第50話 湖底遺跡調査(3)


 エニグマが扉を破壊して強引に通り、また歩き続けて数分。水中通路と同じような別れ道があった。しかし今回は左右と正面の3方向であり、十字路になっている場所に立っている状況だ。


「どうするの?」


 左右だけなら、単体で強いエニグマが1人、パーティー前提のアズマと雑魚の僕の2人で分けれる。が、この別れ道は道が3つ。アズマだけでは火力が足りず敵が倒せないし、僕だけでは死ぬことを認識する前に死ぬ可能性もある。


「アズマ、構えろ」


「あいよ」


 軽装だったアズマがメニューを操作して兜以外のプレートアーマーを装備し、盾を構える。

 何してるの? と聞こうとした瞬間、エニグマがアズマを蹴り、ガァン! という音が通路に響いていく。本当に何してるの?

 意味が分からず、質問しようとしたがアズマに口を塞がれてしまった。その後、何も言わずに自分の口の前に人差し指を持って行って、「しーっ」と歯を見せてくる。

 喋るなって事か。


 アズマに制された通りに黙っている。エニグマは目を閉じたまま動かず静寂な時間が過ぎていく。


「ロケーションは大体完了だ。合ってればいいが」


 先程取得した『エナジーヒール』というスキルを使ってMPの回復が早くなれば何故か未だに完成しない髑髏の絵の魔法陣の完成も早まるのかなー、と考えながらエニグマを見つめていると、エニグマが急に喋り出す。


「何してたの?」


「音の反響で大まかな構造を把握した。左右は恐らく行き止まりだな。1番遅く音が返ってきたのが正面だからこっちが1番長く続いてる」


 そんな事ができるのか。いや、コウモリとかが超音波か何かで周りの空間を把握していた筈だけど、人間でもできるのか。


 エニグマが言う事が正しければ、左右には構わず正面にだけ行けばいい…のだが、エニグマはそうは考えてないようだ。

 行き止まりに何があるか気になるからアズマとリンで正面に言ってくれ、と言い残して右の道へ走っていった。


「…行くか」


「うん…」


 このエニグマの行動はダンジョン攻略を共にしているアズマにとっても予想外だったようで、少し混乱している印象を受ける。

 まあエニグマなら大丈夫だろうというのをアズマと話ながら並んで歩いていく。アズマの着ている鎧が歩く度にガシャガシャと音を鳴らしているので気付いたが、スクール水着を着用したままだった。もう水の中ではないし、軍服ワンピースに着替えておこう。


 水中ではないのであれば、魔法陣も紙がバラバラになったりインクが滲んでしまう事もなく、しっかりと使える。水中よりかは今の方が戦闘力は高い。

 三叉槍は装備条件が水中でのみ軽くなるので今は装備できないが、代わりにトマホークがあるのでそっちを手に持っておく。


「というか敵居なくない?」


「見ないな」


 トマホークをブンブンと振り回しながら数分間歩いているのだが、また通路が続くだけで敵と会わないし、前まではちらほら落ちていた人の骨や装備なんかも一切見かけなくなった。

 トラップとかも確認できてないし、ダンジョンといってもモンスターと戦うようなものでなく謎解きの方に重点が置かれてる物なのかな? さっきエニグマが謎解きとか無視して扉壊したけど。

 でもそれならそれで気になる事がある。トラップもない、モンスターも出ない、謎解きオンリーのダンジョン。そこで何故死人が出る? 今まで通路にあった死体は一体?


「これが本当の迷宮入りというやつか…」


「このダンジョン迷宮じゃないだろ」


 …まあ確かに。


 冗談はさておき、ここまで通ってきた道に死体があった理由は分からない。

 水中通路にはトラップがあったけど、水が入ってきたことで壊れて僕達が気付かなかったとか、経年劣化でトラップが使えなくなってるとかそういう理由があるのかもしれない。が、トラップが発動するような仕掛けも見当たらないのを考えると可能性は低いような。


「その斧振り回すのやめてくれ、怖い」


 アズマに何回か当たりかけていたらしい。トマホークを振るのをやめ、大人しく構えておく。


 雑談を交えつつ薄暗い道を歩いていると、水の音が聞こえてくる。

 いや、正確には水ではなく、水に近い液体。粘度が高いのか普通の水とは違う音が聞こえる。


「アズマ…」


「大丈夫だ」


 音が聞こえてくる方へ進むと、水色の半透明な液体の塊があった。僕の腰くらいまでの大きさがあり、アズマからしたらそこまで大きくもないだろうが今の僕からしたら十分大きい。丸い形を保っていて、ノロノロとこっちへ近付いてきている。


「…スライム?」


「ミラー…じゃなさそうだ」


 ミラー? 何を言っているのか分からないが、兎に角この液体の塊はモンスターと判断してよさそうだ。

 鈍い動きでこちらへ向かってきている間に、アイテム欄から魔法陣を取り出す。スライムに何が有効かなんて知らないので、恐らく同じ属性である水、酸素がどうとかで危ないかもとエニグマから注意された火以外の物、今はとりあえず風属性を使う。


 風属性の攻撃魔術は作ってないので『ウィンドカッター』しかない。魔法陣を発動して飛んで行った薄緑色の刃を追うと、スライムの1部を切り離して通過した。

 手応えありと感じたが、スライムは切り離した部分が再び丸みを帯び、元の形に戻ってしまった。


「それは予想外」


 攻撃しても再生する、倒せないモンスター……ではないだろう。切り離された部分が消えていったのは確認できたので、離れた所を吸収して再生している訳では無い。それに、気のせいかもしれないがさっきよりも小さくなっているように感じる。


 では二等分にした場合、どちらが残るのかというのが気になるが、それは今やるべき事ではない。


「『シールドバッシュ』!」


 モリ森で見た、ただ殴るだけの盾殴りとは違うスキルを伴う殴りをアズマが放つ。どこが違うかは分からない。

 殴られたスライムはそのまま飛んでいき、ベチャッという音と共に壁にぶつかり、形を保たなくなってしまった。


「これがレベルの差かぁ…」


 僕が魔法陣使う必要なかったんじゃない?


 形が崩れたスライムは何故か消えずに地面に溜まっている。切断した部分は消えたのに、本体は消えない。

 瀕死になっているだけで死んではないのか?


「反応なし、と」


 ちょんちょんと触ってみるが、動く気配はない。HPバーはなくなっているので、確かに死んではいるらしいが…。

 このまま放置するのも何か勿体ないので回収できる分だけ空き瓶に入れてインベントリに放り込んでおく。


「スライムゼリーか…」


 スライムの体を構成する物質、らしい。スライムを作る時に素材として使えるようだ。

 …スライム作れるの?


「もういいか?」


「あ、うん」


 アズマに声をかけられ、アイテム欄を閉じて考えるのをやめる。

 エナジーヒールもそうだが、気になることは今ではなく時間がある時にやろう。


「一応敵は居るんだね」


「エニグマが無事ならいいんだけどな」


 僕やアズマとは違って1人でも十分戦えるエニグマなら、アズマに盾で殴られて死ぬ程度のモンスターなら簡単に倒せる。だがしかし、それはそれとして心配ではある。

 まあ、死ぬような事があればメッセージを送ってくるだろうし、今はまだ無事なんだろう。



「そういえばリン、ニュース見てるか?」


 話しながら歩いていく中で、アズマが急に話を変えて切り出してくる。


「見てないけど。何かあった?」


「性別が変わってしまう事象が増えているらしい。それも7月末辺りから」


「へぇ。僕と同じってこと?」


「そうだ。最初は妄言だとか言われてたらしいんだが、検査したら名乗っている名前と同じ人物と一致した。症状を訴える人が1人だけではないから公になってるし、病院に行って検査を受ければ戸籍とかも一応変更されるように手続きできるって話だが」


 興味深いといえばそう。

 僕の身に起きた、性別が変わるとかいう全く意味不明な事象が僕だけでなくそれなりの人にも起きている。

 検査というが何をするのか、どう一致するのか分からないというのはあるが、検査をすれば戸籍も変えられるというのであればやっておくべきだろう。

 というか検査って本当に何だ? 性別が変われば遺伝子も変わる筈なんだけどな。少なくとも性別を決定する遺伝子は男だった時と違うはずだ。


「行ってみるよ」


 7月末辺りから、というのも気になる。7月末がいつ頃からなのか、さらに「辺り」が曖昧さに拍車をかけているが、僕が性別が変わったのは夏休み開始日の1日前。つまり7月の…21日くらい?

 仮に「7月末辺り」が7月が終わる一週間前までの7日間だとしても、それより早い。性別が変わってしまったという事象が自身に起こった人の中では、僕はかなり早い部類に入るのではないだろうか。


「ちなみにその訴える人達も年齢が下がったりしてるの?」


「ニュース記事を読んだ限りではそういうのは無かったな。多少の身長の変化はあるらしいけど」


 じゃあ僕の身長が下がったのは何でなんだ。僕が女性として生まれてたら高校生でもこの身長だったの?


「リンが小さくなったのは…何でだろうな?」


「僕も知りたいね」


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