第135話 邂逅


 エニグマからチェーンソーを借りた後、蘇生薬や毒煙玉、爆弾、魔法陣などの準備をした。

 特に魔法陣は戦闘を毒煙玉と爆弾に頼っていたせいでストックが少なかったので、直接攻撃できる物や落とし穴などのトラップ系を補充しておいた。


 蘇生薬でネクロを倒せる状態に変化させ、毒煙玉や爆弾で処理する。それでスムーズに終われば良いが、道中で使ったり念の為の魔法陣がある。

 準備は万全だ。




 ローラースケートを履き、サスティクの街中を意図的に迷うように知らない道や裏路地を30分ほど走り続けると、何回か訪れた特殊マップにやってくる。

 数回来ているとはいえ、迷い込んだ場所が何処なのか分からないのだから目的地があっても道は分からない。ルートをリセットするために目印となる場所へ行くべきだろう。


 サスティクの中で僕が目印にできて、そこまでの道で迷わない場所。それはサスティクの入口の門だ。

 門は二つあるが、どちらからでもダンジョンの入口へは行ける。そして、門に行くのには城壁に沿って進めばいい。



 路地裏という狭い道だからか戦闘が少なく、骨とは1回だけしかエンカウントせずに門へ着く。

 そこから大通りを進んでいくと街の中央に到着し、そのまま行くとダンジョンの入口が見えてくる。

 前に来た時から移動してなければこの先にネクロが居て、その道中までに鎧と骨が待っている。前回からレベルが下がっているが、戦えるのだろうか。倒し方は判明している分、前よりは早く倒せそうではあるけど。


 暗視ポーションを飲んでから中に入って階段を下りていくと、前と同じ広いドーム状の空間に出る。

 前回の反省を踏まえて途中に落ちている骨は全てチェーンソーで粉砕して進む。骨が反応する前に倒しているから戦闘に入ってない判定なのか、他の骨は一切反応しない。

 見える骨を全て倒して進み、扉の前まで来る。前に来た時はカッコいい鎧だったが、今回は街中で歩いているのと同じ鎧が二体、扉を守るように立っている。

 こちらを視認した鎧は武器を取り出して構えた。それと同時に、背後からカランカランと物音が聞こえてくる。見つけた骨は全部倒したつもりだったけど、何体か見逃していたらしい。


「弱くなってる……?」


 鎧のグレードが下がっている。いや、見た目で判断しちゃいけないのかもしれないけど。



 そんなことなかった。普通に弱くなってた。

 爆弾を放り投げて起爆するだけで鎧は倒せたため、あとは後ろから迫る骨をチェーンソーでガリガリと削って倒して終わりだ。

 明らかに敵が弱くなっていた。鎧は耐久性が低く再生する事はなかったし、体感では骨も前回より数が減っている。

 街中を徘徊している鎧と同じだったし、モンスターを補充できてないんだろうか。それなら骨の数が少ないのも頷けるが、ネクロが戦闘中に使ってきた骨を召喚する魔法はどうしたんだろう。時間制限とかがあるタイプなのかも。


 骨と鎧に関する考察は程々に、扉を開けて謁見室へ入る。

 中は柱が一部損壊していて、階段の上には変わらず玉座が置かれているが、その上には誰も座っていない。スケルトンキングとやらも復活してないっぽい。

 前回、ネクロがどこから現れたのか分からないので部屋の中を探索する。何処かへ繋がる通路があるのだろうか。それともスケルトンキングと言われていた骨がモンスターではなくオブジェクトで、破壊することでネクロが登場する仕組みになっていたのか。


「最近は人がよく来る。王国はとうに滅びたというのに、何を今更……」


 呆れたような声音で喋りながら、複数ある柱の内の一本からネクロが姿を現した。


「――っ! 貴様、何故生きている! あの時殺した筈だろう!!」


 怒鳴られた。


「蘇生術……いや、死体が残らなかったということは……。そうか、貴様、この世界の者ではないな」


 この世界の者ではない。それがNPCのプレイヤーの認識だろうか。たった今ようやく理解した風だったし、何もしてなければ判別する術はないのかな。


「答えは沈黙、か。まあもう外に出る必要もない。お前をもう一度殺して入口を閉じればいい」


 ネクロは手を前に突き出し、魔法を放ってくる。

 咄嗟の事で反応が遅れたけどギリギリで避けて柱の陰に隠れる。


「同じ戦法を取るつもりか、小賢しい。その程度で防げるとでも思っているのか」


 前は柱に隠れていれば攻撃してこなかったが、ネクロもなりふり構っていられないのか柱ごと巻き込んで魔法で攻撃してきた。

 しかしこちらとてちゃんと対策を講じてきた。前回は明確な対処法が分からずに爆弾や毒煙玉を大量に消費してしまったが、今回は蘇生薬を掛けることで再生能力を消せるという知識を身に着けている。


 アイテム欄から蘇生薬を取り出し、いつでも中身を撒ける準備をしながら柱の陰から他の柱の陰へと移動し、少しずつネクロに近づいていく。ネクロに最も近い柱まで到達したら、ネクロが魔法を放った直後に柱の陰から飛び出し、蘇生薬を振り掛ける。一部はローブに阻まれてしまったが、大半は露出している肌の部分に掛かった。


「上手くいきますように……」


 これでぶっつけ本番でアンデッドモンスターに蘇生薬を使ったが、上手くいくだろうか。


「ぐぅっ! これは……人間に戻っている!? 馬鹿な、何なんだ、今の液体は!」


 極端に白かったネクロの肌が正常で健康な人の、血色の良い肌に変化した。顔の金色の骸骨は変化しない。やはり仮面か何かなのだろう。


「蘇生薬だよ。上手くいって良かった」


「何だと……実在したというのか……それがあれば、ラミルを蘇らせることができたというのに」


「それは残念」


「時代は進化しているのか……」


 距離を取るために走りながらネクロに向かって爆弾を投げつけ、起爆する。

 轟音が鳴り響き、立ち尽くしていたネクロの周辺ごと爆炎が包み込む。


 煙が晴れた頃にはネクロが床に倒れ込んでいた。アンデッドではなくとも十分な強さがあるのか、まだ生きているようだ。


「まさか子供に殺されることになるとはな……いや、世界の外の者なのだから見た目相応の年齢とは限らないか……」


「どうかな」


 見た目と年齢が合致しないというのは性別が変わったせいで合っている。見た目は小学生レベルだが実年齢は高校生だ。だがそれは言う必要もない。

 ここで諦めているネクロに無理矢理止めを刺すのはやらなければならない事でもないが、逃して後々害になるのは面倒だ。感謝したフリをして攻撃してくる、っていうのをやってこないという保証はない。敵対していた関係なのだし、このまま倒した方が流れは自然だ。


「ああ、ラミル……また会えるだろうか……」


 チェーンソーを取り出し、起動させる。世界観に似合わない音が鳴り、刃が振動しているとしか見えない程の速さで回転を始めた。


「俺は罪を、償えただろうか。この空間で、お前だけのために……」


 チェーンソーを構え、床に転がっているネクロに振り下ろす――











****














 聞き慣れないモーターの駆動音への好奇心に駆られて扉を押し開けたブレイズの目に入ったのは、暗い部屋の中で微かに見える銀髪の少女がその丈に見合わないチェーンソーを床に転がるローブの男に振り下ろす瞬間だった。


「なんだ……?」


 しっかり視認するために目を細める。

 背後から差し込む光が微かに照らす少女は、ローブの男から噴き出る血が滴り、服の一部も紅く染まっている。闇の中で光を反射する赤い瞳と身体に混じる血は吸血鬼を連想させ、美しくも猟奇的だ。


「あれ、ブレイズさん?」


 ブレイズに気付いた少女は、まるで知り合いかのように声をかけてきた。


 いや、ブレイズはこの少女を知っている。

 赤い血に塗れているが、少女が着ているのは水兵服だ。銀髪で赤い瞳、それに自分を知っている幼い少女――


「――リンちゃん……?」



「「どうしてここに?」」



 二人の疑問が重なった。

 この空間に来るための鍵となるエシル家とフォルグ家の紋章は、ブレイズが持っていた。時間経過で元の場所に戻ってしまうというのは知っているが、二つは存在しない物だろう。

 だとするとブレイズよりも後にリンが来た事になるが、それなら何故ブレイズよりも先にこの場所へ到着し、ローブ男にチェーンソーを振り下ろしていたのか。


「僕は少しこの人に因縁があったので。ブレイズさんは?」


「謎解きの結果、かな。その男ってもしかしてジード……ネクロって名前だったりする?」


「知ってるんですか?」


 マジかよ、と無意識に呟きが零れる。

 ベギドラの森の墓地で手記を見つけてからあらゆる街を探索し、時には不法に侵入し、情報を集めてきた。そしてようやく最終的な場所を突き止め、時間をかけて来てから敵を倒すための武器を手に入れ、やっと戦えると思ったのに、その全てが徒労に終わってしまった。

 だがブレイズは幼い少女に理不尽な怒りをぶつけるような人間ではないため、行き場のない感情を吐き出すように肩を竦める。


「そうだ、ここに来たって事はブレイズさんも迷子ですか?」


 血に濡れた少女は無邪気な笑顔を向けてくる。あまりにも非現実的な光景に息が詰まるが、なんとか反応する。


「迷子……? いや、違うが」


「あ、さっき謎解きって言ってましたね」


 この少女は何故ここに居るんだろうか。この空間へ来るためには世界の写鏡の40階層まで来る必要がある。エニグマからリンは戦闘能力が低いと聞いていたし、一人で来たとなると相当な違和感がある。更に、リンが言っていた「迷子」とは一体――


「帰り方知ってます?」


「ごめん、知らない」


 本当にただの迷子なのでは、と一瞬脳裏を過ったが、絶対に違う。普通の、しかもこんな幼い少女は迷子ではこんなところには来ない。

 それに、リンはネクロに対して因縁があると言っていた。ネクロに関連する人間が生きていた時代はかなり昔であり、その時代に存在していた国はとうに滅び去り、情報もあまり残ってないレベルだ。NPCの仇ではないだろう。

 つまりリン自身とネクロの間に何かがあった。そこから更に推測できるのは、リンが複数回ここへやってきているという事だ。

 やはりただの迷子ではない。本人は迷っているようにしか見えないが、本来は訪れることのできない場所へ迷い込んでいる。かなり特殊な迷子だ。


「外に出る必要はないって言ってたし、出る方法はあるのかな……」

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