第53話 黄金のスライム
遺跡内の雰囲気に合わない白い扉が重々しく開き、扉を通るとこれまでのどの部屋よりも大きい、サッカーコート1つは余裕で作れそうなくらいには広い空間に出る。
そこで待ち構えていたのは、僕がパネルを操作して作ったのと同じ金色の丸い塊、スライムだった。しかしサイズはかなり大きく、アズマやエニグマの2倍くらいはあるんじゃないかというくらいだ。
「ボスか。パターン見てゴリ押せそうならそれで」
「『挑発』!」
今まで兜は外していたアズマが兜を装備し、盾を構えながらスキル名を叫ぶ。心做しかアズマの威圧感が上がり、スライムもアズマを狙おうとしているように見える。
それにしてもあのスライム、先程パネルで見たものと似ている。流体のような印象を受けるのに金色に輝き、金属光沢がある。柔らかそうとも思えるし、硬そうとも思える、不思議なモンスターだ。
「『防御体勢』!」
アズマがまた別のスキル名を叫び、スライムの突進を受ける。質量が大きいからか受けながら少しずつ押されて下がって行ったが、最後にはなんとか止める事ができた。
隙を見逃さずエニグマが剣で攻撃を行うが、ヌルンとスライムの中を通り抜けてしまう。その際に金色のスライムゼリーが飛び散るが、すぐに消えてしまった。
通路では戦闘を全て2人に任せていた僕でも、流石にボス戦まで丸投げではいけないと思い、『ウィンドカッター』の魔法陣を取り出して使う。
魔法陣から飛び出した緑の刃は、金色のスライムの体を1部切り離した。
「VIT高めでMND低め…んや、物理攻撃耐性か? まあいい、『エンチャントフレイム』」
自分の剣の攻撃よりも、僕が与えた魔法攻撃の方が有効的だと判断したのか、エニグマは自身の剣に炎を宿らせ、スライムに切りかかる。
僕に密室で火を使うなとか言ってなかった?
しかし今は戦闘中、僕の視線はエニグマに届かない。
炎を纏った剣での攻撃は、炎を纏う前よりもスライムの体積を削り、目視できるくらいにはHPも減らしているが、ボスだからなのかそれでもHPは多く1割も減ってない。
「リン! アズマに魔法陣を使わせろ!」
エニグマが多くダメージを与えた事により、ヘイトがエニグマに移り攻撃されるようになってしまったので、アズマに有効な魔法攻撃を使わせる為だろう。火力が高そうな魔法陣、エニグマが使っているし別にいいだろうと火属性の物を幾つか渡す。
アズマに渡した魔法陣が起動すると、火の槍や球がスライムへ向かって飛んで行き、着弾すると爆発してHPを削る。作製に大量のMPを使った魔法陣も入っているからか、これまでのどの攻撃よりも多くHPが減った。
ヘイトが再びアズマに集まり、また突進してくると思ったがスライムは動かず、空中に魔法陣が出現する。その魔法陣から射出された魔法は水属性の槍、僕がさっき描いた魔法陣の結果と同じ物だ。
「いっ…てぇ!」
魔法を受け止めたアズマのHPが半分ほどまで減る。メニューを操作して兜を外し、ポーションを飲んでまた装着するというのを、スライムの攻撃を捌きながらやっている。
スライムが魔法を使うのには何か条件があるのか、それともクールタイムみたいな物があって一定時間使えないのかは分からないが、1回撃ってからは使ってこない。何にせよ今がチャンスだ。
火力が高い火属性の魔法陣の大半はアズマに預けているが、他にも強いものはある…筈だ。
攻撃用の魔法陣を片っ端から取り出して起動し、スライムに当てていく。自分でもどれが何の魔法陣かを認識してないので、飛んでいく魔法を眺めていると雷や氷などの上位属性と言われる属性の魔法も混ざっていて、魔法陣に費やしたMPが溶けていくのが実感できる。
全ての魔法陣を使い切るつもりで次々と起動させていると、エニグマがスライムの様子を見ながら近くまで寄ってくる。
「おい、毒はあるか?」
「毒? あるよ。あるけど…」
使ったらスライムに吸収されちゃうんじゃない?
僕の考えを分かっているのか、僕が聞く前にエニグマが遮るように話してくる。
「ならスライムにかけろ。なに、大丈夫だ。それでスライムが毒を持っても困るのはアズマだけだからな」
どこが大丈夫なんだ、と反論する前に毒ポーションを取り出してエニグマに渡す。かけろと言われても、遠距離から攻撃する僕よりもエニグマの方がかける機会は多いし、エニグマに渡しておけばいいだろう。
懸念点としては、やはり毒が吸収されてしまう事だろうか。今のところスライムの攻撃を受けているのはアズマのみだが、毒の状態異常も合わさったら耐えきれないかもしれない。かと言っても回復魔法が使える訳でもないし、どうしようもないのだが。
「『ヒートアップ』! あぁああMP管理めんどくせぇー…」
エニグマが叫んだスキルの名前には聞き覚えがある。ヒートアップというのは確か、初日にルグレからルークスへ行く時の戦闘で使っていた。
あの時は使った直後から動きが速くなったが、MPの節約かそういう条件なのか剣に纏った炎は消えていた。しかし今回は剣の炎は消えずに保ち続けている。
目に見えて素早さが上がったエニグマは、剣でスライムを攻撃しながら片手で器用に毒ポーションの栓を抜き振りかける。
毒ポーションがスライムに接触すると、金色の表面に紫色が混ざる。アズマに攻撃していたスライムは動かなくなり、紫色が混ざった部分と混ざってない部分で分裂した。紫色が混ざった部分は全体の1%とかその程度ではあるが、分裂した毒に侵食されている所は数秒で光となって消えていった。
「毒をまとめて切り離すしか対抗する手段はねぇのか! そりゃ好都合だなぁ!」
随分と楽しそうにエニグマが叫ぶ。そして剣を鞘に収め、両手に毒ポーションを持ってスライムの周りを回りながら至る所に振りかける。
スライムは毒が混ざった部分を切り離そうとしているが、分裂する速度よりもエニグマが毒ポーションをかける方が速く、分裂は間に合わずに金色が紫に染まっていく。それでも分裂して毒を切除するのを諦めず、ポンポンと紫色の塊が排出されていき、それと同時にスライムの体積も段々と小さくなってきている。
「終わりそうだな」
「ね」
ヘイトを集める必要がなくなったアズマと並んで魔法陣を使って攻撃しているが、魔法攻撃よりもスライム自身の分裂と毒による継続的なダメージが大きく、まさに焼け石に水って感じだ。
棒立ちで眺めていると、金色が見えない程まで紫に侵され、やがて形状を維持できずに崩れてしまう。
「わあ」
HPが尽きて死んだスライムの残骸は何故か紫色から金色に戻り、体積も最初の状態と同じくらいまで増えた。瓶に詰めて回収すると「黄金のスライムゼリー」という名前のアイテムだった。
「…死体が残るというよりスライム自体がドロップアイテム扱いなのか」
それなら毒が混ざったスライムが正常な金色に戻ったのも理解できる。
「行くぞ」
「いや、ちょっと待って」
黄金のスライムゼリーはレアそうだし全て回収してから行きたい。
エニグマとアズマにも手伝ってもらい、スライムの残骸をできる限り回収し、部屋を調べる為に歩き回る。
扉は入ってきた物のみ、スライムを倒す前はなかった魔法陣が地面に現れている。描かれているのは四角形が複数重なった図形。恐らく空間転移…この遺跡から帰還する用のものだろうか。
「これ以外ないしもう終わりかな?」
遺跡の調査はこれで終わりである可能性。或いは、この魔法陣で移動した先にまだ続きがあるか。
どちらにせよ、この魔法陣を進む以外に道はない。
…のだが。
「何してるの?」
エニグマが壁に張り付いている。
「リン、これ返す」
僕の質問に返事はなく、アズマが戦闘中に渡した魔法陣を返してくる。それを受け取ってもエニグマからの返答どころか、こちらを見ることもない。
「何してるの?」
2回目の質問。ようやくエニグマと目が合うが、解答はない。だがその代わりと言わんばかりに壁を蹴り壊すと、別の空間へ繋がった。
隠し部屋、というものだろうか。エニグマが蹴り壊して作った壁の穴を通る。部屋には赤い木材と、金色の枠組みの宝箱だけがあり、それ以外には何もない小さな部屋だ。
遺跡に入ってからこれまでと同じように、エニグマが宝箱を壊して開けようとするが、剣で斬っても傷はつかず、蹴ったら衝撃で蓋が開くだけだった。
「ざっこ」
「黙れ殺すぞクソが」
アズマがエニグマを煽り、エニグマはエニグマで口が悪い。この2人がこうなのはいつもの事なので放っておこう。
宝箱の中身は何かの本と、複数のスキルオーブ。
「必殺撃大全…?」
中々面白そうな題名の本だ。必殺撃というのが、ド派手な技である「必殺技」なのかそれともその名の通り必ず殺す技なのか。ゲームバランスを考えると後者はほぼ確実にないのだが。
スキルオーブは道中でも手に入れたエナジーヒールが2つと、『探知』というスキルのオーブ。エナジーヒールはレアだが、探知の方は店で売っているようで、エニグマもアズマも要らないらしい。
「探知ってどういう効果?」
「発動すると範囲内の生物をマップ上に表示するのが基本効果だ。
探知方法はアビリティで細分化されてる。途中でアズマの盾を蹴った反響で地形を把握したのはエコーロケーションってアビリティだ。
エコーロケーションみたいにマップを介さず直接分かるような補正もあるな」
エニグマが割と丁寧に教えてくれる。クールタイムや消費MPなんかの条件にもよるけど、使っておけば不意打ちとかを防げるという事か。
それは…強くない? 今まで持ってなかったのが勿体ないくらいだ。エニグマがこの隠し部屋を見つけたのもこのスキルの恩恵なのかもしれない。
「この本は?」
「前提に
今度は本を調べていたアズマが教えてくれた。蹴撃という事は、蹴りのフォームや強さに補正が掛かるスキルだろうか。
「蹴りを多用してると覚えるスキルだな」
やはり戦闘用らしい。となると、物理系のステータスが壊滅的な僕が覚えるには相当時間がかかるし、この必殺撃大全という本は少なくともしばらくは使えなさそうだ。
「これで終わりか。帰るぞ」
「はいよー」
収穫は多かったし、色々試したいことも増えた。帰ったらやろうかな。
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