第448話 幼い竜王

 ティミショアラがシギショアラを大切そうに撫でながら言う。


「アルラよ。我らはどうすべきなのであろうな」

「はっきり言って、俺にはわからないな。だが、神ならば俺たちがそう考えることすら計算のうちだろう」

「……かもしれぬ」

「恐らくシギは大丈夫だとは思うのだが……」

「我はシギショアラに関しては、リスクを冒したくない」

「俺もそれには同意だ。もしシギが危険だとなった場合、ティミ頼む」

「……わかった。シギショアラとともに脱出すればいいのだな?」

「そうだ」


 恐らく竜神の使徒、竜王となったシギにも、勇者を討伐するために必要な何らかの役割があるのだろう。

 他の使徒たちにも大事な役割があるはずだ。

 もちろん、そんな役割よりもシギ自身の安全のほうが大切なのは間違いない。


 だが、すべての物は必ず壊れる。

 魔王と勇者の仲間たちが施した三百年前の勇者を封じている結界も例外ではない。


 俺の生きている間に復活するかはわからない。

 だが、古代竜の寿命は非常に長い。

 シギが生きている間に三百年前の勇者が復活する可能性は高い。


 そのとき、他の使徒たちがそろっている可能性がどれだけあるのだろうか。

 シギショアラが一頭で立ち向かうことになるのかもしれない。

 それはあまりにもかわいそうだ。


「……だから、俺はここで討伐したい。使徒がそろっている今が最大のチャンスかもしれない」

「…………このようなことを言うのは、厚かましいことかもしれぬが」

 そう言ってモコは立ち上がって背筋を伸ばす。


「どうか、我が主を救って欲しい。我が主は人ではなくなり、意思も意識も失っているだろう」

「それは、そうかもしれないな」

「だが、その高潔な魂は、魔人の不死者となった肉体に三百年の間捕らわれたままなのだ」


 そしてモコは頭を下げた。

「改めて頼みたい。我が主を救って欲しい。虐げられた魔族のために自らのすべてを犠牲にした我が主の魂が、未だに魔人の体に捕らわれたままなのは胸が痛い」


 モコの言葉を聞いて、ティミは頷いた。


「理解した。偉大なる魔狼の王。我も手伝おう。だが、我はあくまでもシギショアラの安全を優先させてもらうことは予め言っておくのである」

「感謝する」

 全員が三百年前の勇者討伐に参加することになった。


 そこで改めて俺はモコに尋ねた。

「モコの主がいるという最奥はここから近いのか?」

「うむ。近い。儂が出てきた奥の扉を通ると、そこはもうダンジョンの最奥である」


 どうやらモコがこのダンジョンの最後の番人、いや番狼だったようだ。

 三百年間、モコは最奥の部屋で待機していたようだ。

 そして、俺たちが近づいてきて、キャンプを始めたので出てきたのだ。


「次の部屋には結界のコアがある。それに治癒術士の子孫、つまり王族が触れれば結界は開かれるのだ」

「触れるだけでいいのか?」


 今までの罠から考えて、最後には最高難度の罠が仕掛けられていると俺は考えていた。

 それに王族が触れる以外にも魔法的に難度の高い解除能力が求められると思っていた。


 だが、モコは言う。

「最後は触れるだけで良い。王族をここまで生かしたまま連れてこられるだけでよい。試練は終わったのだ」

「そんなものか。ここは勇者との戦いの前に最後の休息をとる場所なのか?」

「正確には、ここで休息をして、最後の部屋で儂に勝てば終わりである」

「なぜ出てきたんだ?」

「一定の休息時間を与えた上で部屋に入ってこなければこちらから襲いかかる。そういうことになっていたのだ」

 休息時間の長さも試練を構成する要素の一つなのだろう。


「すべての試練は終わったのだ。この場には敵も出てこないし罠もない。存分に休憩するとよい」

「それはありがたい。寝ている途中で起こされたからな。俺はもう一度寝るとするかな」

「二度寝ですね! ぼくも寝ます!」


 俺は眠るというと、クルスが賛同してくれた。

 無言でフェムも俺の隣にやってきた。一緒に眠ってくれるようだ。


「りゃ!」

「シギも眠いのか? 一緒に眠ろう」

「りゃあ」

 何か仕事があるかもしれないシギも充分に睡眠をとるべきである。


 皆も眠かったようで、それぞれ眠る準備をする。

 そして、皆でしばらく眠った。


 起きたら、食事だ。

 時間に余裕があるので、火をおこして干し肉でスープを作りパンを温める。


「モコはまだ重湯の方がいいな」

「配慮感謝する」

 最初に食べてもらったものよりも少し濃い重湯を作ってモコには食べてもらった。


『祖父上。元気になったら、肉を食べましょう』

「そうだな。フェム。楽しみだ」

『はい!』


 フェムは嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振っていた。

 父が死に、魔狼王となり、大きな責任を追うことになった。

 だから、祖父に会えて甘えることができて嬉しいのだろう。


 フェムは念話を使ってまで人族の言葉で話してくれている。

 しかも全員に聞こえるようにしてくれていた。皆に配慮してくれているのだ。


「フェム。ありがとうな」

 そう言って俺が頭を撫でると、

『なにがであるか?』

 きょとんとしつつも、フェムは尻尾をぶんぶんと振った。

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