第122話 ノックスレイドパーティー(1)


 師匠から受けた『ノックスレイドパーティー』というクエストと『構築』を試してみる事、どちらを優先するか考えた。

 結果、『構築』は後回しでもいいかとなり、クエストを優先にした。


 ルグレの教会からメイズの教会まで転移した後、師匠から貰った地図を適時確認しながら『ノックスレイドパーティー』の詳細を調べる。



───


クエスト:『ノックスレイドパーティー』


依頼主:レト=ノクス

「助手よ、私の以前の住処から図鑑と研究書を取ってきてくれないか。

 そんな急がなくても大丈夫だから、気が向いた時にでも行ってくれると助かる。行く時は気を付けて行くんだよ、怪我のないようにね」


成功条件:『レト=ノクスの錬金研究書』『レト=ノクスの生物図鑑』の回収

失敗条件:回収対象に不可逆な損傷


───



 失敗条件もあるんだ。

 条件を見る限りだと、回収対象…図鑑と研究書を取り返しのつかない状態にまで傷つけてしまうと失敗になるようだ。それがどの程度まで許容されるのかは分からないが、見つけたらすぐにインベントリへ収納した方が良さそうだ。


 というか、クエストの詳細でまで心配してくるんだ、師匠。

 師匠もそうだしエニグマとか兄さんもそうだけど、僕の周りって結構過保護な人多いんだな。



 メイズの街から出て森に入ったので、武器を取り出しておく。

 そういえばアリスさんに頼んでいたホルダーをまだ受け取ってない。完成したって話はフレンドメッセージに来ていたけど、忘れてた。


 左手に地図を、右手に弓を持ち、目印などない森の中を、これまで歩いてきたおおよその位置からどの方向へ進むかを決めて歩いていく。


「モンスターとか……居ないのかな」


 妙に静かだ。森の中というと、ルグレの近くにあるモリ森ですら狼が生息するため、エンカウントする際に茂みや木の間から飛び出てくる。だがこの森はエンカウントどころか、風で木々が揺れる音くらいしか聴こえない。

 モンスターが居ない場所なのか、何か理由があるのか。

 どちらにせよ、警戒を解く理由にはならない。背負っている矢筒からいつでも矢を取り出して放てるように、心の準備をしておく。




 そうしてしばらく歩き、ようやく目印らしい場所へ辿り着いた。

 地図には古く大きい樹木があるとマークがあったが、目の前にあるのがそれだろう。

 他に並んでいる木とは比べ物にならないほど大きい。遠くから見ても何となくその位置を把握できるくらい大きく、根と思わしき部分だけでも僕の何倍もの高さを持っている。当然、全長はもっと大きい。



 この大樹の付近に、看板が立っているとの事。看板が指す方向へ行けば隠れ家に着くので、地図が宛にならなそうならそっちを見てみるのもいいかもしれない、とメモしてある。

 随分親切な地図だなと師匠に感謝しつつ、転ばないように気を付けながら大樹の周りをぐるっと一周。


 途中でそれらしき物を見つけたが、確証を持てずに結局一周した。看板が立っていると地図には書かれているが、看板は根元が折れて地面に落ちていた。

 少し湿っていて苔が生えている看板を拾い上げて、刺さっていたと思われる根元に合わせてみる。4方向を試し、1番元の状態に近そうな方向を探す。


「あっちか…」


 来た方向から、更に大樹を通り過ぎて行くのだと思われる。地図にあるメイズと大樹、看板の位置関係を見ても…いや、なんか違うな。

 地図には、メイズから大樹へ向かって行った時に大樹の左に看板があると書かれているのだが、僕が看板を見つけたのは大樹を半周した時だ。つまり僕の来る方向がおかしい。


 なんだ、いつもの事か。


 やっぱり現実ではスマホは手放したら死ぬなというのを再認識する。ゲーム内なら死んで戻れるけど、現実はそうもいかない。夜遅くになると変な人とかも出てくるだろうし、スマホは手放すべきではない。


「ま、さっさと行きますかー」


 再び地図と弓を手に、看板が指し示した方向へ歩いていく。

 地図によれば、師匠の隠れ家とやらは特殊な木の中に入口があり、地下へ続く構造になっているらしい。その木は割と目立つので、それさえ見つけられれば後は楽なんだと。

 そんな目立つ気に隠れ家を作って、他のプレイヤーが見つけて侵入しないのかなと思ったが、裏面のメモに入る方法が書いてあった。一定の手順を踏む必要があるから、何も知らなければ相当豪運じゃない限りは入れなさそうだ。



 モンスターが現れずとも警戒を怠る事無く、また歩いているとそれらしき木を見つける。中が空洞になっていて、テントっぽい木だ。


「これか、えっと…?」


 裏面のメモを読み直し、入る手順を確認する。



 1、空洞がある木の中の壁には魔法陣が隠されているので魔力を流して魔法陣を活性化させる。

 2、活性化させた魔法陣に更に魔力を流し、起動する。そうすると床に別の魔法陣が現れる。

 3、新しく現れた魔法陣には乗らずに、1回木の中から出て近くにある岩へ魔力を流す。(新しく現れた魔法陣に乗るとメイズに飛ばされる)

 4、岩へ魔力を流すと魔法陣が更新されるので、このタイミングで木の中の床にある魔法陣に乗る。



 やたらとややこしくて遠回りな方法だなと感じながらも、1つ1つ再現していく。

 木の壁にMPを込めた事で現れた黄色の魔法陣は、岩へMPを込めると紫色の物へ変化した。

 これが更新か、と納得しつつ魔法陣に乗る。

 視界が暗転すると同時に、黄昏の首飾りを使用した時と同じ少し浮く感覚に包まれた直後、何処かの通路へ降り立った。


「すごー…い」


 なんか、秘密基地みたいでワクワクする。


 光は壁に開けられた穴に設置されている謎の装置によって補われており、木々が光を遮る森の中とそう変わりない明るさだ。

 装置が気になって見てみると、光を出している面の裏側は三つの水晶が嵌められている。1つは黄色の光を放つ水晶、もう1つは土色の水晶、最後の1つは無色透明な水晶。


 いや、水晶というよりかは──



「──魔石か、これ」



 おそらく光属性と土属性、無属性の魔石。純度の高さだったか忘れたが、魔石の1部には魔石に適した環境にあると内部の魔力が回復していく物がある、というのを前に教えてもらった。黄昏の首飾りに使われている魔石もそれだ。

 つまりこの装置は、土属性の魔石が回復した分の魔力をどうにか変換して光属性の魔石へ移し、光を発生させている…って事なんだろうか。


 理屈は分からないでもない、が…実際に作れるかというと不明な点が多い。

 棄てられた隠れ家なら別にいいだろうと、幾つか、障害が発生しない程度に拝借しておく。

 これを研究したり、師匠に教えてもらったりで物を作れるようになれば、今後ももっと楽に活動が可能になるだろう。



 物が残ってるとは思ってなかったけど、図鑑や研究書を忘れるくらいなんだから他の物もあるのかな。だったら勝手に取っていいかとか聞いておけば良かったなと思いながら、通路を歩いていく。


 通路には所々に剣を両手で上向きに、胸の前で持っている鎧が設置されている。たまに立ち止まって、まさか動いたりしないよなぁ、と心配になりながら覗き込んだりするが、特に何も起きない。

 いつまで続くんだこの通路。そう考えながらある地点で鎧の横を通り過ぎた時、後ろからカシュンという音が聴こえた。


 物音。それもかなり近い。おそらく、たった今通り過ぎた鎧から発せられた音。



「──あっ、ぶなぁっ!」



 反射的に前方へ跳び、前転をしながら立ち上がって弓、矢筒、爆弾、毒煙玉を取り出し構える。

 隠れ家の中は安全だと思い込んでいたせいで戦闘になることは想定外であり、武器はしまっていた。誰も安全とは言ってないなと反省しつつも、意識を戦闘に切り替える。


 しかし僕へ向かって襲いかかってきた鎧は、片足を大きく前に踏み込み剣を振り下ろしたポーズのままで止まっており、数秒後には元のポーズへ戻ってしまった。



 前転をしたせいで頭から落ちたうさ丸が再び頭へ飛び乗ってくる。


 番えた矢を放たずに弦から離し、取り出した武器やアイテムを収納せずにもう一度鎧へ近付く。鎧が再び攻撃してくる事なく、他の並んでいる鎧と同様、動くような素振りも見せない。

 ゴーグルの『鑑定』を使って調べてみても、普通の鎧だ。モンスターでもない。他の鎧も同様だ。


「どゆこと…?」


 普通の鎧は、人を襲う機能を持ってない。だがこの鎧はモンスターでもないのに、攻撃してきた。そして2回目は攻撃してくることなく、動かない。


 モンスターじゃないとしたら、そういうギミックだろうか。


 もし仮にギミックだとすると、『鑑定』を使っても見分けられないなら全て反射で避ける必要がある。今のは幸い、音を拾えてなんとか回避できたが、これからも全部そう上手く行くとは限らない。

 それに、いつ来るかも分からないのを相手にするのはとてもじゃないけど難しい。


 じゃあどうするか、答えを思いついた。


「全部回収しちゃえば、解決するじゃんね」


 ギミックである以上、真正面から戦いには来ないだろう。となると不意打ちが基本な筈。だったら不意打ちをされる前に回収してしまえば、攻撃される事もない。

 師匠には悪いけど、これが安全な方法だ。師匠も僕の身を案じていた訳だし、これくらいなら説明すれば許されるだろう。鎧も全部返せばいい。


 つくづく鎧に縁があるなと呆れながらも、鎧を見つける度に回収していく。




 中々終わらず、部屋もない通路を進んでいくと、前方で天井から液体が降り注いでいるのが見えた。

 ただの水じゃない、水よりも少し粘土が高い、緑色の液体だ。

 何かと思って観察していると、液体が集合して1つの塊となり、こちらへ向かってくる。


「うわっ! スライムか!」


 驚きながらも毒煙玉を投げつける。


 スライムの対処法は知っている。倒すのに楽な方法を午前中に学んできたのだ。

 その対処法とは毒煙玉。基本的に強い毒煙玉だが、それが有効なのはスライムとて例外ではない。

 サスティクのダンジョンの15階層から出現するミラースライム。同じスライムであるなら、弱点も同じだろう。このスライムが毒属性を持ってなければ、ではあるが。


 予想は的中し、向かってきたスライムは毒にやられて動かなくなり、弾けて死んだ。


 スライムが弾けた場所には、スライムの体を構成していた液体の1部と、魔石が落ちている。


「ギミックだけじゃないのか」


 普通にモンスターも出るようだ。隠れ家なのに。

 ……本当に隠れ家なのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る