第44話 タロットカード


 後頭部に柔らかい感触と、頭を撫でられる感覚。そして胸とお腹に何かが乗っている圧迫感。目が覚めた時にそれらの情報を一気に取得した。

 目を開くと外ではなく、建物の中。褐色の肌をした金髪の女性の顔が逆さに見える。


「おはよう…ございます?」


「うむ。おはようじゃ」


 アリスさんに膝枕されている謎の状況。目だけを動かして見回してみると椅子やテーブルなんかがある部屋。僕は布団の上に寝ていて、アリスさんに膝枕されている。そして胸に抱きついているヒュプノスさんの抱き枕にされている。


「…どういう状況ですか」


「ニアがリンとヒュプノスを背負って我の店に来たんじゃよ」


 寝ている間にニアさんに発見され、そのまま連れてこられたという事か。

 いや、それはかなり凄い。2人を背負って湖からルグレまで迷わずに帰ってこれたという事である。僕とは正反対の方向感覚だ。


「では何故僕は膝枕されてるんですか?」


「リンが寝てるからじゃ」


「なるほど? じゃあ僕に抱きついてるヒュプノスさんは?」


「至高の抱き枕らしい」


 確かに湖の近くで寝てしまう前にそんな感じの事を言われた。ほぼ常に寝ているヒュプノスさんにとって抱き枕も重要なファクターの1つなんだろう。

 でも抱き枕にされるのは困る。


「まあ安心せい、ヒュプノスもちゃんと分かっとるじゃろ。良識はある方じゃし、たまーに抱き枕になる程度で済む筈じゃ」


 たまーに抱き枕になるのもご勘弁願いたい。

 それはそうと、ここまで運んできてくれたニアさんにお礼がしたいのだがニアさんの姿が見えない。アリスさんに聞くと、クエストのために出かけてるからそのうち帰ってくるとのこと。

 ヒュプノスさんに抱きつかれて動けないし、もうしばらく休もう。



 横になりながら、湖底遺跡の調査をしたいというのを思い出し、アリスさんに泳ぎやすい格好はないかと聞いてみる。

 個人的に考えていたのはダイビングスーツみたいなものだったが、アリスさんが提案したのは水着。それも女の子用の。

 今は女の子だし女の子用の水着を着用するのはおかしくないし、むしろビジュアルを考えたら男性用の物を着る方が問題である。だがそこはこう、なんか越えてはいけない一線というか、そんな感じの物がある気がする。


 しかしこのゲームおいて、水着という装備はかなり高性能らしい。水着なのに防御力にボーナスがあるし、水泳技能に補正がかかるとか。

 なんでそんな性能良いんだと思いつつ、湖底遺跡の調査の為にかなり使えるというのを男としてのプライドと天秤にかけ、数十分悩んだが結局露出が少ない水着で妥協した。


 悩んでいる間にニアさんが帰ってきていたが、ヒュプノスさんが起きてくれなかったので寝たままお礼を言うと、気にしないでいいと言ってくれて更にフレンド登録までしてくれた。

 最初は口数が少なくて口調も淡白だし、歯がギザギザしてて怖いと思っていたが話していく内にめっちゃ優しい人だというのが分かった。











 翌日、エニグマとアズマを呼び出した。ダンジョン攻略は気が向いた時にゆっくりやるというのがパーティーの方針らしく、二人ともすぐ来てくれた。


「で?」


 エニグマが用件はなんだと言わんばかりに聞いてきてくれるので、昨日あった事を掻い摘んで説明する。

 迷って湖に着いたこと、その湖が恐らく今までプレイヤーが来たことがなかったこと、湖畔にあった小屋に日記があり、その日記によれば湖底に遺跡があること。


「遺跡調査か、しかも水中。面白そうだな」


 アズマは乗り気らしい。


「ほう。で、その湖にはどうやって行くんだ?」


「えっ」


 そういえば行き方知らないな。行きは迷ったし帰りはニアさんに運んでもらったから、どう行けば着くのかは分からない。


「こんのポンコツがよぉ」


「まあそう言うなって。リン、そのニアって人に聞いたら分からないか?」


 エニグマの呆れたような声と、アズマのフォロー。代案というか解決できそうな方法をすぐに提案してくれた。

 アズマの言う通りに、ニアさんにフレンドメッセージで聞いてみると、ルグレから東南東方向へ突き進むとあるという有難い返事をくれた。


「んじゃまあ準備で」



 いつの間にか仕切っているエニグマの指示により、各自準備をしてから再集合になった。モリ森を抜けるというのもあり、特にアズマは準備が必要らしい。

 特にアズマ、という部分に引っかかりを覚えつつ、エニグマは準備がないらしいので雑談でもしておく。その途中でエニグマが暇だから、とトランプを取り出し2人でババ抜きをやることになった。


「トランプなんてあるんだね」


「プレイヤーが作った奴だな。タロットカードも買ったが俺は占いできんしやるよ」


「いや僕も要らないけど…」


「お前の占いは割と当たるぞ?」


「偶然でしょ」



 2人でババ抜きをやると毎回ペアができるためすぐ手持ちが少くなり、場合によってはジョーカーが回り続け、如何に相手にジョーカーを引かせ、自分がジョーカーじゃない方を引くかという勝負になる。


「こっちが良いぞ」


 心理戦がそこまで得意ではない僕に対し、エニグマは性格が悪く心理戦が強い。勝負事では特に。

 前に教えて貰ったミスディレクションという技術のように、意識を意図的にズラさせたりブラフをかけたりと手が多く、知識もあるため心理戦ではあまり勝てない。

 今、エニグマは僕から見て右のカードを露骨に引きやすい位置に出しているが、視線は左のカード。この場合は……いや、


「どうせ2分の1だしなぁ」


 エニグマの挙動全てが誘導するためのフェイクである可能性もある。単純に考えるならどちらのカードを引こうがジョーカーである確率は50%、ここは僕の運を信じて右のカードを引こう。

 カードを引こうとした瞬間、エニグマがニヤリと笑みを浮かべるが無視して引く。確認するとスペードの4、僕の持っているハートの4とペアになり僕の上がり。


「だろうな」


 ニヤっと笑ったのはやはり心理的なものだったらしい。ジョーカーを引こうとしてると思わせて、反対の方を引かせようとでもしたのだろうか。

 エニグマは場に捨てられた大量のカードの上に最後の1枚であるジョーカーをペッと起き、全てまとめてシャッフルし始める。


「ほれ」


 シャッフルしたトランプを木製の箱にしまった後にメニューを操作し、また別の箱を取り出して渡してくる。

 箱には白い棒を掲げている男の絵が描かれていて、上側に「大アルカナ タロットカード」と小さく書かれている。

 箱を開けると、22枚のカードと1枚の説明書が入っていて、説明書にはカードの正位置や逆位置の意味なんかも書いてある。


「どうやって占うのさ」


「適当でいいだろ。ごちゃ混ぜにして引くとかで」


 言われた通りにカードを裏返して並べ、不規則に混ぜて1枚だけ引いてみる。

 引いたカードは男性の片足が吊るされて足が四の字になっている絵が描かれた物、それを逆さで引いた。下には「THE HANGED MAN.」と書かれている。


「ザ・ハングドマン、吊るされた男だな」


 説明書に書かれている意味を読むと、逆位置では投げやり、自暴自棄、痩せ我慢など。その中で1つだけピンと来たのは…


「『徒労』…」


「あいよ。これは当たって欲しくないが」


 全くその通りだ。この『徒労』がこれから向かう湖底遺跡の調査の事を指していて、それがもし当たるならば遺跡調査は徒労に終わることになる。

 外れることを願おう。


「あぁ、そういや占いやるならこのスキルオーブやるよ」


 渡されたスキルオーブを確認すると『タロット占い』というスキル名だった。まさにタロットカードの為だけに作られたスキルだ。


「エニグマは?」


「才能無さすぎてやめた」


 くれると言うなら貰っておこう。取得するとスキル欄に『タロット占い』が追加される。魔術同様レベルの概念はなく、アビリティ一覧を見ると『シャッフル』『ランダムドロー』のみ。

 効果は両方とも名前の通り、シャッフルしたりタロットカードの中からランダムで引くというアビリティだ。隠し効果とかも期待したがこれだけらしい。


「『ランダムドロー』」


 崖に旅人らしき男が立っている絵のカードを正位置で引いた。「THE FOOL.」と書かれていて、和訳は愚者。正位置の意味は自由、無邪気、可能性、天才など。


「占いの才能あるってことなんじゃねぇの?」


「なのかなぁ…」

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