第15話 自主制作ホラーにはたまに本物がある
借りたホラー映画は長編ながらダレるところもなく、サスペンス風味に怪奇現象の原因、黒幕たる幽霊の正体とその無念を解き明かし、解決に向かっていく。
現実もこんな風にミスなくすべてを解き明かせればいいのにと思っていたら、まさかの全滅エンドを迎えた。
「……バッドエンドじゃないですか!」
迅堂が不満そうに両腕を天井に振り上げ、そのままアウトドアチェアの背もたれに倒れこむ。
「ホラー映画らしいと言えばらしいんだけどな」
現実と重ねかけていたから、全滅エンドは精神的に堪える。
迅堂は倒れこんだ際の動きで服がめくれ、白いお腹を見せた状態で天井を見上げている。
「あ、シミが人の顔に見えてきました」
「何とか現象って言うんだよな」
「志村ムラ現象ですね」
「いや、なんか違う。……シミュラクラ現象だな」
「キューティクルですか?」
「それはクチクラ」
うす暗くしていたバンガローの明かりをつけようと椅子から立ち上がる。
バンガローは今いるリビングと部屋が二つ存在している。リビングには窓があり、いまはカーテンがきっちりと閉じてあった。
トイレはキャンプ場の公共トイレを利用することになるので管理小屋よりも不便だが、もともとはテントなしにキャンプをするための場所だから仕方がない。
管理小屋から持ち込んだテレビを切り替える。ザーっとノイズを吐き出す砂嵐を見て、すぐにチャンネルをビデオモードに戻した。
「次はお待ちかね、自主制作映画だ」
レンタル屋の店主が撮ったと思しき自主制作ホラー映画のパッケージを開き、これまた管理小屋から持ち込んだプレイヤーにセットする。
迅堂が期待を込めた目でソワソワし始めた。
自主制作だし、そこまで期待値を高めると裏切られると思うけど。
現在の時間は、とスマホで時刻を確認する。午前一時ちょうど。自主制作とは思えない大作っぷりを発揮して二時間の長丁場になるこの映画を見てから吹奏楽部の宿泊施設に向かえばちょうど肝試しが終わるころだろう。
まぁ、備品の回収は明日の朝だけど。
席に戻り、リモコンの再生ボタンを押すとタイトルもなしに映画が始まる。
自主制作だけあってタイトルを入れる余裕はなかったのかと思いきや、タイトルなしも演出の一環だった。
ホームビデオ風なのだ。ホームビデオにタイトルはいちいち入れない。
当初こそ、レンタル屋の店主が間違えて自分の家族のホームビデオをパッケージに入れてしまっていたのかと思ったほど、和気あいあいとした家庭が描写されている。
しかし、窓の外の木の動きから推測される風の動きに逆らい、窓を透過して室内に侵入する木の葉など、場面の端々で超常現象が起きている。
「……先輩、いまの窓ガラスの曇り、見ました?」
「人の顔だよな。悪いけど、映像は戻さないぞ?」
多分、早戻しすると雰囲気が壊れる。
ホームビデオを撮影している主人公は当初こそ超常現象に気付かなかったが、ある日を境に一気に作中の時間が進み、超常現象に気付いたからしばらく撮影を控えていたと説明される。
『――再び撮影する気になったのは、これが私たちの生きた証になると思ったからだ。どうやら、私は記憶を徐々に食われているらしい』
そう主人公が独白し、無言で撮影を再開する。
家族のヒューマンドキュメンタリーに見せかけて、温かな日常が徐々に怪奇現象まみれになっていく。
いや、これはマジで怖い。現実でも見えないところや意識していないところで人知の及ばない何かが起きているんじゃないかという気にさせられる。
迅堂が不安そうにアウトドアチェアを俺に寄せてきて、服の裾を掴んでくる。
「す、すみません、これはちょっとガチです……」
「おう」
珍しくしおらしい迅堂に少し怯んだものの、視線は画面を追ってしまう。
映画はクライマックスへ入った。
怪奇現象に成すすべなく逃げ出す主人公と妻、娘が引っ越し先へ向かうべく車に乗り込む。
主人公が後部座席に座る娘へとビデオカメラを近付け――娘の体をすり抜けたビデオカメラが後部座席にそっと置かれた。
大きく作中時間が開いて以降、主人公や妻が娘に話しかけていなかったことに気付いて、全身に鳥肌が立った。
主人公が運転席に乗り込み、妻が家を見て『娘との思い出が詰まっていたのに』と呟き、車が動き出す。
すると、娘がビデオカメラを覗き込んで能面のような白い顔で呟いた。
『生きた証だから、ここでおしまい』
映画が終了し、俺は迅堂と顔を見合わせる。
青い顔をした迅堂と頷きあってからは早かった。
俺は即座にプレイヤーを停止してテレビを切り、迅堂はスマホで底抜けに明るいギャグ調のアニソンを垂れ流す。
「怖っ! 子供の棒読み台詞がいきなり怖くなったわ!」
「自主制作映画だから娘役の子の台詞に感情籠ってないのも仕方がないかな、と唯一の癒し要素として見てたらこれですよ!?」
怖い怖いと言いながらも興奮気味に感想を言い合うのってホラー映画あるあるだと思う。
「最初はどうかと思ったけど、一番怖かったな」
「ぞわぞわしましたよね。いいセンスしてますよ。明日、返しに行くときに感想に困らないですね」
「本当な。あ、そろそろ肝試しが終わるころだ」
「結果論ですけど、こっちの方が怖い思いをしましたね」
それはどうだろう。肝試しに参加したら殺されるし、多分現実の方がよほど恐ろしい。
多分、俺も迅堂と同じように殺されているしな。
「ココアでも淹れるか」
「お願いします。こんなの絶対に寝られないので。あ、先輩が一緒に寝袋に入ってくれたら眠れますね!」
「狭いだろ。狭くなくても一緒には寝ないけど」
「そんな! 私をこんな体にした責任を取ってくださいよ!」
「人聞きの悪いことを言うな!」
ココアを入れている間も静寂が怖いのか、迅堂が会話を途切れさせない。
他に客がいないから多少騒いでも問題にならないだろう。
迅堂と話していると不意にコンコン、とバンガローの扉が叩かれた。
思わず口を噤んだ迅堂があからさまにビビって扉を振り返った後、俺を見て無言で扉を指さした。
怖いから出てほしいらしい。
ちょうどお湯も沸いたところなのでコンロの火を止め、扉に近づく。その間にも、ノックは何度も響いた。
「はい、どなたでしょうか?」
付近には前回の世界線で迅堂を殺した犯人がいるかもしれない。警戒して、扉越しに声をかける。
すると、聞き覚えのある声が切羽詰まった様子で答えた。
「迅堂さんと白杉さんですよね? 吹奏楽部顧問の美滋田です」
美滋田さん?
肝試しは時間的に終わっているとはいえ、なぜここにいるのか。
迅堂がさっと顔色を変えて駆け寄ってきた。
「先輩、顧問の先生で間違いないです。未来で見ました」
そうか、この世界線では俺はまだ美滋田さんに会ってないから、判断に迷ったと思ったのか。
俺は扉を開ける。
バンガローの外には美滋田さんが息を切らせて立っていた。俺と迅堂を見ると、バンガローの中を覗き込み、焦燥感を募らせた様子で口を開く。
「こちらに、我が部の陸奥は来ていませんか?」
「陸奥さんですか? 来ていませんけど……」
迅堂が答えると、美滋田さんは礼を言って斎田さんがいる管理小屋へと走っていく。
美滋田さんの背中を見送る迅堂がぽつりとつぶやいた。
「……まさか、先輩の代わりに?」
くしくも、俺も同じことを考えていた。
俺と迅堂が肝試しに参加しなかったことで、陸奥さんは一人で迅堂が出るタイミングで出発してしまう。
……俺の判断ミスだ。
生きたまま焼き殺すという凄惨な手口から恨みを持つ者の犯行だと思っていたが、この事件はもしかすると無差別殺人かもしれない。
迅堂が俺に向き直る。
「先輩、こうなった以上、話しておきたいことがあります」
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