53. NP:ピエラ村騒動 〜 王手
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余裕の態度でオークロードを挑発するアレンとレクトとダナン。
だが、3人の額には嫌な脂汗が浮かんでいた。
アレンはもとより、レクトとダナンも、二度の攻防を通してオークロードの異常さを身を以て理解したのだ。
最下位の5級攻撃魔法とはいえ、殺傷力の高い《
そして、身体強化系の戦技を発動したレクトによる〈
決して3人が手加減しているとか、全力を出していないとかではない。
単純に、
3人の額から流れ出る汗は、緊張によるもの。
嘗て無い強敵を前に、研ぎ澄まされた神経が更に張り詰めているのだ。
ただ、絶望感はない。
「……
アレンは小さく呟いた。
一見、無敵に見えるこのオークロードだが、断じて弱点が無いわけではない。
ずっとオークロードを観察していたアレンは、先程の攻防を通して既にある程度の攻略法を見出していた。
(「弱点」というよりは「癖」と言ったほうが精確だがな)
オークロードの癖。
それは、周りが見えなくなって優先順位を間違えること。
これまでのオークロードとの戦闘で、アレンは3つの疑問を抱いた。
1つ目は、分断作戦でアレンが無事にオークロードの注意を惹き付け
作戦の序盤、アレンはオークロードの注意がレクトとダナンに向かないよう、オークロードを挑発しながら戦った。
結果、オークロードは側近を呼び戻すこともなく、軍団に新たな指示を出すこともなく、ただ只管にアレンとの戦闘に没頭した。
作戦としては最良の結果ろう。
だが、アレンはこの結果を自分の功績と安易には考えてはいない。
相手は森を切り開いて野営地を確保するほど頭のいい個体だ。挑発用戦技を使えないアレンの下手な挑発にまんまと乗せられるほど馬鹿ではないはず。
であれば、指揮そっちのけでアレンと戦い続けた理由は、果たして何処にあるのか?
2つ目の疑問は、遠距離から回復魔法と高火力の攻撃魔法を放つダナンの存在を終始無視し続けていること。
一度目の連携攻撃──合流した3人がオークロードの着ている毛皮を剥がそうと最初の奇襲を仕掛け、失敗したとき。
レクトへと突進するオークロードは、直前でダナンの《
遠距離攻撃手段を持たないオークロードが、優秀な魔法師であるダナンのことを警戒しない理由など、何処にもないはずだ。
それなのに、それを見ていたオークロードは、ダナンに対して何の行動も取らなかった。
そして、二度目の連携攻撃──オークロードが着ていた毛皮の鎧を見事に剥がした奇襲のとき。
オークロードの左拳と戦技で殴り合って左腕を痛めたレクトに、ダナンは素早く回復魔法を掛け、短時間でレクトの怪我を治してみせた。
敵を回復させる存在など、目障り以外の何者でもないはずだ。
それなのに、それを見ていたオークロードは、尚もダナンに対してはなんの行動も取らなかった。
高火力の魔法を撃てて、なおかつ迅速に回復魔法を掛けられる魔法師など、真っ先に潰しておかなければならない存在だ。少なくとも、アレンであれば真っ先に潰しにかかる。
そんな
3つ目の疑問は、レクトの登場から全くアレンに注意を向けなくなったこと。
アレンが囮としてオークロードを引き付けていたとき、オークロードは怒りも顕にアレンへ攻撃の嵐を浴びせていた。
だというのに、レクトの登場から、オークロードはアレンに対して一切の注意を向けなくなった。
それは、側面からオークロードの毛皮を留めている蔦紐を切るという奇襲が成功した後も同じだ。
人知れず側面へと回り込んで奇襲を成功させた「危険な相手」であるはずのアレンに対して注意も警戒も向けない理由は、果たして何処にあるのか?
以上の3つの疑問から、アレンは一つの推測に行き着いた。
(──このオークロードは、一つのことに意識を集中し過ぎる……いや、一つのことにしか集中できない)
一人の相手と戦っていると、他の相手には注意を向けなくなる。
他にどれだけ危険な相手がいようと、優先順位を無視して直近の敵にしか反応を示さない。
恐らく、このオークロードが注意を向けていられるのは、常に一つの標的だけ。
それも一番わかり易い「直近に戦った相手」だけだ。
だから、
緊張状態にある生物は、とかく一つの物事に全神経を集中させる傾向にある。
余程集団戦に慣れている者でもなければ、俯瞰的に状況を認識することなどできはしない。
それは戦場で戦い慣れた将兵でも同じで、殆どの場合、目の前の敵の対処で精一杯になる。
人間ですら
それに、戦場で相手の脅威度を見抜くには、豊富な知識と経験が必要だ。
例えば、足音が軽い痩せた男と、足音が重いマッチョな男が目の前に現れたとする。
普通は、後者を警戒するだろう。体格がいい後者の方が「危険」だと本能的に受け取るからだ。
しかし、戦闘経験が豊富な人間からすれば、奇襲と暗殺を容易にこなせてしまう前者の方が、遥かに危険だ。真っ先に排除しなければ、マッチョと対峙している間に背後を取られかねない。
こういった知識と経験を必要とする複雑な判断は、人間ですら正しく下すのが難しい。
賢いとはいえ、オークロードは所詮オークの系譜に連なる魔物。人間にすら難しい判断を精確に下せるとは思えない。
結論を下すのはまだ危険だが、根拠としては十分だろう。
であれば、あとは確認するだけだ。
「レクト、ダナン。一つ試したいことがある。手伝ってくれ」
「おお、いいぜ」
「作戦は?」
即答するレクトと次のステップを聞くダナン。
その視線は一瞬たりともオークロードから離していない。
「俺の推測が正しければ、やつは『一人』にしか注意を向けることができない」
「マジで!?」
「確証はないが、根拠なら幾つかある。だから、確証を得るために実験がしたい」
「で? どうすればいいの?」
尋ねるダナンに、アレンが答える。
「ダナン、お前は奴に連続で魔法を撃ち込んでくれ。威力は低くてもいい。できるだけ魔力を節約しながら、できるだけ多くの魔法をぶつけろ。目的は、奴の注意を引くこと」
「
「そういうことだ」
ニヤリと笑うアレンに、レクトが首を傾げる。
「なら、俺は?」
「レクトはさっき俺がやったみたいに、奴の側面に回り込んで奇襲を掛けてくれ。どんな攻撃でもいいが、できるだけダナンの魔法と近い威力のやつを頼む」
「おお、良いぜ」
狙いは分からないが、自分がやるべきことは分かった。
そんな感じの返事を返すレクトに、アレンは苦笑いを浮かべながらも頼もしさを感じていた。
「で? アレンはどうするの?」
「悪いが、俺は今回の実験には参加しない」
アレンが確認したいのは、オークロードが本当に一人にしか全意識を向けられないのか、ということ。
そして、それが本当なら、意識を向ける相手を決める要素はなにか、ということ。
この2つだ。
今回の実験では、ダナンに攻撃をさせ、レクトを奇襲役に据えた。
目的は、オークロードが「壁役」を優先して狙っているのか、それとも「直接攻撃を仕掛けてくる人間」を優先して狙っているのか、その判断基準を確認することだ。
もし「壁役」を優先して狙っているのであれば、ダナンを無視してレクトを攻撃するだろう。
逆に、「直接攻撃してくる人間」を狙っているのであれば、一度しか攻撃しないレクトを無視して何発も魔法を打ってくるダナンを狙うだろう。
二人に同時に行動させて、オークロードがどう対応するかでその判断基準を割り出すのだ。
二人の攻撃威力を同じにするように要求したのは、そのため。
この実験に、アレンの出番はない。
「何より、奴は恐らく俺のことを徹底的に侮っている」
これこそが、アレンが参戦しない最大の理由だ。
魔法で手の甲を焼いたダナンや戦技で手の骨を傷つけたレクトとは違い、アレンはまだオークロードに対して有効な攻撃を加えていない。
それを「自分に対する有効打を持っていない」と勘違いしているのか、オークロードは明らかにアレンを雑魚扱いしている。
まるで眼中にすら置いていない様子だ。
「それは、俺達にとって比類ないアドバンテージとなる」
アレンがオークロードに有効的な攻撃を加えていないのは、偏に今までの戦闘でアレンの役目が「惹き付け役」と「紐切り役」だったからだ。
決して彼にオークロードを傷つける力がないからではない。
そのことを、オークロードはまだ知らない。
つまり、こちらはまだアレンというカードを一度も切っていない、ということになる。
「奴にはまだそのことを知られたくない。だから今回の実験で俺は手を出さない」
レクトとダナンがなるほどと頷く。
アレンの攻撃力は、ダナンの強力な攻撃魔法になんら劣るものではない。
役回りを抜きにすれば、アレンの方が上まである。
文字通り、切り札となる人物だ。
「奴の反応が見たいだけだから、無茶はするな。奇襲が成功しようが失敗しようが、レクトは攻撃が終わり次第、全力で戻ってこい」
「「了解」」
「特にダナン。俺の予想が当たっていれば、奴は最初にお前を全力で狙ってくるはずだ。今回の実験で最も危険な役目だと言ってもいい。いざとなったら俺がフォローに入るが、十分気をつけてくれ」
この実験で最も危険な役回りは、ダナンが担っている。
さっきも述べたように、もしオークロードの傾注基準が「直接攻撃してくる人間」だった場合、オークロードはレクトを無視してダナンに突っ込んでくるだろう。
魔法師であるダナンでは、オークロードの攻撃をレクトのように受け止めることも、アレンのように回避することもできない。
最も安全性が高い配役は、アレンがダナンの代わりに攻撃魔法を放つことだが、それをするとアレンという手札を晒すことになる。それはできるだけ避けたい。
とはいえ、何よりも優先すべきなのは、やはり仲間の命だ。
いざとなったらアレンは迷わずダナンを守るつもりである。
「分かってるわ。頼りにしてる」
「任せろ、アレン。そん時は俺が防御に回るからよ」
頼もしいレクトの軽口に、三人は僅かに口角を上げた。
「ほんじゃ、行くぜ!」
掛け声と共に、レクトが走り出す。
それとほぼ同時に、ダナンの魔法が炸裂する。
検証実験の開始だ。
「"火に焼かれて焼灼せよ"──《
"雷に貫かれて顫動せよ"──《
"風に裂かれて流血せよ"──《
連続詠唱による3発の魔法が、短い間隔でオークロード目掛けて襲いかかる。
「ブギィィィ!!」
オークロードが雄叫びを上げる。
それほど大きくない火球を片刃の大剣で斬り飛ばし、小さめの雷槍をサイドステップで回避する。
が、3発目の風刃は完全に回避することができなかったらしい。
広範囲に散らばった3枚の風刃の内の一枚がオークロードの左腕を掠め、浅い傷跡を残す。
「ぶぎっ!?」
驚き、直ぐさま激怒するオークロード。
ブクブクと傷口が癒合していくなか、ダナンが再度魔法を詠唱した。
「"風雲に宿りし雷の力よ、矢と化して我が敵を射抜け"──《
唱えたのは、4級攻撃魔法の《
上空から3本の雷の矢を同一目標に降らせる、高威力の攻撃魔法だ。
ダナンの詠唱を聞き、オークロードが雄叫びを上げながらダナンへと突進する。
が、ダナンの魔法のほうが速い。
ピシャーン!
ズシャーン!
ガシャーン!
3本の雷の矢がオークロードへと降り注ぐ。
1本目は回避され、2本目は高速で走るその左足の踵を掠り、3本目は右肩に直撃した。
右肩から真下へと貫通した雷の矢は、そのままオークロードの体を突き抜け、地面へと吸い込まれる。
「ブギャアアアァァァ!!」
オークロードが悲鳴を上げながら体勢を崩す。
右半身は焼け爛れ、右脚も動かなくなった。
全力で突進していたオークロードは、もんどり打って倒れる。
「プキィィィ!!」
が、その怪我もすぐに高速再生能力によって治療された。
憎悪で爛々と光る瞳をダナンに向け、オークロードが立ち上がる。
その注意は、全てダナンに向いていた。
「今だ、レクト!」
「おらぁぁぁ!」
アレンの合図に、レクトが右側面からオークロードに躍り掛る。
「〈
ダナンの4級攻撃魔法に近い威力の攻撃。
裏拳のように振り抜かれたレクトのカイトシールドが、オークの右脇腹に直撃する。
ボゴン!
鈍い音が響き、衝撃波がオークロードの内蔵に浸透する。
「ブゴォッ!? ブ、ブギィィィ!!」
憎しみの籠もった瞳が、ダナンからレクトへと移る。
オークロードは進行方向を変え、レクトへと片刃の大剣を振り下ろした。
「おっと」
負ったばかりの右脇のダメージがまだ癒えていないのか、オークロードの剣速は遅い。
レクトはバックステップでそれを軽々と回避した。
「──決まりだな」
アレンはそう呟くと、二人を呼び戻した。
レクトはオークロードの足元に短剣を叩きつけ、飛び散った土埃に紛れて後退。
その直後にダナンが
今一度3人が合流する。
仕切り直しである。
「予想は大体当たった」
合流したレクトとダナンに、アレンは検証結果を告げる。
「──奴は、一人の相手にしか注意力を向けられない。そして、己を攻撃する人間を優先して攻撃する癖がある」
ダナンから地面に這いつくばる程の攻撃を受けながら、最終的にその敵意は軽症しか与えていないレクトに向いていた。
あれだけの「
その理由はただ一つ──
「ダナンに攻撃された時はダナンに、レクトに攻撃された時はレクトに、それぞれ注意が向いている。まるで一手前の事など忘れたように、ひたすら『目の前の一人』しか見えていない」
つまり、このオークロードは「同一の標的」に集中できないのだ。
「勝機は見えた」
思わずニヤリと笑う。
「レクト、ダナン。以前に『サイクロプス』を狩ったときの戦法で行くぞ!」
サイクロプスは、人間と酷似した身体特徴を有する魔物だ。
討伐レベルは、アレン達と同格のレベル6。
3mを超える巨体と物理・魔法に対する高い耐久力を有し、その頑丈さはレベル6の魔物の内でも一二を争う。
腕力は人間の比ではない程に強く、動きも巨体の割に素早い。
弱点らしい弱点は、顔の3分の1を占める単眼の眼球のみ。
瞼すらも超が付くほど頑強なため、眼球以外の部位は並の武器では傷すら付けられない。
ランク6冒険者パーティーでも討伐が難しい、かなり厄介な魔物だ。
そのサイクロプスを、アレン達3人は過去に一度だけ倒したことがある。
そのとき使った戦法を、このオークロードにも使おうと言うのだ。
「おっしゃ、分かったぜ!」
「了解よ!」
オークロードの
後は、サイクロプスのときのように一歩一歩追い詰め、時機を見て
「行くぞ!」
アレンの掛け声と共に、ダナンが側面へと周り、レクトがオークロード目掛けて突っ込む。
「来いやぁぁぁ! 〈
二連続で繰り出される挑発戦技。
オークロードがレクトに渾身の憎悪を向ける。
雄叫びを上げながら大剣を振り回し、レクトに迫った。
「おらぁぁぁ! 〈
オークロードの振り降りしに対抗する形で、レクトが打撃戦技をぶつける。
ガゴン! という鈍い音と共にオークロードの大剣が弾かれ、レクトが後方に1mほど吹き飛ばされる。
左腕が訴える痛みを無視し、レクトは吠える。
「まだまだぁ! 〈
再度の挑発戦技。
激怒するオークロードが体を屈める。
アレンを吹き飛ばした
「"火に焼かれて焼灼せよ"──《
そうはさせまいとダナンが側面から《
ダナンの役目は、相手の大技──レクトが受け止め切れないような攻撃──を妨害すること。
そして、相手の後方に回り込むこと。
ちょうど屈んで力を溜めているところに火球が飛来してきたせいで、オークロードは突進の中断を余儀なくされた。
苛立ちを募らせながら、大剣でその火球を叩き潰す。
そんな邪魔くさい魔法攻撃を仕掛けてきた
その直前に、レクトが再度戦技を発動した。
「テメェは俺だけ見とけや! 〈
3度目の挑発戦技。
ダナンに向きかけていたオークロードの意識が、吸い込まれるようにレクトへと向く。
苛立ちが限界に達したのか、突進を中断したオークロードが助走をつけ、レクトに渾身の斬撃を放った。
「おおおぉぉぉ! 〈
レクトが防御用戦技を発動する。
この〈
つまり、自身を「盾を持った人間」ではなく、「地面に置かれた一枚の盾」に変えるのだ。
受けた衝撃は全て纏った魔力によって伝導し、地面へと逃される。
纏う魔力量が十分であれば、相手の攻撃の衝撃を全て地面に逃せるので、足元の地面が抉れる以外、発動者へのダメージは実質ゼロまでカットされる。
レクトにとっては愛盾の"
唯一の欠点は、魔力の消費が激しくて連発できないこと。
今は、惜しまず使う時だ。
オークロードの大剣がレクトの盾と衝突する。
ドォォォン!
足元の地面が爆散し、レクトの体が大きく沈む。
だが、無傷。
それどころか、体勢すら崩していない。
「ブギッ!?」
ニヤリと笑う無傷のレクトに、オークロードが驚きの声を上げる。
機を逃さず、レクトは大きく踏み込み、オークロードの懐に入り込む。
が、オークロードは既に驚きから覚めていた。
巨大なハンマーのような膝蹴りがレクトを襲う。
もともと防御に徹するつもりだったレクトは、その膝蹴りにもすぐに反応した。
瞬時に攻撃態勢から防御態勢に切り替え、盾を構える。
が──
「ぐっ!」
膝蹴り自体は盾で防げても、その強烈な衝撃までは殺すことができなかった。
レクトはそのまま2mほど後方へ吹き飛ばされる。
着地したレクトの眼前に、今度は大剣が迫っていた。
上段からの、大振りの斬り下ろしだ。
「〈
よく訓練された──条件反射のような動きで、レクトは盾を斜めに構える。
そして、オークロードの大剣が盾に接触した瞬間、大剣を軽く押すように力を込めながら、その盾をオークロードの剣速と同じ速度で真下に動かす。
すると、大剣は盾に誘導されるように軌道を変え、レクトの左側の地面に激突した。
この〈
武器による攻撃は直線的なものが多いため、攻撃軌道と垂直になる方向からの妨害を受けやすい。
例えば、たった今オークロードが繰り出した上段からの斬り下ろし。
斬り下ろしは、全攻撃力が下向きに働く。
そのため、下から上への力──何かで受け止めるなどの対処──には強いが、側面からの力にはめっぽう弱い。
振り下ろしている最中に側面からチョンと小突かれただけで、斬撃の軌道は大きく変わってしまうのだ。
武器に角度を付けて這わせることによって攻撃をいなす「受け流し」とは違い、
レクトが使った〈
盾戦士であるレクトの〈
この魔力の層は謂わばセンサーのようなもので、層が切断される感触を使用者にダイレクトに伝える。その感触をともに、相手の斬撃の正確な軌跡を割り出し、真横から当てる最適なタイミングを計算するのだ。
もちろん、高い技量があれば戦技として発動しなくとも成し得ることだが、超高速で振られる相手の武器に自分の武器を寸分の狂いもなく真横から当てることなど、普通の人間にはできない。
レクトにしても、この戦技を習得するのに長い年月を要しているし、魔力による補助なしでは成功率がぐんと下がってしまう。
「…………」
ノーダメージでオークロードの攻撃を受け流したレクトだが、喜びはない。
見れば、斬撃の軌道をずらされたオークロードは、体勢を崩すことなく大剣を手前に引き戻していた。
レクトのこめかみから一滴の汗が流れ落ちる。
辛うじて受け流したオークロードの一撃は非常に重く、まともに当たればタダでは済まない威力があった。
だが──それでも、逃げる訳にはいかない。
何故なら、今のレクトの役目は「惹き付け役」だからだ。
以前に3人でサイクロプスを倒した時の作戦で行くのであれば、オークロードを釘付けにすることこそレクトの
だからこそ、ダナンはオークロードの突進を
まだだ。
まだ、ダナンが「配置」に付いていない。
まだ、アレンの「溜め」が終わっていない。
まだ、「条件」が揃っていない。
まだ、「その時」ではない。
ならば、とレクトは肉厚な短剣を持った右手を盾に添えた。
全ての準備が整うまで、オークロードの攻撃を受け止め続ければいい。
これほど単純明快で、これほど自分に向いている役目はない。
相手がどれだけ強かろうが──いや、相手が強ければ強いほど、盾戦士は真価を発揮する。
引き戻した大剣を振り上げるオークロードを見据えながら、レクトは獰猛に笑った。
「来いよ豚野郎!」
戦技でもなんでもない、ただの言葉による挑発。
人語を理解しない魔物が相手では、殆ど意味はないだろう。
だが、仲間に自分の闘志がまだまだ高いこと、そして活動に問題が生じる程の怪我をしていないことを伝えるという面では、十分に意味のある行為だ。
「〈
斬りかかってくるオークロードに対し、レクトは突進する。
オークロードは攻撃を仕掛けてくる相手にしか注意を向けない。
ならば、適度に攻撃した方がより気を惹ける。
「ブギィ!」
猪口才な! とでも言うかのように吠えるオークロード。
突進攻撃を仕掛けてくるレクトに向かって、その大剣を振り下ろした。
盾と大剣がぶつかり、レクトの左腕が軋む。
歯を食いしばって耐えるレクトに、オークロードの右脚による蹴りが襲う。
ボゴン! と盾に衝撃が走り、レクトが脚で地面を削りながら後退する。
ようやく止まった所に、再度、オークロードの大剣が振られる。
それからは、大剣と盾による連続攻防だ。
オークロードは疲れた様子もなく、力のままに大剣を振り回す。
対するレクトは、防御戦技を交えながら防戦一方。
明らかにレクトが押されている。
盾を構えた左腕がひどく痛む。
が、それでもレクトは盾を降ろさない。
ダナンに回復魔法を掛けてもらうわけにはいかないので、ひたすら我慢だ。
やがて、その時が訪れる。
「お待たせ! 配置についたわ!」
オークロードの背後からダナンが合図を送る。
「こちらも、我が魔剣にありったけの魔力を与え終わったところだ」
レクトの後ろからアレンがキメ顔で宣言する。
準備は整った。
決着の時だ。
「待ってたぜ、ダナン、アレン! 行くぜ、豚野郎! 〈
痛む腕には構いもせず、レクトは盾を構えてオークロードに突進する。
そんなレクトを迎撃するために、オークロードは拳を構え──
「"風に裂かれて流血せよ"──《
後方から飛んできたダナンの魔法によって背中を薄く斬られる。
「ブギィッ!?」
背中から伝わる微かな痛みに驚くオークロード。
レクトへの注意力が、僅かに逸れる。
すかさず、ダナンは同じ魔法をもう一発放つ。
「"風に裂かれて流血せよ"──《
「ブギギィィ!?」
再度痛みが走り、オークロードが声を上げる。
5級魔法ゆえに、大したダメージは負っていない。
その浅い傷も、既に高速再生のお陰で半分ほど治っている。
が、その「癖」のせいで、オークロードは攻撃してくる相手を無視できない。
レクトへと向けられていた注意がダナンへと移り、オークロードがダナンの方へと振り返る。
──レクトが既に〈
「ふふ、引っ掛かったわね」
微笑むダナンに、オークロードは激怒しながら突撃する。
「でも、残念。今度はあたしが囮役よ」
くすりと笑い、ダナンは魔法を詠唱する。
「"水に打たれて悶絶せよ"──《
ダナンの眼前に水が集まり、槌が形成され、少し遅めのスピードで打ち出される。
水で出来た槌を打ち出す5級攻撃魔法だ。
その速度は、非常に遅い。
オークロードは嘲笑するように口元を歪め、左の拳で迎撃する。
「"火に焼かれて焼灼せよ"──《
オークロードの拳とぶつかる直前、ダナンの魔法がもう一つ追加された。
高速で放たれた火球が、オークロードの拳と衝突する寸前の水槌にめり込む。
ボフンッ!
高温の火球は水槌に当たった瞬間に弾け、大量の水蒸気と熱湯の飛沫をばら撒いた。
オークロードの眼前で。
「ブギィィィッ!?」
普通なら大量の水蒸気と熱湯で全身に火傷を負っているところだが、オークロードはその頑丈さゆえに無傷。
が、突然現れた
その一瞬を、「アレイダスの剣」が見逃すはずがない。
「"雲より落ちし雷よ、我が手中の武器に宿れ"──《
オークロードの背後──〈
物に魔法を付与する魔法──「付与魔法」だ。
見れば、その長剣にはバチバチと電気が走っている。
付与魔法を発動したアレンは、長剣の切っ先を前方に向け、全力で助走を付けてオークロードへと突進。
オークロードがダナンの複合魔法によって視界を奪われている隙きに、戦技を叩き込む。
「くらえっ! 〈
本来は〈
狙うは、オークロードの左肩甲骨と肋骨の間──心臓の真裏だ。
「ブギィッ!?」
アレンの長剣が、10cmほどオークロードの背中に沈む。
接触と同時に、長剣に付与された雷が全身を駆け巡り、オークロードの身を焼く。
が、浅い。
オークロードの体は分厚く、この程度の刺突では心臓には届かない。
電撃も、筋肉が分厚いため、さほどのダメージを与えられていない。
致命傷には程遠いだろう。
「ブゴォォォ!!」
オークロードが体の痺れを無視して雄叫びを上げる。
筋肉が膨張し、体が一回り大きくなる。
だが、アレンの顔には余裕があった。
何故なら、「アレイダスの剣」による攻撃はまだ終わっていないからだ。
「"身に宿りし魔力の奔流よ、強固な盾となりて我を守れ"――《
ダナンが、オークロードの正面──剣が突き刺さった背中の反対側──に4級防御魔法で壁を作る。
「おおおおぉぉぉ!! 〈
前に出たアレンの後ろから、今度はレクトが戦技を放つ。
狙うはオークロード…………ではなく、その背中に浅く突き立っているアレンの長剣──その剣柄。
「覚えておけ。これが俺たちの『釘打ち戦法』だ」
キメ顔でそう言ったアレンの横を、戦技を発動したレクトが通り過ぎる。
オークロードはダナンの魔法障壁に阻まれて回避できず、電撃によって痺れて迎撃もできない。
ボゴン!
レクトの盾が、アレンの長剣の柄を強打する。
ダナンの魔法障壁によって、
逃げ場を失った
ズブリ。
10センチ程しか突き刺さらなかったアレンの長剣が吸い込まれるようにオークロードの体へと沈み、遂には反対側──左胸から突き出た。
──心臓を貫通した。
アレンは握ったままの長剣から伝わる手応えでそう確信した。
サイクロプスのような防御能力が高い魔物が相手の場合、如何にその体内に攻撃を届かせるかが討伐の肝となる。
そこでアレンたちが編み出したのが、この「釘打ち戦法」だ。
ダナンが魔法で敵の注意を引き、アレンが刺突で──僅かにでもいいから──敵の体に剣を突き立て、レクトが金槌で釘を打ち込むように盾でアレンの剣を敵の体内に打ち込む。もちろん、釘打ちの衝撃が逃げないよう、ダナンの障壁で相手の体の反対側を固定しておくことも忘れてはならない。
かなり強引な戦法ではあるが、効果は実証済み。
現に、アレンの長剣は頑丈なオークロードの体を貫いている。
だが──
「ブギャァァァァァ!!」
それでも、オークロードは倒れない。
流石は高速再生能力。
確実な致命傷であるはずなのに、その驚異的な再生速度で以て強制的にオークロードを
「これで終わりだ──」
悶えるオークロードの背中にしがみつきながら、アレンは握っている長剣に向かって
「──"
刹那、アレンの長剣から炎が噴出した。
「ブギャアアアアアァァァァァ!!!!」
火炎放射を思わせる大量の炎が、オークロードを体内から焼く。
纏う炎の威力は、剣に込めた魔力量に依存している。
アレンは、レクトが一人でオークロードと対峙している間、ずっと魔力を練り続け、この剣に込めていた。
その量は、アレンのほぼ全魔力と言ってもいい。
それを、この一撃で全て放出したのだ。
その威力は、ダナンが使える最も強力な攻撃魔法をも上回る。
まさに「アレイダスの剣」の切り札だ。
「グギギィィ……」
弱々しい断末魔を残し、オークロードは徐に膝を突いた。
貫かれた心臓を更に高火力の直火で焼かれたのだ。
いくら高速再生能力でも、ここまでの致命傷は再生できなかった。
ゆっくりと、オークロードの手に握られていた大剣が地に落ちる。
その最期は、実に静かだった。
赤々と燃える炎に包まれたオークロードの上半身から長剣を引き抜き、アレンはその亡骸を見据える。
既に息絶えているのに、オークロードは膝を突いたまま、最後まで地面に倒れなかった。
「流石は王者、と言ったところか。……まぁ、相手が悪かったな」
剣に付い血糊と燃えカスを振り払うように一振りし、鞘に収める。
振り向けば、後ろではダナンがレクトの腕に治癒魔法を掛けているところだった。
周りに魔物の気配はない。
戦闘が終了したことを確認し、アレンはホッと一息ついた。
強敵だった。
恐らく「アレイダスの剣」結成以来の、何番目かに数えられる程の激戦だった。
それでも自分たちは知恵を絞り、力を合わせ、誰ひとり死ぬことなく、無事に乗り越えることができた。
アレンとレクトとダナン、3人のうち誰か一人でも欠けていれば為し得なかったことだ。
(やはり、最高のPTだ)
アレンは胸の内から湧き上がる誇らしさに、思わず口角を上げる。
腕の治療が終わり、オークロードの片刃の大剣を持ち上げてしげしげと眺めるレクト。
オークロードから魔結晶と討伐証明部位を剥ぎ取ろうと、ナイフを取り出すダナン。
そんな仲間二人を暫く眺めていたアレンは、再度オークロードに視線を向けた。
軍団を指揮し、同格の魔物を従え、野営地を切り開く程に頭が良く、毛皮の鎧を身に纏い、
これだけ特殊な魔物だ。
少しでも動けば、間違いなく周囲の魔物は逃げ惑うだろう。
やって来た方角も、これまでの目撃例・被害状況と合致している。
(つまり、このオークロードこそが「魔物の大移動」の元凶だということ)
アレンはそう確信した。
確信できるだけの材料が揃っていた。
(ならば、これで依頼達成だな)
魔力切れによる倦怠感と悪心に襲われながらも、アレンの心の中は晴れやかだった。
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