第48話 麒麟と真名

 眼を閉じて、すうっと息を吸い込む。

 ゆっくりと眼を開け、采希さいきは風に声を乗せる。


天照坐あまてらします皇大御神すめおおかみの巫女みこ土御門つちみかど晴明はるあきら。応えろ、どこにいる」


 采希の声は風に乗り、拡散する。

 ふと、遠くで空気が震える気配がした。同時に那岐なぎが声を上げる。


「捕まえた!」


 そのまま那岐の身体がぐらりと傾いだ。慌てて琉斗りゅうとが受け止める。


「――那岐? どうしたんだ、采希! 那岐が……意識がないぞ!」

「分かってる。榛冴はるひ、方角は?」


 榛冴が眼を閉じたまま右手で指し示す。

 采希が感じた気配と、那岐の気配が向かった方向も一致していた。


「那岐、聞こえるか?」

《うん、聞こえてる。兄さん、早く来て! あきらちゃんの様子がおかしい!》




 念入りに結界を張った小太郎の家に榛冴と朱雀を護りとして残し、采希たちは琥珀の助力を得て跳んだ。


《実際には采希さんの力で、私は力を導くだけです。那岐さんの残された跡を辿るのであれば、采希さんの力だけで跳ぶことは出来ます》

「いや、俺、やったことないし。俺一人じゃないから、可能な限り安全策でいこう」


 そうして采希たちは琥珀が作った光の環に包まれ、那岐の空っぽの身体と一緒にどこかへ運ばれて行った。



「――どこだここは? 日本なのか?」


 那岐の身体を背負ったままの琉斗が茫然と呟く。

 辺りは一面の砂漠だった。

 空は暗く、星も見えない。なのに、周囲の景色ははっきりと確認できる。

 光源もないのに砂漠に描かれた砂紋がはっきりと見える。一体どんな仕組みなんだろうと采希が考えていると、榛冴の声が聞こえた。


《采希兄さん、余計な事は考えないで。まずは那岐兄さんを捜してね》

「――榛冴、俺の心の中まで視えるのか?」

《まさか。采希兄さんのことだから『どこに光源があるんだ?』とか考えてるんだろうなって、そう思っただけだよ》


 察しの良すぎる榛冴に苦笑しながら采希は答えた。


「はいはい、分かった。那岐、どこだ?」


 辺りを見回しながら大きな声で呼ぶと、かすかに遠くで何かが光った。それはどちらかと言えばまたたいた、くらいの一瞬の光だった。


「采希、さっきから那岐の身体が、筋肉が痙攣を起こしているように動いているんだが」


 律儀にもずっと那岐の意識のない身体を背負っていた琉斗が、どうにかして背中の那岐を確認しようと首を捻っている。


《――……いき……いさん……》


 風に紛れそうな声に、采希と凱斗かいとが反応する。


「采希、今の――」

「向こうだな。急ごう」


 走り出したものの、砂に足を取られて思うように進まない。

 慌てて砂に手を着いた凱斗が情けない声を上げる。


「ちょ……これじゃ無理だろ? この砂、どうにかなんないのか?」

「兄貴、砂漠なんだから当たり前だろう」

「そんなのは分かってんだよ! こんなとこ走ってたら、あっと言う間に体力消耗しちゃうだろ?」

「それはお前の鍛え方が足りないんだ」

「――てめ……この……」


 凱斗と琉斗がまたもや不毛な応酬を始めそうな気配を放っているのに気付き、采希は慌てて天に向かって呼び掛ける。


「ヴァイス! ロキ!」


 二体の白い霊獣が采希の眼の前に降り立った。


「お前たち、動けそうか?」

《問題無い。采希、お前が倒れない限りはな》


 白狼が応える。白虎も長い尾をぱたんと振ってみせた。

 白虎に采希と凱斗、白狼に琉斗と那岐の身体を乗せ、ふわりと地面から浮き上がり、二体はそのまま走り出した。



 向かう先で時々ちかりと光る。

 近付くにつれ、それは力同士がぶつかった時の閃光だと認識できた。衝撃波が砂に模様を作り、采希たちの元まで届いている。


(誰と誰が闘っているんだ? まさか――)


 嫌な予感は的中した。

 采希の脳裏に遥か前方の景色が映し出される。

 巫女が仁王立ちのまま那岐の霊体に攻撃している。那岐はその攻撃をひたすらガードしているように見えた。

 黒っぽい塊が巫女の手の平から那岐に向かって繰り出され、那岐がそれを必死の形相で消滅させている。


「那岐! ――急げ、ヴァイス!」


 ぐんっと白虎のスピードが上がる。

 遠目に見ても分かるほど、完全に那岐が不利だった。


(急がないと――いくら那岐でも、もたない……)


 そう思った途端、采希の身体がふっと軽くなった。

 まるで空気に溶けたように、一瞬で那岐の元に到達する。


《兄さん!》

「那岐……いや、今、一体何が……」


 慌てて振り返ると、まだかなりの後方に二体の白い獣と凱斗たちが見える。

 采希の背中にしがみ付いていた凱斗が驚いてバランスを崩すのが采希の脳裏のスクリーンに映る。


「――俺、跳んだ……のか?」

《兄さん、あきらちゃんの様子がおかしいんだ。僕の声も聞こえていないみたいで……》

「那岐、お前はひとまず自分の身体に戻れ。ここは任せろ」

《うん、すぐに戻って来る》


 那岐の霊体が身体の方に向かうのを確認して、采希は巫女に向き直る。


「――あきら」


 瞬きもせずに采希を見つめ返す。その瞳に光はない。虹彩が開き切っているかのように、真っ黒な瞳。

 左手を挙げ、ぶんっと振り下ろす。

 その手には鞘に収まった大太刀。通常の太刀よりも更に長いのが、鞘の上からも分かった。

 すらりと鞘から抜かれたその刀身は、鈍い銀の輝きを放つ。

 身体の前で構えられたその切っ先が、真っすぐに采希を指している。


「あきら、どうしたんだ? 一体何があった? お前――」


 はっと気付いて向き合った巫女の周囲に視線を這わせる。


(この身体、あきらの気配がない。――だとすると……)


 無表情のまま采希に一直線に向かって来る巫女の打突を、身体を捻って躱す。

 そのまま刀を返し、采希の胴体を薙ぐ。

 刀筋は以前見たままの鋭さだが、何かが違う。

 口を引き結んだまま無表情に太刀を構え直し、縦横無尽に振り回す。


(違う、やっぱりこれは――)


 巫女の中に、巫女の魂は存在していないのだと察した。

 今の巫女の動きには緩急が感じられず、平坦な攻撃パターンになっているのに采希は気付いた。

 剣戟けんげきに慣れていない采希でも避けることは容易かった。


「あきら、どこだ? 応えろ!」

《――ここだ、采希》


 采希の頭上、僅かに後方から声が聞こえた。

 采希が振り仰ぐと、そこには小さな光の珠が浮いていた。


《こんな姿で失礼する》

「……お前、身体から抜け出したのか?」

《いや、追い出された》

「誰に……いや、それはいいか。お前の身体なんだから、これ、どうにか出来ないのか?」


 無表情に襲い来る巫女の身体を指差し、踏ん張りの効かない砂地に苦心しながら采希が声を上げる。


《――名と真言を》

「了解っ!」


 大きく後ろに跳んで、采希は巫女の身体から距離を取る。

 右手に現れた金剛杵を巫女の頭上に向かって放り投げ、真言を唱えた。


「なうまくさまんだ ばざらだせんだ まからしゃだ そわたや うんたらた かんまん! 止まれ、土御門晴明!」


 巫女の頭上で浮かんだままの金剛杵が光を放ち、同時に巫女の動きが止まった。

 ほっとして思わず采希は砂の上に座り込んだ。砂に足を取られて、思った以上に体力が削られていた。


《――すまなかったな、采希》

「何がですかね。ずっと俺の呼び掛けに応えなかったこと? 大変な事になってるのに俺を頼らなかったこと? それとも――」

《いや、もう勘弁してくれ。すまな……あ、ありがとう、ここまで来てくれて》

「――ったく、最初からそう言えばいいのに。で? あの身体には何が入ってるんだ?」


 縛されたままの巫女の身体に向かって顎をしゃくる。


《何も》

「――は?」

《何の魂も入ってはいない。ただ、操られているだけだ》


 采希は目の前に浮かぶ、光の珠を見つめる。

 あれだけの力を持つ巫女の魂魄を身体から追い出したうえ、操る事ができるとは、信じられなかった。


「……誰が操ってるっていうんだ?」

《う~ん……【意思】……かな》

「意思って、誰のだ?」

《――この世の……というか、宇宙? いや、地球の?》


 疑問形で言われても采希にはどうしたらいいのか分からない。


《何て言えばいいのか私にも分からないんだ。例えば時代が大きく動く時などに、何かの意思が働いてるんじゃないかと思うような流れになることがあるだろう? そんな感じの……》


 彼女の声を発する珠はふわふわと動き回り、一生懸命説明しようとしているのだろうと伝わった。


「あー、あるな。それって、運命……とか」

《定められた結果に向かって行く力の流れ、という事ならば運命と同じだな。人によっては、神の意思や力だと言うんだろうな》

「神? ガイア理論的な感じのか?」

《ガイア理論……地球それ自体が生命体であるって言う、あれか? そうだな、では私の存在はガイアによって淘汰されると言う訳だ》

「淘汰? その【意思】とやらが、なんで……」

《私の力はこの世界には不要だと――そう【意思】に認定されたようだ》

「どうして――」

《今の私の身体は複数のしゅを纏っている》


 采希は思わず巫女の立ち尽くしたままの身体を振り返る。

 変色した血が所々にこびり付いてはいるが、見た目ではどんな呪が掛かっているのか分からない。


「誰の、呪だ?」

《今の所、不明だ。どこかの邪教集団か何かだと思ったんだが……》


 確かに、巫女の持つ力は人の運命さえも捻じ曲げてしまえるだろう。

 だからと言って、人ひとり消し去ろうとするなんて、神様の考えることは采希にはよく分からなかった。


《私の身体に呪を掛けることで、この世に存在してはいけないモノだと【意思】に思わせるように仕向けたらしい》

「じゃあ、小春を攫ったのも――」

《その、よく分からない集団だ。小春の身体が私の力の器なのには気付いていたんだが……この十日ばかり、笑ってしまう位に何もかも邪魔が入ってな。――対応が遅れた》


 珠の光量が少し減り、巫女が落ち込んでいるように感じられた。

 光っているだけなのに巫女の感情が伝わる事実に采希がくすりと笑うと、巫女の憮然とした声が返ってきた。


《笑っていないで、私が戻る手伝いをしてくれないか?》

「戻っても大丈夫か? お前に掛けられた呪はそのままなんだろう?」

《……正直なところ、分からない。だが今のままでは何も出来ないからな》

「そうか。では――土御門晴明、身体に戻るんだ」


 巫女の身体がびくりと反応する。その身体が光を纏い、嫌がるように身じろぎした。

 光量を増した珠が身体に吸い込まれる。手にしていた太刀がすうっと消え、巫女の身体がゆっくりと倒れた。


「――!! あきら!」


 慌てて駆け寄ろうとするが、砂に足を取られる。

 ちょうど駆け付けた二体の霊獣から那岐が飛び降り、采希より先に彼女を抱き留めた。


「あきらちゃん……? 本物?」

「――ああ、そうだ。すまなかった、那岐。お前を……」


 那岐が大きく首を横に振る。


「なぁ巫女さん、話は聞こえてたんだけどな、その身体、操られていただけじゃないよな?」


 凱斗が巫女の傍にしゃがみ込む。


「兄貴、どう言う意味だ?」

「うーん……――こう言うこと」


 首を傾げる琉斗をちょっと見上げ、凱斗が巫女の身体に手を伸ばす。その手はすごい勢いで弾かれた。


(凱斗が触れない? それって……いや、でもどこかの集団に呪を掛けられているって言ってたし、それなら……)


 凱斗が触れないのは、目の前に横たわったこの身体が邪気に侵されていると、そう言うことだ。

 ヒトの施した呪で巫女をそこまで変えたのか、と考えながら采希は凱斗に口を開きかけた。

 なのに、凱斗から返って来たのは意外な言葉だった。


「――いや、あくまでこれは俺の感覚なんだけどさ、この呪い……神様クラスだと思うんだよね」

「――は?」

「確かにヒトの手も掛けられてるけど……それ以上の何かが身体中を覆っている――で、合ってる?」

《凱斗兄さんにそれが分かった、ってのがちょっと癪に障るけど……多分、正解》


 空中を見上げた凱斗の問いに、榛冴の声が応える。


「それ以上の何か……どういう事だ?」



 那岐に抱えられた巫女の身体は、さっきから微動だにしない。

 身体に戻るまでは会話も出来て、さっきは那岐の問い掛けに声を発していた。

 なのに、今は全く動く様子はなかった。


 その身体から微かな気配を感じ取り、那岐が叫んだ。


「――兄さん……ちょっと、これは……みんな、離れて!」


 那岐の声が終わらないうちに、巫女の身体から気が放射された。まさに放射と言うのにふさわしく、圧縮された空気が采希たちを一斉に吹き飛ばす。


「いってぇ……何なんだこれ、身体中に剣山投げつけられたみたいな……」

「剣山を投げつけられたら、もっと血まみれになるだろうが」

「比喩だよ、比喩! 当たり前だろ? ――ったく、ばっかじゃねえの?」

「お前は大仰に騒ぎ過ぎだ、凱斗」


 凱斗と琉斗がまた無駄に喧嘩を始めそうな雰囲気に、采希が慌てて割って入る。


「今のは俺でもかなり痛かったから。邪気に反応する凱斗は相当なダメージだったと思うぞ。那岐も――おい、那岐?!」


 一番の至近距離にいた那岐が、かなり離れた所で仰向けに倒れたまま動かない。

 駆け寄ろうとしたその時、巫女の身体がぎこちなく立ち上がるのが視界に入った。


「あきら! 聞こえてるのか?」


 巫女の身体は無表情に采希を見て、ぐるりと首を回して那岐の方を向いた。そのままゆっくりと那岐に向かって歩き出す。


(ヤバい! この気配は――殺気だ)


 それは凱斗や琉斗にも分かったらしく、二人が那岐に向かって走り出す。

 琉斗が左手首のバングルに触れて右手を横に払い、紅蓮を呼び出した。


《琉斗、まだ采希の力を受け取ってない》

「いいんだ紅蓮。あきらを斬ることはできない」

《でも――そしたら琉斗、死ぬよ?》

「いいから、木刀のままで……お前なら、折れないだろう?」

《…………わかった》


 巫女の手には、先程の大振りな太刀が握られている。

 どう見ても木刀の紅蓮とでは、切っ先の届く範囲が違い過ぎた。


「バカか琉斗! 不利だと分かって突っ込むとか――」


 采希が左手をぶんっと振ると、琥珀が弓の姿で現れる。


「いくぞ琥珀。那岐の周りに結界を!」

《承知しました》


 きりりと引き絞った弦から光の矢が放たれる。

 それは空中で無数に分かれ、那岐の周りの砂に突き刺さり結界を作った。

 巫女の身体が那岐の元に到着する寸前で琉斗が那岐の前に立ちはだかり、巫女の太刀筋を渾身の力で受け止めた。


「あきら! 眼を覚ませ!」

「無駄だ、琉斗! あきらの意識は――おそらく……」


 おそらく、今の巫女の身体にあきらの意識はないと采希は思っていた。

 さっき魂魄が身体に戻ったはずだが、気配は感じられない。


『やり直しは利かない』

 朱莉あかりの言葉が思い出され、采希の胸に刺さる。


 どうしてよく考えもせずに巫女の魂魄を呪で縛られた身体に戻してしまったのか。

 叫び出したくなるような後悔が采希の中で溢れ出す。


《采希さん、マスターは……確かにあの中におられます。しかし……》

「いるのは確かなんだな? だったら――」


 さっき跳んだ感覚を思い出し、采希は一瞬で琉斗と切り結んでいる巫女の背後を取る。

 後ろからその身体を抱き締めると、心を落ち着かせて言葉を紡ぎ出した。


「――あきら、おいで。その身体から出て、俺の中に来るんだ」


 巫女の身体がびくりと跳ね上がる。額のあたりから淡い光が拡がり、采希の中に巫女の意識が流れ込んできた。

 か細いその声は、砂漠に吹く風に紛れるように聞こえてきた。


《采希……すまない。――いや、ありがとう。だが、それは無理だ。早くこの場を離れろ。――頼む》


 采希の腕の中で巫女の身体から炎が上がる。黒い、炎だった。

 采希が思わず身体を離すと、凱斗が采希の手を引いて巫女から遠ざけた。


「采希! どうしたんだ? 巫女さんは誰かに意識まで乗っ取られたって言うのか?」

「……分からない。でもあきらの意識はまともだと思う。表面には出て来られないみたいなんだ」

「まともな巫女さんが、あの身体の中に閉じ込められている――ってことか?」


 ちょっと迷いながら采希は頷く。

 巫女の身体が采希と凱斗に向き直った。ゆっくりと太刀を構える。

 砂の足場を物ともせず、あっという間に采希たちに詰め寄り、太刀を振り下ろした。


 真っ白な火花と共に陶器が割れるような音が響く。――那岐の結界だ。

 太刀筋よりも一瞬早く、采希と凱斗の前に現れた。


「那岐!」

「兄さん、こっちへ!」


 意識を取り戻した那岐の傍に、采希は凱斗の手を無造作に掴んで跳んだ。


「お前、戻ったのか。よかった」

「ごめんね、兄さん。ちょっと衝撃が強くて……。もう平気だから、あきらちゃんを助けよう」

「でも那岐、あの身体を止めないとどうしようもない。あきらの魂は身体に閉じ込められて身動きが取れないしな」


 采希はちょっと投げ遣りに呟いた。本当に、あの動きを止められる気は全くしなかった。琉斗でも力負けしそうだと、そう思った。

 采希の言葉に那岐がにっこりと笑う。


「でも、止められれば何とかなる気がするんだけど」

「いや、だからってな、あの身体を止める方法なんか……」


 どうして那岐がそんな風に考えるのか、采希には理解できない。

 再び巫女の身体がこちらを向いて太刀を構えるのが視界に入った。

 采希の肩にぽんっと手が乗せられる。


「俺に、任せてみないか?」

「――兄貴? 何か策があるのか?」


 琉斗が疑わしそうに眉をひそめる。

 その自信満々な様子に、采希はふと思い当たった。


(――あ、そうか。凱斗は麒麟の真名を唱える気だ。だったら――)


「那岐、時間を稼ぐぞ! 凱斗が呼び出すまでの間、持ち堪えるんだ」

「はいっ!! 琉斗兄さん、行くよ!」

「え? ――分かった」


 那岐と琉斗が同時に飛び出し、巫女の身体が繰り出す攻撃を交互に受け止める。

 采希は金剛杵を構え、二人の身体の表面近くに防御の結界を張り巡らせた。


 采希の耳に凱斗の声が聞こえてくる。


炎駒えんく、俺の声が届くか? ここに、来い! 炎駒スルト!」


 空間が歪んだ気配がして采希は思わず振り返る。

 そこには燃えるような鬣の、麒麟――炎駒。


(これが――凱斗が助けたっていう最高位の聖獣、麒麟族? ――綺麗だ)


 こんな時なのに、采希は思わずその紅の体躯に見とれていた。

 采希の耳に鈴を転がすような音が届く。


《采希さん、炎駒さまが采希さんにご挨拶を――ご助力くださるとのことです。それと、巫女本来の力ではないのでこの程度であれば雑作はないと》

「――琥珀、炎駒の言葉が分かるのか……」


 本来の力とは多分、巫女の意識がある時の事を言っているのだろうと、そう思った。

 麒麟族にまで一目置かれているとは、つくづく化け物だと采希は大きく息を吐く。


「どうして凱斗を助けてくれるんだ?」


 凱斗が何か頼まれたらしいとは聞いていたが、采希はずっと疑問に思っていた。


《――それは……》


 琥珀が言い澱んで凱斗をちらりと見た。


「あ~……炎駒もそろそろ代替わりする時期だからってさ、次の世代の子供が必要になったらしい。まあ、サーガラにとっての姫さんみたいなもんか?」

「子供って……あんたの?」


 凱斗がぎょっとしたように采希を見る。


「――は? 何言ってんだよ! んな訳ないじゃん。炎駒、雄だろ?」

《炎駒さまに性別はございません》

「琥珀、真面目に答えなくていい! ――炎駒は自分の気から子供――分身を作ろうとしてたんだよ。俺はそのための【場】を作るためと、炎駒の力の増幅器の役目で呼ばれた……んだっけ?」


 琥珀が笑いながら頷く。


《大まかな意味では――》


 琥珀の様子から、凱斗はかなり適当に説明したのだろうと采希は考えた。


「采希! まだか?!」

「兄さん、そろそろヤバいです!」


 体力自慢の二人掛かりでも巫女の攻撃を防ぐのは限界だった。

 采希の方を見つめる炎駒の瞳を見返し、采希は静かに頭を下げた。

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