第11話 クラス代表決め

 何事もなく木曜日が過ぎ、金曜日を迎えた。

 そう、クラス代表を決める授業の日である。


「白杉、準備は良い?」

「大丈夫だ。筋肉痛もない」


 止せばいいのに昨日も練習に参加した海空姉さんは、今朝方、一日おいて熟成された筋肉痛でのたうち回っていたけど、俺は無事だ。

 テクニックはともかく体作りで負けてないと自信を深める朝だったぜ。


「相手はテニス部二人組か」

「変化球に気を付けて」

「分かった」


 ネットを挟んで握手をする。

 相手はクラスメイト、名前は番匠。男子の中ではあまり目立たないものの、テニス部では補欠だそうだ。


「白杉、倒す」

「……なんで?」

「いや、学年の男子数人から依頼を受けててさ。可愛い子と夜道を歩いているのを見たとか、笹篠さんと最近仲がいいとか、方々で恨まれてるよ、お前」


 苦笑する番匠だが、ちらりと本気の目になったのは見逃さない。

 番匠のペアである大野は笹篠と和やかに握手している。俺もそっちの空気がいい。


 男女ペアのテニスに参加表明したのはこの二組だけだから、クラス代表はこの試合で決まる。


 持ち場について、ラケットを軽く一振り。特に疲れも残ってない。

 テニス部の実力、見せてもらいましょうか。


 番匠がボールを放り上げ、サーブする。

 テニス部だけあって危なげのないサーブだ。しかも結構速い。

 でも、恐ろしいことに練習に付き合ってくれた迅堂の方が速かった。


 俺は番匠のサーブを全力で打ち返す。


「――っ!?」


 不意を打たれた番匠が息を詰め、俺が仕掛けたラリーに応じた。

 男子同士、全力でボールを打ち返しあう。二往復、三往復、四往復――ここだ。


 気を抜いていた様子はないが、前衛の大野が番匠との一直線上に入る。番匠の視線が切れた、このタイミングで仕掛ける。

 思い切りドライブ回転をかけたボールが大野の横へと飛ぶ。


 大野も、このボールは自分が拾わないとまずいと分かったのだろう。やや高い位置を通るそのボールへとラケットを伸ばし、なんとかボレーで返した。

 不安定な体勢で返したボールは弱弱しく、笹篠は良く引き付けて狙いを定め、ラケットを振り抜く。

 パンッと小気味良い音がして、笹篠の渾身の一撃が相手コートを穿った。


「よし、まずは先制」

「ナイス、笹篠!」

「ありがとう」


 明るく言葉を交わし合う俺たちに、番匠と大野は唖然とした顔でボールと俺たちを見比べる。


「経験者かよ」

「白杉君もまぁまぁやるけど、笹篠さんが凄いよ」


 意見を交わし合う番匠と大野に、俺も同意する。


 決め手だけを持っていった笹篠だが、ラリー中一度も俺と番匠の視線を切らないように立ち回り、大野をけん制し続けていた。

 大野の反応が遅れたのも、笹篠が不意に動いて視線を誘ったからだ。

 未来で何度もこの代表決めを戦っただけあって、番匠や大野をよく研究しているんだろう。


 ともあれ、向こうも本気になったようだ。

 ラリーが続くこともあるが、基本的には女子前衛勝負を笹篠が仕掛けて大野を下し、ポイントを重ねていく。


 基本的にボールを拾うだけの俺だが、笹篠が力負けしてしまう番匠を後方に釘付けにするのが俺の仕事だから、試合に貢献しているはずだ。

 だいぶ地味なのは否めないけど。


 ポイントで見るとこちらは二ゲーム、相手が一ゲームを取っている。五ゲームマッチだから、この四ゲーム目を俺たちが取れば自動的に勝ちになる。

 テニス部の二人もここまで追い詰められると思わなかったのか、かなり悔しそうにしている。


 ネットに引っかかったボールを拾っていると、番匠が声をかけてきた。


「白杉、マジでよく動くな。中学でテニス部だったとか?」

「いや、中学の時も帰宅部だよ」

「嘘だろ。テニス部に入れよ。俺とペア組もうぜ?」

「バイトあるから」

「そっか。惜しいなぁ」


 同じような勧誘を大野から受けている笹篠も苦笑しながら断っている。

 バレーに出たくないからテニスのクラス代表を狙っている笹篠のことだから、部活動には興味ないだろう。


 互いに位置について、俺はボールを放り上げる。

 何度も練習したから威力さえ気にしなければファーストサーブは九割くらいの確率で入る。本気で打つと六割以下になるけど。

 それでも、ファーストサーブは全力で打ち込むことに決めている。


 案の定、ネットに捕まって転がるボールを無視して、セカンドサーブを決める。

 番匠がボールを引き付けて、笹篠の足元を狙って打ち返した。


 読んでいたのか、笹篠は即座に二歩後退すると大野へとボレーでボールを送る。

 大野がボレー勝負に乗ってきた。

 ネット際で、女子二人の攻守が目まぐるしく入れ替わる。


「大野、こっち回せ!」

「ごめん!」


 大野が押され気味なのを見て取った番匠が声をかけると、大野は大きく横に飛んでボールを番匠に任せた。

 コートの半ばまで走りこんできていた番匠がボールを思いきり打ち込んでくる。


 俺は笹篠の横を飛びぬけたボールへと走り、バックハンドで打ち返す。

 ネットを超えてバウンドしたボールに、大野がラケットを構えた。


「笹篠、あがって」

「うん」


 冷静にフォーメーションを組み上げる俺と笹篠に大野が険しい顔をしてボールを打ち返してくる。

 やっぱり、回転が掛かっている。速度はそれほどでもないが、バウンドさせると厄介なところに飛びそうだ。


 冷静にラケットを振り抜いた笹篠がバウンド前のボールをコート隅へと送り出す。

 番匠と大野は予想していたようで、動き出しも早かったが間に合わなかった。


 俺は呼吸を整えつつ、番匠に投げてもらったボールをラケットでいなして受け取る。

 体力的に余裕がなくなってきた。番匠にコートを走らされたのがじわじわ効いてきている。


 テニス部の二人はまだ余裕がありそうだが、笹篠も少し辛そうだ。

 このゲームを取られるとジリ貧だな。どうにか、決めてしまいたい。

 向こうもこちらの様子に気付いて長期戦狙いに切り替えようとしている節がある。


「行くよ」

「いつでもどうぞ」


 笹篠の声と同時にボールを放り、ファーストサーブを決める。

 打点を高く、やや前のめりに。

 思いのほか勢いがついたファーストサーブに大野が反応してラケットを合わせるが、力負けしてボールはネットに捕まった。


「ナイッサー、白杉」

「自分でも驚いてる。次、任せた」

「任せなさい」


 笹篠が頼りがいのある台詞でボールを受け取ってくれた。

 相手コートで番匠が構えている。表情に焦りが見える。

 ただ、笹篠が相手では普通の人間は分が悪すぎる。


「それじゃ、決めるわよっ!」


 猫のようにしなやかな身体から繰り出される高速のサーブ。

 番匠にかかるプレッシャーはかなりのモノだろう。笹篠の鋭いサーブは女子の大野には荷が重い。

 女子とは思えない鋭いサーブに番匠は一歩下がってから打ち返した。

 狙いはサーブを決めたばかりの笹篠だ。笹篠を前に出さないで封じ込めるつもりだろう。


 淡々と番匠のレシーブに応じた笹篠は強烈なドライブ回転を加えて大野へとボールの軌道を向ける。

 大野はすでにネット際でボレーができるように構えていた。笹篠が前に上がり切れていない今、ネット際はがら空きだ。


「白杉!」

「分かってる!」

 全速力でネットへ走り込み、大野のボレーを掬い上げるように打ち返す。

 後衛の番匠へと大きく弧を描いたボールは、向こうにとっての絶好球。だが、こちらも体勢を立て直す時間を稼げる。

 番匠と目が合った。


「おらっ!」


 番匠の気合一発、綺麗なフォームからのスマッシュが繰り出される。

 すでに下がっていた俺は番匠のスマッシュをどうにか拾い、打ち返す。

 なんて重さだよ。腕が痺れるわ。


 大野が身軽に駆けつけて、ネットを超えた直後のボールをはじき返した。

 しかし、笹篠がコートの半ばまで下がってボールを待ち構えていた。

 大野が焦りの表情を浮かべる。しまった、と顔に書いてあった。


 俺を前後に走らせるまでは作戦通りだったのだろう。ただ、思いのほか俺が粘ったため、向こうの作戦が狂ったらしい。


 笹篠が踏み込み、ボールを打ち返す。

 容赦なく大野の顔を狙ったそのボールに大野は仰け反ってラケットを正面に構えた。


 ボールが打ち上がる。

 これ以上ないほどの絶好球だ。


「――白杉、お願い!」

「えっ、俺!?」


 位置からして笹篠がスマッシュを決める場面だろ。

 なんて言ってられない。番匠を警戒でもしたんだろう。


 幸い、十分に間に合って体勢を作れる。

 落ちてくるボールを見定め、落ち着いてラケットを振り被る。

 息を吐きだし、ラケットを振り抜いた。

 狙い通り、ボールは本日最高速でネットを超え、一直線に相手コートの端を強襲、バウンドして壁に当たった。


「……ナイス、白杉」

「おう」


 笹篠に応じて、ボールを投げ渡しつつ、質問する。


「なんで打たなかったの?」

「土壇場でごめん。自信がなかった」

「そういえばスマッシュは苦手なんだっけ」


 笹篠自身も納得がいかなかったのか、一度素振りをしてから、本日最後となったサービスエースを決めた。


「ナイッサー、笹篠」

「お疲れ、白杉」


 ハイタッチを交わす俺たちの向かいのコートで、大野がしゃがみ込む。


「あぁ、帰宅部に負けた! 今日は居残り練習だよ、絶対。絶対先輩たち許してくんないよー。あぁ、これで強力な部員を勧誘できればちょっとは先輩たちも慈悲の心を見せてくれるんだけどな! ……ちらっ」

「聞こえているけど、私は帰宅部を貫くわ」

「駄目かぁ!」


 番匠がネット際に歩いてくる。


「白杉、お前さ、マジでテニス部に入れって。俺とペア組んでくれよ。バイトの合間でもそれだけ動けるなら、大会でもいい成績残せるし、進学有利になるだろ」

「親戚の手伝いとかで忙しいから無理」


 お互いの健闘をたたえて握手を交わし、俺と笹篠は正式にクラス代表の座を勝ち取った。

 球技大会の本番ってトーナメントなんだよな。今日の一試合だけでこんなに疲れているのに、大丈夫かな。

 体力作りをしないとだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る