130. NP:Raid of outlaws

 ――――― ★ ―――――




 サムはグレタに連れられ、事務所の奥にある部屋に着く。

 そこでは、茶髪を短く刈り上げた人族の青年が待っていた。


「よぉ、グレタの嬢ちゃん」

「ヨーキリーさん!」

「そっちが例の?」

「そう。なんやかんやで、一緒に逃げることになったわ」

「そいつはまた……」


 二人の会話に明確な主語がないのは、果たして偶然か、それとも故意か。


巾着鼠スマグラットへの依頼の件、本当にありがとう。お陰で助かったわ」

「おっと、そいつは俺らの発案じゃあねぇよ」

「え?」

からの『指示』だ」


 またしても曖昧な会話だが、「指示」という単語でグレタはヨーキリーが言う「あいつ」が誰なのか察したらしい。

 納得顔で「ああ〜」と頷いた。


「で、お二人さんはこれからどうする?」

「そのことなんだけどね……できれば、ここで少し匿って──」

「兄貴ぃ!」


 話の途中で、舎弟らしき男がドアを破るように入ってきた。


「バカ野郎! 話し中だぞ!」

「それどころじゃねぇですぜ兄貴!」


 一呼吸置いて、舎弟らしき男がそのガラの悪い顔に焦りを滲ませながら言った。


「カチコミでさぁ!」

「──ッ!?」


 落ちぶれ気味とは言え、ここは腐ってもヤクザの事務所だ。

 気軽に襲撃カチコミを仕掛けてくる人間など、そうそういるものではない。

 いや、いるには居るが……というか、つい先日、とあるフードの男にチョチョイと事務所ごと制圧されたような気もするが……とにかく、相当な覚悟がなければここに襲撃を仕掛けてくることなどないはずだ。


 それが、で起きた。

 ならば、相手はかなり限られてくる。


「敵は!?

 マフィアか、それとも刺客か!?」


 ヨーキリーの頭の中に、東メイン通りで戦った相手の姿がチラついた。


「ど、どちらでもありやせん!」

「何だと?

 なら、前からうちと殺りあってる『ハバロ組』か『サルバドル一家』あたりか?」

「そっちでもありやせん」

「じゃあ誰なんだ」

「そ、それが……狂った麻薬中毒者ジャンキーどもなんでさぁ」

「なに?」


 可能性が高い順に候補を挙げてみたヨーキリーだが、舎弟の意外すぎる回答に思わず眉を顰める。

 赤龍組は、これまで麻薬売買に一切関与したことがない。

 謂わば、麻薬中毒者ジャンキーとは一番無縁の闇組織だ。

 そんな赤龍組に、どうして縁遠いはずの麻薬中毒者ジャンキーどもが襲来してくるのか。


 そうこうしていると、廊下の向こう──入り口の方から戦闘音が伝わってきた。

 チラリと見えた敵は、確かにマフィア風の人間にも、刺客風の人間にも見えない。

 寧ろ、外見は平凡そのもの。

 どう見ても一般市民だ。

 ただ、その両目は異様なほどに血走っており、口からは涎を撒き散らしている。

 額や首の血管ははち切れんばかりに膨れており、意味不明な言葉を喚きながら手当たりしだいに人を襲っている。

 やっていることは暴徒そのもの。

 精神状態も身体状況も、明らかに普通じゃない。


「ヨーキリーの兄貴!

 そっちに抜けます!」


 入り口で暴徒と戦っていた舎弟の一人がヨーキリーに警告する。

 どうやら、数が多すぎて抑えきれなかったらしい。

 直後、暴徒たちが雪崩を打って事務所の奥へと押しかけてきた。


 暴徒たちに技量と呼べるものはなく、戦闘に関してはどう見ても素人だ。

 しかし、痛覚が麻痺しているのか、それとも痛みを感じる理性が残っていないのか、彼らは組員に斬られてもびくともしない。

 そのせいで食い止めることができず、事務所の奥へと侵入を許してしまった。

 数は、見えるだけで10は軽く超えている。

 足音や喚き声を聞けば、下手したら50はいるかもしれない。


「兄貴!」


 意味不明な叫びを上げながらトンカチを振り回す暴漢が、ヨーキリーたちに迫る。


「ふんっ!」


 抜刀したヨーキリーが、トンカチを持っている暴徒の手を切り落とす。

 が、暴漢は意に介すことなく、そのまま狂ったように笑いながらヨーキリーに噛みつこうとする。


「ちぃッ! 面倒くせぇ!」


 直刀の柄を上へ向け、首を伸ばして噛み付いてくる暴漢の顎を打ち砕く。

 普通ならこれで脳震盪を起こして気絶するはずだが、暴漢はそれでも止まらない。

 残っている方の手を伸ばし、ヨーキリーの髪を掴もうとする。


「……仕方ねぇ」


 一瞬だけ逡巡し、ヨーキリーは暴漢の首を刎ねた。

 ヤクで狂った者は筋力の箍が外れているので、下手に無力化しようとすればこちらが危ない。

 被害を最小限にするには結局、殺すしかないのだ。


 刃に付いた血を振り落とし、ヨーキリーはグレタとサムに振り返る。


「お二人さんは組長室に隠れとけ。すぐに終わらせる」


 数が多いとは言え、所詮は理性のない狂人だ。

 ヨーキリーやその舎弟たちにかかれば、ものの数分で片がつくだろう。

 グレタとサムが流れ弾に当たらないよう、二人を組長室に匿うだけで十分だ。


「分かったわ。

 ……ヨーキリーさんも気をつけて」

「誰に言ってやがる」


 不敵な笑みを残し、ヨーキリーは直刀を携えて事務所の入口へと向かった。






 ◆






「テメェがこいつらの隊長か」


 事務所の外。

 侵入した麻薬中毒者ジャンキーたちを舎弟たちに任せ、一人きりで突っ切ってきたヨーキリーは、猛り狂う麻薬中毒者ジャンキーの群れの最後尾で静かに佇む男を見てそう言った。

 目の隈が酷い、細身の男だ。

 一人だけ理性を保っており、身なりもいい。


「初めまして、赤竜組の若頭。

 僕はアルバーノ一家の『夢売り』、しがないだよ」

「はっ、マフィアの幹部か。

 これだけの人間の人生を狂わせといて『薬商』とは笑わせる。

 『外道』の間違いじゃねぇのか?」


 目の前に広がる麻薬中毒者ジャンキーの群れには、男も女もいれば、老いも若きもいる。

 人夫らしき筋骨隆々の青年もいれば、鋸を持った職人らしき中年男もいる。

 かと思えばナイフを持った妖艶な格好の若い女もいれば、両手に包丁を持った中年女もいる。

 極端な例では、こぶし大の石を握りしめた男の子と、杖を構えた腰曲がりの老人だろうか。

 職業も性別も年齢もバラバラな人たちが、一様に狂気と殺気に満ちた目でヨーキリーを睨んでいるのだ。


「彼らは皆、生活に苦しみ、安らぎを求めて僕の下にやって来た、謂わば『夢追い人』だよ」

「安らぎ? 更なる地獄だろ」

「お金さえ払えば、『安らかな夢』は保証するよ」

「だからテメェは『夢売り』ってか?」

「そうさ。僕は『夢』を売る。全ての苦悩と苦痛を忘れられる『夢』をね」

「で? こいつらは金が払えなかった連中ってわけか?」

「その通り。

 僕の言うことを聞いてくれるなら、望む『夢』を与えてあげる。

 そういう契約で、彼らはここに居るんだよ」

「……やっぱ外道じゃねぇか」


 麻薬を餌に、麻薬中毒者ジャンキーたちを尖兵とする。

 誰も戦闘訓練を受けていないから、使い捨てが前提なのだろう。

 なんとも悪辣だ。


「まぁいい。

 俺たち赤竜組にカチコミなんざキメるってんだ。

 殺されても文句は言うなよ?」


 最後尾に居る「夢売り」にたどり着くには、目の前の麻薬中毒者ジャンキーの群れをなんとかしなければならない。

 が、ヨーキリーの腹は既に決まっている。

 麻薬の虜となり、抜け出せない段階まで堕ちてしまった彼らにとって、死はある種の救いなのかも知れない。

 だから、殺してやることこそ慈悲。

 そう自分に言い聞かせながら、ヨーキリーは直刀を構えた。


「ああ、言い忘れてたよ」


 目の隈に更に影を作りながら、「夢売り」が暗く笑う。



「僕の手駒は、彼らだけじゃない」



 「夢売り」がそう言ったのと、ヨーキリーが後方に回避したのは、ほぼ同時だった。

 次の瞬間、ヨーキリーが先程まで立っていた場所に、4本の武器が殺到する。

 大剣、戦鎚、大斧、メイス。

 それぞれの武器を振り下ろした4人の大男が、いつの間にかそこに居た。

 全員がレザーマスクを被っており、上半身は裸。

 全身の筋肉が異常なまでに膨張していて、血管がはち切れんばかりに浮き出ている。

 限界まで見開かれた目は酷く充血しているが、他の麻薬中毒者ジャンキーとは違って理性の光があった。


「彼らは僕の忠実な駒でね。『蛮勇突撃隊デアデビル』って言うんだ」


 自慢気に語る「夢売り」と同調して、大剣を持った大男が踏み込んでくる。


「速い!?」


 その巨体からは考えられない速度で、大剣の大男がヨーキリーに接近する。

 が、そこは赤竜組でもトップの実力を有するヨーキリー。

 驚きはしたが、対処は冷静だった。


「シッ!」


 大男の右側へと潜り込み、交差するのと同時に刀を横に振り抜く。

 ズブッ、という肉を深く斬った感触がした。

 確かな手応え。


 が──


「──ッ!?」


 背後から伝わる変わらぬ勢いの殺気に、手応えを覚えたはずのヨーキリーは慌てて振り返った。


「なッ!?」


 眼前には、振り下ろされてくる大剣。

 大男は、脇腹を深く斬られながらも、平然とこちらへと大剣を振るっていたのだ。


 ありえない。

 さっきの一撃は、確実に太い血管を内臓ごと断ち切っていた。

 今頃は激痛に蹲り、急激に意識が薄れていっているはずだ。

 まともに動けるわけがない。


 振り下ろされた大剣を、ヨーキリーは半身を引いて避ける。

 そのまま下から斬り上げた。

 狙うは、大男の武器を持っている方の腕。


 スパッ、と大男の二の腕が深く切り裂かれる。

 一瞬だけ白い骨が見え、直ぐに溢れる鮮血で見えなくなった。


 これで、武器を取り落とすはずだ。


「────なッ!?」


 が、大男は斬られたはずの腕でガッチリと大剣を掴んだままだ。

 そして、何事もなかったように振り下ろした大剣を横に倒し、ヨーキリーの脚を切断するように振るう。


「ちぃッ!」


 大きく飛び退き、ヨーキリーは大男を睨みつける。


 まるで痛みを感じていない。

 いや、もしかしたら痛みだけでなく、あらゆる感覚が無いのかも知れない。

 見れば、最初に切りつけた脇腹の傷は、出血が止まりかけている。

 あれほど深く斬ったというのに、既に再生が進んでいるらしい。


「……まさかテメェ、こいつらに『ゴルゴーロスの自刃血』を飲ませてるのか?」

「その通り」


 ヨーキリーの推測を、「夢売り」は事も無げに肯定する。


「バカなッ、あれは死の劇薬だぞ!?」

「そうだね。

 大幅に寿命を縮める代わりに、短期間だけ痛覚を完全に遮断し、肉体に超強化と超再生を付与する、『愚者の強壮薬』とも呼ばれているドーピング薬だね。

 でも、強要はしてないよ。

 彼らは、自ら望んでそれを服用している」

「狂ってやがる……!」

「忠義に厚い、と言って欲しいね」


 仄暗く微笑む「夢売り」。


「では、1号2号3号は若頭のお相手を。4号は『夢追い人』たちと事務所の制圧を。見つけたら、組長の首も取ってきて」


 命令一下、3人の大男がヨーキリーを囲み、残りの一人が暴徒の群れと一緒に事務所へと向かった。


「なッ、テメェら……!」


 事務所への侵入を阻止しようと踏み出すヨーキリー。

 だが、振りかぶられた巨大な戦鎚によって邪魔される。


「ちぃッ!」


 組長であるトージは所用で出掛けているので居ないが、他の幹部たちと舎弟たちがいる。

 なので、抵抗戦力がない、というわけではない。

 だが、赤竜組で一番腕が立つのはヨーキリーだ。

 理性に欠けるジャンキーの群れだけならまだしも、あの痛みも感じなければ死への恐れもない化け物が一緒になって事務所へ押し寄せたら、どれだけ犠牲が出るか分からない。


 何より、今の組長室には、保護対象であるサムとグレタがいるのだ。

 一刻も早く事務所内に戻らなくてはならない理由が揃っている。

 それなのに、大男3人に邪魔されて動けない。


「僕たちの邪魔をしたこと、たっぷり後悔するといいよ」


 苦り切った顔のヨーキリーとは逆に、報復に燃える「夢売り」は実に楽しそうな顔をしていた。

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