第94話 ナス


「師匠ー?」


 クランハウスから「黄昏時の首飾り」を使って師匠の家までやってきた。

 前に師匠が魔石の消耗がどうとか言っていたけど、時間経過で回復するらしいし、何よりもお金を節約したいので教会からルグレへのファストトラベルは経由せずに転移した。



 師匠の家に入ってみると、前に来た時と同じように本が散乱していた。また片付けつつ、今度家具屋とかで本棚を買って師匠にあげようと決めた。


「師匠、床で寝ると体に悪いですよ」


 体が痛くなるとか、睡眠の質とか色々。

 師匠を揺さぶって起こし、フラフラしながら起き上がったので支えつつ椅子に座らせる。



 前に来た時からの変化点として、師匠の目の下に隈が出来ている。


 ずっと床で寝ているのなら睡眠の質とかが原因だろうけど、おそらくそうではない。

 前までは隈は無かったし、師匠の家にはちゃんとベッドはある。


「どうしたんですか?」


「ん、あぁ…いや、前に助手が見せてくれた星の絵が気になって。絵というには精度が高い、まるで空を切り取ったような絵だなと。それで魔術を使って真似れないかと考えていてね」


 星の絵…占星盤で加工した「星の写真」の事かな。

 絵には反応しないって言ってた気がするし、写真じゃないとダメっぽい感じだったけど、師匠はその写真を作ろうとしてるのか。



「…そうだ、良ければ参考までに、助手がどうやってあの絵を手に入れたかを教えてくれないか」


 どう答えるべきか…。

 スクリーンショット機能を起動してカメラを取り出して、「これで撮りました」なんて言っても分からないだろうし、そもそもそのカメラは何処から来たのかってなる。


 ここはカメラの原理を…でもカメラの原理なんて知らないしな。

 うーん……実際に写真を撮って見せるくらいしか説明出来ない。エニグマとかなら知ってそうだけど僕にその知識はない。


「あの絵…写真って言うんですけど。この道具を使って撮ったんです。こうやって…はいチーズ」


 カメラのレンズを自分に向けるようにしながら師匠の横まで移動して、カシャッと1枚。


 画面に今撮った写真を表示させて渡すと、師匠はカメラのレンズを覗き込んだり画面を触ったりしている。


「ふむ…でもこれは絵ではないだろう?」


「プリンターって言うやつで…えーっと、データ…じゃないな」


 本当に説明が難しい。メモリーカードとかデータとか言っても通じないだろうし、なんて言えば良いんだ…?


「カメラの中に保存してある写真を白紙に転写して…」


 自分でも何を言ってるのか分からなくなってくる。

 前に師匠が言っていたフレーズを混ぜて説明するように意識してるけど、技術を言語で説明するって難しいんだなぁ。しかも全く知らない人に話すから専門用語ですらない物も言えないし。


「転写…なるほど。魔石に一旦保存し、別の道具で転写を行えば……」


 そう言ってブツブツ呟きながら紙に何かを書き始める。

 床の散乱具合に気を引かれて気付かなかったが、机の上はくしゃくしゃに丸められた紙が大量にある。カメラを作ろうとしたけどボツになった案や設計図だろうか。



 急いで文を書き上げる師匠を横から見ながらしばらく待っていると、書き終えた師匠がこちらを向いて礼を言ってくる。


「ありがとう助手、おかげで良いアイディアが浮かんできた」


「どういたしまして。でも体は大切にしてくださいね?」


「あぁ、流石に体が限界に近いからこのあと寝るよ。ところで、なんで助手はあの「カメラ」という物を持ってる?

 この国よりも遥かに技術が進歩した国が何処かにあると噂では聞いていたが、そこから流れてきたアイテムか?」


 またどう答えるべきか。

 やはり「プレイヤーだから」というのは通じないだろう。


 そして師匠が言う国の情報、割と重要な気がする。あくまで噂ではあるけど、技術が進歩した国が何処かにあるというのは今まで聞いたことがない。

 後でエニグマ達にも伝えておこう。



 …話が逸れた。問題は国ではなくどう答えるか、だ。


 正直に言っても伝わらないので、どうにか誤魔化すべきだ。

 その理由に「拾った」は精密機械が落ちてるというのが不自然なため却下。

 1番楽なのは師匠の言うことに便乗して同意すること。師匠が噂だと言っているので真偽が定かではない国を確定させてしまう訳だが、それがこの場では1番……いや?


 理由として、「親の形見」とかはどうだろうか。これならこのカメラの出自は不明なままだし、持ち歩いている理由としてそう不自然でもない。

 …良いな、これにしよう。


「親の形見です」


「…そうか。すまないね、ベタベタ触ったりして」


「大丈夫です」



 うん、師匠の様子を見に来て正解だったっぽい。

 来なかったら来なかったらで本に埋もれながら床で寝てるだろうけど、そうなる理由を無くすのに協力出来た。


 また少し経ったら見に来ようかな。次は本棚を買ってこよう。


「じゃあ帰りますけど、ちゃんと休んでくださいね」


「うむ…助手、来たくなったらいつでも来ていいからね」


「はい」


 装備している「黄昏時の首飾り」に触れ、転移を開始する。







 転移してやってきたのは、雑貨屋ぐれ〜ぷにあるぐれーぷさんの部屋。

 いつもそうだったが、相変わらずここに転移してくるようだし、場所は固定なようだ。


 最近はクランハウスで自分の部屋が出来て、ぐれーぷさんの部屋を借りる事は少なくなったけど、前に来た時とは明らかに違う点がある。

 クランハウスのホールにある、各施設に移動するための水晶と、受付のパネルと同じ物が部屋の入口の横にある。


 パネルの前に立ってみると、「雑貨屋ぐれ〜ぷ」と表示され、その後にゲーム内で1日の来客数や売上、売れた商品などが出てくる。


「めっちゃ便利じゃん」


 僕が見て良いのかというのはあるけど、見れたんだから仕方ない。怒られてもぐれーぷさんなら謝れば許してくれると思うし。



 そしてパネルの横にある水晶に触れると、クランハウスのホールの水晶と同じように転移先の施設の一覧が出てくる。

 いつの間にか色々と施設が増えている。「競技場」や「寝室」、「不思議の国」とか色々。


 雑貨屋ぐれ〜ぷと不思議の国はぐれーぷさんやアリスさんが持っている店だから、クランに入ったら持ってる店に転移出来るようになるのかな。


「あ、居た」


「…ブラン。どうしたの?」


 危ない、真白って呼びそうになった。今は誰も居ないから良かったけど、こういう事がないようにしないと。


 パネルや水晶を弄っていたら、いつの間にか部屋に入ってきていた。

 口振りから、僕を探していたような感じだが何か用でもあるんだろうか。わざわざゲーム内で探さなくても、フレンドメッセージを送ってくれたりご飯の時とかに言ってくれたら会えるのに。


「耕兄が会いたいって」


「兄さんが? 何処に居るの?」


「今呼ぶ」


 メニューを操作してフレンドメッセージで呼んだらしいので、店の方に移動して毒ポーションを作りながらブランと話して待つ。


「僕は友達のクランに所属したけど、ブランは何処かに所属してるの?」


「うん。耕兄と同じ所」


 一緒のクランに居るのか。ブラン1人だったら心配だけど、兄さんが居るならその必要はなさそうかな。



 どんなクランなんだろうと考えながら待っていると、店の入口から鎧を来た人がやってくる。

 他の客が居るのにその鎧の人が目立つのは、何よりもその鎧の見た目だろうか。


 鎧にしては珍しい青という色に、金色で装飾されていて派手なのだ。ついでに赤いマントも付いている。

 兜もしていて顔が見えない。アズマが前にマントも付けるとか言ってたの結局どうなったのかなーと考えながら鎧の人を見ていると、こちらへやってくる。


「お待たせ、ブラン。それと…凛」


 くぐもった声だが、兄さんの声だ。となると、この鎧の人は兄さんだったのか。随分派手な格好をしているんだな。


「兄さん…」


「少し静かな所に行こうか」


 怒られそうな雰囲気を出しつつ、兄さんの言う通りに静かな所へ移動する。



 今回はぐれーぷさんの部屋を貸してもらう事にした。というかここ以外静かに話せそうな場所を知らない。

 テーブルを挟んで兄さんの横にブランが、こちら側には僕だけという2:1の構図で座る。いつもご飯を食べる時は僕とブランが隣同士だから、こうやって座るのは珍しい。


 兄さんが兜を外した事でようやく顔を見れた。髪は金色になっているけど顔は現実と変わってないように思える。


「どうしたの?」


 特に悪い事はしてないから怒られるような事もないと思うのだが。

 昨日の夜ご飯食べてないのは…今言う事でもないだろう。それなら昼とか今日の夜ご飯を食べる時に言うんじゃないか。


「俺もそれなりに偉い立場になれたからね」


 うん…うん?


 話が見えない。偉い立場とは一体何なのか、だからなんだというのかが一切分からない。


「凛はクランに入ってる?」


「うん。エニグマ…祐哉の所に所属してるよ」


「祐哉くんの所…今呼べる?」


「え? あー、呼んでみる」


 フレンドメッセージを送って来れるか聞いてみる。

 すぐに返事が来て、ちょうど暇だから行けるらしい。本当に暇なようで返事が来た直後に部屋にある水晶の横に転移してきた。


「…どういう状況だ?」


「兄さんと妹」


「ブラン」


「ナスです」


 そういえばそんな名前だって言ってたな…。前にブランから聞いてたけど本当だったのか。

 僕もそうだが、エニグマも笑いを堪えている。真面目な自己紹介なのに、名前だけで笑ってしまいそうになるのはズルいなぁ。



 エニグマと兄さんがクランの同盟機能とかの話をしているのを所々聞きながら毒ポーションの作製を続ける。


 兄さんは「レジェンズ」というクランのサブマスターになっているらしい。

 ゲーム開始時点からそういう目標を立てていたらしく、その理由がある程度の力や権力の確保で、それが達成出来て僕個人或いは僕が所属しているクランとの同盟などの契約を行うために来た、ということだ。


 正直、僕は今所属しているクラン以外知らないので凄いのかは分からないけど、エニグマの反応的には凄いのかもしれない。

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