第82話 馬鹿
13階層からは僕のアイテム欄に入っているあるアイテムを思い出し、比較的楽に攻略が完了した。
そのアイテムは毒煙玉だ。開幕押し寄せてくる大群に向かってエニグマが毒煙玉を投げつけると、こちらへ向かってくる前に毒を付与される。
しかも使った毒煙玉は広く強い。自分で吸ってしまった時に体験したが、体は動かないし息は出来ない。あれを自分から吸おうと思うほど馬鹿でもMでもないが、見ていれば効果はちゃんと理解出来る。
ステータス関係なしに、バタバタと倒れてHPが減っていって死ぬ。ゴキブリホイホイみたいな感じだ。
問題のミラースライムが出てくる15階層以降も毒煙玉の偉大な力のお陰で楽に攻略出来た。呼吸を止めて毒を軽減したりしたのか、稀に毒煙玉を抜けてくるモンスターが居たが、それもエニグマ達に倒されて終了。
毒煙玉1つでこんなに簡単になるんだからもっと早く思い出せば良かったと後悔した。
こう見ると強すぎてパワーバランスが壊れている。大群に対する特効を持っていると言わんばかりの効果だ。
あの毒煙玉1つ作るのに+10の毒ポーションが10個、つまり毒草が100個必要になるから妥当…かもしれない。
…それでも毒煙玉は少しおかしい。
『弓術』スキルのアビリティである『ポイズンアロー』を当てた場合に与えるダメージは、クランハウスの訓練所で試した結果秒間15程度だった。
しかし毒煙玉はどうだろうか。訓練所で試したわけではないから正確な数値は不明だが、ポイズンアローで与えた矢のダメージと毒の継続ダメージだけを使って倒すと1分程。毒煙玉を通って動かなくなったモンスターは20秒程で死ぬ。
この時点でもうおかしい。
15×60で毒の継続ダメージだけで900くらいは与えているので、モンスターのHPを900だとして、それを20秒で削るので900÷20で45。ポイズンアローは矢自体のダメージもあるので実際は45以上だろう。
ポイズンアローの3倍以上のダメージを出しつつ、行動不能のおまけ付き。
スマホのゲームでよく言う「人権」というアレにすらなりそうな気がする。持ってないと煽られるやつ。
対人戦でも状態異常は対処がしにくいと思うし、本格的に強さが明るみに出てきたな…?
「…まあ、良いんじゃないか」
19階から20階へ移動すると、微妙な顔をしたエニグマが呟く。
その顔は何が言いたいか大体分かる。バランス崩壊で調整されないか不安なんだろう。
僕も不安だ。折角作ったアイテムがめちゃくちゃ強くてようやく錬金術の強さが出てきたと思ったら修正されそうとか悩まなくちゃいけないとか嫌すぎる。
「凄い! こんな簡単にここまで来れたのは初めてだよリンちゃん!」
アクアさんが僕を持ち上げて喜んでいる。持ち上げるっておだてるみたいなあれじゃなくて物理的に。
「やったね!」
持ち上げられた目線でもアズマとエニグマより少し低いってくらい。女の子になる前の目線の高さと同じくらいかな。…いや、もうちょっと高かったかな。
「ボス戦の会議やるから集まれー」
エニグマの言葉で少し散らばっていたパーティーメンバーがエニグマの元に集まる。僕もアクアさんに抱えられたままエニグマの前へ。
「リンが初挑戦だから全部説明する。
20階のボスは馬と鹿だ。2体を同時に相手することになる。
1回だけエアリスだけ残って倒したが、当然それじゃダメだ。全員生存状態でボスを倒す必要がある」
馬と鹿…馬鹿って事?
というか、既に倒してはいるのか。エアリスさんだけ残ったというのは、他のメンバーはギリギリの所で倒されてようやく勝ったといった所だろうか。
しかし1人だけ残っても、その後の攻略は不可能だろう。だから全員生きて勝たなければならない。
「馬は俺、鹿はアズマがタンクをやって抑える。アズマ、アクアとエックスは前と同じ鹿。俺、エアリス、リンで馬を倒す。
多分だがリンが加わって討伐タイムが早まるから鹿の方に救援に行くのが早くなる。取り敢えず耐えてれば良い。死なない事を優先してくれ。
リンは弓でも魔法でもインファイトでも好きにしろ。ポジションはエックスと同じ遊撃隊な。取り敢えず状態異常系は使って欲しいが」
「毒煙玉は使わない感じ?」
「速いからそこまで有効ではないな。しかもあれ範囲攻撃用だろ」
それもそうか。毒煙玉は1体だけとかにはあんまり使わないな。
「準備は?」
「僕は良いよ」
「あたしもオッケー」
アズマとクロスくんは頷き、アクアさんは「大丈夫だよ」と返事をする。それを確認してエニグマから魔法陣で転移していくと、草原に出る。
草原の奥からはボスらしき影が。
1体は馬…の首から人の上半身が生えている、ケンタウロスとかそういうのに近いモンスター。生えている人の上半身の手には槍がある。
もう1体は鹿…っぽい何か。後ろ足で立ち、前足を横に広げている。胸筋をアピールするマッチョのように。顔は鹿で、角もちゃんと生えているが……。
「…鹿?」
馬の方はまだ分かる。あれ、鹿…。鹿?
いや、あれは鹿じゃないな。百歩譲って鹿の要素を取り込んだクリーチャーだ。鹿ではない、断じて。
馬と鹿っぽい何かはこちらへ少しずつ歩いてきて、馬の方が雄叫びを上げて戦闘が始まる。
さっきエニグマが説明した通りの2グループに分かれ、盾を装備したエニグマと一緒に馬の方へ近付く。
「『防御体勢』! 『土よ、鎧と成りて我を守れ。グランドアーマー』!」
エニグマはアビリティの発動と魔法の詠唱をすぐに終わらせ、緑色のオーラー纏いながら馬と対峙する。アズマ達の方もアビリティ名や詠唱を叫んで発動しているようだが、気にしている場合ではない。
「『ミラージュアロー』『ポイズンアロー』」
まずは継続ダメージを与えるための毒付与。ミラージュアローで矢の本体を見えなくして、幻影の矢を明後日の方向へ飛ばす。見えない矢はエニグマと睨み合って動かない馬に直撃し、毒の状態異常を与えた。
ミラージュアローのクールタイムが長くなるが、初手で確実に当てる為には必要な事だと割り切る。続いて『パラライズアロー』、『スリープアロー』、『バーサークアロー』を放つがスリープは外れ、他2つは当たっても効果がなかった。
「こっちだ! 『アドバンススラッシュ』!」
矢を当てた事で馬がこちらを向いたが、エニグマがそうはさせないとヘイトを集めるために一気に近付いて袈裟斬りを放つ。
馬も馬でやられっぱなしという訳ではなく、手に持った槍で突いたり薙ぎ払いを繰り出すが、エニグマの盾に防がれてダメージを与えられずに終わる。
『思考加速』を使用し、エニグマに攻撃する馬の隙をついて防げないタイミングで矢を放つ。しっかり当たっているが、ヘイトはエニグマに向いたまま。順調だ。
馬を相手にするグループは僕とエニグマだけでなくもう1人、エアリスさんも居る。アビリティやスキルを発動する際にエニグマと違って叫ばないため意識が向くことが少ないが、馬の周りをかなりの速さで周りながら双剣で攻撃し続けている。
「『カッティングリーパー』…」
後ろ足で蹴り飛ばそうとしてきたのを躱したエアリスさんは馬から距離を取り、アビリティ名を呟いて攻撃を再開する。
先程からの変化は、その手の双剣が赤く染まり、切る度に赤いエフェクトが飛び散っている事。目にも留まらぬ連撃は馬のHPをみるみる減らしていく。
「『乱舞・開幕』」
連撃は加速し、より激しくエフェクトを撒き散らす。
「『沿革』」
手数重視のように見えた攻撃の速度が少し下がり、代わりというかのように一撃が力強く、重くなってくる。一撃を与える事に赤いエフェクトは大きく飛び散り、馬のHPも全体の半分を切った。
「ウオオォォォォ!」
「『終焉』」
大きく雄叫びを上げる馬とは対照的に、どこまでも冷静なエアリスさん。赤く染まった双剣は黒が混じり、その中に鮮やかな赤い線が、血管のように浮かび上がる。
その変化した双剣で馬の胴体、人間部分も含め全体を攻撃していく。動き回る馬を超える速さで斬りながら馬の周りを1周し、双剣を鞘に収めると同時に、馬の全体から赤黒い血のようなエフェクトが吹き出る。
だが馬とてサンドバッグではないため、エアリスさんに反撃しようとする。
「『インパクトピアス』っ!」
双剣を鞘に収めて動かなくなったエアリスさんを攻撃しようとした馬を、エニグマがアビリティを発動しつつ馬の背後から棒みたいな槍を突き刺して止める。
「すまんエアリス、我慢してくれ!」
エニグマは槍を手放し、エアリスさんに駆け寄ったと思ったらドロップキックで蹴り飛ばした。エアリスさんはその衝撃を防ぎきれず、遠くへ飛んでいく。
「エアリスは気にしなくて良い! 死ぬなよ!」
今はその言葉を信じよう。
馬の残りHPは既に全体の3割も無い。毒で常にダメージを与えられているし、本来攻撃役であるエニグマも十二分なダメージソースとして動いている。
「『ジェノサイドハンマー』!」
エニグマは戦闘開始から常に武器を変えている。最初に攻撃したのは剣、途中で斧を使っていたし、エアリスさんへの攻撃を中断させたのは槍。そして今度使っているのはハンマーだ。
馬が突き刺す槍とエニグマが振りかぶったハンマー、互いに同時に当たるが、エニグマは盾を持っている上に装備もしっかりしている。とはいえ馬はボスであるため、ハンマーの一撃でも全体の1割ほどしか減らない。
攻撃力が高いハンマーでさえこのダメージであるから、1人で半分ほど削り切ったエアリスさんの攻撃力は相当だろう。
「『パラライズアロー』」
クールタイムが終わる度にすぐ使っていた状態異常系のアビリティ、ようやく成果が出た。
パラライズアローを発動し当てたら、馬が動かなくなったのだ。HPバーの下には麻痺を表す雷みたいなマークがある。
「エニグマ!」
「ああ!」
チャンスだ、という意を込めてエニグマの名前を叫ぶと、エニグマは既に行動を起こしていた。
盾を捨て、エニグマ自身よりも大きな剣を肩に背負い、高く飛び上がっている。
「おっ…らぁぁぁ!」
剣の重さを利用しているのか、空中で前方向へ回転しながら落ちてくる。そして丁度馬に遠心力が乗った一撃が叩き付けられ、HPは全て無くなる。
「ビクトリィィィ!」
うるさい。
消えていく馬を見るのをやめ、もう1つグループが戦っている鹿の方へ向かう。
鹿は前足を拳のように使いアズマへ殴るように攻撃している。その攻撃は速く、アズマも盾で防ぎきれずにダメージを受けているが、アクアさんが回復させる事で何とか保っているようだ。
こちらはエニグマのように攻撃される前に攻撃して敵の攻撃を防ぐ、『攻撃こそ最大の防御』というスタンスではなく、正しい意味でのタンク。アズマが防ぎ、アクアさんが回復し、クロスくんが攻撃してダメージを与えている。
それでもスタンスと火力の関係で、鹿のHPはまだ7割ほど残っている。
「『ミラージュアロー』『ポイズンアロー』」
あれだけ攻撃が速いのだから矢を見てから避ける事も容易いだろうと、保険も兼ねてミラージュアローを使い本体を見えなくしてポイズンアローを当てる。これで継続ダメージは与えられるように…って、毒状態になってない。
耐性があるのか、厄介な。
意識外から放たれた矢が当たった事に相当腹が立ったのか、ヘイトがアズマから僕に移る。
しかしこれは予想通り。こちらを向いて走り出した鹿の顔面へ、エニグマがハンマーを叩き付けながら飛んでくる。
「待たせたなぁ! 『スラッシュウェーブ』!」
角が折れた鹿へ追撃の衝撃波。当たりはするがやはりボスだからかそれほどHPが減っているようには見えない。
「行くぞエックスゥ!」
「はい!」
エニグマは盾と剣をしまい、ついさっき鹿の顔面を殴り飛ばしたハンマーを両手で持つ。クロスくんも同様に、全く同じではないがエニグマと似たようなハンマーを装備している。
「Go!」
2人して鹿へ走り出し、エニグマが飛びかかってハンマーを振り下ろす。鹿はそれを避けつつ反撃の為に前足で殴ろうとするのだが、ジャンプしたエニグマの下から飛び出てハンマーを横に振り抜くクロスくんに反応出来ずにその攻撃をモロに喰らう。
クロスくんの攻撃で怯んだせいでエニグマの攻撃も受け、クロスくんを攻撃しようとするとエニグマが邪魔をし、逆にまたエニグマを攻撃しようとするとクロスくんが邪魔をする。距離を取ろうとキモイ動きでバックステップすると、エニグマが地面を蹴って近付き、ハンマーで殴る。
攻撃を当てる毎に1、2、3…と掛け声が入り、カウントが20くらいになると鹿のHPが半分を切って速さが上がるが、それでも2人のコンビネーションアタックは防げない。
「『中回復』。アズマくん、大丈夫?」
アクアさんがアズマを回復させる。アズマは相変わらず喋らないが、兜が縦に揺れているので中では頷いているのだろう。
そうしている間にもエニグマとクロスくんの攻撃は止まず、カウントは優に50を超えている。鹿の残りHPは4割ほど。
「カウントダウン!」
カウントが70を超えた辺りで、エニグマが叫ぶと今度はカウントが70、69、68…と戻っていく。
鹿もやられるだけで終わりではなく、反撃はしようとしている。全てもう片方に邪魔されて終わっているが。
「3」
「2!」
「1」
「『メテオインパクト』!」
1のカウントでクロスくんに打ち上げられた鹿は、0カウントの代わりに発動されたアビリティによって多大なダメージと共に地面に叩き付けられ、めり込んで光へと変わっていく。
…僕、何もしてないな。皆はアビリティで派手に戦っていたが、僕は毒とか麻痺とかを与えながらパスパス矢を撃ってただけだった。
「俺の勝ち!」
エニグマによって蹴り飛ばされたエアリスさんの様子を、回復魔法が使えるアクアさんを連れて見に行く。蹴り飛ばされた直後とは違って地面に転がっておらず、座ってこちらを見ていた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、平気よ」
「ちなみに何で蹴られたんですか?」
「アビリティのクールタイムで動けなくなるのよ、今もまだね。エニグマが蹴ってくれなきゃ攻撃されて死んでたわ」
動けなくなるタイプのクールタイムもあるのか。それは少し注意しておくべきかな。
アクアさんがエアリスさんに肩を貸して、エニグマ達の元へ戻る。
え? 僕は肩を貸さないのかって? 身長足りないから無理だよ。
「ドロップアイテムと宝箱は回収したから部屋から出るぞ。休憩だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます