第30話 戦力強化計画


「一定時間毒を無効化するポーション?」


「はい」


 エニグマからガスマスクじゃなくてポーションもあるんじゃないか、というアドバイスを受け、ルークスの薬屋さんか師匠に聞いてみようと考えていた。

 ルークスに行くのも良いのだが、ファストトラベルだと往復で1万ソルもかかるので師匠に聞いてからでも遅くはないということで先に師匠の元へ向かった。


「ふむ、あるにはあるね。毒消し草という素材を使って毒を回復するポーションを作り、それに『合成』で持続薬という薬と混ぜればね」


 最初の言葉に期待したが、あるにはある。言い換えれば、無いわけではない。

 毒消し草とやらは知らないが、名前はそんなにレアじゃない感じがする。なら、合成素材になる『持続薬』の素材がレアだとか、作るのが難しいという結論に至るのが妥当だろうか。



 師匠の話を続けて聞くと、やはり持続薬というのが問題のようだ。

 必要になる素材はこの街、ルグレより遥か北方の雪山に生息するモンスターの体液、それと水と魔石を合成して作る魔導水という素材、ルグレの東方にある山に生息するモンスターの角…らしい。


 どれも現時点では入手困難だ。

 ルグレより遥か北方の雪山というのはエニグマが言っていた、『迷宮都市サスティク』の北に雪が降る大地がある、というのと合致する。そこに雪山があり、尚且つ必要になる素材のモンスターが居るとしても、ルグレからバジトラへ、バジトラからサスティクへ、更にサスティクから進まなければならない。今のレベルでは到底無理だろう。

 魔導水とやらは、魔石さえ手に入れば恐らく合成は可能だ。その魔石は魔力を持ったモンスターや、強い力を持つモンスターの体内から取れるらしい。その他には『迷宮都市サスティク』のダンジョン内に出現する宝箱の中に入ってたりもある。効率を考えれば、モンスターも出てくるサスティクの迷宮に行った方が良さそうだ。

 ルグレ東方の山に関してはかなり難しいのではないかと考える。なんと言っても、ルグレから他の街に行く道は南西と北東、次の街に行ってからは南とか北らしく、東に道は続いていない。仮に何個か街を移動すると西や東に道があるとしても、下手したら雪山よりも遠くなる。そうなると必然的に最短距離で向かおうとするのだが、森をずっと歩いて抜ける必要がある。あと登山もあり、死んでしまえば最初、ルグレの噴水広場からやり直し。その上でモンスターを倒し素材を集めなければならないとなると、他よりも難しいかもしれない。



 まあ、端的に言えば『現状詰み』だ。


 そうなってくると次に希望があるのはガスマスクだが、これもどうだろうか。

 プラスチックを生成するために試行錯誤すること、ゴムを生成するためにゴムノキを発見し、樹液を回収、加工してゴムにすること。ヒントが無い状態─仮に調べたとしても、そういった知識がない僕が理解できるとは思えないので難しいだろう。しかし手当り次第に試行錯誤していたらどれだけの時間と労力がかかるだろうか。完成する前に僕の精神が壊れるね。


「持続薬は凄いぞ。名の通り毒耐性ポーションのように効果を持続させられる」


 回復ポーションに持続薬を合成すれば、オートリジェネと呼ばれるバフを付与できるポーションになるのだろうか。

 …でも持続薬がなくても効果が持続するポーションはあるよね。力のポーションと合わせたらどうなるんだろ。


「ありがとう師匠」


「ふむ。助手も慣れてきたようでなにより」


 現在の目標はガスマスクの作製が第一、それと共に毒耐性ポーション作製の素材を集めるためのレベル上げ…のための戦力強化かな。


 ステータスはINTに極振りしてあるので、魔法か魔術か。取得の手間と潜在能力で言えば魔術で良いのだけど、即戦力になるのは魔法になる。お金はそれなりにあるのでスキルオーブを買うのも吝かではない。

 しかし、魔術は教科書である程度学んでいるので基本的な事は一応できる。


「じゃあ今日は帰ります」


「また来るといい」


「はい」








****







「戦力強化のお時間です」


「キュイッ」


「わ〜ぱちぱち〜!」


 雑貨屋ぐれ〜ぷへと戻ってきた。

 これからやるのはエニグマから教わった物に関する復習や合成で戦闘に使えそうなアイテムの作製、魔法陣を描くこと。

 何故か店主さんも居るが支障はない。邪魔になることもないだろうし。


「先ずは復習…」


 エニグマからは何個か戦闘に使えそうな現象や物質を教わっている。粉塵爆発とか王水とか。とは言っても、ほぼ全てが使えない。

 粉塵爆発はケムリの実の中身による。煙玉に火を付けてみて反応を確かめよう。いつか。

 王水は硝酸と塩酸か。だがその2つを生成する方法を知らない…いや、塩酸が塩素と水素を反応させる事は知ってるけどその塩素と水素をどうやって手に入れるかって話になるから無理。


 アルコールが燃えるから火炎瓶を作れる、という話も聞いた。確かに、火の魔術を発動する魔法陣を巻いたりすればできそうだけどアルコールの作り方とか知らないから無理だ。


 あと直接的な攻撃方法ではないけど、ミスディレクションというのも教えてもらった。マジックで使われる、意図的に視線や意識を逸らさせる技術らしい。極端に言えば、自分の真横で突然爆発が起きたらそっちに意識が集中して、後ろを通る怪しい人に気付かない、みたいな技だ。しかしモンスターに効果があるかは不明。

 モンスターが視覚や聴覚などから拾った情報をAIが処理して行動に移すのであれば意図的に意識を逸らすことは可能だ。いわばタンクと同じ事を一人でやっているに過ぎない。


「使えそうなのは粉塵爆発とミスディレクションくらいかな…」


 王水と火炎瓶は保留で。



 次に戦闘に使えそうなアイテムを作る…のだが、全く思いつかない。

 毒ポーションや毒煙玉は、毒草という元から毒がある物を素材にしている。だが他の素材は元々攻撃的な性質を持っていない。強いて言うなら石ころくらい。

 その石ころも弱く、そして合成に使えそうにない。だって投げるくらいしか使い道ないし。


 手持ちの素材を上から下へスクロールして下から上へ戻して、また上から下へ確認していって…とやっているが、使えそうな素材はない。

 煙玉に毒ポーションを合成したら毒煙玉になるんだから、煙玉に回復ポーションを合成すれば回復煙玉みたいなのができるんじゃないか、とも思ったが別に需要がない。どっちかというと回復より視界が悪くなるデメリットの方が大きい気がする。ついでに言えば、それだと敵も回復してしまうだろう。それでは意味がない。


 そもそも、錬金術師が作るアイテムで攻撃が可能なのって状態異常系とか爆発物、酸くらいしかイメージがない。でも錬金術師は戦う職業ではないから、当たり前と言えば当たり前かも。


 よって合成も保留。無計画さが際立つ。



 最後、本命の魔法陣。


 魔法陣は描いて成立すれば発動する、という簡単なルーティーンだ。出来が良ければ実行結果も良くなり、出来が悪いなら悪くなるが、発動自体はする。

 属性を表す絵や記号、例えば火属性なら炎や太陽、水属性なら雫や雨などを描けば属性は決定できる。そこから更に魔術の方向性を指定する要素、球体にして飛ばすなら丸とかボールの絵、矢にするなら矢を描けばその通りに発動する。

 だが火属性にドラゴンの絵を描けば強い、というわけではない。属性の絵と要素の絵には相性が存在し、それらの相性が良いほど出力は高くなる。例を挙げるなら、ファイアボールの魔法陣を作る時は炎の絵よりも、元々球体である太陽の方が適している。形だけが出力を決めるのではないが、それも決定因子の1つには違いない。


 ただ、絵心がないと難しい。多彩な色を使って魔法陣を描く、というのではなく黒インクの羽根ペンを使って描いているので、太陽を描こうとしても球体の要素の方だと認識されてしまうこともある。まあ、太陽は黒点とかコロナを描けば解決するというのを発見しているのでもう問題は無いけども。


 それらを踏まえた上で、描く魔法陣を決める必要がある。

 だが何か1つの対策としてではなく、全体の戦力を強化しようとしている今は、深く考える必要はない。テストも含めて様々な魔法陣を描き、使えそうなものをピックアップしていけばいい。


 まずは火属性魔術から、要素は槍。火力を上げる簡単な方法として、要素と属性の絵を合体させるというのがある。

 今回は槍の絵の輪郭を炎のようにぼやけさせる。教科書で試したパターンでは、矛先を炎に変えただけでは松明のような明かりの魔術が発動した。同じ轍を踏まないように柄部分も炎のように描く。

 そして完成。失敗のログは流れないので、少なからず成立はしているらしい。

 先に魔力を込め、発動待機状態で止めてインベントリに放り込む。性能は後で試そう。


 次に試すは水属性。要素は…蛇にしてみよう。

 水の蛇を一気に黒のみで描けるほど僕の画力は高くないし想像力も豊かではないので、離して描く。水の雫と地を這う蛇。1つずつなら簡単な絵だ。

 描き終えたら魔力を込めてインベントリへしまう。水の蛇がどう動くは気になるところなので試すのは余裕がある時にしよう。


 水蛇にかなりのMPを持っていかれたのであと1個描いたら休憩しよう。

 最後は土属性にしようかな。落とし穴を作る魔術を作りたいから要素は……シャベルか穴。穴は難しいだろうしシャベルで。

 土属性の絵は山とか岩。多分山を選んでも岩を選んでも大して変わらないので簡単な山を描く。

 他の魔法陣と違って、これは何かを生み出して攻撃する「発生」ではなく、何かへ消して影響を与える「消失」。発生が0に何かを足す足し算だとすれば、消失は引き算になるが、0から引いても意味は無い。端的に言えば、消失の性質を持つ魔術は大抵設置型になる。

 計画性が皆無な僕が戦術的な魔術を扱えるかは不安だが、ミスディレクションの実験も兼ねてやってみるに越したことはない。


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