第377話

 クルスが慌てはじめた。


「で、でも、アルさん、正体隠しているのに代官に会いに行ったらまずいと思うんですけど!」

「だが、まさかクルスが行くわけにはいかないだろう」

「それは……そうですけど」


 話を聞いていたミリアが言う。


「では、私が行きましょう」

「どうやって倒したんだって言われたらどうするの?」


 クルスに問われて、ミリアは少し困った表情になった。

「それは……」

「それはわらわに任せるのじゃ」

「ヴィヴィちゃんが?」

「うむ。わらわとルカでオークとオーガのゾンビを倒したって言えばいいのじゃ」


 ティミショアラが言う。


「ミリアが前面にたってくれるならば、アルラが出向いても問題ないであろう」

「それはそうかも。護衛の魔導士っていえばいいし」

「せっかくなのだ。我もいこうではないか。代官とやらの顔を見てみたいしな!」


 それを聞いていたクルスが心配そうにそわそわしながら言う。


「アルさん、変装とかどうするんですか?」

「さすがに代官の前で被り物を付けたままってわけにはいかないからな。付け髭ぐらいにしておこう」


 俺が付け髭を準備していると、ミリアは少し考えて言う。


「ティミショアラさんは、客分ということにしましょう」

「む? かまわぬが、なぜじゃ?」

「ティミショアラさんは古代竜エンシェント・ドラゴンなので……」

「ふむ?」


 ティミがわかっていなさそうなので、俺がミリアに代わって説明する。

 付け髭をつけながらだ。


「ティミは代官だろうと、別にへりくだるつもりはないだろう?」

「それはもちろんそうだな」


 神に近い古代竜は人の王よりも格上の存在だ。へりくだる理由がない。


「俺と同じくミリアの護衛っていう設定なら、代官に臣下の礼をとらないとまずい。臣下の礼をとらなければ、ミリアが、ひいてはリンミア商会が困る」


 だが、ティミはミリアのお客さんにすぎないのなら、古代竜としてふるまえる。

 別に臣下の礼をとる必要もない。


「なるほど。わかったのである。客分であるな」

 ティミは俺の説明を聞いて納得したようだ。だが、少し考えこんでから俺の方を見た。


「ふむ。だが、そういう相手ならば、アルラの付け髭もまずいのではないか?」

「まずいかな?」

「まずいであろう。もし古代竜の臣下が変装して、シギショアラに謁見しにきたら、我は殴るぞ」

「殴るのか」「りゃあ?」

 シギが俺の懐から顔を出して首をかしげる。


「当たり前であろう。単純に失礼であるし、君主に姿を偽らねばならぬとはやましいことがあるからだ」

「そうか、そう言われれば、そうかもしれない」


 言われてみたらそうかもしれない。

 変装して君主の前に姿を現したら良からぬことを企んでいると思われても仕方がない。

 暗殺を企んでいると疑われるかもしれない。


「もちろん、シギショアラのために変装しなければならない理由がある場合は別である。またはシギショアラか我が変装していることを知っていて、許可した場合もよい。だが……」


 君主を欺くために、臣下が変装するというのは許されない。

 ティミはそう言っているのだ。


 代官は君主ではないが、王族ではあり、そのうえ、今は王の直轄領エルケーの代官。

 つまり王の代理人だ。

 君主筋の人間であるのは間違いない。そう考えると変装はまずい気がしてきた。


「それに、王族ならばアルラと面識あるやも知れぬであろう?」

「……その可能性は高いかもしれない」


 魔王討伐後、俺たちは連日連夜パーティーに呼ばれた。

 大貴族や王族、要人などとは一通り会っているのだ。

 正直、短期間に大量に会いすぎて、こっちはあまり覚えていないのだが。


「面識あるなら、付け髭程度ではばれるかもしれませんね」

 ミリアが真剣な表情でそう言った。


「え? ぼくはわかんないと思う。だって、ぼくも最初わからなかったし」

「「え?」」「りゃ?」

 ティミとミリア、シギが驚いて同時に声を上げた。


「そういえば、クルスは最初気付いていなかったな」


 ムルグ村に俺が来たばかりのころ。

 クルスと再会したとき、俺は正体を隠すために付け髭をつけた。

 そして、クルスはその変装に騙されてくれたのだ。


「いや、普通はわかるだろう」

「そうですよ」

 ティミとミリアが呆れたように言った。


「そうかなー?」

 クルスは首をかしげる。

 黙って聞いていたヴィヴィが言う。


「ふむ。ならばアルは留守番していればいいのじゃ」

「……代官には会いたかったが、そうするしかないか」


 俺が代官への面会をあきらめかけたとき、

「それなら、アルラはミリアの護衛ではなく、我の身内ということにして、狼の被り物をかぶればよいではないか」

 ティミが嬉しそうにそう言った。


「その手があったのじゃ!」

「実際、アルラは我らの身内であるしな! な、シギショアラ」

「りゃっりゃ!」

 シギもとても嬉しそうに鳴く。


「確かに、ティミの身内なら狼の被り物をかぶっていても問題ないかも知れないな」


 神に近い古代竜は人族の法に縛られることはないのだ。

 いくら王族でも、神の身内の格好に文句をつけられるほど偉くはない。


 それにミリアの護衛というのは正確ではない。だがシギの身内というのは正確だ。

 むしろそちらの方が誠意のある態度といえるのかもしれない。


「じゃあ、おれは狼の被り物をかぶっていくことにする」

「それがよいのだ!」「りゃあ!」


 そういうことになった。

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