第18話 通り魔
球技大会を終えた翌日、俺は待ち合わせ場所である駅前でスマホを弄っていた。
『おめでとーござーいまーす。不純異性交遊は厳禁ですが、禁を犯したくなるのが若さというもの。ラビットちゃんは理解があるので警察にツーホーしてやりましょうか、コラァー!』
「はいはい」
会話BOT『ラビット』の向こうで海空姉さんがこれキーボードに打ち込んで喋らせているんだよなぁ。
一応、海空姉さんが操作しない『ラビット』でも似たような会話ができるようだけど。
「笹篠が来たから切るよ」
『お楽しみですね!』
どっちの意味ですかね?
突っ込んだら負けなのでアプリを終了する。
スマホをポケットに入れて、背中を預けていた駅の壁から離れた俺は歩いてくる笹篠の方へ向かう。
ぱっと見、大学生にも見える笹篠は春らしい明るい色合いのファッションで統一していた。ミントグリーンのベルボトムが春風に揺れている。本人の明るい金髪や端正な顔立ちもあって、注目を集めていた。
「白杉! 時間ぴったりね」
俺と目が合うなり、ほっとしたような顔で笑う笹篠に笑い返す。
「ちょっと早く来て、本屋で時間を潰してたんだよ。もう行く?」
「行きましょう。注目を集めちゃってるし、休日だから知り合いと出くわすと面倒でしょ?」
「確実にカラオケとかに誘われるよな」
そして、休日の逢瀬を根掘り葉掘りと聞かれるのだろう。簡単に想像できるので、二人して速足で駅の改札を通り、電車に乗り込んだ。
「予約は取ってあるのよね?」
「あぁ、取ってあるよ。海空姉さんがタイミングを見計らって、ね。悪いけど。旅館の経営資料とかをコピーして送るように言われてるんだ。食事の前にちょっと席を外すことになる」
「球技大会の打ち上げだから大目に見てあげるわ。デートだったら許されない所業だけど」
「ありがとう」
電車で一駅、揺られている時間もさほどなく、人の流れに乗って笹篠と一緒にホームへ降りる。
そのまま改札へ向かおうとした時、笹篠に腕を掴まれた。
「なに?」
笹篠は左右に目を走らせた後、細く息を吐きだして、笑った。
「すぐに行くと改札が込むから、ゆっくり行こうよ」
「まぁ、いいけど」
休日なのもあってか、笹篠が言う通り改札はひどく混雑している。
人の波が改札を抜けていくのを待って、俺たちは駅の外へと出た。
春の日差しが心地いい。気温は低いけれど、陽気のおかげで寒さは感じなかった。
「えっと、北口から出たから……」
「白杉、まっすぐ向かうつもり?」
「そうだけど?」
「乙女心が分かってないわね。ちょっと遠回りして会話を楽しむくらいのことは考えなさいよ」
会話は旅館でもできるけど、なんて言ったら怒られるんだろうな。
そして、こんなこともあろうかと周辺の地理は調べてあるのだ。俺は準備ができる男である。
「それじゃあ、公園の方に行こうか。今日はフリマとパーフォーマンスをやってるらしいから」
「面白そうね。行きましょう。まったく、やればできるじゃない」
「できる子だから、球技大会も一緒に優勝したんだよ」
「もちろん、そのことも評価してるわよ」
旅館へ直接向かう道を外れて、公園に向かう。
「中間試験の勉強もしないとな」
「また勉強を見てあげましょうか?」
「ぜひお願いしたい。笹篠の授業は面白いし」
歴史って薀蓄が入ると覚えやすくなるんだと、復習していて確信した。
「笹篠って苦手科目はないの?」
「しいて言うなら化学と物理ね」
「そっちは俺が得意」
「一学期分くらいは何とでもなるわよ」
「あ、はい……」
「勉強でマウント取れなくってかわいそー。ざーこ」
「うるさいわい」
二学期では覚えてろよ。
駅から歩くこと四分。駅の喧騒は遠くなり、代わりに少し先の公園から音楽が聞こえてくる。
ネットで流行の曲だな。
公園のある辺りの空を見上げると、カラスが飛んでいた。出店か何かが出ていて残飯でも狙っているのか。
「嘘……」
笹篠の呟きに視線を向ける。
笹篠は足を止め、俺の手を掴んで道の先を見ていた。
笹篠の視線を辿り、ドキリとする。
帽子を目深に被り、マスクをつけた男。その背格好に見覚えがあった。
トラックの運転手――
「走って!」
笹篠の声に押されるように、反転して走り出す。
並走する笹篠を横目で見た。
直接、旅館に行くのを拒否して散歩を提案してきたのは笹篠だ。
帽子の男に対しての反応もおかしい。
おそらく、だがほぼ確信する。
――笹篠はまた、未来から戻ってきている。
肩越しに後ろを振り返る。
「やばいっ」
あいつ、かなり速い。
体力があり余ってる高校生相手に引き離されないってどんな体力だよ!
視線を前に向けなおす。
十字路にちょうど一台の乗用車が入ってくる。進行方向を塞ぐ形のその乗用車は走ってくる俺たちに戸惑ったのかただでさえ遅い侵入速度から減速し、完全に道を塞いで停車した。
運転席に座る女性の困惑した表情が見える。
まずい――足を止めざるを得ない。
急停止した俺は帽子の男へと反転する。
すぐ間近に迫っていた帽子の男が走りながら果物ナイフを取り出した。
春の爽やかな日差しを無粋に反射する果物ナイフの切っ先に、思わず怯む。
それでも、笹篠を庇うために腕を広げた――瞬間、笹篠に引き倒された。
「はっ!?」
笹篠が俺の前に出る。
「なにやってんだ、笹篠!」
バランスを崩して道路に倒れた俺が受け身を取って起き上がるより早く、帽子の男が果物ナイフを突き出した。
「うぐ……」
咄嗟に胸を腕で庇った笹篠だが、深く腹部を刺されて苦悶の声を上げる。
「この野郎!」
起き上がりざま、帽子の男へ殴り掛かろうとした時、背後で止まっていた乗用車がクラクションを鳴らした。
予想外の方向から爆音をぶつけられ、たたらを踏む。
帽子の男が果物ナイフを引き抜きながら笹篠を蹴り飛ばした。
あの野郎、抜く前に手首を返してやがった。
力なく倒れこんでくる笹篠を受け止める。その間に、帽子の男は反転して走り出していた。
「――くっ!」
追いかけたい気持ちをこらえて、笹篠の腹部を見る。
ヤバイ、かなり深い。しかも抜くときに周りまで傷つけている。
「君、その子を車に乗せて! 病院まで運ぶから!」
乗用車の運転席から、声をかけられてはっとする。
礼を言う時間も惜しんですぐに後部座席を開け、笹篠を抱き上げて車に乗り込む。
「すみません!」
「こっちこそ、逃げるのを邪魔しちゃってごめん! 救急に連絡して、近くの病院に急患を運び込むって根回ししてもらって」
涙目になりながらの運転手の言葉に、俺はスマホを取り出して119番を押す。
オペレーターに状況を説明しながら、笹篠の傷を押さえる。
呼吸が苦しいのか、笹篠が咳き込むたびに傷口から血があふれ出す。
後部座席のシートが血を吸収しきれず、足元に血が溜まり始めていた。
「病院に着いたよ!」
運転手の女性が叫んだ時、俺の服を握っていた笹篠の手が力なく落ちた。
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