第40話 恋は未来から
花火を遊び終えると、目論見通り解散の流れになった。
欠伸をかみ殺した家狩さんがテーブルの上を片付けてテントに潜り込むのを見届けて、俺は大塚さんと共に小品田さんを両側から支えて歩き出す。
小品田さんはだいぶ酔いが回っているのか、それとも睡眠薬を盛られた後だったのか、足元がふらついている。
「そんなに飲んでないはずなんだがなー」
若干呂律の怪しい言葉繰りで小品田さんがぼやく。
大塚さんが苦笑した。
「オタ芸で体を無理に動かしたから、酒の回りが早くなったんだろ」
「あ、それだな。バイト君もごめんね」
納得した小品田さんが軽い調子で俺に謝罪してくる。
「別にいいですよ。花火オタ芸は楽しかったですし」
「教えてやろうか?」
「遠慮しておきます」
使う機会が松瀬家の忘年会の余興くらいにしかない。やる気もない。
大塚さんが肩をすくめる。
「つか、俺たちは明日撤収だから、教えられないって。本格的に酔いが回ってるな、お前」
「あ、そうだったわ。うん、バンガロー帰ったら寝る」
「そうしろ。明日は九時起きだしな」
バンガローに到着すると、大塚さんが扉の鍵を開けて中に入り、電気をつけた。
なかなか綺麗に使ってくれているようで、空き缶が転がっているようなこともない。
ちらりと入り口横を見るとちゃんと消火器が設置されたままだった。
「そういえば、バンガローで不便とかはないですか?」
「いや、全然不便に感じないよ。というか、個室付きなのに驚いた。普通は広い一室のみだからさ」
大塚さんの案内で小品田さんを個室に運び込む。小品田さんは寝袋の中に慣れた様子で入っていった。
「おやすみー」
言うや否や、小品田さんはすぐに寝入ったらしく身じろぎもしなくなった。
俺は大塚さんと顔を見合わせて苦笑し、個室を出る。
「それでは、俺は管理小屋に戻ります。花火に付き合ってくれてありがとうございました」
まぁ、大塚さんを監視するためだったんだけど。
バンガローを出ていこうとすると、大塚さんが付いてきた。
「バイト君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「俺にですか?」
大塚さんは一つ頷くとバンガローのデッキに置かれている椅子に座る。
「彼女持ちの君に聞きたいんだよ」
「いませんよ、彼女」
「……えっ?」
出鼻をくじかれた大塚さんが素っ頓狂な声を出し、俺と管理小屋の方向を見比べた。
頭を掻いた大塚さんは何事もなかったように続けた。
「好きな女性に告白したら、君の友人と付き合っているからと断られた。どうしても諦めきれない君の前にタイムマシンがある。タイムマシンを使って何度も過去からやり直し、好感度を稼いでみても結果はいつも同じ、友人と彼女はどうやら運命の赤い糸とやらで結ばれているようだ。さて、それでも諦めきれないとして、君ならどうする?」
……それって、大塚さん自身のことでは?
大塚さんの質問への回答を考えるといろいろと納得がいった。
未来の恋愛沙汰が切っ掛けで邪魔者を排除するための犯行なら、大塚さんが小品田さんを殺害する動機が今までわからなかったのも無理はない。
おそらく、前の世界線で大塚さんが家狩さんにこの質問をぶつけた結果、チェシャ猫が起きている。
大塚さん自身はまだ、チェシャ猫を知らないと思う。
それにしても、正直参ったな。
この質問にどう答えてみても、大塚さんは小品田さんを殺害する意思を固めているだろう。
一応、俺が未来人であることを明かせば大塚さんの記憶と人格を吹き飛ばし、未来の恋愛沙汰からくる殺意を抹消することが一時的には可能だ。
だが、無意味だろう。むしろ、状況が悪化しかねない。
タイムマシンである『ラビット』がインストールされている大塚さんのスマホがどこにあるかが分からない。
チェシャ猫で気絶している一時間程度で大塚さんのスマホを回収して処分できるかは不透明。そもそも、処分しても、目を覚ました大塚さんがスマホを探さないわけがない。なにしろ、現代人にとってスマホは重要アイテムだ。
状況が状況だから窃盗を躊躇うつもりはないが、個人情報満載のスマホがなくなって警察に届け出ないとも考えにくい。捜査されれば流石に隠し通せない気がする。
何より疑問なのは――笹篠を殺す動機が大塚さんには皆無ってところだ。
まだ未来人がいるのか。そいつとチェシャ猫を受けた後の大塚さんが接触したらどうなる?
ここで大塚さんを排除できたとして、周りは俺をどう見る?
大塚さんが記憶をなくしたのが俺のせいだと、状況証拠から推察できる。未来人なら、チェシャ猫にも気付くだろう。
俺が家狩さんの昏倒で大塚さん未来人説を半ば固めたように。
ここで迂闊に動くと致命傷になりかねない。
俺は考えを固めて、大塚さんの質問に答えた。
「やり直せるから諦めきれないんだと思います。タイムマシンを壊したらいいのでは?」
「諦めきれないから壊せないんだよ」
まぁ、そうだよな。
「なら、諦めずにアタックする以外ないのでは?」
「そして数えきれないほど失恋するわけだ。ままならないよな。何度やり直しても上手い生き方を覚えられないんだから、才能がないんだろうさ」
「生き方ではなく諦め方が下手なんだと思いますよ」
大塚さんが諦めてくれれば万事解決なんだけど。
大塚さんは苦笑して椅子から立ち上がるとバンガローの扉を開けた。
「お休み、バイト君」
「おやすみなさい」
バンガローに背を向けて管理小屋へと戻る。
大塚さんは多分、諦めないのだろう。
今夜バンガローが炎上するのなら、こちらも手を打とう。
時刻は午後十時半。大石さんたち消防団を動かし、丑の刻参りの女を捕らえて、迅堂と協力してバンガローの炎上を小火で食い止める。
大塚さんを放火犯として立件できれば、解決するだろう。
諦めきれないというのなら、誰かが諦めさせるしかないんだから。
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