃する。
ランベルトがファルコ軍前線部隊を突破する頃には、バルナバスとマインラートはファルコ軍の中央部隊にまで達していた。
「ファルコ王の居る後方部隊は後退中か、いくさ巧者と噂される割には随分と臆病なのだな」
「グナイゼナウ将軍、王の首一つより、軍の中枢たる将官、将校を多数討ち取った方がファルコ王国にとっては痛手でしょう」
「ふむ、言われてみれば確かにカウフマン将軍のおっしゃられる通りですな」
「戦としては負けですが、ここで我らが大暴れした上で多数の将兵を帰国させれば......」
「実質的に我らの勝利という事ですな」
「そう言う事です、常勝将軍殿」
「ははは、その二つ名は返上せねばならんようです疾風将軍殿」
『シュトラス軍の意地を見せよ! 目指すはエグル王の首一つ! 我に続け! 突撃! 突撃!!』
ヴァーグ軍に分断された上に右側面をガビーノ軍に突かれ、既に千にも満たない数まで減らしたシュトラス軍であったが、エグル軍は遂に前線部隊を突破され、混乱極まるファルコ軍に増援を送れないでいた。
「おっと、シュトラス軍に負けるわけにはいきませんな。グナイゼナウ将軍、援護をお願いいたします」
「お任せ下され」
マインラート率いる部隊は、まさに疾風と呼ばれる速度でファルコ軍の中央部隊に迫っていく。
「シュトラス王もあの数で良くやる、これならなんとかなるやもしれんな」
マインラートは騎射で中央部隊の敵指揮官を次々と射抜く。
指揮官を失った兵は混乱し、統一された戦闘行動を取れない。
時には急接近して長柄武器であるヘレバルデで白兵戦を仕掛け、高速で反転離脱しつつまた騎射を浴びせる。
遠隔攻撃、時には白兵戦と変幻自在に攻撃を仕掛けるマインラート。
マインラートに追従する騎兵も同様に攻撃を仕掛けるが、軽装ゆえに敵より放たれる矢やボルトで数を減らしていく。
だがマインラートは何度もその一撃離脱戦法を繰り返し、敵陣をかく乱していく。
「流石疾風将軍、この乱戦の中であの用兵とは。第五小隊! カウフマン隊のかく乱した敵陣に突撃せよ!」
重装騎兵の攻撃方法は馬上槍による
が、戦場で守備陣形を取る敵陣への攻撃方法は白兵乗馬襲撃、いわゆる体当たりだ。
重装甲を纏った騎士と軍馬の重さに加え、速度が乗った勢いそのまま突撃し、敵兵を吹き飛ばすのだ。
バルナバスはマインラートが敵陣地に作った綻びに、重装騎兵を十騎程突撃させる。
「次!」
バルナバスは次々と重装騎兵を突撃させ、あちこちにできた綻びを更に広げていく。
既にバルナバスは部隊の損耗などを考慮していない。
少しでも早く後続の為に突破口を開く。それだけの為に、通常の戦闘では絶対に選択しない戦法を用いた。
十騎を突撃させて、その場で重装甲を纏った馬と共に暴れさせ、弓騎兵によって混乱した敵陣を更に混乱させるのだ。
既に何人もの兵が馬から引きずりおろされて引き倒されている。
重装甲を纏った兵は、倒されると重い鎧で身動きが取れなくなり、鎧の隙間に剣を突き立てられ次々と命を落としていく。
だが、帰還を考慮していない決死の突撃命令と言えど、臆する兵などいない。
ライフアイゼン王国の誇る最精鋭部隊、それがバルナバス率いる重装騎兵隊なのだ。
数十騎をあっという間に失いながらも、バルナバスは敵の中央部隊が既に戦線を維持できなくなっているのを見て取り、全部隊に突撃命令を出す。
「よし、全重装騎兵突撃せよ! 敵陣突破後、反転して敵兵の後背を衝く!」
◇
自身の放った偵騎から報告を受けたゲオルクがランベルトに進言する。
「陛下、ファルコ軍中央部隊はグナイゼナウ将軍の重装騎兵隊とカウフマン将軍の弓騎兵隊の攻撃で極度の混乱状態に陥っています。ファルコ王を守る後方部隊は後退中、またエグル軍も未だ奮闘中のシュトラスの対応に手いっぱいで、ファルコ軍に増援を送る余裕は無さそうです。このまま一気にファルコ軍中央部隊を突破し北西へと抜けましょう」
「シュトラス軍もエグル軍前線を突破したと言っても流石にあの数だ。無傷のガビーノ軍に食いつかれた以上、流石にもう持たんだろう」
「ヴァーグ軍はローゼ公が足止めをしています。今が好機です」
「よし、ファルコ軍中央部隊を一気に突破する!」
「私は最前線のグナイゼナウ将軍と合流し先導致します、陛下は我が精鋭がお守りしますのでご安心ください」
「頼んだぞ」
「はっ」
そう言うとゲオルクは数騎を引き連れて前線へと向かって行く。
それを見たランベルトは最後の号令を発した。
「これより我らは最後の突撃を敢行し、王都ルーヴェンブルクに帰還する! 我らが行く先をふさぐ全てを斬り捨てよ! ついて来られぬ者はその場にとどまり敵兵の足止めをせよ! 命を無駄に使うな! 国で待つ愛する家族の為にその命を捨てろ!」
「「「応っ!!!」」」
「突撃!!」
◇
◇
◇
史上最大の動員数で行われたこの戦いは僅か半日で終結した。
ハリード皇太子はヴァーグ軍の攻撃により戦死。
シュトラス軍は王自ら敵陣に突撃し全滅。
ローゼ公率いる諸侯兵はヴァーグ軍相手に互角以上に渡り合うが、ガビーノ軍、更に立ち直ったファルコ軍に囲まれ奮闘するもローゼ公が戦死した事により壊滅。
ライフアイゼン軍はその数を半数以下に減らすも、王ランベルトと将官、将校、歴戦の下士官の多数は生還した。
後に継承戦争と呼ばれるこの大戦は、皇太子派の敗北で幕を閉じた。
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