人間たちのガイドライン

ちびまるフォイ

人としての合格基準

人間出荷工場では今日の審査が行われていた。


「審査、はじめ!」


一斉にペンを取り、紙をひっくり返した。

問題文を見ただけで解答のガイドラインが思い浮かぶ。


「よし、今回の審査も合格まちがいなしだ!」


解答結果が電光掲示板に表示された。

自信はあったが自分の番号が表示されてほっとした。


「1番、今日も合格じゃないか。聞くとお前、まだ一度も不合格になってないんだって?」


「うん。でも毎日の勉強は欠かせないよ」


「すごいな。きっとちゃんと点数とか出たら、お前1位だろうぜ」


「それが知られたら、なんかいじめられそうで嫌だけど……」


昔は「テスト」と呼ばれていた審査は今では点数ではなく「合格・不合格」の2つだけのシンプルなものになっていた。

自分はもちろん、他の人とどれだけ差がついているかはわからない。


差別や偏見、いじめを無くして平等にするための措置と聞いたことがある。


「で、お前。この工場から出荷された先って決まった?」


「たしか……A株式会社だったらしい」


「ああ、あそこか。連続合格記録を持っていても

 出荷先が優遇されるってわけじゃないのか」


「そりゃそうだよ。出荷工場では"合格者"か"不合格者"の差しかないんだから。

 俺もお前も差なんてない。同じ合格者という扱いさ」


人間納品日になると、出荷用のバスに乗り込んで指定された場所へ向かう。

引率役はまっさきに下りて挨拶に向かう。


「お待たせいたしました。ご依頼されていた人間です」


「こちらこそ。わざわざご足労いただいてありがとうございます」


はじめて出荷工場の外に出ることが出来た。

その日、A株式会社に配属となった俺を含めた数人の人間は仕事の説明を受けた。


「……説明は以上です。なにか質問は?」


「いいえ、ありません」

「大丈夫です」

「とくにないです」


「それならよかった。人間工場の人間はみんな優秀で信頼できるなぁ」


上司となる人間は嬉しそうに頷いていた。

翌日からA株式会社での仕事がはじまった。


人間工場でガイドラインに沿ったシミュレーションを重ねていたのもあり、

仕事がはじまってもとまどうことは何もなかった。


指定の時間に来て、ガイドラインに沿って業務をこなし、指定時間に終わる。


仕事の成果は「合格」「不合格」の2つだけで判定される。

51点でも100点の出来だとしても合格ラインを超えていれば合格だ。


「……なんか、頭痛いなぁ……」


その日も業務で合格を勝ち取ったあとで、頭に鈍痛を感じた。

自分をごまかしていたが翌日に熱を出して寝込んでしまった。


『それじゃ今日はお休みするんだね?』


「はい……はい、すみません。抱えている業務があるのに……」


『いいんだよ。誰だって風邪はひくものさ』


上司の優しい言葉に涙がこぼれそうになった。

1日中しっかり休んだかいあって、翌日の体調は合格ラインを突破。


「おはようございます。昨日は休んですみません。

 今日もよろしくおねがいします」


意気揚々とA会社に向かうと、自分の席にはかつて人間工場で一緒だった人が座っていた。


「え……? どうして? お前、B会社じゃなかったっけ?」


「ああ、そうだよ。昨日からA会社配属になったんだ。

 なんか急な欠員が出来たからって代わりに入ってな。お前だったんだな」


「あ、ああ……それじゃ俺は……?」

「さあ。上司に聞いてみたらいいんじゃないか?」


上司のもとへと向かうと、自分が来たことに驚いていた。


「あの、俺の場所がないんですが……」


「君はすでにA株式会社の配属ではなくなったんだよ」


「え!? それは不合格ってことですか!?」


「いやいや。そういうことじゃない。

 欠員が出たから補充した。補充した人がいるから君はもう不要。

 君の能力が不合格だからとかそういうものじゃないよ」


「それじゃその補充した人員を外して、俺を入れればいいじゃないですか!」


「君と補充した人間はどちらも同じ合格人間だろう?

 なんでわざわざ面倒な配属解除をしなくちゃいけないんだ。

 配属し直したところで、なにも変わらないじゃないか」


「そ、そんな……!」


A株式会社の配属後、B商事、Cコーポレーションなどへ配属依頼を行った。

けれど答えはどれも同じだった。


「うちは今は全部の人間枠が埋まっているからいらないよ」


Zカンパニーにまでそう言われたときにはさすがに反論した。


「待ってください。同じ合格人間でも俺はひと味ちがいます!」


「というと?」


「これまで一度も業務をサボったこともないんです!

 人間工場では連続検査合格記録をなしとげています!

 他の合格人間以上にできる人間です!」


「……君、家に電子レンジはあるかな?」


「は? 電子レンジ?」


「私はコンビニのお弁当を自宅で温めたい。

 そこで家に電子レンジがあるんだ」


「あの……何の話ですか」


「別の電子レンジにトースト機能やグリル、

 さらにAI調理などができる機能がついていたとする。

 だからといって、今持っている最低限の機能だけのレンジと交換するか?」


さまざまな機能やボタンの使い方をイチから覚える苦労するなら

最低限で勝手しったる今の電子レンジのほうがいい気がする。


「そういうことだ。君がどんなに自分の機能を盛っても

 我々はガイドラインに沿った最低限の合格ラインを突破すればいい。

 温める機能さえついていれば、それ以外の機能はどうでもいいんだよ」


Zカンパニーからも追い出されてしまった。


「どうしよう……このままじゃ誰かの欠員が出るまで、俺はどこにも配属できない……」


このまま配属されなければどんどん経年劣化が進む。

いくら合格ラインを突破してる人間でも日が経っている人間は配属されにくい。


誰だって同じ牛乳なら賞味期限が長い方を選んでしまう。


「兄さん、困ってますね?」


「だ、だれだ!?」


路地裏から出てきたのはぼろぼろの男だった。

見た目だけで人間工場で不合格だった人だと察しがつく。


「さっきのやりとりも見ていましたよ。ひどい話ですよね。

 あなたは合格ラインを突破だけでなく、プラスアルファで優秀なのに

 この世界じゃ合格不合格の基準だけでしか評価されないなんて」


「……しかし、そういうものだし……」


「あっしはそんな基準ぶっ壊したいんですよ。

 人間は合格不合格だけのものさしだけで測れるものじゃない」


「……!」


「あっしは人間工場で不合格のできそこないです。

 でもね、これでIQは人並み以上なんです。

 人間工場の審査対象じゃないから不合格だったんです。

 自分の能力を評価されない苦しみ、痛いほどわかるんです」


「それで……俺にどうしろっていうんだ」


「この世界のガイドラインターミナルを爆破してほしいんです。

 あそこを破壊できれば世界のすべての合格不合格の基準は失われる。

 みんながお互いの個性や長所を認めあえる世界になるんですよ!」


「個性を……認めあえる……!」


これまで合格判定の基準になりえなかった自分の特徴もきっと認められる。

自分だけじゃない。多くの長所がありながら、たったひとつの不合格にふれる短所で泣きをみた人も救える。


「やるよ。俺がこの世界のガイドラインをぶっ壊す……!」


男からターミナル爆破用の爆弾を受け取った。

ガイドラインターミナルへの侵入は簡単だった。


誰にでも世界のガイドラインにアクセスできて、いつでも合格不合格の世界基準を正し合うようにと開かれていた。


「これでよし、と」


誰にも被害が起きないタイミングで仕掛けた爆弾を爆破した。

ガイドラインターミナルは大きく崩れ、世界のガイドラインは崩壊した。


「兄さん、やりましたね! クソくらえのガイドラインがぶっ壊れましたよ!」


「ああ、これですべての長所を認めてもらえるんだ!!」


男と手を取り合って喜んだ。

不合格の男とは成功を分かち合った後、分かれることになった。


「兄さん、それじゃあっしはこれで失礼します。もう会うこともないでしょう」


「寂しいこと言うなよ。どうしたんだ急に」


「ガイドラインが壊れたとはいえあっしはもと不合格人間。

 そんな人間と一緒にいたら、兄さんも元不合格と勘違いされますから」


「そういう偏見や差別はもうないんだよ。気にすることなんてない!」


「兄さん、どうかこれからは自分のよさを認めてもらってください。

 それがあっしら日陰者への最大の応援になりますから」


以来、男は二度と姿を現さなくなった。


ガイドラインターミナルが壊れたことで人間の合格不合格基準は失われ、

誰もが自分の長所や個性、尖った性質を表に出し始めた。


そして、俺はふたたびA株式会社へと向かった。


「では、ご自身の自己PRをしてください」


「私はもと合格人間で、これまで一度たりとも不合格になっていません」


「な、なんだって!? それじゃずっと合格続きだっていうのか!?」

「ええそうです」


「なんと……君ほど優秀で能力のある人間を見たことがない……!」


これまで合格基準外の切り捨てられていた長所に驚いてもらえている。

ガイドラインターミナルを壊したのは間違いなかった。


「それに、品行方正で真面目モンドセレクションも受賞しています」


「すばらしい! うちの会社には真面目な人間こそ求めていたんだ!」


「それで俺はどうでしょうか。配属していただけますか?」


「もちろんだとも! 君のような優れた人間がどこにいる!?」


「ありがとうございます! 嬉しいです!」


ついに自分の長所が認めてもらえた。

自分はいくらでも代わりのある部品などではない。

特別で唯一の存在だとわかってもらえた。


すると、A会社の人間はなにやら道具や制服を取り出した。


「それじゃ、A会社として配属が決まったので

 みんなと同じ髪型と同じ服と同じ顔にしてもらうよ。

 変なあつれきを作らないように、みんなと同じ仕事を同じだけこなしてね」

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