第48話 湖底遺跡調査(1)


 数日間湖へ通い泳ぎ続け、僕でも1時間半は潜水していられるほどまで水泳スキルのレベルが上がった。

 現在のスキルレベルは8、キリ良く10辺りまで上げたかったが、段々とレベルが上がるまでの間隔が長くなり、8にやっと上がったばかりなので次に上がるのはもっと先だろう。


 潜水時間を伸ばす訓練をしている途中で、3人とも水中で特にやる事がないので先に遺跡の近くにいる巨大なウツボを倒そうという話をしたのだが、エニグマが水中での戦闘に慣れてから、という風にまとめたので水中の戦闘を練習するのに何日か費やした。

 水中で剣を交えたり、エニグマが振る剣を避けて蹴り飛ばしたり、水中だから突きが強い槍を使うのはどうかと試したりするのは楽しかった。


 最終的に、エニグマとアズマは普段と変わりなく剣や盾を使い、僕はエニグマが持っていた三叉槍さんさそう三叉戟さんさげき、トライデントなどと呼ばれる3つの穂がある槍を貰い、使うことに。

 槍というのは攻撃力が高いのが切っ先のみであり、柄部分で打撃攻撃も可能だが威力が低い。しかも三叉槍は切ることよりも突きに特化しているため扱いが難しく慣れるまで時間を要した。



 スキルオーブを使うことなく『槍術』というスキルを取得し、スキルレベルも幾つか上がった辺りで水中の戦闘に慣れてきたからウツボを倒しに行こうとなったが、大体アズマがヘイトを集めてエニグマが攻撃して終わりだった。

 僕も三叉槍を突き刺したりしていたがダメージの割合はエニグマが9割くらいだろうし、ヘイトは全てアズマが買っていたので本当に何もしてない。



「さて、記念すべき第1回遺跡調査を開始する。中については一切情報がなく、どういう形式のダンジョンかも不明だ」


 ウツボを倒した次の日、ウツボが復活してないのをアズマが確認してから湖の横で、エニグマの演説みたいな話を体育座りで聞く。

 いつの間にか7月も終わっていて、8月の第2週も半ばだなぁとぼんやり考えながらエニグマの話を右から左へ。

 現実逃避でこのゲームを始めたが女の子になった原因は分からないままだし、戻る様子もない。学校が始まる日が少しずつ近付いているのを考えるとお腹が痛くなってくる。


「作戦は以上だ」


 やたら説明したがるエニグマの話が終わり、湖へ入る。

 作戦とか言っているが、大体アドリブでどうにかしようという物しかない。まあもっとも、何があるか分からない遺跡の中ではそれが最適なんだろう。


 数日間の潜水練習ではほぼ常に潜っていて会話は不可だったので、ジェスチャーで伝えるのとメッセージを使い、入力を省略できる暗号のようなものを決めた。水中で伝えたい事はそう多くないので、「上昇はupのu」「下降はdownのd」「右はrightのr」「左はleftのl」「戻れはbackのb」「警戒はcautionのc」「戦闘はfightのf」程度しかないが、緊急時のみそれらを使い、余裕があって説明する時はちゃんと話すようにしている。


 ちなみに、戦闘力に関して言及すると、僕は水中では雑魚だ。文字通りの。

 というのも、ほぼ唯一の戦力であった魔術だが、紙に描いた魔法陣を水中で取り出すと紙がボロボロになるしインクが紙から離れて魔法陣が消えてしまう。特殊なインクを使うか完成している魔法陣に防水加工を施せば防げると師匠から教えてもらったが、特殊なインクも防水加工技術もない。そして水中で使えるようなアイテムもない。

 水泳スキルのレベル上昇に伴い水中での視力が上がるアビリティが増えたので索敵ができない訳ではないが、それはエニグマやアズマも同様なので僕だけではない。

 世知辛いね。


「行くぞ!」


「「はーい」」


 今日はやたらエニグマのテンションが高いなーと思いつつスクール水着を装備し、三叉槍を取り出してメニューを開いてパーティーチャットの準備をしておく。水中では少し邪魔になるがチャットは開いたままだ。その方が入力が楽だし確認もできる。

 相変わらず身長差があるため2人よりも早く地面から足が離れ、ぷかぷか浮きながら着いていく。


 ウツボと戦っていた時に分かった事だが、光が届かなくなる湖底でも補正があるおかげで見にくいというだけで見えなくはない。



 2人も地面から足が離れて泳ぎ始め、遺跡の上まで移動する。

 心の準備と、アイテムや装備の最終確認を済ませ、3人同時に潜水し下降を開始する。水中の移動速度はエニグマ、僕、アズマの順で速いので競争すれば当然エニグマが最初に遺跡に到着する訳だが、今回は3人での行動が目的なので僕とエニグマでアズマを引っ張りつつ全力で下降する。

 湖底へ到着すると、散乱しているレンガのような形をした石と、それが積み重なって造られている通路がある。扉だったものらしき残骸があるが、水圧で壊れたのか誰かが壊したのか、意味を為さずバラバラになって落ちている。



 エニグマと目が合うと、親指で通路を指し、そのまま進んで行った。それに同行して通路に入っていく。


 結構な長さの通路を通ると、左右の別れ道に当たる。エニグマが自分を指さし、その次に右の通路を指す。次に僕とアズマを指し、今度は左の通路を。

 何となく分かる。右の通路はエニグマが調べ、僕とアズマで左の通路を調べろという事だろう。アズマと一緒に頷き、エニグマと別れて左の通路を進んでいく。


 また長い通路を泳いで進むと、所々に人の骨や鎧なんかが落ちている。

 この遺跡、昔は水没しておらずダンジョンとして存在していてここの骨や鎧は遺跡のギミックで命を落としたのかもしれない。


 進み続けて数分経った所で、エニグマからメッセージが届いた。


【エニグマ:宝箱があっただけで行き止まりだった。今からそっちに向かう】


 アズマと顔を見合わせ、3人の中で泳ぎが最速のエニグマなら構わず進んでも平気だろうと頷いて止まらずに行く。

 通路が若干狭いせいで三叉槍の取り回しに不安を覚えるが、それは常に突きを繰り出せるように構えておくことでカバーするしかない。


 何が起こるか分からないダンジョンの中で警戒しているというのもあるが、やはり水の中。会話ができず音がないため、ただただ静かだ。

 モンスターどころか生物にすら出会わないまま、広い場所に出る。通路に比べて広いというだけで、体育館とかよりは小さい。何かと比較して言うと……学校の教室くらいかな。

 壁には模様やスイッチなんかがあり謎解きかなにかのギミックがあったのだろうが、既に扉が開いている。入口同様、水圧で壊れたのか誰かが開けたのかは分からない。


 壁の模様を眺めていると背中を触られ、反射的に三叉槍を突き刺そうとするとエニグマだった。ギリギリの所で突き刺そうとした三叉槍を止め、急に触るなというメッセージを送っておく。

 エニグマからは「sry」とだけ返事があり、そのままカメラを取り出し壁の模様を撮り始めた。この「sry」だが、sorryの略でゲームのチャットでよく使われる略なんだと。


【エニグマ:go】


 撮り終えたエニグマからメッセージ。やはり入力や変換が少ない英語の方が楽らしい。

 エニグマが向かった方の道にあった宝箱も気になるが、少し考えれば後回しにすべきだと気付いたので今は聞かないでおく。


 アズマを先頭にエニグマが続き、僕が最後だ。最初の別れ道からずっと一本道なのでやることがない。盾や剣を構えたまま進む2人を眺めながら、意味を成さない階段を降っていく。

 別れ道はないが曲がったり階段を降りたりしているので、止まってその場を何周か回ったらどっちから来たか分からなくなって一気に迷いそうだ。やはり僕の方向感覚は酷い。


 水中であるため坂道と変わらない…というより坂道より移動しずらい階段を降りて、そこからすぐ登りの階段という意味不明な構造の場所を通ると、水がなく普通に呼吸できる場所へと出る。


「ぷはっ」


「水没の対策でもされてた設定なのか?」


 水面から段差があるのでアズマに引っ張りあげてもらっていると、エニグマがカメラで先程撮った壁の模様を確認しながらブツブツ呟いている。


「くっら…」


 水中から出たため暗所の補正が薄くなり真っ暗でほぼ何も見えなくなってしまった。

 だがここで出てくるのが…


「暗視ポーション〜」


 ダミ声を出しながらアイテム欄からポーションを取り出す。これは水中での暗視補正があると知らなくて使おうと作った物だ。レシピはヨルメタケと水入り瓶を合成するだけ。

 水中で使おうと思っていて、意味がなくなって落ち込んでいたが使える場面が来るとは。

 効果時間は5分しかないが……本数はあるのでそこまで気にすることも無い。


「いや、ダミ声は出てねぇよ」


「うるさい。ほら飲んで」


 白菜みたいな味のポーションを飲むと暗視補正が付き、先程まで真っ暗だった空間が薄暗い程度になる。

 壁には絵やパネル、それと掠れた文字。先程は通れていたから気にしてなかったが、今回は扉が閉まっているからちゃんと謎解きをしないといけなそうだ。

 赤と白の縞々の四角の絵と、鍵の絵が入った盾のような物の上に王冠がある絵があるが、これが何を意味するかは分からない。


「何これ…?」


 文字は元々が少ないようだが掠れていて所々しか読めず、横棒や縦棒が並んでいるようにしか見えない。唯一しっかり読める文字は、「音」。


「あ? あー……なるほどな」


 パネルを操作していたエニグマが何かを理解したように呟く。パネルの画面覗くと犬や猫、キリンやペンギンなど様々な動物の絵が表示されている。


「謎解きかこれ…?」


 エニグマはそう言っているが僕もアズマも理解してないんだよね。


「説明と正解をどうぞ」


「いや少しは考えろよ…」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る