2話 拳でかたろ(チュートリアル)


「いそげいそげ!」


「そんな急がなくても逃げないって……。」


 私、スイはリコを背負って走っていた。リコが走りたくないと言うものだからめんどくさくなって背負ったのだ。部活で鍛えた足があるから余裕だ。


「ぜえ………ご、ごめんちょっとやす……うぇ、げほっ」


『VRドーム』についた途端、私はリコを下ろし、ベンチに横たわる。全力で一キロ走るのは流石にきつかった。


「もー。だからやめなってあんだけ言ったのに」そう呆れつつリコは近くの自販機からペットボトルの水を買ってきて飲ませてくれる。


「ありがと……」私は水半分ほど一気飲みし、呼吸を整える。


「ここで休むんなら走らなくても一緒じゃん〜」リコはハンカチで私の汗だくの額と首を拭いてくれる。


「そだね……反省……。あ、ここも拭いて」私はリコの手を掴み胸元に突っ込む。


「ばっ、ばか! そこは恥ずかしいよ! 自分で拭いてよ!」リコは手を引っ込め私にハンカチを投げつける。顔がほんのり赤くなっている。


「女同士だし別によくね?揉む胸もないし」仕方なく私は自分で無い胸の谷間を拭く。すっかすかだ。


「まあそうだけど、心の準備ってもんが」


「よし復活!! いこうよ」リコの台詞をさえぎって私は立ち上がる。


 ――ヴァーチャル・リアリティ。

 ――それはあらゆる疑似体験を可能にするもの。


「要はアニメやゲームの世界を全身で感じられるってことだよね」私は言う。


「めっちゃかんたんに言うとね。最近の技術すごいよね。『殴り愛』はあっちだね」


 パンフレットのマップ案内を見ながら私たちは目的地にむかう。


「ここだね……広っ」着いた途端私はそう感想を漏らす。


 VR「殴り愛」の施設は学校の体育館ほどの広さがあった。私達が前やってたVRの旧作は大きくても教室ほどの広さしかなかったのでそれと比較するとすごく広い。


 入り口の液晶には「待ち時間なし」と書かれている。新作なのにこの人気のなさは珍しい。


「クソゲーなのかね?」私はそう漏らす。


「さあ? 評判とか調べたけど見つからなくて」


「ま、はいってみっか」


 はいると中もやはり広い。壁際にロッカーがある以外は何もないから余計に広く感じる。


 周りを見回していると、中央にホログラムが表示された。10才程度の少女の姿をで、両手にはボクシングのグローブを嵌めていた。頭にはピンクの大きいリボンをつけている。


「ぼっこー! VRシュミレーション『殴り愛』公式ナビゲーターのナグリアイだよ!」手を大きく振りながらホログラムは自己紹介をする


「ぼっこー?」私は聞く。


「やっほー的な感じー!」


「うわださ」リコはぼそっと口にする。


「それ言わないで! 私もダサいと思うけど、言うようにプログラ厶されてるんだもん……」ナグリアイは少し涙目になる。


「あーリコ、アイちゃん泣かした〜。AIだって心はあるんだよ」私はここぞとばかりに煽る。


「え、ごめんて」リコは素直にあやまる。


「ううん。それで早速だけど、VRの世界に来てもらおうかなー」


 私たちはナグリアイの指示通りに近くの鍵付きロッカーに荷物を全て置く。そしてVR専用のセンサー付きドレスを身にまとい、最後にVRヘルメットをかぶる。とても軽い。最後に部屋の中央に戻る。


「準備万端だね! じゃあ行くよ! VR、レディ、ゴー!」ナグリアイは片手を大きく上げる。


 ヘルメットから自動でバイザーが降りて来て、私たちはVRの海に没入する。


 私たちは大草原にいた。あたり一面みどりで地平線まで見渡せる。まるでとあるパソコンのホーム画面のような風景だった。


 ナグリアイがこちらに向かって走ってくる。そしてそのままの勢いで私に抱きついてきた。ちゃんと感触を感じる。


「VRの世界にいらっしゃい!見た感じ、二人は友達?」


「腐れ縁だけど、首の皮一枚ぎり友達って感じかな」私は適当に答える。


「ひどくない? 幼い頃から血で血を洗う争いをしてきた仲じゃん?」リコも負けじと言い返す。


「あはは、親友なんだね、いいなぁ。じゃあ説明しちゃうよ!」ナグリアイはそう言いながら私たちの目の前に映像を映し出した。


「このゲームはファンタジー、SF、ロボット、抗争、昼ドラ、その他いろんな世界観のシチュエーションのクライマックスシーンで敵味方別れて殴り合うゲームだよ!殴り合って友情、愛情を深めてね〜」


 映像が説明に合わせて切り替わっていく。世界観のシーンはちょいちょい既視感を覚える。それが逆に面白そうだ。


「今回は二人だから敵同士になるね。主人公対ラスボス的な構図になるかなぁ」


「いいねぇ。スイに日頃の恨みを存分にぶつけられる!」リコは手のひらに拳をぶつける。


「そんな恨みある? ま、そっちがその気でかかってくんならいくらでも相手してやんよ」私は手を上に招きかかってこい、のポーズをする。


「あ、勿論殴り合いはVRでの疑似体験だからリアルで影響はないよ!試しに殴ってみる?」アイは提案する。


「いいよ。リコ、お腹ね」私は腹筋に力を入れる。


「よっしゃ、オラァ!」リコは思いきり振りかぶって私のみぞおちめがけてパンチを繰り出す。


 ドゴォ!!!

 殴りとは思えない爆音をたてて私は吹き飛ぶ。そのまま仰向けに寝転がる。


「え、やば……ごめん」殴ったリコも驚いている。


「いてて……いや、痛くないな?」起き上がり私はお腹を見たが何ともなってない。


「ね、大丈夫でしょ。痛覚はフィードバックしないようになってるから。二人は殴ろうと考えるだけでもいいよ。強弱とか演出はこっちでシーンごとに選ぶから」アイは言う。


「これ、蹴りとかでもいいの?」私は聞く。


「うん。格闘技っぽいことなら結構何でも出せるよ。やってみて」


「なるほど。リコ、背中向けて」


「ほいよ」リコは言うとおりにする。


 私はドロップキックをリコに決めようとジャンプした。その途端身体が横に高速で回転しだす。目の前ににある言葉が浮かぶ。


「ひっさつ!スパイラル・トルネード!」そう私が言葉を言った途端、リコに向かって蹴りが炸裂する。


「えっ何が起こって、うわああああ!」蹴りを食らったリコは私と一緒に回転しながら飛んでいく。かなりの距離を一緒に飛び、リコを両足の下敷きにしてスピンしながら着地する。


「めっちゃいいじゃんこれ!」私は素直な感想を漏らす。


「でしょ!」アイは笑顔で空をくるくると飛びながらこちらに来る。


「あといくら殴る蹴るしても身体の外見は傷つかないよ。18歳以上ならそれができるんだけど、二人は15歳だからごめんね」アイは謝る。


「へー。でも傷つくの見えると躊躇しちゃうから全然よくない?」


「だねぇ。思う存分殴り合えなくなるよね。あとそろそろどいて」リコは私の足の下からつぶやく。


「えーどうしよっかな」私はジャンプして背中に座り込む。


「ぐえー、って痛くないけど。どりゃ!」リコはうつ伏せに潰された状態から真上に跳躍した。上の私はぽーん、と飛ばされ、少し離れたとこに尻餅をつく。


「あーなるほど。こういう動きをしたいって思えば身体が勝手に動くのね」リコは納得している。


「そーそー。かっこいい台詞とかも思いついたら自動で行ってくれるからね!しかもイケボで!」ナグリアイはぴょんぴょんはねながら説明する。


「あ、それと本格的に殴り合うのは『CLIMAX』ってシーンになってからね! それまではちょっとした台本があるからお互いの人物になりきって楽しんでね!」


「おっけい! ま、やってみればわかるっしょ」私は軽く答える。


「じゃ、二人でやりたい世界観のジャンルを選んでね!」ナグリアイは両手を大きく広げる。

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