第422話 竜大公

「え? わかった! 離れればいいんだね」


 クルスがぴょんと飛び退くと、ルカとユリーナも続く。

 だが、フェムとモーフィ、それにチェルノボクは動かない。


「フェムとモーフィ、チェルもこっちに来るのだ!」

「わふぅ」「もぅも」「ぴぃぎ」


 フェムたちは俺から離れたくないらしい。一緒に戦ってくれるつもりなのだろう。


「ティミの言うとおりにしてくれ。恐らく戦闘にはならないからな」

『わかったのである』「もぅ」「ぴぃ~」


 フェムたちが離れて、俺はシギを抱いて一人で立っている状態になる。

 すると六柱の竜大公の降下速度が速くなった。

 そして、竜大公たちは俺とシギの前に音もなく着地する。


 山のような竜大公が六柱。流石に圧倒された。


 同時にティミがひざをついて頭を下げた。

 ティミが頭を下げる対象は、六柱の竜大公ではなくシギである。


 竜大公の方に頭を下げなくてもいいのだろうかと思った。

 だが、俺は竜の作法には詳しくない。何も言わない方がいいだろう。


 俺も頭を下げるべきだろうか。一瞬そう思った。

 だが、もしそうすべきなら、ティミが教えてくれるはずである。

 だから、俺はあえて何もしない。頭を下げたりもしない。


 俺が平然と立っていると、竜大公は六柱とも真っすぐに睨みつけてくる。

 六柱の竜大公を、俺は順番に睨み返した。


 睨みながら、観察する。

 竜大公たちは、魔力があふれているわけでもないのに、圧力が凄い。

 魔力を抑えているのだろう。


 六柱の竜大公たちは、しばらく俺を睨みつけたあと、その場で平伏した。

 地面に、大きなあごを付ける。


「我ら竜大公一同。竜神様の御意思を承り、御前に参上いたしました」


 竜大公の一柱が、流暢な人語で話し始めた。


「りゃあ?」

「新王陛下の御即位を寿ぎ、謹みて賀し奉る」


 別の竜大公も平伏したまま口を開く。


「りゃ~」

「我ら竜大公。竜王陛下の群臣を代表し、忠節を誓いに参上した次第」

「どうか我ら臣民、すべての古代竜の忠節をお受け取りくださいませ」

「りゃっりゃ~!」

「「「ははぁっ、有り難き幸せ!」」」


 竜大公たちはどうやら、シギに忠誠を誓いに来たようだ。


「……シギ。竜王になったのか?」

「りゃ? りゃあ~」


 シギは竜王とかよくわかっていなさそうだが、ご機嫌だ。

 きっと竜たちがたくさん来たので嬉しいのだろう。

 俺の懐から顔だけ出した状態で尻尾を振る。服の中で尻尾が激しく動く。


 竜大公はずっと頭をあげない。平伏し、あごを地面につけたままだ。

 シギが許可しないからあげられないのだろう。

 俺は礼儀に詳しくないが、こういう時は、頭をあげよと言うべきなのではないだろうか。


 俺はティミの方をちらりと見た。

 だが、ティミも頭を下げ続けたままである。


 仕方ないので、シギの耳元でこっそり言う。


「……シギ。みんなずっと頭下げてるのもあれだから」

「りゃっりゃっりゃりゃ」


 シギはくすぐったいのか笑っている。懐の中で手足と尻尾をパタパタしていた。

 とてもかわいい。


 そんなことをしていると、竜大公の一柱が平伏したまま言う。

「竜王陛下。畏れながら……そのに――」

「竜大公殿下!」


 恐らくだが、竜大公はその人間は一体何者なのかと聞きたかったのだろう。

 自己紹介するのもやぶさかではないのだが、慌てた様子でティミが止める。


「こちらはアルフレッドラ・リント閣下であります。先代のジルニドラ竜大公殿下からの……」


 ティミが俺がシギの正式な後見人であると紹介してくれた。


 以前シギの臣下竜たちが俺に対して失礼なことを言ったことがあった。

 そのときは、全員が腹を見せることになったのだ。

 ティミは竜大公が腹を見せる事態になることを防ごうとしてくれたのかもしれない。


「アルフレッドラ・リントです。よろしくお願いいたします」

「あなたが噂の……失礼なことを申しました」

「いえ、お気になさらず」


 俺は念のために竜大公たちに尋ねることにした。

「確認なのですが、シギショアラが竜王に即位したということでしょうか?」

「はっ。アルフレッドラ摂政閣下のおっしゃる通りです」

「摂政?」

「竜王陛下に後見竜、いえ後見人がいらっしゃる場合、摂政となるのがしきたりです」

「そうだったのですね」


 どうやら、シギが竜王になったことで俺は竜たちの摂政になってしまったようだ。

 それはともかく、やはりシギは竜王になっていたようだ。


 竜王に関しては、ティミから以前聞いた。死王を探したときのことだ。

 竜王が出現したことがわかる地図を竜大公は持っている。

 そして竜王が出現したら、今みたいに駆け付けて忠誠を誓うのだ。


「そういえば、例の地図は俺が受け取っていたな」


 俺は鞄から地図を取り出す。

 小さく折りたたまれているが、開くと一瞬で展開される。


「ふむ。確かに竜王を示す印がエルケーにあるな」


 エルケーを示す場所に、竜王を示す強い金色の光が輝いている。

 魔王である俺や聖王クルス、死王チェルを示す印は金色に隠れて完全に見えない。

 元々、この地図は竜王の出現と所在を報せるためのものだからだろう。


 そういえば、昨日ティミが破壊神の使徒、破王が近づいていると言っていた。

 俺は破王の位置も確認しようと地図を隅々まで見る。


 だが、破王の印は地図上のどこにもなかった。

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