第106話 静かな海中
息を止めながら仰向けになり、波で揺れる海中を漂う。
太陽の光が水面で屈折し、波によって水が動くせいで揺れて見える。
水の流れに身を任せ、何をするでもなくこうしていると心地良い。エニグマが同じ考えでやっていたのだとしたら、納得できそうだ。
現在潜っているのはかなり深い所であり、僕だけでなく、アズマですら足が着かない場所だ。
堤防にもそれなりに近く、水面に出ればまだ釣りを続けているクロスくんを肉眼で視認できる。
また、釣りが成立するという事は魚もいるという事であり、こうして潜っているとまあまあ見かける。
漂いながら魚が泳いでいるのを眺めていると、水面をアズマが通り過ぎて行った。
アズマは先の宣言通りに泳いでいて、堤防の近くを左右に往復している。
ニアさんと散歩していて、歩きでもかなりの距離があると感じたのに、それを泳いで何往復しているというのは凄い事だろう。
多分とても疲れる。僕にはそれをやる気力は無いかな。
静かな海の中でこうしてぼーっとしていると、考え事に向く環境ではあるなと気付く。
「あ、考え事に向くなこの環境」と、突然気付いた訳ではなく、実際に考え事をしている最中に気付いた。
考えていた内容は今後についての色々。
明日からイベントが始まるなーとか、錬金術で『分解』を使えるようになって、やってみたい事とか。
イベントに関しては、モンスターを倒してポイントを集め、そのポイントをアイテムなどの交換に使えるという事しか分かっていない。
ただ、1日とか2日だけではないだろうし、開催期間の長さによってはのんびりやっても問題なさそうだ。
狩り場がどうのこうのと話していたエニグマ達が結局どこで狩りをするのかは不明だが、効率が良くて僕にも再現できそうなら、僕もその狩り場を試してみるのもいいかもしれない。
次に錬金術について。
『分解』というアビリティは昨日試した。素材を構成する要素をカードとして変換するというアビリティだ。
昨日試した素材は薬草とポーションだったが、他にも試したい素材はある。
例えばポーションの効果を強化させる星水及び、星水の素材となる星の写真。
星水は『分解』によってポーションを強化させる効果を複数抽出できるようであれば、それを使ったポーションの生産による商売を展開できる。
次に用途不明の星石、エニグマからの依頼が多く需要が高い毒煙玉やそれに関連する毒ポーション、毒草、煙玉など。
星石は用途をハッキリさせられたらいいなという高望みで、毒煙玉に連なる物は需要が高いので、作製の簡略化ができたらしたい。
あとは煙玉から繋げて閃光玉や爆弾といった、破壊時に効果を発揮して消失するもの。
『分解』は耐久値を0にするという過程を踏む必要があり、破壊時に消失するという仕様とどちらが優先されるのかという好奇心からだ。分類で言えば毒煙玉や煙玉はここにも入る。
他にはスキルオーブのような形式が不明なアイテムや、カードを更に『分解』できるかなど、好奇心は尽きない。
しかし『分解』はカードに変換する方向にだけでなく、カードから新たにアイテムを生み出す方向も含めて『分解』というアビリティなのだろう。
だったらカードの使い道も考えるべきだ。
昨日手に入れたカードは「回復」「止血」「植物」「水」「氷」「ガラス」の6種類。
「回復」のカードと水が入った瓶を合成した場合、HP回復ポーションが完成する。
これは『調薬』で水と薬草を煮た際にできる物と同じだ。
そうなる理由が"薬草を分解して手に入れた「回復」のカードを使ったから"なのか、"合成する素材や回復量によって変化するから"なのかが分からないというのが悩み所である。
前者であれば、「回復」のカードを抽出する際に分解する素材をより良い物にすれば質も上がる。
後者の場合はシロのポーションみたいな、HP回復ポーションよりも効果が高い物を分解して、変化する原因がカードとして表れるならどうにかできそうな気がする。
手に入れたけど使っていない他のカードについても、今後色々試す必要がある。
まず「止血」のカードに関して。
このカードは薬草からしか入手できなかった。カードを抽出したのは「回復」のカードを合成して作った物だが、『調薬』を使って作った物と同じHP回復ポーションを分解しても「止血」のカードは排出されなかったというのを含めて考えると、ポーションになった時点でこの効果は消えている。
「止血」というからには出血する場面があるはず……いや、ある。
確か、武器の中には出血を誘発させる効果を持つ物があった。「出血」という状態異常が存在するなら、「止血」の効果はそれを打ち消すためにある物だろう。
僕自身がその「出血」という状態になった事がないように、そう頻繁に起こる事でもない。
頭の片隅にでも置いておけばいつか役立つ時が来るかもしれないが、今はそうでもなさそうだ。
とはいえ止血ポーションみたいな、「出血」を治すポーションが作れるのなら作っておいた方がいいだろう。
「出血」を誘発させる武器を使ってくるモンスターが居ないとは限らないし、全く売れないという訳ではないと思う。
次は「植物」「水」「氷」「ガラス」だ。急に残りの全部を一気に持ってきたのには、ちゃんとした理由がある。
「回復」や「止血」という効果はプレイヤーまたはNPC、簡単に言えばこの世界に存在する生物に対しての効力を持つ。
それらとは違い、上記の4つは物質を構成する要素や状態を表している。
端的にまとめると……そう、用途が違う。
『合成』の基本的なルールとして、共通点を持つ素材同士や、方向性を与える場合に成功する。
共通点を持つ素材同士というのは簡単で、例を挙げるならHP回復ポーションと毒ポーションを合成したら回復毒のポーションという、回復も毒の付与も同時に行うポーションが完成する。
方向性を与えるというのは少し難しいが、毒煙玉が今まで作った中では分かりやすいだろう。煙玉に毒ポーションを合成する事で、煙玉が出す煙に毒を付加できる。
直近の例で言えば、「回復」のカードと水を合成してポーションが完成するのも同じパターンだ。
全てとは言いきれないが、多くの場合、カードを合成するなら形式は共通点ではなく方向性の付与である。
じゃあ「植物」や「水」、「ガラス」などのカードを合成する時、一体何の方向性をどのように与えるのか?
それが「回復」、「止血」を残りの4つと分けた理由だ。
「回復」と「止血」のカードは、効果としてどういう影響があるのか一目で分かる。生物に対してHPの回復、出血の治療を行える。
逆に一目で分かりにくい、または分からないのが残りの4つだ。
カードとアイテムを合成して方向性を与える時に表れる変化として、考えられる可能性はアイテムの材質を変えるというもの。
想像が容易な所から考えれば、金属と「水」のカードを合成したら金属が液状になる、みたいな物だ。
「植物」や「ガラス」、「氷」の場合の想像が難しいが。
転じて、カード自体にも相性みたいな物がある可能性もある。
星の写真とリンゴを合成しても素材が消失するように、共通点がなく方向性の付加もできない時は合成が失敗してしまう。
同様に、「植物」のカードと水を合成しても失敗するのではないか、という考えだ。
そうだった場合、上記の例だと金属と「水」のカードの合成は成功するが、「植物」などは失敗になるという感じになるはずだ。
まあ何にせよ試行してみない事には真偽は分からない。これは試しておこう。
さて、ゆっくり考えていたらそろそろ息が苦しくなってきた。
別に海中にいなくてはならない理由もないし、まだ考え事を続けるならもう一度潜ればいいだけだし一旦呼吸しよう。
「…はぁ」
水面に出て息を大きく吸い、吐き出す。
潜っている間にまあまあ時間が経っていたようで、ゲーム内は既に夕方になっている。
…すぐに夜になるし、1回砂浜に戻ろう。そう思い、陸へ向かって泳ぎ始め──
「─いや遠っ…」
海中を漂っている間に沖の方へ流されていたらしい。後ろを振り返ってみるとすぐそこに堤防があるし、堤防に登って歩いて戻った方が楽そうだ。
180度回転して堤防に近付く。
そこまではいいのだが、ここでまた問題がある。僕の背が低いから堤防の高さまで登れない。
幸い、堤防にはクロスくんがいる。彼に登るのを手伝ってもらえないだろうか。
「クロスくーん!」
「えっ? あ、はい!」
「堤防に登りたいんだけどさ、登るの手伝ってくれないかな?」
「了解です!」
元気よく返事したクロスくんは持っていた釣竿をインベントリにしまい、堤防から飛び降りてくる。
──いや、なんで?
何故飛び降りてきたのか。堤防の上から少し頑丈な棒とかで引っ張りあげてくれれば良かったんだけど。
「どこかに掴まっててください」
「あ、うん」
クロスくんの肩に手を回しておんぶされる形になると、クロスくんは堤防を登っていく。凹凸があるわけでもないのに、掌が吸い付いているような感じでひょいひょいと。
数秒で堤防の上まで到達したので、クロスくんの肩から腕を離す。
「ありがとっ!」
「いえいえ」
どうやらクロスくんもそろそろ砂浜に戻ろうかと考えていたらしく、一緒に戻ることになった。
もう水中ではないので水着から水兵服に着替えてから、断続的な堤防を少し歩いては飛び移って移動していく。
****
砂浜に戻ってきた頃には日が沈んで夜になっていて、海に入っていたみんなも戻っていた。
僕とクロスくんで全員揃ったという事でエニグマから一言。
時間も時間だし解散、と。
遊びたい人は遊べば良いし、何かやりたい事があればそれをすれば良いらしい。
僕もこれ以上海でやりたい事もないし、帰ろうかな。
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