第17話 球技大会

 バックハンドで構え、体を前に押し出すように踏み込み、バウンドしてきたボールを打ち返す。

 一年C組の代表ペアの中間を通り抜けたボールはコートにワンバウンドしベースラインを越えていった。


「白杉、お疲れ!」

「笹篠もナイス!」


 ハイタッチを交わして健闘をたたえ合う。

 金曜日、球技大会当日、俺たちは順調にトーナメントを勝ち上がって今、決勝戦に進出を決定した。

 連戦で疲れてきているが、可能な限り俺が動き回って笹篠の体力を温存してここまで来ている。


「作戦は順調だよな?」

「うん。私の体力もまだまだ余裕がある。決勝戦、暴れてやるわよ」


 好戦的な笑みを浮かべて、笹篠はラケットを握る。

 ちなみに、我がクラスの男子サッカー、女子バレーボールも健闘しているらしく観客としてきているのは代表チーム入りできなかったメンバーだ。


「風も収まってきたし、絶対に勝つわよ」

「仰せのままに」


 笑いあって、コートに入ってきた決勝相手を見る。

 三年生だ。男女先輩である。


「テニス部の部内交流試合にしかならないと思ってたんだけど、ダークホースが出てきたね」

「番匠が負けたって話だけど、確かにいい動きしてる」


 男女先輩が俺たちを見て楽しそうに話している。

 なんかすごく強者の雰囲気が漂っている。なんかの漫画に出て来てませんでした?


「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 めっちゃにこやかに握手に応じてくれた。けど、年下だからって一切油断していないようにも見える。

 これまでの試合で大分目立ったからな。テニス部だらけの中で決勝まで勝ち上がった以上、警戒されるのは当然か。


 サーブ権をもらい、試合が始まる。


 笹篠がボールを放り上げ、弓なりに体をしならせて一気にラケットを振り抜いた。

 破裂したんじゃないかと思うような高い音が鳴って、ボールが打ち出される。かなり鋭いファーストサーブだったが、それを受ける女子先輩は冷静にラケットを構えて笹篠に打ち返した。


 ネット際に走りこんでいく笹篠の足元を狙ったそのボールに対して、笹篠は歩幅を切り替え、あえてボールとの距離を詰める。

 走りながら笹篠はバウンド前のボールを打ち返した。


「うわっ、体力有り余ってるじゃん、この子!」


 意表を突かれた女子先輩が打ち返されたボールをラケットで捉えて返す。


 しかし、ネット際まで来ていた笹篠はラケットを振り下ろして、女子先輩が返したボールを相手コートに叩きつけた。

 とてつもないスピード勝負。打ち返された女子先輩が思わず笑いだすほど綺麗な一撃だった。


 笹篠はこれまでの試合、全力疾走をほとんどしていない。無理してボールを拾わずに後衛の俺に任せて決め球を拾っていくスタイルだった。

 それも、この決勝で体力勝負に持ち込まれないようにするための策だ。俺も笹篠も帰宅部で、運動部とはどうしても体力面で劣っていることから、これが勝つための最善策と考え、実行した。


 とはいえ、ここまで初撃が綺麗に決まるとは思わなかった。


「よし、絶好調!」


 振り返ってピースしてくる笹篠に、俺も笑顔で片手をあげて返した。


「ガンガン行こう――」



 わかってはいたことだけど、男女先輩は強かった。

 女子先輩がネット際で笹篠を釘付けにしつつ、男子先輩がスマッシュでとにかく攻め立ててくる。

 なんでネットを超えてくるのか分からないくらいに鋭い角度のスマッシュは、笹篠が拾ってくれることもあるけれどほとんどは俺が対処している。

 技術も勝負勘も体力も備わっている笹篠よりも俺を集中狙いした方がいいという判断だろう。


 打ち込まれたスマッシュをベースライン際で打ち返す。

 だいぶ下がらされたから、そろそろ中央を狙ってくるはず。

 狙いが分かっているけれど、上がらない。


 ボールが前衛の女子先輩を抜けたのを見届けて、笹篠がバックステップで下がり、中央の穴を埋める。

 読まれていたことに気付いたのか、男子先輩が咄嗟にスマッシュの体勢を解いてボールの上をこすり上げるようにドライブをかけて打ち返した。


 対応するのが笹篠とみて、重い球を選択したのだろう。


 強烈なドライブ回転で沈む様な軌道を取るボールを、笹篠は重心を下げて迎える。

 十分に狙いを絞ったうえで、笹篠はボールを打ち返した。しかし、筋力差は埋めがたく相手コートへ飛ぶボールはやや緩慢な動きをしている。


 女子先輩がラケットを頭上を掲げ、手首のスナップを利かせてネットのすぐ近くへとボールを叩き落とす。

 しかし、読み切っていた笹篠が走りこんで、バウンドしたボールが重力に引かれる寸前を捉え、強烈なスマッシュを叩きこんだ。


 横を抜けられた女子先輩がボールを振り返る。


「すっご……。今のを、間に合うどころか決めてくるか」


 今の笹篠は体力が余っているから、割と無茶なこともやってのける。

 ただ、決勝だけあって俺ももうちょっと活躍したいなぁって。

 まぁ、勝つことが最優先だ。


 その後もゲームは続き、二ゲームをとりつつも、四ゲーム目にはいった。


「白杉、体力は?」

「割とキツイ」

「向こうもあからさまに狙ってきてるわよね」

「逆の立場だったら、笹篠も狙うでしょ?」

「もちろん」


 男女先輩だって勝つために最善を尽くしている。それに文句を言うつもりはない。

 真正面から勝負するだけだ。


 女子先輩が右手を軽く振っている。そろそろ疲れてきているのだろう。


 男子先輩がファーストサーブを打ってくる。

 ライン際を攻める強気なその攻撃を真向から迎えて、俺は上がってきている女子先輩へと打ち返した。

 女子先輩が足を止めてバックハンドで返してくる。


 俺は後ろに下がらず、ボールを女子先輩へと打ち返した。

 狙われているのが分かったのだろう。女子先輩は顔をしかめてやや下がる。技量の足りない俺ならラインぎりぎりを攻める勝負はしにくいから、バウンドで勢いが弱まったボールを狙えると考えたのだろう。


 はい、作戦通り。

 全身全霊でライン際を狙ってボールを叩きこむ。


 別にアウトでも構わない。俺がラインギリギリを狙ってくるという事実さえ作れば、プレッシャーになる。

 案の定、女子先輩が焦ったようにボールを打ち返した。

 あの焦り方でも緩い返しにならないのはさすがテニス部。


 でも、こちらはアウト覚悟。


「――っ!」


 息を詰めて、攻めの姿勢を見せ続ける。

 女子先輩と俺でラリーが続き、三往復したところで女子先輩の握力に限界が来て、ボールをネットにとらわれていた。


「よし」

「白杉、容赦ないなぁ」

「弱っているところを狙う。俺が狙われたんだから、やり返すよ。正当防衛的な?」


 女子先輩が恨めしそうに見てくるけど、知ったことではない。

 勝つために全力を出すならば許されるのが勝負の世界。


「私は白杉のそういうところが好きになっちゃったんだけど」

「試合中に口説くのはやめてくれ。調子が狂う」

「嘘ばっかり」


 配置について、男子先輩がファーストサーブを決めてくる。

 危なげなく受けた笹篠は女子先輩へとボールを向けた。

 笹篠も容赦ないじゃん。


 しかし、女子先輩はボールを無視してネットへ走りこんでくる。

 代わりに、男子先輩がボールにぎりぎり追いついて笹篠に返した。


 女子先輩がラケットを高めに構えている。あからさまにネット際での勝負を挑んでくる女子先輩を無視して、笹篠はボールを相手コートの奥へ叩き返した。

 男子先輩がボールを引き付けて、笹篠へと打ち返す。


「くっ――」


 少しまずい流れだ。笹篠にプレッシャーを掛けつつ、女子先輩に決め球を任せようとしている。


「笹篠、俺が受ける」

「ごめん、頼んだ」


 男子先輩がドライブをかけたボールはかなり重い。いくら体力が残っている笹篠でも連続で受けるのは辛いだろうと後退する。

 笹篠が見送ったボールを女子先輩へ打ち返す。


 ボレー勝負に乗るのは癪だけど、現状では笹篠の方が有利だ。

 女子先輩が両手でラケットを支えてボールをいなしつつネット際に跳ね返す。


 笹篠がすぐさま反応し、ボールを女子先輩に跳ね返した。

 左右にステップを踏む女子二人の間をボールが行き来する。


「しまった……」


 笹篠が目線でフェイントでも仕掛けたのだろう、女子先輩がボールとは逆方向にステップを踏んでしまい、ボールを取りこぼす。

 後方から男子先輩が走ってきていたが、間に合わずにボールはコート上で二回バウンドした。

 これで二対ゼロ。


 女子先輩がボールを放り投げて打ち下ろすようにサーブする。


「あっ……」


 ネットに捕まったファーストサーブを見て、女子先輩が苦い顔をした。


「ドンマイ」

「ん……」


 男子先輩のフォローに短く頷いて返し、女子先輩がセカンドサーブを下からラケットで掬うようにアンダーで打ってきた。


 疲れだけじゃなく、プレッシャーも相当ありそうだ。

 テニス部の三年生が帰宅部二人に負けそうなんだから当たり前か。

 片方が未来人だなんて知る由もないもんな。


 のんびりした速度で迫ってくるボールに横回転が加わっているのに気づいて立ち位置を横に変え――遠慮なく女子先輩の足元へ叩き返す。


「やっぱりか!」


 女子先輩が悲鳴じみた声を上げて打ち返してくる。

 その首、もらい受ける。


 豪快にスマッシュを叩きこむと、女子先輩が打ち負けてボールはあらぬ方向へ飛んで行った。

 観客の下へ転がっていったボールを女子生徒の一人が拾い上げる。

 迅堂だった。


「白杉せんぱーい」

「俺じゃなくて向こうのサーブだから……」

「――いま、渾身の、右ストレート!」


 迅堂が大きく振りかぶってボールを俺に投げつけてきた。躱しやすい頭ではなく胴体を狙ってきているあたり本気だが、何しろ軟式ボールなので大して痛くない。

 しかし、迅堂の行いは周囲の女子生徒から賞賛の拍手を受けていた。


「……俺、なんかやっちゃいました?」

「その台詞を言うってことは、分かってますよね?」

「勝つために全力を出している。俺は自分が誇らしい!」

「先輩はそういう人ですよねぇ」


 俺と迅堂のやり取りで毒気を抜かれたのか、周囲も苦笑を浮かべていた。

 ボールを女子先輩に投げ渡す。


「どうぞ」

「ありがと。あと、別に気にしてないよ。試合中だからね」

「ありがとうございます。これからも狙います」

「いっそ清々しいな!」


 女子先輩が笑い、ボールを受け取る。

 女子先輩は深呼吸を一つした後、レシーブ側にいる笹篠を見た。

 ボールが空へと放り上げられる。女子先輩が全身を使って鞭のようにラケットを振り下ろした。

 パンッといい音が鳴る。しかし、ボールは急角度でネットに刺さり、こちらのコートには届かなかった。

 やはり女子先輩は腕が限界らしい。


 女子先輩はボールを見つめてから、男子先輩を横目で見た。

 男子先輩は無言で頷いた。

 なにあれ、なんか通じ合っている感がある。


 女子先輩がボールを上にトスした。


「――ダブルファースト!?」


 おいおい、向こうは後がないんだぞ。なんて強気だよ。

 女子先輩は手加減抜きで上から思い切りボールを打ち、笹篠のサービスコートへ叩きこむ。


 えぐい角度でバウンドしたボールを、笹篠は後方にジャンプしながら打ち返す。

 サーブと同時に全力で駆けて来ていた女子先輩が笹篠目掛けてラケットを振り抜き、ボールを叩き返した。


 笹篠は左脚を滑らせるようにして後ろに送り、バックハンドで女子先輩に打ち返す。

 ネットぎりぎり上を飛ぶボールを、女子先輩は怯むことなく笹篠の足元へと叩きつけた。


 だが、笹篠が対応しきれないのを予想していた俺が間に合う。

 笹篠も最初から打ち返そうとは考えていない。体勢を立て直して逆サイドに走り、コートの穴を埋めに行く。


 俺は二度目のバウンドをする寸前のボールを掬い上げるようにしつつ、スピンをかけて相手コートに送り返した。

 女子先輩が眉をひそめる。俺が間に合うとは思ってなかったのだろう。

 だが、間に合っただけでボールそのものは遅い。


 余裕を持って女子先輩がボールを笹篠へと打ち込む。

 だが、態勢を整えていた笹篠は容易にバウンド前のボールを女子先輩へと叩き返した。


 女子先輩が反応できずに抜かれる。

 男子先輩が咄嗟に走り、腕を限界まで伸ばしてボールを打ち返した。


 打ち返すのが、精いっぱいだったのだろう。

 ボールがゆっくりと宙を舞う。

 ボールが向かう先は笹篠の正面やや右側。絶好球だ。


「くっ――」


 笹篠のスマッシュに備えて女子先輩が後ろに飛びのく。

 笹篠は向かってくるボールを見てラケットを持ち上げて――ボレーで返した。


「えっ?」


 多分、観客も含めてこの場の全員が意表を突かれた。

 絶対に決める場面だった。


 だが、女子先輩は飛び退いた直後だ。ボレーでネット際に落とされたボールを目で追いながら、正面に走って追いつこうとするが、踏み込む足が滑る。

 疲れが出たか。

 ぎりぎり間に合わないな、あれは。


 ボールが力なく、コート上を転がった。

 がっくりと力なくうなだれる女子先輩が苦笑してボールを手で拾う。


「参ったね。完全に予想外だった」


 だよなぁ。俺もあれは決めると思った。いくらスマッシュが苦手の笹篠でも、あそこでボレーはリスクがある。女子先輩が足を滑らせなければ、間に合っていた可能性が高い。


 笹篠は小さく頷いて俺を振り返った。

 俺は片手をあげて笹篠に近づく。


「お疲れ――って、あれ?」


 ハイタッチしようと上げていた俺の片手をスルーした笹篠がコート端のボールを拾いに戻る。

 行き場を失った片手を掲げたまま、俺は女子先輩を見る。目が合った。

 女子先輩が片手を上げる。


「へい!」

「強かったです、先輩!」

「そっちもな!」


 女子先輩とハイタッチして、俺は笹篠を追いかけた。

 コート端のボールを拾った笹篠に追いついて、声をかける。


「どうかしたのか?」

「逃げた。最後に逃げた……」

「まぁ、スマッシュを決める場面だったな。結果的には意表を突く完璧なボレーだったけど」


 笹篠が大きくため息をつく。

 俺は笹篠の肩を叩いた。


「勝ったことは喜べ」

「そうだね。勝ったことは嬉しい」


 それだけは本心から、笹篠は呟いてボールを軽く宙に放り上げた。


「勝ったぞー!」


 笹篠の勝利宣言に、観客たちから拍手が送られた。

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