第31話 平穏

 ふかふかな絨毯の上で、直木はゆっくりと意識を取り戻した。体中の傷は癒えている。だが、なぜか自分はロープでぐるぐる巻きにされていた。

「なぜ俺は、芋虫のように縛られているんだ?」


 その問いに誰も答えない。ただ、仁王立ちで見下ろすディーネと梨乃の冷たい視線があるだけだ。

 そこへ、事務的な用事を済ませたティアラが姿を現した。

「母上を連れ帰れたら、ナオキにルイス家の当主を継いでもらうつもりだった。しかしナオキが母上を嫁にと願うなら歓迎しよう。私が第一夫人に選ばれないのは残念だが……」


(ルイス家の当主? ティアラさんの母君と結婚? 一体、何の話だ……?)

 彼の記憶は、あの洞窟での『ごろ・にゃ~ご』から途絶えている。事の起こりは、三日前に遡る。


 ***


 直木の記憶が飛んでいる間、剣士ティアラは単独で空島の監獄を駆け巡り、母キララを含む囚われの貴族令嬢たち十数名を、鮮やかに解放してみせた。

 だが、助け出された令嬢たちは、長期にわたる監禁生活で心身ともにボロボロだった。その衰弱しきった姿を見るに見かねたティアラは、一つの決断を下す。


 事前にティノーはこう豪語していた。

「直木さまのネコネコ症状を解析したので、次こそは副作用が出にくい安全なナノマシン治療を提供できますよ」

 ティアラはその言葉を信じ、自らの責任で、令嬢たち全員にナノマシン治療を受けさせたのだ。


 ――それが、新たなる混沌の始まりだった。

「にゃんっ!」「びにゃっ!」「にゃっほほ~いっ!」

 飛龍のカゴの中は、完全に『にゃんにゃんパラダイス』と化していた。


 新参ネコと化した令嬢たちが『ボスネコ様』と化した直木に群がる中、梨乃とディーネもそのカオスに便乗する。

「みなさん離れてください! 直木さんにすり寄っていいのは私だけです!」

「何をおっしゃいますの! 直木さまに『にゃーご』して良いのはわたくしだけですわっ!」


 モニター越しに見ていたマイは、もはやツッコミを諦めた。

 

 ナノマシン治療の副作用で自我もなく親密になった直木とキララ・ルイス。

 その光景を目撃したティアラは、母キララの幸せを願い、一つの決意を固めたのだ。

 ――直木の一番は、母上に譲ろう、と。


 ***


 話をルイス邸に戻そう。

 ダンスフロアに、貴族らしい正装で現れたキララ。そのうるわしい姿は、未だナノマシンの効果が抜けきらない直木の視線を釘付けにした。

 キララもまんざらではないのか頬を染めたが、すぐに母の顔に戻る。娘の想い人を奪うなど、あってはならない。彼女は梨乃とディーネにお茶目なウインクを送ると、三人が公平に争える、恋の助け船を出した。

「そうですわね。今回の件で皆様のお心を乱してしまいましたし……ここは公平に、おひとりずつナオキさまとデートをされてはいかがかしら?」

 この貴族らしい配慮に満ちた提案は、お嫁さん候補たちの心を一瞬で掴んだ。

 ここに、直木を巡る新たな戦いの火蓋が切って落とされる。

 ガチンコ婚約者選びのデート対決、再開だ!

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