僕らの恋の形【BL短編集】

誠奈

第1章 SAKURApromise

1

何年ぶりだろうか…


寂れた無人駅のホームに立ち、ふとそんなことを思う。


確か、高校を卒業してからだから…

もう10年は経ってるか…


それなのにこの全く変化のない景色ときたら…


俺は一つ溜息を落として、誰もいない駅から出た。

こんな田舎町に、タクシーなんて洒落たモンはありはしないから、唯一の交通手段であるバス停を目指す…が、


あれ?

確かここにあった筈なのに…


まさかな、と思いつつも、10年前から変わらない佇まいの、駅前のこれまた寂れたタバコ屋を覗いた。


「あの、すみません」


建付けの悪い木枠の引き戸を引くと、店の奥の自宅、なのだろうか…、お婆さんが顔をひょっこり出した。


そのお婆さんの顔を見た瞬間、俺はやっぱり10年の時が過ぎていることを悟った。


「あの、あそこに前バス停があったと思うんですが…」


俺が聞くと、お婆さんは少しだけ何かを考えるような素振りを見せ、暫く考えた後その皺だらけの顔をクシャッとさせた。


「ああ、バスね? アレなら、と〜っくの昔からあるに廃線になっとるよ?」


マジかよ…


「それはいつ頃?」


相手が年寄りだからと、疑っているわけではないが…やっぱり信じられない。


「さあねぇ…、かれこれ7、8年は経っとるんじゃないかねぇ…」


嘘だろ…


失意のままお婆さんに礼を言うと、タクシーは勿論のこと、バスも諦めて殺風景な町を、大きなトランクをゴロゴロと引きながら、トボトボと歩き出した。


こんなことなら、荷物だけでも先に送っておけば良かった…


後悔先に立たず、ってやつだ。


実家までは、歩いて一時間はかかるだろうか…


体力に自信が無いわけじゃない。

でも、都会の便利さに慣れてしまった身には、少々…いや、かなり堪える距離であることには違いない。


はあ…口を開けば溜息しか出て来ない。


10年経って何か変わってるのを、ちょっとは期待してたんだけどな…


極めて淡い期待ではあったけどね?

なのにさ、そんな淡い期待すら打ち砕くように、な〜んも変わってない景色に、うんざりする。


やっぱり帰って来るんじゃなかった…


そう思わないわけじゃない。


けど、仕方ないじゃないか…

こんな田舎町で育った俺が、ただただ憧れだけで都会に出た結果、身体ならともかく、精神を病んでしまったんだから…


『まあ、そこそこいい感じで鬱病ですね』


医者はそう言った。

それも満面の笑でね?


俺の“鬱”が酷くなったのは、きっとあの医者のせいでもあると思う。


お陰で会社もクビになっちまったし…


結局、あんなに嫌だったこの町に帰って来るしか、俺には残っていなかったんだから…

彼との思い出が、ギッシリ詰まったこの町に…


30分も歩くと、景色は町並みから田園風景へと変わっていた。


ここまで来るのに、コンビニはおろか、自販機一つ見かけなかった。

この先も、多分望めないだろうな…


つい数時間前までいた街には、コンビニも自販機も溢れていたのに…


そんな取り留めの無いことを考えていると、どこからかフワッと甘い香りが漂ってきた。


桜…?


俺はその香りに誘われるように、本来なら右に曲がらなければいけない道を、左に曲がった。


呼んでいるような気がしたんだ。

桜の木が俺を…


そうして辿り着いた場所は、彼と初めて出会った場所だった。


今はもう通う生徒もなく、廃校になってしまった、中学校の校庭。

青春の汗を流したグラウンドも、すっかり荒れ果て、雑草が一面を覆い尽くしていた。


サッカーゴールは錆び付き、テニスコートのあった場所には、長い年月をかけて変色したテニスボールが、所々に落ちている。


そんな廃墟然とした光景の中に、一本だけ、満開の桜の木が立っていた。

他の桜の木は、全部枯れ果ててしまって、蕾を付けることすらないのに、その木だけは違っていた。


そう、彼と初めて言葉を交わした、あの桜の木だけは…



違っていたんだ…



懐かしいな…


そう思って一歩足を踏み出した時だった。

一陣の風が俺と桜の木の間を通り抜けた。


途端に舞い散る薄桃色の花弁が、俺の頬に当たっては、足元にヒラヒラと舞い落ちる。


「待ってたの? 俺を…?」


俺はトランクをその場に放り出し、舞い散る桜吹雪の中を、桜の木に向かって歩を進めた。


そうして指先がいよいよ木の幹に触れようとした、その時だった。


ポケットの中で、軽快な音楽を掻き鳴らしながらスマホが震えた。

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