第26話 告白
「お疲れさまでしたー!」
文化祭の終了を知らせるチャイムの響きに重ねて迅堂の元気な声が響く。
テントの下で一礼する迅堂はまるで今日の主役であるかのように商店街の面々から拍手を送られている。迅堂本人も無事に終了した文化祭を祝って拍手しているのだが、誰もかれもが迅堂を向いて拍手しているものだから完全に主役である。
拍手の音が近づいてきたのに気付いて振り返ると、和菓子屋のオーナー、織戸さんが俺へと歩いてくるのが見えた。
「警察から解放されたんですね」
「根掘り葉掘り聞かれたけれど、田村君――碁蔵の履歴書を見せたりして無関係だと証明できたよ。白杉君は本当に怪我もないのかい?」
申し訳なさそうな顔で俺に心配そうな視線を送ってくる織戸さんに右腕で力こぶを作って健在ぶりをアピールする。
「この通り、ぴんぴんしてます。織戸さんも災難でしたね」
「巻き込まれたという意味では災難だけど、刺されかけた君に言われるのは釈然としないな」
苦笑した織戸さんが紅白まんじゅうを差し出してきた。
「君にはお詫びの品を渡してばかりな気がするよ」
「では今度、美味しい和菓子を楽しみにお店に足を運びます」
「彼女も同伴で、かな。安くしておこう」
織戸さんは商店街のスタッフに囲まれている迅堂に視線を向けて、目を細める。
「彼女が、うちは碁蔵に巻き込まれただけの被害者だと事前に説明して回ってくれたらしいね」
「情報共有は大事ですから。迅堂もいろいろあって、その大事さが身に染みているんでしょう」
熱を出して寝込んだ際、クラスメイトに情報共有していなかったため方々に迷惑をかけていた。
転んでもただでは起きないのが迅堂のいいところだ。
「迅堂さんにも助けられてばかりだ。最近の子はしっかりしているなぁ」
迅堂も俺も見た目通りじゃないけどね。俺も一年分は人生経験を上乗せしている未来人である。
織戸さんが紅白まんじゅうを指さした。
「彼女と一緒に食べてほしい。あの子の社交性というか、人当たりの良さには私だけでなく、みんな助けられたよ」
「そこを見込んで生徒会長が抜擢したくらいですから」
「彼も人を見る目があるよね。本当、最近の若い子は」
その慣用句を肯定的に使用している人を初めて見た。
「これから改めて、関係者にお詫びをして回るからこれで失礼するよ」
「はい。お疲れさまでした」
織戸さんは俺に手を振って、歩いて行った。
織戸さんを見送っていると、伊勢松先輩に声をかけられた。
「迅堂さんと後夜祭に行っておいで」
「ここはどうするんですか?」
一般客が校内からいなくなってから、生徒と商店街のスタッフだけで行われる後夜祭。順次片付けも進めていくことになるから、俺もここに残って手伝うつもりだったんだけど。
「通り魔を捕まえたりして大変だっただろう? 君も生徒の一人なんだから、文化祭の最後くらい楽しんでもらいたいね。企画者としては当然の配慮だろう?」
「そう言いながら、実は梁玉先輩に何か言おうとしていたりしますよね?」
「……笹篠さんかな?」
「いえ、情報を総合した結果です」
「白杉君こそ、通り魔の件でうやむやになった迅堂さん呼び出しの件、きちんと伝えないといけないんじゃないのかな?」
「あれは示し合わせて碁蔵を釣り出しただけですよ」
他意はないのだ。
そんな嘘吐きを見るような目を向けられても。
伊勢松先輩はため息を一つ。
「頼りになる後輩二人とダブルデートなら、梁玉を誘いやすいかなって思ってるんだけどな」
迅堂の外堀埋めはこんなところまで及んでいたのか……。
「ともかく、後夜祭くらいは楽しんでおいで。君たちがいると僕も動きにくいんだ」
「了解です。成功しますよ、必ず」
「まるで未来を見てきたように言うね」
「未来を見てきたら断言できないもんですよ」
バタフライエフェクトで変わるし。
伊勢松先輩から離れて、俺は迅堂に声をかける。
「迅堂、後夜祭を楽しんで来いってさ」
「えっ、まだ片付け――あ、なんでもないです」
すぐさま何事かを察した迅堂はしたり顔でうんうんと頷き、俺の手を取った。
「まだ一般のお客さんもいなくなっていませんし、後夜祭の開始までしばらくありますよ。どうします?」
「どうするかな」
シフトの時間を考えるとクラスに戻っても居場所がない。
迅堂も同じらしく、自分の教室に戻ると提案しなかった。
「カフェテリアの方に行くか。昼はあの騒動で何も食べてないだろ?」
「食べてないですね。騒動の後はすぐにクラスでクッキーを売ってましたから。お腹が空いているなら、少し買っておいたので食べますか?」
「いいね。織戸さんから紅白まんじゅうをもらったから、それも食べよう」
二人並んで歩きだす。
季節柄、陽は傾いて空は茜色に染まっている。もう数分もすれば紺色に変わって星が瞬くのだろう。
一般客が出口へ向かい、商店街のスタッフも生徒も各々の仕事をしているせいか、公園と高校の敷地の間は人通りがない。
騒がしいカフェテリアよりも、ここの方が落ち着けるくらいか。
「先輩、ここで食べません? 少し寒いかもしれないですけど」
「ちょうどそれを考えていたところ。確か、あっちにベンチが設置されていたはず」
今回の文化祭に合わせて設置された新品のベンチを見つけて座り込む。
迅堂がポーチからクッキーを取り出した。
「先輩もどうぞ。実は私の手作りクッキーです。生産者表示いります?」
手作りクッキーを片手にピースサインする迅堂に苦笑して、クッキーをもらう。ジャムが中央に塗られていてしっかりした甘さが疲れた体に心地よい。
生徒が慌ただしく動く校舎の喧騒が遠い。
「祭りの後って感じだな。後夜祭があるけど」
「何とか死傷者もなく終わりましたね。途中、先輩が無茶しましたけど」
「ナイフを防いだあのトレイは家宝にでもしておくか」
「笑い話じゃないんですけど」
横目で睨まれて平謝りする。
少し肌寒い風が吹いて、迅堂が俺との距離を詰めた。
「次はアルバイトですね! クリスマスバイト、一緒に頑張りましょう」
「もう次かよ。今日はちょっとのんびりしたいんだけど。クリスマスバイトか。サンタコスプレかな」
「ミニスカサンタですよ、きっと!」
いや、ミニスカートじゃないだろうとツッコミかけて、前回の世界線を思い出して言葉を飲み込む。
そう言えば、前回のサンタコスがロングスカートだったのはバイトが風邪をひいたからだった。今回、先に俺と迅堂がバイトに内定したことで風邪を引くバイトがいなくなり、必然的に例年通りにミニスカサンタになる。
俺はズボンだけど。
「ふっふっふ、この迅堂春のカモシカのような脚に見惚れるがいいですよ!」
「制服で割と見慣れてるな」
「サンタコスによるプレミア感とかあるでしょうが! 赤い服に白い生足がなまめかしいホワイトクリスマスですよ!」
「めちゃくちゃ俗っぽい比喩だな!?」
迅堂がアピールするように自分の膝をポンポンと叩く。
「それにしても、クリスマスのアルバイトではイブも含めて二日連続で先輩と一緒ですね。ちょっと期間もありますし、他に何かアルバイトはないですかね」
「我が白杉造園はこも巻きのスタッフを募集し始めてる」
「桜の幹に巻く奴ですよね。参加します! 害虫共を焼却処分してやりますよ!」
殺意高いな。まぁ、そういう意図で巻くものだけど。
「そして再び先輩のご両親に挨拶していきます。そう、毛虫の屍を越えて私は先輩と結ばれるのです!」
「浮かばれねぇな」
「羽化ばれないですねぇ」
「ある意味羽ばたいてはいる」
――合掌。
暢気な雑談をしながら、スマホを取り出してお互いの日程をあわせる。
命を狙われたその日に今後の予定を立てているんだから不思議なものだ。でも、日常が戻ってきた実感を得られるのもこういう時間なんだよな。
そんなことを思っていると迅堂がクッキーを一つ取って俺に差し出してきた。
「私はいつも、バイトが終わった後でこうやって次のバイトを二人で話すのが好きなんですよ」
「それは――」
笑いながら差し出されたクッキーを前に、言葉に詰まる。
迅堂がチェシャ猫に襲われて記憶をなくし、無力感から自殺を図るのを阻止するために話した俺の気持ちと全く同じだった。
迅堂はチェシャ猫に襲われた後の俺とのやり取りは知らない。記憶を失った後に自殺するという話はしたことはあるけど。
不思議そうな顔をした迅堂がクッキーを持った手を俺の前で振る。
「あーんしますか?」
「いや、自分で食べるよ」
「遠慮なさらず――あっ、取った!?」
迅堂の手からクッキーを奪い取って、齧る。食べてさえいれば、言葉に詰まっていても大丈夫だと少し安心した。
迅堂がベンチの背もたれに体重を預ける。
「こも巻きかー」
迅堂がスマホでやり方を検索している。
俺はクッキーの残りを頬張りながら、空を見上げた。
一緒にバイトして、お互いの働きぶりを認め合って、たまに競争したりして、笑いながら次のバイト先を相談し合う。そんな関係。
まさに今のこの関係。
「――先輩、何を笑ってるんです? 面白いことがあったなら教えてくださいよ!」
クッキーが入った袋をがさがさとマラカスのように振りながら抗議してくる迅堂を見る。
お調子者に見えて責任感が強くて、案外打たれ弱いから放っておけないし、かと思えばやたらと頼りになる時も多い。
良くも悪くも振り回されるのに、それが悪くないと思える。
俺も大概、迅堂の人当たりの良さに当てられてるんだろう。
これから先も、高校大学と通いながら一緒にバイトをして、卒業後に二人で働く。それがきっと楽しい未来予想だと、未来人の俺が考えてしまう。
簡単に思い描けてしまう。
「付き合うか」
外堀を埋められてきているから、なんて話ではなく。もっと単純な話。
迅堂ともっと近いところで色々なことを楽しみたいと、ふと思ったのだ。
迅堂がぽかんと口を開けて固まった。
正面を向いた迅堂は袋からクッキーを取り出してポリポリ齧り始め、たっぷり一分ほどかけて食べ終えた後、見慣れた動物の新しい習性を発見した学者のような顔で俺を見た。
「先輩がデレた……?」
「お前な……」
人が自分の気持ちに素直になったらそれかよ。
「友達としての距離でも恋人としての距離でも、きっと迅堂との関係は壊れないと思う。でも、次のバイトだけじゃなくもっと先のことも漠然と笑いながら話せる関係になってみたいと思うんだ。まぁ、シンプルに言うと、好きです。付き合ってほしい」
迅堂が俺から顔を背けて背筋を伸ばした。
肩が触れ合う距離にいるからか、迅堂の体温が一気に上がったのを感じる。その証拠に耳まで赤くなっていた。
「いえ、いえではなく、あの、ちょっと待ってください!」
教科書に乗せたくなるようなテンパりようだ。おかげでこっちが冷静になる。
迅堂は両手を口元に持ってきて息で温める振りをして、深呼吸する。
「お気持ちは嬉しいです。ありがとうございます! 付き合ってください!」
そこまで言い切って、力尽きたように迅堂は前かがみになって顔を覆った。
「先輩、ちょっと待ってください。アドリブ女王と呼ばれたこの迅堂春をもってしても、このタイミングで告白が来るとは思わなかったので頭が回転しないです。タンマで、タンマでお願いします!」
「おう。じゃあ、後夜祭を二人で回ろう。ただ、その前に俺は笹篠に会ってくる」
「……このタイミングで笹篠先輩に会いに行くんですか?」
恨みがましい目で睨んでくる迅堂に苦笑する。
「笹篠から告白されて、それを保留したままって事実がある。だから、中途半端は良くないし、笹篠も納得しないだろ」
筋を通さなくてはならない。
「納得しないと、前に進めないんだよ」
――未来人って生き物は。
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