第136話 落ちる幼女
リンは血が付着したままネクロの死体を
「なんで血が付いたまま……って、スプラッタ表現を消してるのか」
このゲームは全年齢対象であり、初期設定でスプラッタ表現が規制されている。ブレイズはその規制を切っているが、リンのような年齢では規制状態にしているのが普通だ。ならばリンにはあの血が見えていないのだろう。
だからあの血塗れの状態で笑っていたのか、と納得したブレイズは床で一部が消し飛ばされた死体と化しているネクロを調べる。
「はぁ、こいつが……」
これまで調べた情報ではネクロは自身をアンデッドに変化させていたはずだ。だがこの死体はこれまで戦ってきたアンデッドのゾンビなどに比べると人間らしい血色をしていて、腐食している部分は一切ない。
死体が消えないのもその変化を示している。人型だろうがネームドだろうが、モンスターなら倒せば死体は消える。プレイヤーもリスポーンするため、同じく死体は消える。例外はNPCだけだ。NPCの死体はモンスターやプレイヤーと違って残り、火葬や埋葬などの適切な処理でようやく消える。処理されずにゾンビやスケルトンにパターンもある。
それらの情報からこのネクロが死ぬ直前に、アンデッドモンスターから人間のNPCに変化した事が推測できる。
「……蘇生薬か。その手があったか」
祈りの聖剣は完全に無駄になってしまったな、と溜息が漏れる。今後使える場面があることを願おう。
まだ何か無いかとネクロが着ているローブを調べてみると鍵が出てきた。
「リンちゃん、鍵があったよ」
部屋の何処かに居るであろうリンに声を掛けると、こっちに扉がありますー! と元気な声が返ってきた。
鍵を持って声のする方へ行こうとするが、暗くて何も見えない。声の発生位置へ向かって進むと段差が連続していて転びそうになった。
「暗視ポーション要ります?」
「できれば欲しいかな」
目の前からリンの声がした。その直後、手を触れられ、瓶を握らされる。
「ありがとう……」
視覚に頼れないので感触だけで瓶を開けて飲む。苦味が混じった野菜のような味が口の中に広がり、飲み込むと光が無いのにも関わらず視界が明るくなった。
辺りを見回すと、この部屋は謁見室のような場所のようだ。ネクロが生きていた時代の王国の首都、ベラルに存在する王城にも同じような構造の部屋があった。
だが扉らしき物は見当たらない。リンを見るとどうですか? と聞いてくるので見えるようになった事を伝えておく。
「玉座の下に何かあるっぽいんですけ、どっ!」
リンは玉座を動かそうとしているが、ステータス不足なのか玉座は一切動かない。血が付いていなければ可愛らしい絵面なのだが。
ブレイズは懸命に玉座を押して動かそうとするリンに退くように言い、代わりに動かす。
玉座の下にはハッチがあったが、玉座がある状態では見えなかった。リンは何故これを見つけられたのだろうか。
「どうして分かったの?」
「『探知』使ってたら音の変化も分かりやすいので」
玉座の下に空間があるなら、足音に多少の変化がある。『探知』を使ってその変化をより明確にした、と言いたいのだろう。そういう技術は以前聞いた事がある。エニグマも自らが発した音の反響を利用して地形を把握する、エコーロケーションという技術を『探知』で強化される感覚で成立させていた。
ハッチについてる鍵穴にネクロから回収した鍵を挿して回すと、カチッという音と共に開くようになる。
梯子などはなく、ただただ縦穴が続いているだけだ。
「どうする?」
「行ってきます」
「は……? ちょっと!?」
理解して止める間もなく、リンはハッチの中へ飛び込んでいった。反射的に手を伸ばしたが届かずに、銀色の髪を靡かせながら落ちていった。
リンがハッチの中に飛び込んでから数秒後、なんか大丈夫みたいですー! という声が何重にもなりながら聴こえてくる。
「恐怖とかないのかよ……」
あの幼さで大したものだ。
部屋の中をもう一度見渡し、パッと確認して調べる必要がありそうな箇所はないと判断してハッチの中へ飛び込む。
縦穴はそう広くもなく、手足を伸ばせば左右の壁に届く。地面との距離を測りながら降下していき、地面が近くなってきたら足を開いて壁に押し付け、摩擦力で勢いを殺していく。ブーツが熱を帯びて裸足に伝わってくるが、この程度なら造作もない。
地面から5mほどの高さで完全に止まった。もう平気かと足を壁から離して飛び降りる。
「っと。よく大丈夫だったね、リンちゃん」
ブレイズはブーツの耐久性とステータス、それと経験があったから死ぬことなく降りれたが、リンはどうだろうか。普通の靴で耐久は特別高いようには見えず、レベルが低いという情報からステータスも成長してないだろう。恐怖心が薄いという観点から見ればそれなりに経験はあるのかもしれないが。
「そこ魔法陣あるので落ちてもふわっと着地できますよ」
リンが指差した方向、ブレイズの足元を見ると確かに何かの魔法陣らしきものが描かれている。
「とりあえず調べましょう。さっきの部屋に何もなかったしここに帰り道があるのかも」
部屋は上の謁見室より狭く、大量の手記と本、巻物がある。
手に取ってみるとネクロが書いたと思われる内容で、ここに来てからの生活や研究内容について書かれている。その過程で蘇生薬や死霊術の研究を行っていたようだが、途中から死霊術をメインに研究している。
また、ネクロはこの空間に身を留めることを己への枷とし、自身が成せなかった完全な死者蘇生を後世に残そうとしていた節がある。完全な悪意ではなく、愛する者を失った事を悔やみ、同じ思いをする者が出て欲しくなかったのかもしれない。
その為に寿命を超越できるアンデッドになった可能性もある。
討伐隊を返り討ちにしたのも、成さねばならない事があったから死ぬわけにはいかないという考えからの行動だったのだろうか。
「これかな」
ブレイズが調べている間に、リンは帰り道を探していたようだ。
リンの前の床にはハッチの下の魔法陣とは違う絵の魔法陣が浮かび上がっている。
「帰りましょうか」
いつの間にかリンもリンでアイテムを回収していて、部屋にあった本や巻物などが一部なくなっていた。
満足したのか、リンは魔法陣に乗って転移していく。ブレイズも残った物をインベントリに詰め込み、魔法陣に乗る。
一瞬視界が白くなった直後、クランハウスまで戻ってきた。おそらくリスポーン地点に設定している場所に転移するシステムなのだろう。
「一件落着ですかね!」
「まあ、そうだね」
俺は何もできなかったけど。その言葉を飲み込み、リンに賛同する。
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