第21話 炎上と行方不明

 遠雷の音で目が覚めた。

 強風が管理小屋をガタガタと揺らしている。

 そのまましばらくベッドに横になっていたが、風の音がうるさくてなかなか寝付けない。


「……んー」


 寝返りを打つと、本格的に目が冴えてきた。体を動かしたのが良くなかったらしい。

 仕方なく体を起こして、部屋を出る。

 真っ暗なリビングを見回して窓際へと歩み寄った。


 まだ雨が降っていないのか。それとも、寝ている間に降って、いまは台風の目かな。

 時間を確認する。夜三時。起きるにはいささか早すぎる時間とはいえ、いまから眠れる気もしない。


 迅堂を起こさないように、俺はリビングの電気をつけてソファに座り込み、スマホを片手に時間を潰すことにした。

 天気予報を確認していると、管理小屋のインターフォンが鳴らされる。


「――起きてください!」


 外から男性の声が聞こえてくる。焦ったように連続で鳴らされるインターフォンに俺は急いでリビングを出た。

 こんな深夜に訪ねてくる時点で明らかに異常事態だ。

 後方で迅堂が起き出した物音がする。迅堂を待つわけにいかず、俺は廊下からカウンターへ出ると管理小屋の扉を開いた。


「――っ!」


 途端に吹き込んできた強風に体を持っていかれそうになり、扉にしがみついて耐える。

 扉の外には大学生グループの男性の片方、大塚さんが立っていた。


「どうかしましたか?」

「火事だ! バンガローが燃えてる」


 火事と聞いて、俺は入り口横に置いてある消火器へと即座に手を伸ばす。


「燃えているのは?」

「俺たちが泊まっていたバンガローだ。小品田の姿が見えない。多分、中にいる」


 まずいな。

 後ろから物音が聞こえて、俺はカウンターを振り返った。ジャージ姿の迅堂が俺と大塚さんを見て目を見開き、両頬を自分で叩いて無理やり覚醒する。

 俺は迅堂に指示を飛ばす。


「火事だ。消防団と斎田さんに連絡してくれ」

「分かりました。先輩、気を付けてください」


 迅堂に見送られて、俺は消火器を持って大塚さんと共にバンガローへと駆け出した。

 時刻は午前三時。最も暗い時間だけあって足元も不安だったが、できる限りの速さで駆け抜けてバンガローに向かう。

 遠くに見えてきたバンガローはすでに炎に包まれていた。

 さほど大きくない平屋の建物だけあって火の手が回るのも早い。

 手元の消化器では消し止めるのは不可能だと判断し、俺は周囲を見回した。大塚さん以外に人影はない。大塚さんの話通り、小品田さんが中にいるのだろう。


「女性二人は?」

「あいつらは酒盛りの後で自分たちのバンガローに戻ってる」

「では、知らせに行ってください。バンガローに消火器が設置されているので、それを持ってきてほしいんです」

「わ、分かった」


 大塚さんが別のバンガローに駆け出すのを見送り、俺は消火器を構える。

 消し止められないとしてもこれ以上燃え広がるのを防ぎたい。だが、それ以上に優先すべきは中に取り残されているだろう小品田さんの救出だ。


「小品田さん! 返事をしてください!」


 場所が分かれば消火器で脱出路を作るくらいはできるかと思ったのだが、中からの返事はない。煙に巻かれて意識を失っているのか。

 バンガローの裏手に回り込む。


 このバンガローはリビング部分と個室二つで構成されている。時間的に、小品田さんがいる可能性が高いのは寝室になる個室だろう。

 窓は高い位置にあるため中を覗き込むことはできない。


「小品田さん!」


 ……やはり、返事はないか。

 再びバンガローの入り口へと戻り、消火器で扉周辺の火を消し止めるべく噴霧する。

 そうこうしているうちに、大塚さんが女性二人を連れて戻ってきた。


「消火器を取ってきた!」

「ありがとうございます」


 大塚さんと一緒に消火活動を再開する。

 だが、火の勢いが強すぎて焼け石に水だった。台風の影響による風の強さもあって、火の勢いが弱まる気配はない。

 せめて雨が降れば好転しそうだが、降り出す様子もない。

 与原さんと難羽さんが心配そうにバンガローの中の小品田さんに呼びかける。しかし、中からの反応はない。


「――先輩! 連絡してきました。消防団がこっちに向かっているそうです」


 ホースを片手に駆けてきた迅堂の報告にほっとする。ともかく、消防団が到着するまで持たせればいい。ゴールが分かっていると気の持ちようが違った。

 迅堂が与原さんにホースを渡す。すでに水道に接続してあり、水が勢いよく噴き出した。

 与原さんがバンガローの壁に水をかけて冷やし始める。


 それにしても、火元はどこだ?

 このバンガローにはキッチンなどもない。電気は通っているから、コンセントあたりから発火したか。

 周囲を見回す。俺と迅堂、大学生グループが小品田さんを除いて揃っている。


 ――あの外国人はどこだ?


 真っ暗なキャンプ場の端、いまは波理否を名乗っている外国人のキャンプ地に目を凝らす。この状況下で寝ているのだろうか。まぁ、あの人が居ても事態が好転するとは思えないけど。


「先輩、あっちの人に火事を知らせてきます。周囲に広がった時に逃げ遅れるかもしれませんから」

「えっ、ちょっと待て」


 迅堂が波理否さんのテントがある方角へ駆けだしていく。迅堂の心配はもっともだが、未来人の疑いがある波理否さんに迅堂を接触させるのは可能な限り避けたい。

 しかし、今は消火活動中だ。このキャンプ場の現在の責任者である俺まで現場を離れるわけにはいかない。


 仕方なく、消火活動に専念する。

 多分、中に飛び込んで小品田さんを救出しようとすれば、俺も焼死するんだろう。そう思うと、中に飛び込む踏ん切りがつかない。

 ぽつりと、頬に水滴が当たった。顔を上げた直後、さらに二粒の雨滴が顔に降りかかる。


 今更降られてもと思う反面、降らないよりはましだとも思う。

 消防車のサイレンが聞こえてくる。同時に、キャンプ場に乗用車が二台飛び込んできた。エンジンも切らずに運転席から飛び出したのは大石さんをはじめとした消防団の面々だ。

 日頃の訓練もあってか、大石さんたちがスムーズに消火活動を開始する。中に小品田さんが取り残されていることを話すと、大石さんは険しい顔をした。


「この小さなバンガローからでてこないとなると、中で倒れているな」

「救出は難しいですか?」

「火の勢いが強すぎる。この強風だといつ倒壊してもおかしくないからな……」


 悔しそうな顔で呟いた大石さんは、ふと何かに気付いて周囲を見回す。


「君、女の子はどうした?」

「迅堂なら、キャンプ場のお客さんに火事のことを知らせに行きました」


 そろそろ戻って来てもいい頃だけど。

 波理否さんのテントがある方角に目を凝らす。遠すぎてテントは見えないが、誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。

 ちょうど帰ってきたのかと安心しかけたが、人影は一つだけ。身長からして波理否さんだ。


 燃えているバンガローを見て眉をひそめた波理否さんは消防団を見回して自分にできることはないと判断したのだろう。腕組みをして見物を始めた。

 迅堂が戻ってくる様子がない。

 心配になり、俺は波理否さんに声をかけた。


「あの、迅堂……俺のバイト仲間の女の子はどうしました?」

「うん? 見てないよ? 何か騒がしいと思って起き出してきたんだ」

「……迅堂が波理否さんを呼びに行ったはずなんですけど」

「……見てないね。ここに来るまでにすれ違ったとも思えない」


 波理否さんは険しい顔で答える。

 嘘をついている様子はない。

 だからこそ、悪寒が背中を駆け抜けた。


 バンガローの火事に飛び込まなければ焼死はないと思っていた。

 だが、付近には肝試しの夜にいた殺人鬼がうろついている可能性がある。

 そもそも、この火事の原因って……。

 喉が渇く。


「大石さん、俺は迅堂を探してきます」

「キャンプ場の中にいないのか?」

「波理否さんが見てないということは、キャンプ場の中ではないと思います。いくら暗くても、迅堂は懐中電灯を持っているので道に迷うとは思えません。それと、出火の原因が分からないです」

「……放火を疑ってるのか?」


 意外そうに大石さんが俺を見つめる。

 俺は小さく頷いた。

 大石さんは目を細め、すぐ近くまで来ている消防車のサイレンを振り返る。


「ここ任せていいか? キャンプ場のバイトが一人、姿が見えない。探してくる」


 消防団の団員に声をかけて、大石さんが俺を見る。

 ついてきてくれるらしい。肝試しの時といい、この人は面倒見がいい。


「すみません。一緒に来てください。走ります」


 俺が駆けだすと、大石さんだけでなく波理否さんも追いかけてきた。

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