第112話 自殺に躊躇がない
錬金釜に水を注ぎつつ、完成したポーションについて考える。
いつもと違う部分の手順の心当たりは1つしかない。星水から抽出した「ポーション効果上昇」のカードだ。
ここで驚くべき点は2つ。
1つ、カードは1枚しか入れていないのに、完成した10本のポーション全てに同じ効果が付与されている事。
1つ、「+10」という強化値になっている事。
まず前者の内容について。
ポーション1本につきカードが1枚必要だと思い込んでいたが、複数本のポーションに対して1枚で合成できるようだ。
これまで星水を使ったポーションは、『調薬』で水の代用品として星水を使っていて、『合成』に星水を使った事はなかった。まあ、今回使ったのは「ポーション効果上昇」のカードだから、星水を使って合成が成功していたとは限らないが。
次に後者の、強化値について。
今まで毒ポーションを作った時は、毒草100本、水入り瓶10本という風に、毒草と水入り瓶の比率が10:1になるように入れていた。今回も同様だ。
比率を10:1にする事で、強化値を+10にしていた。しかしそれは毒ポーションの場合、である。
猛毒ポーションの場合、毒草の1つ上の段階、猛毒を発生させる素材と水を10:1にしないと強化値が+10にならないはずだ。
これらの結果をまとめ、先程の合成の過程を式に変換すると次のものだと思われる。
({毒草×100}+{水入り瓶×10})×「ポーション効果上昇」のカード
この式なら、完成した毒ポーション+10の10個を、カードの効果で強化値をそのまま、毒の強さを1段階上昇させられる。
だがこの式は暫定であり、実際どうなってるかは不明だ。全て掛け算で構成されている可能性もあるし、僕が考えた式で正解の可能性もある。
式を出しといてなんだが、実験しようにも、どういう方法でやれば正確な条件を絞り出せるか分からない。
『合成』において、カードが特別な仕様を持つ可能性だって0ではないし。
「…ま、いいや。さっさと納品分作らないと」
こうして考えている間にも、錬金釜に溜まっている水がどんどん多くなっている。
ここまで溜まると一度に大量のアイテムを合成できるだろうし、もう1回毒ポーションを作ろう。
そういえば、いつも+10の毒ポーションを10個と煙玉を1個で作っている。
毒ポーションの強化値によって毒煙玉の毒の強さが変わり、毒ポーションの数を増やすと毒煙が広がる範囲が広がり、留まる時間が長くなる。
つまり、かなり強い毒で範囲が広く時間も長い物を作ってエニグマに渡している訳だが、今回もそれで納品しなくてはダメだろうか。
というのも、1個の煙玉に100本の毒草を使うのは面倒なのだ。エニグマだけでなくアズマや…クランメンバー全員から渡されるせいで毒草は意味が分からないくらい所持しているが、それでも作れる数は限られてくる。
冷静になって考えてみると、1個の毒煙玉を作るのに100本も毒草を使ってるんだな。
本当に計算が合ってるのか心配になったが、10本の毒草が1つの毒ポーションになって、その毒ポーション10本を使って1つの毒煙玉になるんだから10×10で100だ。間違ってない。
まあそれは置いておくとして、少し考えがある。
猛毒ポーションを10個と煙玉を1個で合成すれば、変わらない範囲と時間の毒煙玉を提供できるかもしれない。
毒の強さは+10の毒ポーションと強化値なしの猛毒ポーション、どちらが強いか分からないからどうなるかは分からないけど。
いや、というか…
「…飲むべき?」
自分で飲み比べてみるのも手だな。
訓練所ならカスタムの効果で死んでもデスペナルティはなくなっているし、アイテム消費もない。毒ポーションを飲み比べるのにはうってつけの環境だ。
そうと決まればさっと移動。どうせすぐ戻ってくるのでうさ丸は錬金ラボで留守番させておく。
訓練所までやってきたら、カスタムの「デスペナルティオフ」と「アイテム消費オフ」が有効になっているのを確認し、思い切って強化値がない猛毒ポーションを飲む。
「あ、やば…」
死んだ、ヤバいなって危機を認識した瞬間に。
HPの最大値が低いのもあるが、それでもどの程度のスピードで減るかなんて確認する暇はなかった。それだけでかなり強い毒である事が分かる。強化値なしでこれなのだから、+10のやつなんてもっとヤバいだろう。ヤバイヤバイ。
だが検証はこれで終わりではない。もう1つ、+10の毒ポーションを飲む必要がある。
それで強化値なしの猛毒ポーションよりも毒が強いのであれば、+10毒ポーションと釣り合う猛毒ポーションの強化値を探さなければならない。
+10毒ポーションの瓶を持ち、一気に飲む。
「まずいな、これ。まあ毒だしそりゃそうか…」
少し間を置いてからまた死んだ。
結果で言えば、HPが減る速度は猛毒ポーションの方が早く、こちらは独り言を呟いていられる時間があった。とはいえそこまで多くなく、数秒で死んだが。
しかしこちらは死ぬまでのタイムラグがある分、毒ポーションの不味さとか状態異常の苦しさがある。それも強化値が10だからか相当辛い。苦しさを感じる前に死んだ猛毒ポーションの方がマシだった。
錬金ラボへ戻りながら結論を出す。
エニグマとて、自爆みたいな方法で毒煙玉は使ってないだろう。
ならば多少毒が強くなっていようが、悪い事ではないはずだ。むしろ敵を倒すのが早くなって効率が上がるし、良い事である…と思う。
ついでに、星水…というよりその原料である星の写真が有り余るほどある現状、毒草の数を減らせるから毒が強い方がより多く作れるという状態になっている。
更に言えば水道が導入された事で一度に大量の毒ポーションを作製できるため、その全てにカードの効果が適用されるのであればカードも節約できる。
うん、改めて考えてみたけど、コストパフォーマンスが上がってダメージも上がる、win-winというやつだ。やはり猛毒ポーションで毒煙玉を作るべきだろう。
「ただいまー、うさ丸ー」
錬金ラボの机の上で律儀に待っていたうさ丸を撫でつつ、錬金釜を見ると未だに水が注がれ続けていた。
「あれぇ…?」
すっかり忘れていたが、水がかなりの量溜まったから毒ポーションを作ろうとして猛毒ポーションとどっちが強いか気になったんだった。
錬金釜に水が入っても水嵩に変動はない。まるで下に排水口でもあるのかってくらい。
合成用のアビリティである『計測』を使い、錬金釜の容量を見てみると桁が凄い事になっていた。
「一、十、百、千、一万、十万…」
十万単位。あと一桁増えれば、師匠から貰った黄昏の首飾りについている魔石を『計測』で確認した時と同じ数値と同じ桁になる。
…案外、不可能ではないんだな。
というか、水道って錬金術だと結構重要なんだ。伊達に高いわけではないか。
「魔石の凝縮に使っちゃおうか…いや、毒ポーションを作るべきか…」
ここまで水を溜める事も珍しい。
手持ちの魔石を黄昏の首飾りの魔石と同じくらいの純度に凝縮できるというのは、少し惹かれる。
だが、エニグマから毒煙玉の作製を依頼されているし、そちらを作るべきなのだろうか。
「うーん…あ、そうだ」
天才的な閃きが頭に浮かぶ。
錬金ラボには3つの机があり、水道を購入したら手を洗えるような排水口付きの常用の蛇口と、何もない状態で出すと床にダバァと零れる錬金釜用の蛇口がそれぞれの机についている。
そう、錬金釜用の蛇口が3つあるのだ。つまり、錬金釜を3つ使えば僕がやりたい事もできるし依頼された事もできる。
錬金釜を追加で2つ買えばいいのだ。さては僕天才だな?
早速、錬金ラボのパネルから新しい錬金釜を2つ…いや、確かカスタムで購入した方が安いんだったっけ。設置って書いてあったから錬金ラボの外には持っていけないけど、1つあるから別に要らないだろう。
錬金ラボから出て、ホールの受付パネルから「錬金釜設置」を2回購入する。1回目は2万ソル、2回目は3万ソルの合計5万ソルだったが、それでも分解キットを買った時より安い。手持ちで足りるので気にする必要はないだろう。
購入を決定してから錬金ラボへ戻ると、部屋の端の方に大きな木箱が2つ並んでいるのが目に入る。
「前は配達時間みたいなのがあったけど、カスタムで買うとないんだね」
木箱についている金具を外して中を確認すると、僕が持っている錬金釜と同じものが入っている。もう1つの木箱も同じだ。
高さとか重さとか色々あって持ち上げて取り出せないので、とりあえず移動させようと木箱ごと引っ張ると、少し広い所で箱の側面が四方に倒れて中の錬金釜が出てきた。
サイコロの面を分けた時のように開かれた木箱は、光になるとかではなく、少しずつ透明になって消えていった。
「…まあ、そうだよね。錬金釜の大きさの物を出すのって難しいしね」
木箱がなくなったことで出てきた錬金釜を押して机の横まで持っていく。
これをもう一度繰り返し、全ての机の横に錬金釜が置かれている状態になった。
「うんうん! いいね…っと」
満足している場合ではない。新しく設置した錬金釜に水を注ぎつつ、最初から使っている錬金釜の容量を確認する。
さっきから合成しようとして結局やらずに別の事をしているからか、かなりの時間注ぎ続けて容量が80万くらいになっている。
「えーっと…計算しなくていいか」
80万もあったら、わざわざ計算しなくても失敗はしないだろう。
水を止め、机の上に出しておいた毒草を全体の3割くらいを数えながら投入。別の机に置いてある水入り瓶を毒草と同じ数だけ入れる。
最後に「ポーション効果上昇」のカードを1枚入れ、ヘラを使ってかき混ぜる。
錬金釜の容量が多いからか、投入したアイテムが多いからなのか。はたまたその両方なのか、ヘラがとてつもなく重い。
「おっも…」
反射的に呟いてしまう程に。
粘度が高いというより、単純な重さを感じる。
それでも中断せずにかき混ぜ続けていると、いつもと同じように水の色が変化し、勝手にぐるぐると回り始める。
光に備えて腕で目を隠す。少し経ってから確認すると、錬金釜の上に瓶がポーションが浮いている。
《『合成』に成功しました》
《『猛毒ポーション×2250』を作製しました》
数えてて思ったけど、やっぱり多いな。
いや、それよりも…
「腕が疲れる…」
重いのをかき混ぜ続けていたから腕の負担が大きい。
STRが高かったらもっと楽になるんだろうか…。
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