第6話  水族館デート

 水族館は心配になるくらいガラガラだった。


「ゆっくり見て回れるわね」

「俺は別の心配をしてしまうよ」


 大きなお世話だとは思うんだけどね。

 入場券を買って中に入る。パンフレットには目もくれず、笹篠は俺の手を取って奥を指さした。


「早く鮮魚コーナー行きましょ」

「こら、鮮魚コーナー言うな」


 金髪なのもあってぱっと見は外国人の少女な笹篠だけあって、周囲の客は間違い日本語の類だと思ったらしくスルーしてくれた。

 水槽を覗くとオニカサゴが砂を敷き詰めた底でくつろいでいた。

 笹篠はカサゴをまじまじと眺めている。


「サンバっぽいのに動かないわね、こいつ」

「とげとげしい見た目の割には大人しいよね」


 しかし、サンバって。基本は赤一色だからそこまでサンバっぽくないけど。


「煮つけの他、味噌汁や刺身でも食べられる……へぇ」


 説明文を読み上げた笹篠が「流石は鮮魚コーナー」と呟いたのを聞き流す。

 夕飯に魚を食べたいな。

 いかん、毒されてきた。


「次に行こう」

「貝はパス。どうせ埋まってて面白くないし」

「ちょこっと顔だけ出してるのも可愛いんだけどな」


 アサリが水管を出していたりとか。

 笹篠がにやりと笑って頷く。


「砂抜き中に脅かしたくなるのよね」

「わかる」


 せっかく来たんだからと水槽を覗いてみると、サザエの仲間が展示されていた。今日も今日とて貝の中に引きこもる彼らは覗き込む俺たちをどんな思いで見ているのだろう。


「引きこもりの部屋を覗く背徳感があるわね」

「わからない」


 ため息をつくように貝が砂を吐き出した。

 引きこもりね。

 俺は横目で笹篠を見る。

 土日にキャンプ場に行った際、迅堂がすでに対処方法を見つけていたから俺が生き残るのは確定といってもよかった。

 つまり、笹篠には俺を止める動機はなかった。

 しかし、夏休み中はどうだ?

 いまだに笹篠が俺のキャンプ場バイトを止めないのは――引きこもらせない理由は?


「白杉、ちょっと冷えない?」

「言われてみれば、冷えるな。人が少ないから冷房が効きすぎてるのかも」

「――なら、こうしてもいいわよね?」


 言質を取ったと有無も言わせず、笹篠が俺の腕に抱き着いてくる。

 思わず硬直してしまう俺を見て、笹篠は悪戯っぽく笑った。


「うん、暖かい。このまま行きましょ」

「人目が……」

「あったらしないわよ。こんなこと」


 まぁ、冷房が効きすぎるほど人が居ないのも事実なわけですが。

 貝の水槽から離れて歩き出しながら、笹篠が口を開く。


「また余計なことを考え始めてたでしょ?」

「バレたか。……ごめん」


 心配をかけたからこの水族館に一緒に来ているというのに、失礼だったな。


「まぁ、気にするのも分かるわよ。言い当ててあげましょうか?」


 苦笑しながら、笹篠は俺の考えを言い当てる。


「何で引き止めないのか、でしょ?」


 完全にバレているか。

 まぁ、真っ先に考えることだ。


「君子危うきに近寄らずってね。俺自身、そこまで頭がいいわけではないけど、バイトをキャンセルしようかと思ったんだ」

「でも、キャンセルしなかった。白杉は責任感があるから一度引き受けたバイトを断るなんてなかなかできないものね」

「それだけじゃないけどね」


 バイトが決まったのは親族会議の場だった。

 あの場には俺はもちろんのこと、未来のことを知る海空姉さんもいたのだ。しかし、海空姉さんは渋りつつも俺をバイトに送り出すことに賛成した。

 迅堂にしてもそうだ。一学期の段階で俺を引き留めることができたのに、それをしなかった。

 笹篠だけは唯一、俺のバイトが決まった後に何が起こるかを知る立場にあるが、やはり今まで引き留めはしなかった。

 まぁ、笹篠は海空姉さんや迅堂が未来人だってことを知らないんだけど。


「事件が起こることを知っていて、俺を引き留めないってことは理由があるんだと思ったんだよ」


 三人それぞれに思惑が違うのか、それとも考えていることが同じなのかまでは分からないけれど。

 それでも、引き止めないことに意味があり、それは俺の不利益にならないことだとも思う。

 笹篠は巨大な水槽を泳ぐサメを眺めつつ、小さく頷いた。


「当然、引き止めたこともあるわよ。すでにバイトに応募していた迅堂さんだけがキャンプ場に行って、焼死したわ」

「迅堂も引き留めた場合は?」

「――迅堂さんが自殺したわ」


 自殺?

 明るい迅堂と自殺という単語が結びつかない。

 笹篠も悩むような、険しい顔をしていた。


「どういう心理だったのかは分からないわ。でもあの子、働き者でしょう? ある種の責任感があるとは思うのよね。だからといって、自殺するのはよくわからないんだけど、問題はその後にも起こる」


 そう言って、笹篠は俺を見上げた。

 嫌な予感がする。それも、確信的に嫌な予感だ。


「迅堂さんから間を置かず、白杉が自殺、松瀬さんまで自殺するわ」

「……なんだよ、それ」

「意味不明でしょう? 私もさっぱりよ。というか、多分私も死ぬわね」


 多分、といいつつ笹篠は一種の確信を持っているようだった。


「時刻を決めて、その時間まで生きられたなら過去に戻り、未来まで生きられる保証を得ながら時間を進めていく感じか?」

「よくわかったわね。その通りよ。松瀬さんが亡くなってから、六時間おきに過去に戻るのを繰り返していたけど、自殺として処理されて以降は何も情報を得られなかったから、過去に戻ったの」


 事前に周囲の人間が相次いで不審死を遂げていたからこその判断だ。そのまま時間を進めていれば笹篠まで不審な自殺を遂げていた可能性がある。

 笹篠が観測した迅堂、俺、海空姉さんの相次ぐ自殺。作為的なものを感じる。


「殺されてるよな?」

「多分、ね。犯人はさっぱり見当がつかないけど」


 笹篠には犯人も動機もさっぱり分からないだろう。だが、俺は笹篠が知らない共通点を知っている。

 ――全員、『ラビット』の所有者だ。

 未来人を狙った何かが起きている。もしくは起きる。

 そして、直近の怪しい出来事と言えば、夏休みの焼死事件に焦点が当たる。


「焼死事件を解決したら、何かが分かるかもしれない。私はそう思ったのよ。ただ、これが一筋縄ではいかないのよね」


 笹篠はバイトに参加できなかった。キャンプ場に連続で寝泊まりするのも難しい。介入の余地が限定的である以上は、運命を回避しようにも限界がある。

 そんな限界を考えた上で笹篠が介入日に選んだのはいつなのか。


「笹篠、差し入れを持ってくるのはいつ?」

「十三日よ」


 笹篠は介入日をそう宣言して、俺をまっすぐに見つめた。


「それまで、何としてでも生き延びなさい」

「生き残るのが上手いとはいえない俺だけど、善処するよ」


 というか、十三日までにも死ぬ危険があるわけね。

 どんな状況で死ぬのかを教えないのは知らないからか、バタフライエフェクトを恐れてのことか。

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