怪盗#

 ――ねぇ怪盗#って知ってる?


 ――知ってる! 願い事を書いて#怪盗って付けると叶えてくれるっていう都市伝説でしょう?


 ――そう。友達の友達が、それで意中の人の心、盗んでもらったんだってー!


 ――えーっ、本当に~?


 キラキラした女の子たちがきゃっきゃと会話をしている。


 あんな話題で盛り上がったのは、いつが最後だろ。


 ……遠い昔みたいに感じてしまう。



 濃紺のリクルートスーツに身を包んだ私は、面接会場への地図を携帯に表示しながら、都会の喧騒に流されていた。


 ――怪盗#……ね。


 もう少しで会場だ。


 私は地図を消してアプリを開き、自嘲の笑みを浮かべた。


 ――もう何カ所も受けたのに……一個も内定がもらえない。盗めるものなら盗みたいよ――。


 そもそも人との会話は苦手だ。


 相手が知らない人ならなおさらで、一生懸命震えながら話す私を、面接官たちはきっと笑っているだろう。


 ……そんなことないのはわかっているのに、落ちるたびにそう思って涙が出そうになった。



『内定がほしい #怪盗』



 打ち込んだ呟きを、そっと電子の海に流す。


 誰も私を認めてくれない、誰も私に気付いてくれない。


 そんな気がして心細かったから……なにかに縋りたかったのかも。



 ピロッ



 私はびくりと身を竦めた。


 いまのは……久しく聞いていない、コメントがついたときの音だった。


 そっと画面を見ると、そこには。



『盗んでみせよう 怪盗#』



 ……当然知らない人。しかも『怪盗#』と名前が付いている。


 ――馬鹿みたい。こんなことに乗っかってくるなんて。


 私はそれでも、反応があったことに胸がいっぱいになった。


 誰かが、私を見つけてくれた気がした。


 思わずふふ、と笑って、ぽとんとこぼれてきた涙を慌てて拭う。


 ……本当は、逃げ出したかったんだ、今日の面接も。


 つらくてたまらなかったんだ。


 どうして私はこんな出来損ないなんだろうって。


 でも、せっかくだから。怪盗#って都市伝説に乗ってみよう――そう思えた。



『ありがとう、少しだけ元気が出ました』



 返事をして携帯をしまい、踏み出す。


 面接会場は既に目の前で、似たような格好の人々が次々と吸い込まれていく。


 あの人たちも、私と同じなのかもしれない。




 ――彼女の鞄の中、小さく震えた携帯には、コメントが表示されていた。


『君のつらさはいただいた。さあ、行きたまえ。君はひとりではない。怪盗#』


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