第15話 オーバーワーク
「熱を出した?」
あの元気が取り柄の迅堂が体調を崩すとは。
無理もないか。俺だってオーバーワーク気味だったのだ。迅堂に負担がないはずもない。
スマホを確認するが連絡はない。
心配しているのが表情に出ていたのか、一年生の子は俺の顔をまじまじと見つめてきた。
「彼女のこと大事にしてるんですね」
「その彼女が恋人的な意味なら迅堂は違うぞ。それで、俺を訪ねてきた理由は?」
用件を尋ねると、一年生の子は一つ頷いて話し出した。
「うちのクラス、ケーキ屋さんとのコラボをするんですけど、今日の放課後に調整が入ってるんです。ただ、迅堂さんが一手に引き受けていたので、後日に回せないかと思って」
「なるほどね」
ケーキ屋の塚田さんは俺の親戚。迅堂は俺を落とすと意気込んで外堀を埋めにかかっていたから調整を引き受けていたのが、今回は裏目に出たんだろう。
「調整っていうけど、内容は?」
「当日の販売数と、前々日に用意するクッキーを焼く材料の手配とかです。他にもありますけど、この紙にまとめてあります」
紙を受け取って、調整内容を確認する。今日中に決めないといけないことはなさそうだ。
これなら、俺から塚田さんに連絡して後日に回すこともできるだろう。この子が俺を訪ねてきたのは正解だ。
「分かった。ケーキ屋の塚田さんには連絡しておくよ。後日に回すとして、日付はどうする? まだ決まってないならそう伝えるけど?」
「まだ決まってないです。迅堂さんが倒れたので仕事が一気に溢れちゃって、みんなワタワタしてるんです」
「あぁ、そっちもか。うちのクラスもさっきオーバーワーク気味だからって相談会をしたとこなんだ。商店街も巻き込むとなると、意気込んじゃうよね」
「ですです! 盛り上がっちゃって、その分が迅堂さんに押し寄せちゃってたんだなって、みんな反省してます」
困ったように笑って、一年生がしょんぼりとうつむいた。
「迅堂さんが頼りになるからって頼りきりは良くないですよね……」
「頼らせたがりだから、上手く手綱を握ってあげて。昼休みまでに塚田さんに連絡して、そっちのクラスを訪ねるよ。迅堂へも俺から連絡するけど、君からもフォローを入れてくれるかな? 迅堂はいまごろ、落ち込んでると思うから」
「分かりました」
自分の教室に戻っていく一年生を見送って、俺は席へと戻りながら塚田さんにメールを送る。
すぐにきた返信には、コラボ企画そっちのけで迅堂の心配をする文面が溢れていた。
絶対にお見舞いに行くように、と書かれている。迅堂の見舞い用のケーキまで用意して俺が来るのを待っているそうだ。
マジで外堀が埋まってんだけど。
大野さんや番匠と話していた笹篠が戻ってきた俺を見上げる。
「白杉、さっきの子はどうしたって? 三股目?」
「三股はしてない。いや、二股もしてない。してないよね? ……してないよ?」
「自信を持ちなよ」
「コスプレツーショットが二枚も店頭に広告として貼られてる身だから大きな声で言えなくて……」
商店街に悪評が流布してないといいんだけど。
「迅堂が熱を出したらしい。放課後にお見舞いに行くけど、来る?」
「弱っているところに好きな人と恋敵が一緒に現れたら泣くわよ?」
「あ、そっか。ごめん、さっきのなし」
「まぁ、お大事にって伝えておいて。正面から叩き潰してあげないと何度でも復活してきそうだから、元気になってから現れなさいってね」
笹篠なりの励ましなのかな?
※
塚田さんにお見舞いのケーキをもらって、俺は迅堂の家を訪ねた。
看病していたのか、迅堂母が俺を出迎えてくれた。
「助かるわ。買い物に行かないといけなくて、ちょっとでいいから春のことを見ててくれるかしら?」
「分かりました。これ、お見舞いのケーキです」
「ありがとう。それの用意だけしようかしら。悪いけど、春の部屋に持って行ってくれる?」
迅堂母が用意してくれた皿にケーキを乗せて、二階にある迅堂の部屋を訪ねる。
ノックして声をかけると、迅堂がわざわざ扉を開けてくれた。薄青色のパジャマ姿である。キャンプバイトの時はジャージで寝てたからちょっと新鮮。
「お見舞いありがとうございます……」
「しおらしいな。調子はどうだ?」
「熱は下がったんですけど、テンションも下がってます……」
肩を落として辛そうな表情の迅堂にケーキを見せる。
「塚田さんからお見舞いの品だ。メールで連絡した通り、クラスの話し合いは後日にずらしてもらった。体調が治ったら迅堂からも塚田さんにメールを入れておいて」
「なにからなにまで、ありがとうございます……」
「本当に気落ちしてるのな」
迅堂の部屋に入ってテーブルを挟んで座る。横倒しに寝転んだカピパラ風のクッションは見た目の可愛らしさのわりにふかふかで質のいい座り心地。
「いいな。このクッション」
「ウォンバットとビーバーのクッションも売ってますよ」
「モチーフの選定が謎なんだけど」
紅茶のシフォンケーキをテーブルに置く。ほっとするような香りで見た目にも落ち着いたケーキだ。
フォークを迅堂に渡しつつ、話しかける。
「俺がオーバーワークしてるんだから、迅堂も同じに決まっていた。気付いてあげられなくて悪い」
迅堂が意気込みのあまり空回りすることは予想出来ていた。もっと目を向けるべきだったのだ。
しかし、迅堂は首を横に振って否定する。
「先輩も忙しくしてたんです。気付かなくて当たり前ですよ。自分自身、熱を出すまで分かってなかったんですから」
もそもそとシフォンケーキを食べているうちに多少は元気が出てきたようだが、それでも迅堂はため息をついた。
「体調管理に失敗するなんて情けないです。結果、あちこちに迷惑をかけて、これじゃあ何もできないよりも質が悪いですよ……」
「誰にでも失敗はあるって。それに、迅堂の仕事ぶりに助けられてるのも事実だ。そんなに落ち込むことはないよ」
フォローしてみるが、よほど堪えているようで迅堂の表情は暗いままだ。
「今回の文化祭は未来人の迅堂にとっても初めての経験だろ。失敗するのが当たり前だよ」
「初めての仕事だからこそよくわかるんです。私は先輩に頼ってばかりいた最初のループからそんなに成長していないんだって。先輩に認めてもらえるような仕事ぶりを見せるチャンスだったのに、結局先輩にまで迷惑かけて……」
重症だな、これは。
あまりよくない傾向だと思う。
視界に入ったクローゼットから意識して視線を逸らす。
迅堂の部屋にいると否が応でも思い出してしまう。クローゼットで首を吊っていた迅堂の姿。
チェシャ猫があるから今は言えないけど、未来で記憶を失った迅堂は未来人の迅堂の要領の良さに絶望して自殺した。
流石に、今回の失敗で自殺を考えるとまでは思えないけど、俺が思う以上に迅堂にとって今回の失敗は重いのだろう。
何らかの形で自信を取り戻すチャンスを作りたい。俺もあまり偉そうなことはいえないけど。
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