第393話

 ベルダは護衛のためか屈強な魔族の戦士を三人連れている。

 ベルダ自身が優秀な騎士でも、代官として護衛を連れないわけにはいかないのだろう。

 そんなベルダにティミショアラが話しかけた。


「おお、ちょうどよいところに来たのだ。ベルダどの」

「シ、シギちゃん……」


 ベルダの目はティミの頭の上に乗っているシギショアラにくぎ付けになっていた。

 シギはかわいいので、仕方のないことだと思う。


「ベルダどの?」「りゃあ?」

「あ、はい。申し訳ありません。一瞬意識が……」


 そう言って、ベルダは口元をぬぐった。よだれがこぼれかけたのだろう。

 そんなベルダに心配そうにティミが言う。


「大丈夫であるか?」

「大丈夫です。それにしても、竜舎の建築がもう終わっているとは……」

「まだ完成していないのである。これから魔法陣を描くゆえな」

「なんと!」

「ティミ、魔法陣はわらわたちに任せておくのじゃ。その間にいろいろ説明でもしておくがよいのじゃ」


 驚くベルダを気にすることなく、ヴィヴィが魔法陣を描いていく。俺も手伝う。

 耐久性を上げる魔法陣に加えて、居住性をあげる魔法陣を描いていく。

 完成すれば、ジールは快適に過ごせるだろう。


 俺とヴィヴィが魔法陣を描いている間、モーフィは暇だったのだろう。

 ベルダのところにゆっくりと近づいていく。


「もっもっも!」

「えっ?」


 ベルダはモーフィをみて目を見開く。まさか街中に牛がいるとは思わなかったのだろう。

 護衛がかばうように前に出ようとしたが、ベルダが必要ないと手で制した。


「もぅ?」

 モーフィはベルダの手を鼻で押して匂いをかいでから手をなめた。

 ベルダは嫌がっていないが、戸惑ってはいるようだ。


「あの……このかわいい子は?」


 ベルダがにやけながら、ティミに尋ねる。

 獣たちはベルダに会いに行くとき、留守番していた。だから初対面なのだ。


「ああ、これはモーフィ。賢い牛なのだ」

「そうでありましたか」

 ベルダはモーフィを撫でまくる。


「えへへへ」

 ベルダは変な声をだしている。気持ちはわかる。

 モーフィはかわいいのだ。


「ぴぎぴぎ」「わふ」


 そこにフェムとその背に乗ったチェルノボクが近づいてきた。

 フェムたちはずっと建物の陰に隠れていた。

 ベルダのモーフィへの対応を見て出てもいいと判断したのだろう。


「なっ!」


 驚いたのは護衛たちだ。慌てた様子で、ベルダの前に出る。

 モーフィは牛だ。見た目の脅威度は低い。

 だが、巨大な狼のフェムは知らない人が見れば脅威を感じるだろう。


「必要ない。さがりなさい」

「ですが……」

「あの子も子爵閣下のお友達なのでしょう?」

「その通りだ。魔狼王のフェムとスライムのチェルノボクだ」


 ベルダはフェムとチェルノボクにゆっくりと近づく。


「ベルダといいます。よろしくお願いしますね」

「わふ」「ぴぎっ」


 ベルダは、にやけ顔でフェムとチェルノボクを撫でまくる。

 しばらく撫でまくって、落ち着いたのだろう。

 ベルダは「ごほん」とわざとらしく咳をして、改めて言う。


「みなさんの建築のお手並み、しばらく拝見させていただいておりました。お見事というしかありませぬ」

「まあ、我らにとっては簡単なことである」

「さすがというしかありませぬ。なんとお礼をいえばよいのか」

「気にしなくてよいのだ。ジールを怯えさせてしまったお詫びであるからな」「りゃあ」


 ベルダは神妙な表情で、だが頭は下げずに言う。

「我が友ジールのためにありがとうございます」


 ベルダは王族であり、かつ王の代理でもある代官だ。

 民の目があるところでは、そう簡単に頭を下げているところは見せられないのだろう。

 ティミはベルダの事情は分かっているのだろう。笑顔で言う。


「ああ、それと、公式の場でもない限り口調は友人に対するそれでよいぞ?」

「子爵閣下。本当によろしいのですか?」

「うむ。我は気にせぬ。それにベルダどのにも立場があるだろうしな」

「かたじけない……。お言葉に甘えさせてもらおう。私のことはベルダとだけ呼んでほしい」

 敬語を使わないベルダの普段の口調は男っぽいのだ。


「わかったのである。ベルダ」

 そういって、ティミとベルダが握手を交わした。

 ティミとベルダが友情をはぐくんでいるようで何よりだ。


 魔法陣を描きながら、二人の様子を眺めているとベルダが俺の方を見た。


「あの――」

「もっも」

「ちょ、ちょっと、モーフィ……」

「ベルダ。建築前に調べていたら、厄介なものを見つけてな」


 ベルダは俺に対して何かを言いかけたが、モーフィが股の間に顔を突っ込む。

 そしてティミはベルダの様子をまったく気にせず話始めた。

 ティミは発見された転移魔法陣を指さしていた。


 モーフィを抑えて落ち着かせるように頭を撫でながら、ベルダは言う。


「それは一体? 魔法的な何かだということは私にもわかるのだが……」

「転移魔法陣である」

「なんと……」

「とりあえず、明日にでも中に入って調べようと思っている」

「ティミショアラ。よいのか? 私の方から冒険者ギルドに調査依頼を出すこともできるが……」

「構わぬ。それにエルケーの冒険者ギルドには冒険者が不足しているゆえな」

「とても助かる。ありがとう」


 ベルダは真摯にお礼を言った。

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