イデアっぽいナニカが視えた話

黒イ卵

第1話・完

 脱蒙だつもう増蒙ぞうもうを繰り返した結果、イデアっぽいナニカが視えるようになった。


 「私、脳をやっちゃいました?」


 最新の技術の進歩は目覚ましく、今やもうひらくのは当たり前、簡単に価値観の塗り替えを行えるため、どんな並行宇宙でも、異世界でもーーかつてはトラックに轢かれるのが多かったそうだーーさまざまな世界に、物理的に行けるので、その世界の歴史、風土、価値観の違いに合わせた脱蒙と、脱した蒙を取り戻したり、よりひらかれた世界へ行くための増蒙が必要で、これをしないと他の世界へ行く際の検蒙けんもうに、引っかかってしまうのだ。


 「なにこの、説明的な回想」

 『イデア都合である。』


 「聞いてたのと違うけど」

 『君のイデアだからね。』


 「ものごとの真の姿じゃないの?」

 『如何いかにも、あらゆる物事の本質をあらわす。』


 「うーん、ヤバイこれ、完全に独り言ヤバイ人だよね?」

 『啓蒙けいもうの足し引きによる副作用とも言う、仕方ない、仕方ない。』


 「副作用なら治るかなぁ」

 『脳機能のバグが発生したようなもんだからなぁ。』


 「口調が私っぽくなってきた」

 『君のイデアだからね。2回目だね。』


 「はあ〜。今ごろ、飛んだ異世界のナーロッパで知識チートで無双して、俺TUEEE!だったのに」

 『本来、見えないものが見えてるという意味では、チートではなかろうか?』


 「いや、なんかこう、イデアってさぁ、こう、さぁ……」

 『うんうん、わかる。もっとすごい感じのね?』


 「完全にくだけた。なにこれ、仕組みどうなってるの?」

 『そこはほら、並列思考でも、上位存在の寄生でも、精霊が宿った、でもお好きに。』


 「寄生イデアとか、ヤなんだけど」

 『わかるわかる〜♫』


 フレンドリイなイデアっちとは、すっかり打ち解けて、しばらくの間、生活をどうするか話し合った。


 イデアっちとの会話は独り言にしか見えないため、普段は脳内の領域に眠り、私が家にいる時は、水晶玉に映した自分と会話するということになった。


 鏡はなんとかタルト崩壊するらしい。なにそのタルト、こわい。

 一人暮らしだから、とりあえずは問題ないはず。


 これって、すっかり打ち解けたのも、寄生による効果なのかな。なんてね、こわい。


 そんなこんなで一ヶ月ほど過ごしたある日。

 私は惰性で慣れ切った生活に油断して、イデアっちとの会話ーーつまり独り言をーー聞かれてしまった。

 トイレで。


 「最近の異世界じゃ、お尻にダイナマイトを入れるのが流行ってるらしいよ、イデッち」

 「イデアっちを略すな」


 私の声と、私の声帯を使っているが、私の声ではない、もう一人の声。


 そんなのが誰もいないはずのトイレから聞こえたら、疑問に思うよね。最初は、レトロ趣味で流行った腹話術の練習ということにして、誤魔化しが効いた。

 私は手に嵌めるタイプの人形を買って、水晶玉と一緒に、持ち歩くことにした。

 だんだんとトイレ以外の、誰もいない講堂や、サークル棟でもやり始めたから、目立ってたみたい。


 「き、君もアイディが視えるんだね? 

  僕と付き合ってください!」


 突然、モサっとした髪と服の、眼鏡をかけて、手にホログラム装置を持った男性に声をかけられたのは、学内の芝生で、イデっち人形と、漫才の掛け合いを極めようと、ツッコミの間をコンマ数秒ごとに変えていた時のことだった。


 彼の名前はオカダくん。

 彼もまた、イデアっちが視える側の人間だ。


 「アイディが視えてから、僕はホログラムにアイディを投影したんだよ。仮想趣味ってやつかな、はは……」


  ホログラムには、虹色の光をした女の子が、くるくると回っている。


 『コンニチハ。ワタシ I.D.。アイディ ト

  ヨンデネ。』


 オカダくんから、機械音声風にした、幼い女の子を模した声がする。


 「オカダくんのイデアなの?」

 「う、うん、多分、そう。僕はアイディって呼んでる」


 オカダくんの目は、前髪で隠れてるし、眼鏡で隠れてるし、何よりこちらと視線を合わせないから、ちょっとだけイラッとする。

 

 「あのさ、僕と付き合って、て言ったんだからさ。目ぐらい合わせてよ」


 「あっ、あっ、ごめん! これでいいかな?」


 そう言って、眼鏡外して、前髪をヘアピンで留めた。両目。開いて。


 まつげがバサァッて長くてカールして、薄い翠の眼が、猫みたい。きれい。


 「目、大きいね……」

 『ふむ、新人類か。』


 「あっ、アッ! そうです、だからっ、タナカさんもそうかと思って」

 『アイディモ オモッタ。』


 さっきまでのモッサリしたオカダくんはどこに行ったんだろう。きれいな目をした新人類ってやつで、私の声を使ったイデっちと、オカダくんの声を使ったホログラム・アイディで、すっかり会話が盛り上がってる。


 「の、ノド、渇いたっ、水っ」

 「あっ、僕、麦茶、持ってます!」


 ぷはぁ、と息をついて、喉をうるおす。こんなにたくさん話すのは、実家にいた時以来。


 「ねぇ、オカダくん。次の講義、対面?」

 「僕は対面終わったから、あと適当にオンライン」

 「じゃあさ、一緒に、異世界行かない? イデアで無双しよ?」


 イデア仲間がいるとわかって、私は少し気がラクになる。

 

 「よかった、私、廃人になったかと、思ってたんだよね」

 「僕も、最初は。そのうち、タナカさんも、目が光るよ」


 だんだん、仲間が増えてくる。

 新しい人類ってヤツになったら、みんな鏡を嫌うだろうか。


 「タナカでいいよ。私も、オカっちって呼ぶよ」


 きらりとオカっちの目が光って、嫌いじゃないなって、そう思った。

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イデアっぽいナニカが視えた話 黒イ卵 @kuroitamago

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