第41話 選択肢
管理小屋に帰ってリビングのドアを開ける。
ふてくされたようにソファに寝転がってスマホを弄っていた迅堂が音に気付いて顔を上げ、明るい顔をした。
「先輩、やっと帰ってきましたか! まったく、ホラー特番を女の子一人だけで見せようだなんて酷い人ですね。録画してあるので一緒に見ましょ」
「わざわざ録画したの?」
「キャー怖ーいって抱き着くのがホラーの醍醐味なんですから、一人で見てもつまらないでしょ?」
「楽しみ方を間違ってる気がする。売り場でプリンを買ったけど、食べるか?」
「食べます! どうせこの夏は海になんて行かないでしょうから多少ふくよかになっても問題なし!」
「プリン一つで大げさな」
ついパッケージに印刷されたカロリーを確認してしまう。
これくらいのカロリーなら、キャンプ場を一周走れば消費できそうだ。これから丑の刻参りの女の捕り物もあるし、余裕、余裕。
「プリンって凍らせるとダダ甘になっておいしいですよ」
「アイス感覚か。山の夜でなければ試してもよかったけど、今はちょっと肌寒いくらいだしアイスを食べる気にはならないな」
ソファに並んで座ってプリンにスプーンを入れる。
迅堂が録画していたホラー特番を再生し始めた。おどろおどろしい効果音と共に芸能人がトークを開始する。
ちらりと確認した時刻は午前零時。この特番を見終えたタイミングで消防団に連絡すれば、ちょうど丑の刻参りの女の邪魔ができるだろう。
なんとか状況を整え切った。後は行動するのみだけど、二時間弱の休憩だ。
「十二日の夜ですね」
迅堂がリモコンを弄びながらしみじみとそう呟いた。
寂寥感にも似た感情が込められたその言葉に、俺は思わず迅堂の横顔を見る。
テレビ画面を見る迅堂の瞳はどこか別の遠いところを見ている気がした。
「迅堂?」
「先輩、時間というのは主観的なものだと思いませんか?」
「哲学か?」
「そんな高尚なものじゃないですよ。単なる印象です」
観測できる時間は確かに主観的なものだ。未来人にとってはなおさら。
「私は未来人なわけですが、私が過去に戻った後の世界がどうなっているのか、私は知らないわけです。もしかしたら幸せな大逆転が待っているかもしれませんし、コロコロと不幸の底辺に転げ落ちているのかもしれません。ブレーカーを落とすみたいに世界がその時点で終わっているのかもしれないです」
「言いたいことがよく分からないんだけど」
「ですよねー」
迅堂は自嘲気味に笑って肩をすくめると、リモコンをテーブルに置いてソファの上で膝を抱えた。
「先輩、私は何度かこの夏の先に行ったことがあります。先輩と一緒に、です」
「え?」
つまり生存ルートをすでに確定させている?
いや、違うな。陸奥さんや小品田さんといった犠牲の上での生き残りルートを進んだことがあるのか。
迅堂は足の指を閉じたり開いたりしながらぽつぽつと話を続ける。
「でも、ダメなんですよ。どうしてなのか分からないですけど、先輩も笹篠先輩も松瀬のお姉さんだってみんな自殺しちゃう未来につながるんです」
笹篠が言っていた通りか。
この夏のバイトを拒否しても繋がる全員自殺の未来。おそらく、この事件が一つのきっかけになっているんだと思うけど、関係は不明なままだ。
「この夏の事件をどうにかしないとハッピーエンドにはならないと思って過去に戻ってやり直しているわけです」
「ご迷惑をおかけします」
「いえいえ、好きでやっていることですので。それはもう文字通り、好きですから」
迅堂が人差し指で俺の頬をつついてくる。
「先輩、いまの迅堂春には二つの選択肢があります」
「選択肢?」
なんだ?
事ここに至って、選択肢なんてほぼないと思う。丑の刻参りの女を捕まえるために動いて、大塚さんの放火を阻止するだけだ。
迅堂が両手の人差し指を立てて俺に突き出す。
「伝言を覚えていますか?」
「未来の俺からの伝言って奴か?」
「はい、その伝言を託される未来へ向かうのが選択肢の一つ。もう一つは、伝言なんて置き去りにしてしまう選択肢です」
「……えっと?」
そういえば、あの伝言っていつ使うんだ?
未来の俺から託された伝言だ。無駄なキーワードとは思えない。だが、バタフライエフェクトで状況が変わっている場合、伝言が利用できる未来につながるとは限らない。
それは『ラビット』の登録台詞も同じ。
いや、考えるべきことは別にある。
迅堂が提示した選択肢が意味するところ、それはつまり――
「迅堂の行動次第で、俺が伝言を託した未来につながるのか?」
「当たりです」
バッドエンドだろ、それ。
迅堂が過去に戻らざるを得なくなる状況なんだから。
「なぁ、迅堂、それ本当に選択肢なのか?」
なぜ、バッドエンドルートを迅堂が選択肢として提示するんだよ。
迅堂は口元だけで笑いながら、小首をかしげた。
「選択肢ですよ」
選択肢なら――バッドエンドにはつながらない。
迅堂がこの後の状況を知っているのなら、解決方法を用意してあるはずだからだ。
「先輩、どうしますか?」
迅堂が選択を迫ってくる。
迅堂はいつだって、事件を解決しようとして動いていた。
一人で突っ走って死にまくっていたが、事件を解決することには前向きだった。
この夏の事件を解決したいのは俺だけじゃない。
俺は自分の自惚れ具合に呆れのため息をついて、迅堂に謝った。
「さっきは置き去りにして悪かった。ちょっとした安全策のつもりだったんだ」
家狩さんと大塚さん、二人の未来人に接触することからチェシャ猫を警戒しての処置だったが、事情を知らない迅堂から見れば俺は一人で相談もせずに突っ走っていただけだった。
それは、中学時代の迅堂を春姫と呼んでいた陸奥さんたちと変わらない。迅堂に何もさせようとしない行いだった。
何をやってんだろうな、俺。
「ごめん」
「高くつきますからね。罰として、お祭りは先輩にも浴衣で来てもらいます」
頬つつくのはやめて。
迅堂はにんまりと笑うと、続けた。
「それで、どちらを選択しますか?」
「迅堂は春姫ではないんだから――任せるよ」
選択を委ねるという選択をすると、迅堂は頷いてテーブルに置いたままのリモコンを押した。
部屋の電気が消える。テレビのリモコンじゃなかったのか。
「では、先輩」
「ん?」
行動を見守ろうと油断していた俺の両肩を押さえた迅堂が一気に体重を掛けて伸し掛かってくる。
俺をソファに押し倒した迅堂は覆いかぶさるようにして耳元でささやいた。
「熱い夜を過ごしましょう。直火ですけど」
「……うん?」
どういうこと?
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