k01-02 シェンナ・ノーブル・フェイオニス

 壇上に並んだマスター達を端から順に眺める。



 ほぼ事前告知通りの顔ぶれだけど、何人か見たことの無い顔が居るわね。


 まぁ、直前の人事調整で急に候補者が変わる事はあるけど……。



 とにかく、始まる前に状況の最終確認。


 下調べによると、今年も1番人気はクァイエン・ファミリア。

 マスター・クァイエンは有名企業に留まらず政府関係機関にも広い人脈があり就職は安定。

 現に、各方面で活躍する有名な先輩達を今まで何人も排出している。


 ……でも考え方はいたって保守的。

 本人もそれなりに高齢となってきていることだし、数年の内に落ち目が来るのでは、っていう噂も出始めてる。




 そこで最近頭角を現してきたのが、マスター・カルーナ。

 実績ではベテランのクァイエンに届かないものの、型に捕らわれない自由な発想や斬新な研究内容から、若き女性マスターとして世間の注目も高い。


 特にマスター・クアィエンを時代遅れの老兵と捉える先鋭系企業からの支持は厚い……と。



「――よって、今年の各ファミリアの定員数は15人となります。定員に達したファミリアのマスターは壇上よりお降りください。生徒諸君は定員に達したファミリアにはそれ以上志願出来ませんので注意するように」


 概ねの説明が終わり、司会者が一呼吸置く。


「それでは、例年に習い中等グレードでの成績優秀者から順に名前を呼ぶので、呼ばれた者は志願するマスターの名を宣言すること」


 会場が静まり返り緊張感につつまれる。



「まずは主席から――シェンナ・ノーブル・フェイオニス」


 私の名前が呼ばれる。


『お! あれがノーブル家のご令嬢か!』

『噂通りめっっちゃ可愛いなぁ!』

『あのちょっと冷たそうな雰囲気が俺好きなんだよぉ。くぅー! 見に来て良かったぁ』

『はぁ、才色兼備で名家のご令嬢って……住む世界が違いすぎる』


 会場が騒つく。


「静粛に!!」

 司会者が注意を促す。


 再び静寂に包まれる会場。


「――私はマスター・カルーナに志願致します!」


『おぉ……』

『マジか!?』

『クアィエンじゃないのか』

『ここ数年、主席はみんなクアィエン・ファミリア志願だったろ!?』

『マスター・クアィエン、こりゃ内心穏やかじゃないなぁ……』


 会場が一斉に騒つく。


「静粛に!! お静かに願います!」

 再び司会者が声を上げる。


 壇上のマスター・カルーナを見上げると、にこやかな笑顔をこちらに向けてくれる。


 自分から生徒を指定出来ないマスター側としては、志願して欲しい生徒、来て欲しくない問題児、それぞれある訳だけれども。

 反応を見る限り悪い印象ではないみたいね。



「続いて――カーティス・アルクレッド・ブルーム」


『キャー! カーティス様ーー!』

「お静かに! お静かにぃ!!」


 毎年恒例の光景だけど、ホント司会の人大変そうよね……。


 指名された金髪の男子が宣言する。

「はい! マスター・クアィエンに志願致します!」



『カーティス様! あぁ! 同じファミリアになれるなんて! 神様ありがとうございます!』

『ちょっと! 同じファミリアになったくらいで何よぉぉぉ!!』


 女子生徒から熱狂的な声援が上がる。

 成績上位者は名家出身の有名人も多いから取り巻きが騒がしいわね。

 まぁ、私も人の事は言えないけど……。


「静粛にぃぃ!!」


 宣言の度に会場をざわめかせ、司会者の喉に確実にダメージを与えながら式典は進んでいく。


 ――――――――――


 講堂の大時計に目をやると式典開始から1時間半を経過していた。

 既に7割程の生徒が宣言を終えている。


 人気上位のマスターは軒並み壇上から姿を消した。

 この頃になると観客も徐々に飽き始め、真剣に見ているのは当事者生徒の家族や友人くらいといったところかしら。


 当の私も……。正直、最初の30人を過ぎた辺りからはライバルになりそうな生徒も多くはないし、ただ待つ身としては正直結構退屈なのよね……。



 祭壇に残っているマスター達を眺める。

 一部の中堅マスターと、他は新任のマスターばかり。


 背後にある大きな魔鉱パネルには、各ファミリアの定員残数が表示されており状況が一目で分かるようになっている。

 その中で、未だに1人の志願も貰えていない若いマスターが1人居た。


 マスター・ジン?


 誰あれ? あんな人居たっけ……?


 ……あぁ、思い出した。

 何か1人経歴の怪しい人物が採用されたって噂があったわね。


 教員歴も無ければ飛びぬけた実績がある訳でもない。

 それなのにいきなりマスター職として採用されたとか。

 噂によると、グランド・マスターの知り合いでコネ採用だとかなんだとか。



 一応それなりの格好はしてきたつもりでしょうが、雑な作りの背広に安物の靴。


 唯一褒められるとすれぼ、それなりに整ったルックスぐらいかしら。

 よく言えば物腰柔らかそうな……いや、やっぱり精一杯よく言っても緩んだ締まりの無い顔ね。


 てか、寝ぐせくらい治して来なさいよ!!

 まったく、威厳も荘厳さも一切感じられないわね……。


 経歴も怪しい上に何とも頼りなさそうな人物。


 他の生徒達も感想は同じみたいね。

 普通人気上位のファミリアが一通り埋まりだすと、鶏口牛後ってことでどのマスターにもまず1人は志願者が付くものなんだけどねぇ……。

 ここまできて志願者0人なんて見た事ないわ。


 自分の置かれている状況を分かってるのかどうか……ただ静かに正面を見据えている。


 ――――――――――


 それからさらに30分程の後、全生徒の宣言が終了した。



「い゛……以上を以て、本年度の志願表明式を終了致 します! ぜ、生徒諸君は本日の宣言を忘れる事なく、明日からより勉学に励むようにぃ!」


 ひしゃがれた声で、司会者が式典を締めくくろうとした。

 お気の毒に、だいぶ喉をやられたようね。




 しかしその時――突然女子生徒の声が割って入る。


「あ、あの……!」


 その場に居た全員が声の方を振り向く。



「な゛……何かねぇっ!?」

 司会者が苛立った声で叫ぶ


「わ、私まだ名前を呼ばれていないのですが!」


 列の後ろの方で、女子生徒が恐る恐る手を上げていた。


 藍色のショートヘアーに、同じく深い青の瞳。

 大人しそうでどこか儚さのある雰囲気……。


 ………アイネ。



 司会者はあからさまに不服そうな態度で、名簿を見ながら続ける。


「アイネ・ヴァン・アルストロメリア……あぁ、"大罪人"シルヴァントの一族、ヴァン家の方ですか」


「……っ!」


 アイネは一瞬何か言い返そうとしたけれど、唇を噛み締め真っ直ぐ教員を見つめる。


 ったく、いい大人が嫌がらせとは……性格悪いわね。

 リストにチェック入れながら順に名前を呼んでってるんだから抜ける訳ないでしょう。


 観客席や生徒の一部からもどよめきや馬鹿にした笑い声が聞こえる。



 大罪人『シルヴァント・ヴァン・アルストメリア』


 80年前。

 エバージェリーとの二世界戦争で勝利目前にまで迫っていたキプロポリスを一転敗戦にまで貶めた裏切者。

 その子孫にあたる彼女の事を良く思わない人は多い。



「……で!? アイネさん、どこのファミリアを選ぶのですか? 皆さんをお待たせしているのですから早く宣言を!」


 急かされてアイネは壇上のマスター達を見渡す。


 しかし誰も目を合わせようとしない。

 それどころか、『とんでもない!』とばかりに顔をしかめて小首を振るマスターまでいる。

 教育者として有るまじき態度ではあるけれど、この先自身とファミリアの生徒達に降りかかる厄介事を考えれば無理も無い態度か。


「あ、あの……私成績はあまりよく無いですけれど、一生懸命頑張りますので!!」

 アイネが震えた声で精一杯呼びかける。


 マスター達は宙を見つめたまま誰も反応しない。


「早くしたまえ!!それとも、宣言しないと言う事は辞退と捉えてよいのかね?」

 司会者が微かにニヤついた表情でアイネに問いかける。


 成る程、これが狙いね。

 志願表明においてマスター側には定員超過以外で拒否する権利は無い。

 宣言されれば必ず受け入れる必要がある。

 一方、生徒側は師事したいと思うマスターが居なければ自らの意思で留年や離学を選択する事も出来る。

 つまり厄介者をここで自主退学に追い込みたい……と。


 アイネもその事は分かってるのね。

 だから中々決められずにいる。


 自分が何処かを選べばそのファミリアの皆んなに迷惑がかかる。

 かと言って留年したところで彼女への風当たりが改善される事は無い。

 つまり誰にも迷惑をかけたくなければ早かれ遅かれ自主退学するしかない。


 そう言えば……

 生い立ちのせいか、小さい頃から自分が傷付く事は平気だけれど他人に迷惑をかけるのを極端に嫌う子だったわね。


「お、お願いします! ファミリアの皆さんにご迷惑は……あの、家の事などで……全くおかけしないと言う訳にはいかないかもしれませんが、私に出来る事は精いっぱい努力しますので……」


 縋るような目でマスター達を順々に見つめるけれど、誰一人として目を合わせてはくれない。


「……あの……、私夢があって……」


 小さく呟いた後、俯いてついに黙り込んでしまった。


 そのまま暫し沈黙が続く。


 次第に、早くしろ、迷惑だという野次が聞こえ始める。





 その時――――


「おーい!」

 会場に間の抜けた声が響き渡る。


 その場に居た全員が声のした方向、壇上の隅の方に目を見やる。

 アイネも驚き顔を向ける。


 声の主は……例の、マスター・ジン。

「よかったらうちのファミリアどうだ!? ちょっと深刻な人手不足でな!」


 マスター・ジンが笑顔で手をブンブン振っている。

 背後の魔鉱ボードを見ると、未だに志願者0人。

 確かにこの上なく深刻なようね。


 困惑するアイネ。

 少し間を置いて口を開く。


「……あの、事情は分かりますが……。私なんか居たところで余計にご迷惑お掛けするだけだと……思いますよ」


「大丈夫大丈夫! 俺そーゆーのあんまり気にしないタイプだから! だからお前も気にすんな」


「でも……」

 アイネは再び俯く

 会場が静まり返る……


「……そうだ! いい言葉教えてやる!

 『過ぎた日々に捕らわれるな、まだ存在しない未来を恐れるな。過去の後悔も未来の不安も、抗えるのは今の自分だけだ』

 昔の事は気にすんな、あんま先の事ばっか心配するな、今お前がどうしたいか考えろ!」


 そう言って壇上から笑みを浮かべ、右手の親指を立てアイネに付き出す。


「マスター・ジン! お静かに。マスターから生徒へのアピールは違反行為です!」

 司会者が壇上に向かって警告する。


「すいません」

 一言謝った後、黙ってアイネを見つめるマスター・ジン。


 彼が掲げたのは、キプロポリス中の子供が小さい頃に聞かされ憧れる"伝説の英雄"の言葉そのままだった。

 こんな場でおとぎ話のヒーローの言葉を丸パクリするなんて……。

 自信満々の彼の態度に、周囲からは嘲笑が漏れ、やれやれといった空気が滲み出る。


 けれどもその台詞を聞いた瞬間、彼女は……

 長い間口も聞いていない私の幼馴染は、はっとした表情で瞳に浮かべていた涙を拭う。


 そしてゆっくり呼吸を整え、真っ赤な目のまま精一杯の笑顔で声高らかに宣言する――


「私は……アイネ・ヴァン・アルストロメリアは、マスター・ジンに志願します!」



 こうして少しの波乱を残しつつ、今年の志願表明式は無事に閉式した。

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