第43話 睡眠欲


「おっも…」


 枕の柔らかい感触が背中に当たる。というか重い。乙女に言うべきセリフではないとか言われて怒られそうだが、女の子になって体が小さくなったから重く感じるという言い訳はできる。

 寝ているのに腕はがっちりと固定され、振りほどこうとしても離れない。


「致し方なし、か」


 ヒュプノスさんを背負い…というより、引き摺って小屋の探索を再開する。

 本棚にあった小説や、机の上にあった日記は一応回収しておこう。なんかのイベントでこの小屋が来る度にリセットされるようなものであれば持っていっても平気だろう。そうでない場合でも有力な情報源として使える。


 本の他に机の上と近くの床には紙が散らばっていて、拾って読んでみると魔法陣だった。

 魔法陣以外には設計図らしきものがある。文字は滲んで読めなくなっているが、絵を見た感じでは魔法陣と組み合わせて使う物らしい。


「ガスマスク…?」


 魔法陣に描かれているのは雫の中に竜巻という水属性と風属性らしきもの。湖底遺跡を調査していた事、設計図に描かれているガスマスクのような絵も加味するとダイバーが使う酸素ボンベみたいなものだろうか。

 だがこの魔法陣で呼吸が可能になるのか、日記にこの設計図に関して書かれてないのは何故なのか気になる。


「というか属性が2つ…? 要素は?」


 2つ以上の要素を組み合わせて魔法陣を描くのは師匠に教わったし、属性を組み合わせることができるのかも。暇な時に試してみようか。

 魔法陣と設計図も回収しておこう。遺跡調査の時に使えるかもしれない。


「そういえばエニグマがなんか言ってたような…」


 確かガスマスクについて聞いた時。ガスマスクの形式の中には酸素ボンベみたいなのもある、とか言ってた気がする。

 風のドームの魔法陣を作った事でガスマスクを作らなくても毒煙玉を使えるようにはなったが、自分を中心に一定範囲を毒煙玉から防ぐため近付かれたら意味がなくなる。パーティーメンバーの被害を無くせるのはいいが、総合的な戦闘力で考えると貴重な戦力である毒煙玉が効かなくなるのはやはり辛い。

 あとガスマスクはかっこいいし欲しい。


 しかし設計図を入手しても、肝心の素材がない。設計図に材質も書いてあったかもしれないが、文字が滲んで読めなくなっているので結局分からない。


 絵を見た感じは何かの金属を加工しているが。


「その金属が分からないんだよなぁ…」


 仕方ないかと諦めを付け、小屋の中を見回す。机の下に敷かれているカーペットに地下室への道が隠されているとかはゲームでよくあるが、そう都合よくあるわけ…


「あるじゃん…」


 あった、地下への道。床にあるハッチのような扉を開けると階段が見えてくる。

 ヒュプノスさんを引き摺りながら階段を降りて行くと、倉庫のような場所に着いた。弓や斧、剣、釣竿なんかが置いてある。保存状態はよく、傷もあまりない。

 それらの中に、先程設計図で見たものと同じマスクがある。手に取ってみるが、そこまで大きくはなく内側に丸い窪みが何個かある。


「なんだこれ…」


 窪みを押してみても特になにもなし。窪み自体に何かがあるというよりは、この窪みに何かを入れる方が正しそうだ。


 マスクの近くには紙があり、これは上にあった設計図と違ってしっかり読める。内容はこのマスクについてと、日記の続き。



 小屋の主は湖に潜るようになってから日に日に潜水時間が長くなっていったが、それにも限界を感じていた。そんな時にアーティファクトと呼ばれる道具の噂を聞いたのだが、小屋の主にそれを手に入れる強さも財力もない。

 どうにかできないかと悩んでいた時に『レト』という人物の噂を聞き、街へ薬を売りに来た本人に相談した。その結果、水中で空気を発生させる魔法陣を描いてもらった。描いてもらったのは1枚だけだったが、小屋の主はそれを模倣し量産、空気を発生させても呼吸が難しいのをどうにか改善しようと開発を進めた。

 ほぼ常にこの地下室で生活し、地下室から出ることがなかったのでここにあった紙に日記を書いていたらしい。

 試作したマスクなんかも一応保存されていて、最初に見つけたマスクの下にある引き出しに入れてあった。最初に見つけたマスクは完成品のスペアだそうだ。

 何をどう改善したかが細かく書かれていて、マスクにある窪みは特殊な魔石を嵌める為に作ったもので、その魔石を使って魔法陣を発動させ続け呼吸を可能にさせるという計画だった。


 だがこの日記も途中で書かれなくなっている。地下室にある紙は全て閲覧したし、ここから更に地下なんかが無いことも確認した。本当にこれで終わりらしい。

 魔石を入手できてないと書かれていたが、先にマスクで呼吸できるかどうかとかも実験していたようだし、その途中で事故とかで死んでしまったのだろうか。


「というか師匠…」


 日記に出てきたレトという人物。同名の別人でなければ師匠のことだろう。こういうNPCの過去も知れるイベントもあるのか。


 それにしても、日記の続きを読んで気になる事が増えた。

 元々、上で読んだ日記から気になってはいたが湖底遺跡についてや、小屋の主が最終的にどうなってしまったのか。日記に書かれていたアーティファクトと呼ばれる道具について。

 特にアーティファクトだ。ゲームでは強大な力を持つ道具というイメージがあるが、FFにおけるアーティファクトとはどんな物なのか。


「それと、湖底遺跡の調査に向けて街で情報も集めるべきかなぁ」


 恐らく、水中での行動に補正が掛かるスキルなんかもあるだろう。そういったスキルの取得と、このガスマスクの完成を目標にしよう。ガスマスクは水中だけでなく普段からも使えそうだし。


 ヒュプノスさんをまた引き摺りながら階段を上がり、小屋を出る。

 探索に夢中になっていて気付かなかったが、日記なんかを読むのにかなりの時間を使っていたらしく、日が沈みかけている。さっき日が昇ったばかりだと思っていたのだが。


「だとしたらニアさんが来ててもおかしくないのに…」


 人は居ない。湖に来てこの小屋を確認せずに帰るのはやはり考えにくく、地下室を調べている時に来たとしても扉は開いていたので分からなかったというのはないだろう。

 ヒュプノスさんがニアさんにどう連絡したのかは本人にしか分からないし、寝ている間に返事が来ているかもしれない。とりあえずまた起こそう。


 木の下へ移動し、固くホールドされたヒュプノスさんの腕を離し…


「ふんぬっ!」


 離し…


「へぁっ!」


 …離れないが?



 さて、困った。自力でヒュプノスさんを剥がせないとなると起こすのも難しくなる。

 背中にくっつかれたまま上半身を揺らしてみるが、やはり起きそうにない。


「起きてくださいよー」


 ちょっと前に同じような事を言っていたなー、とぼんやり考えながら背中のヒュプノスさんを揺らしたり頭を触ったりして起こす。しかし頭を触ったのは逆効果なようで、撫でていると勘違いして気持ちよさそうにしている。


「何かないか、何か起こせそうな…」


 アイテム欄をスクロールしてヒュプノスさんを起こせるようなアイテムを探すが、当然そんなアイテムはない。強いて挙げるなら毒煙玉とかだが、それでは起こすどころか死ぬし、僕も巻き添えになる。

 ここは根気強く声をかけておこすべきか。


「起きてー!」


「ん…」


 反応があった。更に声をかければ起きてくれるだろうか。起きて欲しい。


「おはようございますぅー!」


「…んにゃぁぁぁ〜。おはよぉー」


 起きてくれたらしい。良かった、これで解放される。


「リンは抱き枕にちょうどいいねぇ」


「僕は嫌です」


 首から回された腕は離れない。解放はまだのようだ。


「結構時間経ってますけど、ニアさんから返事来てませんか?」


「湖に来たけど居ないってさぁー」


 来たけど居ない? こちらからも確認できないが、どこかのタイミングで入れ違ったのだろうか。


「小屋の近くに居ますって送れますか?」


「送ったよー」


 これで小屋なんてないといった返事が返ってくるのであれば、薄々そうではないかと考えていた仮説が有力になってくる。


「あ、返事きたぁ。近くに小屋はないってー」


 やはりそうか。となると本格的に、この湖が店主さんが言っていたのとは別の湖である可能性が高くなる。

 小屋に人が入った形跡がないのも、店主さんから小屋について言及されなかったのも多くのプレイヤーが行った湖とは別の湖であれば辻褄が合う。多くのプレイヤーというか、恐らく初めて入ったプレイヤーが僕とヒュプノスさんである事を考えると全てのプレイヤーだろうか。


「別の湖っぽいから走って探してくれるってぇ。じゃあもう一眠りぃー」


 ヒュプノスさんに引っ張られ、強制的に寝転ぶ。文句を言おうとしたら、また規則正しい寝息が聞こえてくる。


「寝るの早いって…」


 抱きしめられたまま動けない。

 空は茜色の夕暮れから夜に代わりつつあり、湖の傍というのもあり涼しい風が吹いてくる。それに、ヒュプノスさんの柔らかい枕とふわふわな雰囲気に充てられて、僕も段々眠く…なってきた……か…も。

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