第14話 暴走クラスの急停止
朝起きて、メールをチェック。商店街からの連絡があれば返信。関係者やコラボ先のクラスへメール。
意見調整が必要なら双方の都合のいい時間を聞き出して場所をセッティング。
新しく材料が必要になったら伊勢松先輩へ連絡。
登校し、クラスの準備をして、授業を受け、お昼になったら迅堂と合流して文化祭実行委員会との会議。伊勢松先輩や担当の教職員と話し合い。
午後の授業を受けて、クラスの準備を本格的に開始。山積みになっている仕事を片付けて、場合によっては持ち帰り。
放課後、商店街や商工会との話し合い。コラボしているクラスと商店街の意見調整に参加して議事録作成。
帰宅したら、議事録を清書して伊勢松先輩に送り、持ち帰ったこまごました作業を進める。
ふとカレンダーを見て曜日感覚がぶっ飛んでいることに気付いた俺は呟いた。
「……オーバーワークだ」
ここ最近、就寝時間が午前一時で固定されている。メールチェックなどもあって朝の五時には起きてるので、睡眠時間が足りてない。
半端に寝ている分、体は大丈夫な気もする。だが、むしろ体が疲れを覚えない程度に寝ているのが良くない。延々と疲れを持ち越して体がマヒしているだけだ。
仕事量を減らした方がいい。分散しないと倒れる。
俺は手元に視線を落とす。そこにはクラスの大正コスプレ喫茶のメニュー表がある。
このメニュー表は和紙を土台にすることが決まっているのだが、和紙に印字すると視認性が悪いとの意見が出たため見やすくなるよう切り抜いた文字を張り付けている。
メニューが多いためメニュー表を作るだけでも大仕事だ。だが、これは文字を切り抜いて張り付ける必要がない。白い紙に印字した文字を張り付ければいいだろ。
そもそも、メニューが多すぎる。十数種類あるんだけど。
「我に返ってみると、うちのクラスは暴走してないか?」
おそらく、何人かの同級生は気付いている。だが、止まらない。止められない。クラスのスローガンとなっている『やるなら本気で』はクラスのカリスマ笹篠の言葉だからだ。
「――よし、止めよう」
ブレーキがぶっ壊れて企画倒れになりかねない。
俺は笹篠にスマホで電話をかける。
『もしもし? 白杉、どうしたの?』
午後十時、電話をするには遅い時間だが笹篠はほぼノータイムで電話に出た。俺同様、作業中だったか。
「こんばんは、笹篠。端的に言うけど、オーバーワーク気味だからクラスの企画を見直すべきだと思うんだ」
『……やっぱり?』
ばつが悪そうな、申し訳なさそうな声で笹篠が呟く。
笹篠も暴走しているのは自覚していたらしい。
「俺にも責任があるんだけど、このメニューを揃えられても当日は現場が混乱すると思う。俺や迅堂みたいにバイト慣れしている奴ばかりじゃないから、メニューを覚えきれないんじゃないかな?」
『うん。私も思ってた。でも、言い出せなかったのよね。やるなら本気でって言った手前、私がブレーキをかけるのも……』
「気持ちはわかる。明日、俺から言い出すよ。先に大野さんや番匠に話を通しておく。笹篠も企画の見直しには賛成でいい?」
『賛成するわ。段ボールで作る衝立のデザインを考えているところだけど、ここまで手が回らなそうと思っていたの』
あれかぁ。
うちのクラスはドリンク提供のみだから回転率が高い。そうなると、客の移動が激しくなって落ち着かないから視線を遮る衝立が欲しいと誰かが言いだして、採用された。
他にもいろいろと案が出てるけど、明日の話し合いで一つ一つ可否を決めた方がいいな。
「本気で取り組むのは楽しいけど、やりすぎたな」
『完全に暴走してたわね。楽しくなってたもの』
「笹篠と一緒に何かするとこうなるって良い例かもな」
電話越しに二人で笑いあい、俺は通話を切って大野さんと番匠の二人にメールする。文化祭実行委員の二人に話を通しておけば、明日の話し合いもスムーズに進むだろう。
※
翌朝、同級生が全員登校するのと同時に大野さんと番匠が黒板前に出てきた。
「みんな、昨夜のうちに連絡したと思うけど、うちのクラスの準備状況について相談したい。ぶっちゃけていうと、準備が大変すぎるから取捨選択をしようと思う」
大野さんの呼びかけに、全員が耳を傾ける。
この時点で異論が出ないのなら、みんな薄々感じてはいたんだろう。
番匠がまとめていた企画案を一つ一つ読み上げて、手っ取り早く採決していく。
クラスメイト三人から五人のグループに仕事を二つ程度に割り振れる数まで絞り込み、朝の相談会は閉会となった。
グループごとに相談し始めるクラスメイト達を横目に、大野さんと番匠が俺のところにやってくる。
「大体まとまったねー。誰かが言いださないといけなかったから、白杉君が声を上げてくれて助かったよ」
笹篠の机に突っ伏す大野さんの頭を撫でて、笹篠が謝る。
「悪かったわ。昨日、白杉に電話をもらって、暴走してるのを自覚したのよ」
「いや、止めなかった全員の責任でしょ。みんなであれも欲しいこれも欲しいって欲張った結果なんだしさ」
笹篠と大野さんのやり取りを聞いていた隣のグループが頷いていた。
番匠が意見をまとめた紙を見ながら口を開く。
「それでもまだ数があるけどな。白杉は大丈夫か? 目の下にクマができてるぞ?」
「昨夜、あちこちに電話したりメールしたりであんまり寝てないだけ。今日はゆっくり眠れるはずだから、明日には元気になってる」
「忙しそうだもんな。体を壊すなよ?」
「今回の規模見直しで余裕が生まれたから大丈夫。それより、俺たちの作業についてだけど――」
放課後に進める作業について話し合おうとした時、教室の入り口に見覚えのある一年生が立っているのに気が付いた。迅堂のクラスの子だ。
所在なさそうに立って教室を覗き込んでいる一年生の女子に気付いたのは俺だけではなかったらしく、大野さんが突っ伏していた笹篠の机から顔を上げる。
「文化祭実行委員の子だ。どうしたんだろ?」
委員会の連絡でもあるのかと、大野さんが入り口へ歩いて行く。一年生と二言三言話したかと思うと、大野さんは俺を振り返った。
「白杉、ちょっと来て」
大野さんに手招かれて、俺は席を立つ。
「どうかした?」
「この子が白杉に話があるってさ」
俺に用事だったのか。
目を向けると、ぺこっと形だけ頭を下げて、一年生は話し出す。
「迅堂さんが熱を出しちゃって――」
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