第41話 湖を求めて(2)


 狼の目を短剣で突き刺してからエンカウント率が下がった。というかエンカウントしなくなった。

 戦闘がないというのは楽ではあるが、残りの魔法陣を試せない。


 しかし残り2つの魔法陣、四角とか三角が描かれた物と円の中心に点を描いただけの物、どちらも何も考えずにお絵描き程度の感覚で描いたものだから効果があまり予想できない。戦闘では使えないだろうし、むしろそれで良いのかもという考え方もある。

 図形の方は辛うじてこうかな、というのは思いつく。師匠から貰った黄昏の首飾りを使用する時に浮かび上がる魔法陣と似ている。と言いつつも、師匠に聞いても教えてはくれなかったので同じ系統だとしても効果が同じかは分からない。


「石の中にワープするとかだったら死んじゃうな…」


 黄昏の首飾りで出てくる魔法陣には、僕が今持っているのと同じように図形しかない。以前、魔法陣と実行結果を加味して空間に関係しているのではないかという仮説を立てたが、図形しかないというシンプルさ故に解析が難しい。


 …というか黄昏の首飾り使って逢魔の空間を経由すれば帰れるんじゃない? 天才か。

 目的を達成して黄昏の首飾りを使うまでに死んでないことを祈ろう。


 なんだかんだかなりの距離を戦いながら進んできて疲れているのだろうか、思考が単純になってきた。早く湖を見つけて休憩したい。


「何考えてたんだっけ」


 あぁそうそう。結局、残りの2つの魔法陣は戦闘で使えるかも分からないが、もしかしたら戦闘でしか使えないという可能性もあるため下手に使えない。

 まさかお絵描きで描いた魔法陣が完成するとは思わなかったし。


「疲れると独り言多くなるなぁ…」


 現在進行形で独り言を呟いてるし。

 思い返してみれば疲れてなくても独り言多い気もするけど、テンションの問題だろうか。低すぎても高くても独り言多いのかな。


 目に付いた素材を回収しながら明確な目的地も分からず歩いていく。

 ヨルメタケや毒草なんかもちらほら見かけるので相変わらず深い所には居るようだ。モリ森の深い所に居る、というのが分かっても現在地まで分からないので大して変わらないけど。

 前に街の中で迷い、路地裏を通って師匠と出会った時はうさ丸が居てキュイキュイ言っていたが、今は居ない。思っていたより寂しく、失って初めて気付くとはこういう事なんだなと実感する。


 …なんか今の表現だとうさ丸死んでない? それか失踪してない?


「あ、リンゴ落ちてる」


 一瞬で思考を切り替え、梨の方が好きなんだよなーとか考えながら拾う。

 1個拾うと、視界の端にまた落ちてるのが見える。それを拾うとまた別のリンゴが落ちていて、その場所に行くとまた別のリンゴが…という風に点々と落ちている。

 やけに等間隔に落ちてるな、と上を見るが、リンゴが落ちている所に生えている木にはリンゴは実ってない。


「ああ、なるほど…」


 誘き出すみたいなやつか、と判断を下す。


 だがここからどうするべきか。無視してもいいのだが、誰が何の目的で誘き出そうとしているのかは気になる。プレイヤーキラーと呼ばれる、プレイヤーを倒すプレイングをしてる人がこんな遠回りな事をするとは思えない。もしかしたらする人がいるかもしれないが、普通こんな深い所でやるだろうか。

 可能性はゼロではないが、やる人は稀だろう。


「だとしても何で…」


 何で、こんな事をするのか。

 特定の誰かを呼び込むわけでもない。不特定多数の、性別も年齢も分からない、増してや人間が来るかどうかすらも不明な方法をとるのか。

 この場ですぐに思いつく可能性というと、今考えたようなプレイヤーキラーであるとか、NPCがカゴに入れて運んだけど穴が空いてて落ちてるとか、そもそも誘き出そうとしているのが人間ではないとか、野盗だとか。

 少し考えれば、こんな深い所に来るかも分からないのにそこで更にこんな回りくどい方法にするか、という疑問に辿り着く。それなら落ちているリンゴに注意を引かれている内に不意打ちで攻撃した方が楽だし効率的だ。来るかも分からないのに延々と待ち続けるアホがいるだろうか。

 まあないだろう。言う通りのアホなら或いは、といったところだろうか。


「つまり、不注意で落としたか森の中で動けないか動く必要がない奴」


 モンスターである可能性もある。が、リンゴを配置できるくらい動けるならわざわざ誘き出す必要はないだろうし、木に擬態するトレントみたいな奴だったとしてもこの辺の木にリンゴが成ってない以上、リンゴを配置するのは難しいだろう。


 となると不注意で落としている可能性が高い。人為的なものではなく、誰かが投げてここに落ちているという線も……ないな。綺麗な等間隔とは言えないが、大体同じような距離にあるし投げてたまたまそうなるのは無理がある。やはり不注意だろう。

 だが不注意で落としているとしても、また別の疑問が出てくる。


「何故こんなところに居るのか、ね」


 リンゴを集めに来たとしても、こんな深い所に来る必要はない。


 …なんて疑問を出し続けて考えただけで正解は分からない。人に会うにしても、殺されるにしても僕にとって不利益はそこまでない。死んでも街に戻るという目的は達成される。

 それに、こんな所に人がいるというと森の魔女みたいなのも期待できる。そういうのを発見するのも楽しみ方の1つだろう。



 リンゴを拾いながら歩いていく。

 そういえばリンゴで思い出したが、暇なときに魔法陣を描いてMPの回復待ちの時間でリンゴと星水を合成したが消失した。つまり合成で味付けはできなかった。薬草とシロの実を合わせて作ったポーションがヨーグルト味になるという結果から考えると、リンゴと合わせて成功したとしてもリンゴ味になるかどうかは微妙なところだったが、そもそも合成に成功しないようだ。

 今の所使い道のないリンゴをどうするか悩みながら拾い続け、大体30個くらい拾ったところで木々の間から光が見えてきた。

 太陽や火の光のような赤いものではなく、星々や月のような、白い光。しかし焚き火のように、変動しているように思える。


「まさか…」


 まさか。

 思考が独り言で呟いた事を繰り返す。木の枝を折って光の方へ進むと、密集していた木がなくなり、開けた場所に出る。

 夜空を鏡に写したかのように、水面で反射している星や月。ギリギリ見える向こう岸の木々。

 要は湖だ。まさか見つかるとは。


「おぉ、綺麗だ…」


 写真をパシャリ。いかにも幻想的、と言える景色だ。現実では家にいて旅の準備もしてないのにこんな綺麗な景色を見れるのはVRゲームの特権だろう。


 さて。

 最初の目的である水の回収は達成できそうだ。


「うおわっ!?」


 アイテムメニューを開きながら歩こうとすると何かに乗ったせいで転んでしまった。

 打ったお尻をさすりながら踏んだものを見ると、これまでも拾ってきたリンゴだった。上を見るがやはり木にリンゴは実ってない。


「ここまで案内してくれてたとか…?」


 そんな都合の良い事があるだろうか。僕の思考に沿って案内したとでも? 誰が何の為に?

 立ち上がって辺りを見渡すと誰もいない…事はなかった。


 枕を抱いている綺麗な空色の髪色の少女が、木の下で寝ている。


 少女の方を見て初めて気付いたが、湖の畔に小屋がある。情報量が多くないか。

 しかしこの寝ている少女がリンゴを置いて僕を誘導したようには思えない。


 空色の髪と枕で思い出したが、この少女…アリスさんの友達の人ではないだろうか。確かヒプノスさん。

 よく観察してみるとサイドテールや服装も一致している。数時間前にアリスさんのもう1人の友人である…ニアさん? に背負われていた時と同じままだ。


 まずい、どうせそんな絡まないだろうと名前をしっかり覚えていなかったせいで曖昧だ。名前合ってるのかこれ…。


「でも何でこんなところに…」


 色んな所で寝たいからこのゲームを始めた、と言っていたが。森の深い所にある湖、それもモンスターに襲われるかもしれない所で寝るだろうか、普通。

 そしてそれとは別にもう1つ気になる、畔にある小屋。


 疑問が間欠泉のように出てくる。今なら疑問符を頭の上に具現化できるかもしれない。


「……まあ」


 第1目標を消化してからにしよう。










****









「……」


 片手に2本ずつガラス瓶を持ち、水に沈めてはブクブクと出てくる空気を眺めつつ、水が入ったのを確認したら栓をしてインベントリにしまい別の空き瓶を取り出しまた沈める。

 心が死ぬ作業だ。目のハイライトが悲鳴を上げている。

 最初の100本辺りで既に心が折れかけ、500本目くらいで鼻歌を交え始めたが途中で勝手に消えた。2000本以上ある内の大体半分である1000本からは何も考えなくなった。何かを考えながらやるとふと本数を確認した時に「まだ〜本目…」と落ち込むということに気付いてしまったからだ。

 だがそれもようやく終わりを迎える。残りの空き瓶は6本、あと2回、頑張れば1回で終わる。


 おかえり、僕の感情。


「もう朝になってるし」


 気が付けば既に日が昇っている。水を入れ始めた時は綺麗な夜空だったのに…。


 相変わらずヒプノスさん……あれ、ヒュピノスさんだっけ?

 …空色の髪の少女は眠っている。枕を抱いてすやすやと。


「ふむ…」


 時間が経ったからか、先程は思いつかなかった、この少女が湖畔の小屋に住んでいるのではないかというほぼこじつけの考えが浮かんでくる。

 自分でこじつけと思っているだけあって可能性も低いだろう。少女がバジトラにいた事を考えると、ここに住んでいると不便でしかない。街から遠い上に場所が分かりにくい森の中だし。


 まあそれもこれも全て、少女を起こして聞けばいいだろう。NPCじゃないのは分かってるし、一度会っただけとはいえ面識はある。


「すいません起きてください」


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