第54話 性別変更手続き
結局なんの遺跡だったか分からない湖底遺跡の調査を終え、魔法陣に乗ると湖の底に戻された。みんな戦闘用の装備を身に付けていたため、すぐにそれぞれ水着を装備したり鎧を脱いだりして水面を目指して上昇した。
ルグレへ戻ってくる頃にはゲーム内はすっかり夜になり、現実時間で18時過ぎ。僕も夕飯で呼ばれたというのもあり解散となった。
夕飯を食べながら、遺跡内でアズマから聞いたニュースの話を兄さんにすると、兄さんもその事は知っているようで、僕がいいなら病院に行こうという話に。
僕としても今後の憂いは無くしておきたいのでそれは拒否はしない。しないのだが、思っていたより早く行くことになった。
病院へ行ったのはその翌日。兄さんが事情を話してくれて、健康診断や血液の採取など、様々な検査をしつつお医者さんの質問に答えていくと診断結果の書類を渡され、次は役所へ。
役所では座って待っていると全部終わっていたため、何がどう変わったのか詳しくは分からないが、兄さん曰く戸籍の性別が変わったらしい。
そして役所で終わりかと思いきや今度は学校へ行き、事情の説明と書類の提出する。担任の先生とも話したが、特に何も言われなかった。強いて言うなら、体が変わって色々忙しいだろうけど宿題頑張れよ、というくらいか。僕の宿題は既に全て終わってるが。
「あーつーいー」
ようやく行くべき所が全て終わった…と思っていたが、まだあった。最後に制服と体操着、ジャージなんかを買わなければならないらしい。
家にある制服なんかはどうするのか気になったが、男に戻った時のために取っておけばいいと言われ、そういえば戻る可能性もあるなと完全に女性として生きていくつもりだった自分に落ち込んだ。言われてみれば無意識に女の子の服を着てるな。
しかし性別が変わるなど滅多にないような事が2度も自分の身に起こって、最終的に元の性別に戻るというのは珍しいどころではない。宝くじの2等が当たるくらいの確率だろう。宝くじ2等の確率とか知らないけど。
要は男に戻れるかは分からないし、その可能性は低いだろうという事だ。生憎ながら精神は男なので男と恋愛するつもりはないが、恋愛云々は置いておくとしても女性として生きていく覚悟をしておいた方が良いのかもしれない。
とにかく、サイズを測り制服などの大きさを決定して終わりだった。肝心の制服なんかは後日発送してくれるそうで。
今度こそ行くべき所は全て行き、ようやく帰路に着く。近年は6月とかでも暑いのに、8月ともなれば煉獄だ。空を見上げると雲が一切ない快晴とも言える天気だが、この暑さではただの拷問である。
コンビニでアイスを買ってもらい、それを食べながら歩くが溶ける速度が尋常じゃない。半分食べる前に手がベタベタになってしまった。
兄さんからウェットティッシュを貰って手を拭きながら思う。もう棒アイスは買わん。
「雨降った後とかじゃなくて良かったね」
良くはない。雪でも降ってくれてる方が僕としては大助かりなのだが。
だが、夏の雨というのは他のどの季節の雨よりもイライラするものだ。湿度が高いのに温度は大して変わらず暑いし、雨が止んでもその後の太陽光で地面の水分が蒸発し高い湿度を維持し続ける。
そういう点なら、兄さんの言う通り雨が降った後でなくてよかったのかも。
「手続きとかは楽だったね」
それはまあ、確かに。僕は大体座ってただけだし。
僕が女の子になったように、性別が変わるのが複数の人に起きていて良かった。もし僕だけだった場合は今頃解剖されているかもしれない。…人権的に考えればそれはないか。
昨日アズマとエニグマと話し、最終的に祭りは例年通り全員で行くことになった。祭りがあるのは10日と11日、土曜日と日曜日。花火を打ち上げるのは日曜日だ。これも例年通りならばどちらも行くことになる。花火に関しては少し高いところに行けば遠くからでも見れるのだが。
…いや、この見た目なら花火の後に配られるお菓子も受け取れるな。あれは小学生までだったが僕の見た目は完全に小学生だ。よし、行こう。
「兄さん、僕土日の祭り行くよ」
「浴衣でも買う?」
「それは要らないかな」
別に普通の服で良いと思う。浴衣着てる人とかご老人の方しか見たことないし。
昼前くらいに家を出たが、今はもう15時過ぎ。少なくとも家を出てから4時間は経っている。
待ち時間でFFでやりたい事をスマホのメモに纏めたりしていたが、割と多い。
店主さんから星水の味付けについて、料理人が話したいと言うのを伝えられたが水泳スキルのレベル上げでルグレへ戻ることが少なく、都合が合わなかったのでそれについて話す必要がある。
他にも、まだエニグマ達が活動しているサスティクに行けないにしても、バジトラの鉱山に行ってみたい。ダンジョン認定されていて鉱夫などはあまり居ないし誰でも入れるように開放されているらしい。ただし安全は保証しないから自己責任というスタンスだが、NPCはともかくプレイヤーである僕には関係ないだろう。
あと、昨日の遺跡で謎解きにあった錬金術記号、というのが魔法陣で使えるか、それ以外に使い道があるのか師匠に聞いたりして調べるべきだろう。
その他はガチャガチャの中身の在庫が尽きかけているからポーションの作製を店主さんに依頼されたのとか、アリスさんに暇な時に店に来いと言われたのとか。あとニアさん経由でヒュプノスさんに呼ばれているとか。そういえばヒュプノスさんとフレンド登録してなかったなーと。
地獄のような暑さの中、ようやっと家に着いた。玄関を開けたら涼しい空気が僕を包み込む…。
「さむっ」
「汗かいたからね。風邪引いちゃうからお風呂に入っておいで」
それは兄さんも同じなのでは、と思いつつお言葉に甘えてお風呂に入る…つもりだったが、沸いてないのでシャワーだけにしとこう。
やはり女の子になってから髪のケアがどうとかでお風呂の時間が長くなった気がする。真白によるとちゃんとしたものを使わないと髪が傷むらしいが、別にそれで困ることなくないかとも思う。毎日チェックされて男の時と同じように、シャンプーでバーッと洗うだけだと怒られるからやらないが。
お風呂から出た頃にはもう16時になりかけていた。今日はFFにログインできてないので早速やろう。
『Fictive Faerieへようこそ』
昨日ログアウトする前に見た景色と同じ、店主さんの部屋で目が覚める。
「キュイッ!」
動き出した僕に反応してうさ丸がいつものように頭に乗ってくる。ここ数日、ゲーム内だと数十日に渡って湖底遺跡調査に備えていたため、泳げないうさ丸はお留守番だった。しばらく構ってあげられなかった分、構ってあげよう。
「さて、まずは何からするべきか」
あれやりたい、これもやりたいとやりたい事が多すぎると順序を上手く決めれず、やる事がないと勘違いする場合がある。今一瞬そうだった。次からスマホにメモする時は順番も決めておこう。
メモに書いた内容を思い出しつつ、最初に何をするか決める。
「料理人との商談…いや、ポーションの作製を優先しよう」
錬金釜をインベントリから出し、水を入れてポーションの材料をポイポイ入れて混ぜる。これをキリが良い数まで繰り返す。
適度に思考が必要な単純作業というのは夢中になれるし考え事も捗る。瓶に水を入れるだけのとは違ってね。
ポーションは作ってから店主さんに売る用と自分用に分けて、自分でもある程度は所持している。
自分用といっても、積極的に戦闘するようなプレイはしていない僕にとって、回復アイテムというのはそこまで必要にならない。モリ森で狼を対象に魔術の性能試験をしたりする時にHPが減ったとしても、自動回復で事足りていた。しかも『エナジーヒール』を取得した事により回復速度が10%上昇しているので尚更だろう。
そうなると何のために取っておいてあるのかという話だが、緊急事態に備えてと、知人に売るためである。知人と言っても主にエニグマとアズマ、珍しければアリスさんとか、エニグマ達のパーティーメンバーであるエアリスさんとかだが。情報や適当な素材と引き換えにポーションを渡す、所謂物々交換といった物だ。
なのだが。皆優しく、要らない素材をくれたりポーションを対価としなくても情報を教えてくれたりするため、そこまで要らない気がしてきた。自分が使うかも、というくらいの数だけ持っておくことにしよう。
「レシピ開発もやりたいな〜」
師匠曰く、錬金術は試行錯誤を繰り返して正解を見つけるもの。その過程を如何に楽しむかが錬金術師に重要なこと。
一切分からない状態から始まるというのを除けば理解はできる。
長らく手を出さないでいた、イノシシの牙に毒ポーションや回復ポーションを合成した系統の、素材に属性を付与するのもそろそろ試してみるのもいいだろう。
「って言っても素材ないか」
武具を作るとしても、その素材となるのは金属。イメージでいえばインゴットとかだが、持ってない。インゴットの状態で売っているのだろうか。需要が少なそうだからない気もするが。
思考を切り替え、他にやりたい事を考える。
やりたい事といえば、ゲームを始めた初日からそうだったが、マッドサイエンティスト的なロールプレイをしたい。
僕が思うマッドサイエンティストのイメージで現状できそうなロールプレイというと、毒煙の中、白衣を着て不敵に笑っているというくらいなのだが、それだとほぼ確実に毒煙で僕も死ぬ。
「ガスマスク、かぁ…」
やはりガスマスクが必要になるだろう。カッコイイし欲しいというのは変わりない。
だがしかし、素材となるゴムとかプラスチックなんかは作れてないし見つかってない。遺跡があった湖の傍にあった小屋の主が開発していた、水中で呼吸を可能にするためのマスクが使えるのではないかと思ったけど、あれはエニグマからせめて吸気弁と排気弁とやらを付けろとダメ出しされたので、期待できそうにない。
「…いや」
現実的なアプローチで無理だとしても、魔術とかでどうにかできないだろうか。
毒を恒常的に無効化する魔術を作るか発見できれば、それをマスクに組み込んで使えるかもしれない。
問題は魔法陣に描く絵として、毒すら見つかってないのに毒を無効化できるのかという点だ。睡眠、麻痺の魔法陣を作る時に描いた髑髏は未だに完成しないから毒ではないだろうし、そうなると何を描けば毒になるのか、と。
「分かんないな」
研究を進めていくうちに判明するといいのだが。
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