第22話 おはよう

 キッチンからは食欲をそそる香りが漂い、廊下からは掃除機の音が聞こえてくる。同居人が増えた神場家の朝は、とても騒がしい。

 梨乃が朝食を作り、ディーネが掃除をする。そしてマイは、自室のモニター前で『三日後に身内の誰かが犠牲になる』という予言を覆すべく、必死に作戦を練っていた。


 やがて、兄の起床時刻が近づく。


「今日はわたくしの番ですわ」

「明日は私ですからね!」

 火花を散らす梨乃とディーネの間にマイが割って入った。


「はいはい、当番制だって決めたでしょ。今日はディーネちゃんの番ってことで」


 約束通り、ディーネが直木の部屋のドアの前に立つ。

(まずは、当番の役目を果たしませんとね)


 彼女はドアの向こうの寝顔を思い浮かべて口元を緩ませると、アリのささやきほどか細い声で、ドアに向かって呼びかけた。

「直木さまー、朝食の準備ができましたわよー」


 もちろん、返事はない。

 ディーネは満足げに頷くと、内心で言い訳を組み立てた。


(さて、わたくしはちゃんとお呼びしましたわ。ですが、聞こえないのであれば、中に入って起こすしかありませんわよね?)


 しめしめ、とばかりに、彼女は音を立てずにドアノブを回し、そっと部屋の中へ忍び込んだ。だが、ベッドのタオルケットが不自然にこんもりと盛り上がっていることに気づき、眉をひそめる。


 ディーネが怪訝な顔でタオルケットに手を伸ばした、その瞬間だった。

「ディーネさんっ! なにを為されるおつもりですか!」

 部屋の入り口から、お玉を握りしめた梨乃が飛び込んできた。こっそり様子を窺っていたのだ。

「梨乃さまこそ! これを見てまだそのような口がきけますの!?」


 ディーネが勢いよくタオルケットを剥がすと、そこには――兄の背中にぴったりと肌を寄せ、幸せそうな寝顔を浮かべる、すっぱだかのティノーがいた。

 梨乃は頭から蒸気を吹き上げて絶叫した。

「ふ、ふ、ふ、不潔ですっ! 直木さんっ! いくらティノーさんが姪っ子でも、これは絶対にアウトですから――ッ!!」


 ディーネも声が裏返る。

「直木さまっ! き、きちんとご説明をっ!!」


 その騒ぎで、ティノーは眠たそうに目をこすりながら顔を上げた。

「ふぁ~ぁ。おふたりとも、おはようございましゅ~。朝から騒がしいですねぇ」


 その一言が、二人の怒りの矛先をティノーへと向けさせた。


 そこから先は、さながら地獄の詰問会だった。

 アバターを手に入れてわずか一日。愛するお兄さまと同じベッドで一夜を明かすという、AIとして最高の夢を叶えたティノーだったが、その代償はあまりに大きかった。


 梨乃とディーネによる、人権を完全に無視した厳しい追及の末――ティノーは「ほんとに!」「なにも!」「ありませんでしたー!」の三語を繰り返すだけの、古典的AIに成り果ててしまった。


 とぼとぼとカプセルに戻っていくティノー。その、まるで初めて叱られた子供のような後ろ姿に、マイの胸の奥がぎゅっとなる。

(ティノちゃん、AIだから人権がないのよね……)

 娘(AI)のために、少しでも社会的地位を上げてあげられないか。マイはそんなことを考えるのであった。

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