第1章 冠水都市ウィステリア
k01-00 遠い昔のプロローグ
『我々は、この宏大な空を渡り――異世界へ旅立ちます!!』
声高々に宣言する彼らに、観衆から盛大な拍手喝采が贈られる。
栄光の船出に相応しく、天気は快晴。
押し寄せる記者のインタビューに忙しく答える彼ら。
その背後で出航の時を今か今かと待ちわびるのは、史上初めて実用化にまで漕ぎ着けた、世界間航行が可能とされる
『飛行船』
世界の端と呼ばれる断崖の先、果てしなく続く空の、さらに向こう。
十昼十夜飛び続けた先にあるはずの別世界
――『エバージェリー』
遥か昔から、確かにそこにあると伝えられながらも未だ誰も到達した事のない異世界。
彼らはここ『キプロポリス』の大地を飛び立ち、プロペラが付いただけの馬鹿デカい熱気球で、果敢にもその異世界を目指すのだ。
馬鹿という言葉を使ったのは、別に俺の開発チームが彼らに出遅れて拗ねているからでは無い。
……と、言ったら嘘になるか。
悪態ついでに、この晴れ晴れしい船出にもう1つだけ難癖をつけさせて貰うとすれば……その旅の目的。
表向きは
『キプロポリスの繁栄とさらなる発展のため』
と大義名分を謡ってはいるが、その実は……
……まぁ、だとしても
「お偉いさんが掲げた目的?そんな事はどうでも良い!」
と、きっとあんたは笑うんだろう。
壇上の彼を見る。
記者なんて適当にあしらえば良いものを、一人ひとり丁寧にインタビューに答えている。
出航時間を気にして気が気じゃない周りのスタッフとは対照的に、キラキラした笑顔で自慢の船を語るあんたはまるで子供だ。
……あんたには本当に感謝している。
歳はそう離れちゃいないが、父親と呼んでも相違ないくらいの恩がある。
――出航の時間が近づく
船に乗り込む間際ステップの上から俺を見つけたあんたは、右手の親指を立てニッと笑う。
照れながら俺も同じポーズで返す。
程なくしてステップが取り外され、船と地面を繋いでいたアンカーが次々に外される。
金属のきしむ音を残しつつ飛行船はふわりと浮き上がる。
その光景に観衆から今日一番の歓声が上がる。
いよいよだな、シルヴァント。
願わくば――あんたの名がこの先永劫、英雄として語り継がれる事を。
それから、一歩遅れは取ったがあと少しの所まできている俺の船の完成も――――
――――そんな古い夢を見た。
ぼんやりとする頭で窓の外を見れば、遠いあの日に負けない程の快晴。
枕元の時計を見て溜息を漏らす。
まだ微かに残る夢の感覚の中で思う。
(あの時正しく、世界を救う『英雄』だったあんたの旅が、まさかあんな形で終わるなんてな……)
やんわりとベッドを出る。
顔を洗い軽く朝食を済ませ、買ったばかりのスーツに袖を通しネクタイを結ぶ。
"旅立ち"か。
今日は俺にとって、人生で何度か訪れるその節目の日の1つなのかもしれない。
さて、いつまでも感傷に浸っている場合じゃない。
ここから先の主人公は、黴臭い昔話とは無縁の――今を生きる若者達だ。
そう自分に言い聞かせ、まだ慣れない部屋の玄関をくぐる。
……余談だが、何故朝っぱらからこんなセンチメンタルな感じかと言うと、目が覚めた時点で既に約束の時間は過ぎており遅刻が確定。
いわゆる現実逃避というやつである。
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