第69話 ウサギの大移動


「ただいまーうさ丸〜!」


「キュイッ!」


 飛んでくるうさ丸をキャッチし、強めに撫でる。

 エニグマと共にサスティクからルグレへ帰ってきて、うさ丸や他のウサギ達を連れてまた教会へ行く。ウサギ達を僕の体の1部、膝の上だとか肩の上とか、足に触れさせながら祭壇の前で祈る。

 1番最後に見た転移先の選択画面では無かった2つの転移先が増えている。1つはサスティクの教会、もう1つは「『未定』クランハウス」という物。

 未定という部分は本来クランの名前が入るんだろう。エニグマに誘われて入ったクランにはまだ名前を決めておらず、結成するだけしたからその時に仮決めで『未定』にしたとかだろう、きっと。

 今回はクランハウスに色々と物を移したりするのが目的なので、「『未定』クランハウス」を選択し、転移する。


 転移後に立っていたのはクランハウスのホール、訓練所などの施設に移動する時に使う水晶の前だった。水晶に触れると、「ルグレ教会」という転移先が増えているから、帰りは水晶からか。

 ウサギ達もちゃんと着いてきている。流石に数十匹も連れてくるのは僕だけでは無理だったが、エニグマが手伝ってくれたおかげで平気だった。


「訓練所に放しておくのと僕の部屋に連れていくのどっちが良いと思う?」


「どっちでも。ただ訓練所ならクランメンバー全員が行くし、エアリス辺りが喜ぶんじゃないか。注意はしておくべきだが」


 どっちでも、かあ。

 庭みたいな施設もあるとエニグマが言っていたけど、それが出来るまでは訓練所に放しておくのが良いかもしれない。訓練所は日があるし、ウサギ達が食べれるかは分からないけど草も生えていたから。


「そういや、クランの施設には生産向けのもあるぞ。鍛冶とか木工、裁縫とかの工房とかな。もちろん錬金術向けのもあるな」


「錬金術の工房? 何かあるの?」


 部屋でやるのと何か違うんだろうか。

 ウサギを体のあちこちに乗せたまま、水晶で訓練所まで転移する。


「工房系は生産キットが置いてあるんだ。勿論最初から全部置いてある訳じゃなく、スキルレベルに合わせたものを購入する必要があるが」


「へぇ。じゃあなんで錬金術の生産キットが無いって騒がれてたの? それだったらクラン入ればすぐ解決だったじゃん」


「クランはファストトラベル同様、βテストには無かった…いや、クランという存在自体はあったんだが、制限されて使えなかったんだ。

 しかもクランハウスの施設って解放条件があるんだよな。生産施設なら購入者がその施設と同じ生産スキルを所持していて、一定以上のレベルが無いと使えん。最初から解放されてるのは庭と保管庫だけだな。

 んで、錬金術ってβテスト終了時の評価は『生産キットが最後にやっと見つかったのにクソ不味いポーションしか作れない』って散々な評価だったろ? しかもその生産キットはお前が所持してたし。

 簡単にまとめると、ほぼ無意味とされる錬金術をやってる奴をクランに入れる所は少ないし、クランに入ったり作ったりしても生産キットが無いからスキルレベルを上げれない。だから施設があるなんて知られずに時間が経ってたんだ。

 鍛冶クランから解放についての情報が流れてきてスキルポイントを錬金術に注ぎ込んだ奴が試して漸く発見された、って感じだな」


 説明が長い。でも大体分かった。不運が重なって評価が最悪になり、それのせいで発見が遅れたということだろう。

 そして、恐らくこのクランで錬金術を取得しているのは僕のみなので、錬金術の施設は僕が買わなければならないと。


「スキルポイントを使いたくないとか他に使ったからないって奴は、スキルレベルを上げる術がないからな。そこにオークションで生産キットが売られば欲しがる奴は多い…ってなわけで、遺跡で手に入れた生産キットは高く売れたぞ」


 悪い奴だ。

 というか1つ気になったけど…


「錬金術やろうとしてる人ってそんなお金持ってるの? やろうとしてもできないんだったら皆初心者のままなんじゃないの?」


「デカいクランが欲しがってたりしたな。あとは副業みたいなのでやろうとしてるのも居る」


 なるほど。僕みたいに最初から錬金術をやろうとしてる人はそうそう居ないってことなのか。僕って相当レアケースなんだな。


「注目されたのは雑貨屋ぐれ〜ぷが売ってるポーション、つまりお前が作ったのが理由だな。お前がやってなかったらずっと無視される…って事はないだろうが、もうちょい遅かっただろうな」


「へぇ」


 訓練所で所々に散らばるウサギ達を眺めながら、エニグマの話を聞く。


 MMOとかのオンラインゲームって、自分がやろうとしてる事は必ず他の誰かが既にやっている事しかないと思っていたが、錬金術は僕もトップに近い方に居るという事で良いのだろうか。

 副業みたいな感じでやる人は他のスキルにスキルポイントを使うだろうし、メインでやる人もクランに加入する事が前提みたいなものだから難しいのではないか。しかもこのゲーム、生産特化のステータスは存在しないからレベルが上がれば必然的に戦闘はできるようになるし、生産スキルでのレベルアップはそこまで効率良くないし。


「大分脱線したな。話したいのは錬金術の施設を買うか? って話なんだよな」


「錬金術ねー…でもこのクラン僕以外に錬金術する人居ないでしょ? 生産キットは今のところ困ってないし、自分の部屋で十分な気がするなぁ」


 生産キットなら師匠が貸してくれるとも言ってたし。


「まあそうなるよな。持ち歩けるから鍛冶みたいに必須って感じじゃないか…」


 生産系のプレイヤーもスカウトしないとな、と呟くエニグマを横目に見て、手近なウサギを撫でる。目を細めて気持ち良さそうにしてて可愛いな。

 それにしても、生産系のプレイヤーってアリスさんくらいしか知らないな。エニグマが鍛冶をやってるプレイヤーと知り合いって言ってたけど、結局それが誰なのか知らないし。

 …器用値みたいなステータスはないし、生産ってスキル取得してやり方知ってれば、あとは施設さえあれば出来るんじゃ?


 ……いや、戦闘に集中したいから生産スキルに構う暇もないのかな?


「必要になったら受付から買えば良いぞ」


 エニグマはそう言って水晶に触れ転移して行った。

 一段落、と言ったところか。

 今すぐ何かしたいという事もないので、弓の練習でもしよう。藁人形の近くに居るウサギ達に離れるように言い、人形から距離を取って弓を取り出す。


 弓道なんかやった事ないから弓の正しい構え方なんて知らないが、大体半身になって構えているイメージがある。

 左足を前に出す形で半身になり、左手で弓を持ち、右手で矢を弦に引っ掛けつつ引っ張る。力いっぱいに引っ張ったら、人形に狙いを付けて離すと矢が飛んでいく。

 胴を狙ったのだが、当たったのは足。当たっただけマシとも言えるけど、しっかり狙った所に当てなければ戦闘では使えない。


「思ったより落ちる…?」


 銃のゲームは少し齧った程度だが、大体は遠くに飛べば飛ぶほど重力で落ちていく。それと同じで、矢も落ちるんだろう。あと弓道では風の影響も受けるとか聞いた事あるような。

 多分、矢が軽くて速度がないから風の影響も受ける。銃だったら弾が速いから風の影響は受けるにしても少ない、とかなんじゃないかな。


「風は吹いてないし、今は落下だけか」


 遠距離攻撃というなら、遠く離れた位置からも当てれるようにしたい。気付かれずに先制攻撃をできるというのは結構なアドバンテージだ。それこそ毒を塗った鏃なら敵を毒状態に出来るし。


「んー…」


 何回か矢を放ってみる。極端に変な撃ち方をしなければちゃんと飛んでいくようで、「あ、これちょっとミスしたな」って感じの時も人形には当たった。

 システムアシストは放つ時に働くから、当てるのは自分の力でって事なんだろう。


「スキルも取得したらもうちょっとマシになるかな…」


 実際どうだろうか。戦闘系スキルのアビリティはバフが入るものとアシストで半分勝手に体が動く物がある。

 勝手に体が動くものは明確に抵抗すると発動しないが、分からないまま任せていても少ししか勝手に動いてくれないので随分ぎこちない動きになる。だからそれに合わせる為に練習するのだが、弓は体は勝手に動いてくれない気がする。他の武器と違って攻撃手段は1つ、弓を構えて矢を放つだけだから。

 弓スキルのアビリティは矢にバフが掛かって貫通力が上がるとか、矢の速度が上がるとかなんじゃないか。


「スキルオーブ買ってこよーっと」


 サスティクのスキルオーブ屋は武具屋の隣にあったし、1回ちゃんと通った道なら変な所を通らなければ流石に迷わない…はず。

 まあ迷ったら迷ったでさっき行った謎の特殊マップに行けるかもしれないし、良いかもしれない。あれ何だったのか分からないままだったし、もう少し調べたい。

 …って、迷った時の言い訳を考えても仕方ないな。本来なら迷わないのが1番。


「……そういえばクランハウスから出れないじゃん」


 ルグレの教会から鍵を使って来たからサスティクのスキルオーブ屋には行けないや。ルグレの方に弓のスキルオーブあったかな…?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る