第405話

 チェルノボクの輝きが強くなるにつれ、不死者の王の表情は安らかになっていく。

 チェルノボクは触れなくとも、弱いアンデッドならばターンアンデッドで天に還せる。

 強いアンデッドが相手の場合でも、直接触れさえすればターンアンデッドで天に還せるのだ。


 しばらくして、チェルノボクの輝きはおさまった。


『おわった』

「チェル。お疲れさま」

「ぴぎ」


 そして、チェルノボクはフェムの頭の上にぴょんと飛び乗った。

 不死者の王はとても安らかな表情で、息絶えている。


「アルさん。どうしましょう?」

「そうだな……」


 もう死んだのだから、丁重に埋葬してやるべきだろう。

 不死者の王による被害は、ユリーナの活躍もあり騒ぎの大きさの割には大きくない。

 埋葬しても文句はあまり出るまい。


「先代勇者の墓の隣にでも埋葬してやればいいかな」

「そうですね! ぼくもそれがいいと思います」

「そういえば、先代勇者の墓ってどこにあるんだ?」

「ぼくは知らないです。ルカに聞いてみましょう!」


 そう言ってクルスはルカたちのいる場所へと歩き出す。後始末は後回しだ。

 そのとき、エルケーを覆っていた障壁が消え始めた。


「あ、障壁が消えましたね。不死者の王からエルケーを守っていたんでしょうか?」

「うーん。エルケーをというより、ダンジョンの封印を守っていたのかもしれないな」

「不死の魔人王の封印ですか?」

「そうだな」


 ふと気づくと、俺の懐の中で、シギショアラは熟睡していた。道理で大人しいわけだ。

 シギは赤ちゃん竜なので夜は眠いのだ。寝ている姿もとてもかわいらしい。


 そんなことを話している間に、ルカたちのもとに到着する。周囲に石像の残骸が沢山あった。

 俺たちに気づいたルカが笑顔になる。モーフィも嬉しそうに駆け寄ってくる。


「無事だったのね。まあアル……ラとクルスのことは心配していなかったけど」「もっもー」

「ああ、無事に解決した。そっちは大丈夫だったか?」

 俺はモーフィを撫でながら周囲を観察する。怪我人すらいない。

 怪我人が出なかったわけがないので、ユリーナが治療済みなのだろう。


「数は多かったけど、雑魚ばかりなのだわ。苦戦する要素がないのだわ」

「それはよかった」


 それから不死者の王が黒幕だったこと、すでに倒したことだけ説明して後始末に入る。

 クルスたち戦士よりのメンバーは戦利品の剥ぎ取りだ。

 俺とヴィヴィ、ステフ、そして獣たちは代官ベルダの指揮のもと石の除去である。


「これは重労働だな……。石畳の道や建物の修復はともかく、これほどの大岩は動かせぬ」

 代官が途方に暮れている。


「アルラ、どうするのじゃ?」

 代官がいるので、ヴィヴィも気を使ってアルラと呼んでくれている。


「ほかの物はともかく、大岩は魔法を使って何とかするしかないな」

「アルラ、大丈夫なのかや? 今日は魔力を使いすぎなのじゃ」

「まあ、大丈夫だろう」


 俺は石像を飛ばしたのと同じやり方で、大きな岩を街の外へと飛ばす。


「飛ばした場所は街の近くにしておいた。後で使うかもしれないからな」

「……なんと」


 ベルダは驚いていたが、すぐに我に返って、指揮を執る。

 俺たちも協力して土木工事に従事した。道の修繕を中心にすすめる。

 空き家の多いエリアだったのが幸いだったといえるだろう。


 夜明けごろ、道の修繕が大体終わった。ひとまずエルケーの民が日常生活を送るには問題ない。

 後始末の面倒なことは代官がおいおいやるに違いない。俺たちもできる限り手伝えばいい。

 不死者の王も魔人も退治した。脅威もひとまず排除したといっていいだろう。


 残されたダンジョン探索などは、別に急ぎではない。

 俺たちは仮眠をしにトムの宿屋に向かうことにした。


「代官。詳しい説明はまた後でよろしいですか?」

「そうだな。とりあえずの危険は去ったと考えてもよいのだな?」

「とりあえずは」

「ならばよい」


 俺たちがトムの宿屋に向かって歩き出したとき、代官が小走りで近づいてきて小声で言う。


「あっ、アルラどの。少しお待ちを」

「どうしました?」

「あの重力魔法……、尋常でない魔力。アルラさんはただ者ではありますまい。もしや……」

「あれはその! あれじゃあれ。のうクルス?」「そう、そうだよ、あれだよあれ!」


 ヴィヴィとクルスが慌てている。アルフレッドとばれたと思ったのだろう。

 俺の正体より、むしろクルスの正体のほうがばれたらまずい。

 折角獅子の仮面をかぶっているのに、クルスの名前を出すとは、ヴィヴィはうかつだ。

 いや、その前に戦闘中などにみんな結構クルスって呼んでしまっていた。

 ヴィヴィだけでなく、皆うかつだったのだ。


「ヴィヴィ! 待つのだわ、ク、クロスさんはあれだから」

「あっ、クロスだったのじゃ!」


 ユリーナが慌てたようでクルスのことをクロスとか呼びはじめた。もう遅いと思う。


「いや、隠さなくてもよい。獅子仮面どのは勇者伯であろう。勇者伯、ありがとう」

「あ、うん。ごめん」

 困った様子のクルスにむけて、ベルダは微笑む。


「伯の事情は分かっているつもりだ。心配しなくてもよい。そんなことよりも……」

 そして、ベルダは俺の方を見る。


「もしや王都近くの石蛇ストーンナーガによるダンジョン崩落事件の時の狼仮面さまでは?」

「あっ」「りゃっ」


 シギが懐の中で鳴いた。起きたのかもしれない。

 そういえば、そんなこともあった。あの時はルカが俺のことをクルスの従者と紹介していた。

 俺の反応を見て、ベルダは確信したようだ。


「やはり、アルラさまはあの時のお方なのですね?」


 どの呼びからさま呼びに変わった。

 そして深々と頭を下げる。王族なのに、人前で頭を下げるとは思わなかった。

 俺の方がびっくりして周囲を見回してしまう。あまり目立って無いようでよかった。


「とても、とても、ありがとうございました。いつか感謝の言葉を伝えたいと思っていました」

 あの時、ダンジョン内に取り残された者の中には竜騎士団の新人がいた。

 そしてベルダは竜騎士団の副団長だ。あの新人はベルダの部下だったのだろう。


「いえ、お気になさらず。勇者伯からの依頼でしたから。感謝なら伯の方に」

「新人の引率で、私もダンジョン内にいたのです。アルラさまは私の命の恩人です」

「そんな、大げさな」

「けして大げさではありませぬ!」


 何度も何度も感謝されつつ、俺はトムの宿屋に何とか戻った。

 トムとケィなどの子どもたちにエルケーは無事だと連絡すると、俺は宿屋で眠ることにした。

 もし何かあっても、すぐに対応できるようにだ。だが、そんな事態はそうそう起こるまい。


 そして、俺はフェムとモーフィ、チェルノボクとシギに囲まれながら眠りについた。

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